東方閻魔帳 作:妖念
ガチャリとドアが開く音がした。
(もう日も暮れたのに誰かしら。いや、この乱暴な開け方は......)
アリス・マーガトロイドは読みかけの魔導書を閉じ、玄関へと向かった。
「どうしたのよ魔理沙? そんな格好で?」
「よ、アリス」
案の定にんまりと笑う金髪の少女─霧雨 魔理沙がそこにいた。黒いとんがり帽子の下からは片方の前髪だけ三つ編みにして垂らしている。
首にはマフラー、両手には厚手の手袋をはめ、体は重ね着でモコモコに膨張し、大量の葉や枝が引っ掛かっていた。吐息は片っ端から白く色づいていく。
魔理沙の余りに滑稽で悲惨な姿にアリスは思わず心の中で噴き出した。
「......まあ、元気ならいいわ。早くドア閉めてくれるかしら? 寒いんだけど」
「ああ、すまんな」
扉を閉めるとふぅ、と魔理沙が一息ついた。
二人が暮らす魔法の森は極端に冷え込んでいた。
ここには魔力の素となる材料が多くあることから好んで魔法使いが暮らしている。アリスは種族が魔法使い、魔理沙は種族は人間だが魔法を扱える。
が、寒さの影響でその材料となるこの森の化け物キノコや植物などの生育が悪くなり、ひどいところでは枯れ始めていた。当然ながらそれを食べる虫、さらにそれを食べるトカゲといったいずれも魔力の源である生き物にも影響を及ぼしている。
しかし、単なる冬の寒さであればこの森の魔法使いも皆それなりに準備をしている。熱の魔法で寒さはどうとでもなるし、冬にしかとることのできない貴重な魔力も存在する。
問題は今がまだ水無月の初め、つまり六月だということだ。
魔法の森はもともと鬱蒼としてじめじめとした雰囲気で、幻想郷の他の地域に比べて気温が低い方ではあったがこの時季に防寒具が必要になるほどではない。
キノコの収穫期でもある梅雨の前ということもあり、ただでさえキノコの貯蓄が少なめであったこともこの森の魔法使いの悩みに拍車をかけているのだ。
居間に魔理沙を通すと、アリスと同じように金髪の洋人形が机の上に残っていた魔導書を片付け、湯気立つココアを運んできた。
アリスは人形を操る魔法を得意としている。人形で料理、掃除、洗濯あげくの果てには戦闘ですらこなすほど彼女は器用だった。もちろん、ココアも彼女が人形を操って出したものである。
上質な木製のテーブルが1つにそれを囲む椅子が四つ。二人は向かい合うようにそれに腰掛けた。
魔理沙は手袋を外すと、まだかじかむ手でココアの満たされたカップを包み込み、体温を取り戻していく。ようやく手が動くようになったのか取っ手を持ち直して一気に飲み干す。ぷはぁ、と小さく声が漏れた。
これで落ち着いたのか、椅子を下げて足を組み、行儀悪く座り直すと、まだ完全には血の通っていなそうな紫色の口を開いた。
「......相変わらずウジャウジャいやがるぜ」
「何が?」
「幽霊だよ、幽霊。この寒さの原因だ」
「幽霊? そう言えば2週間前くらいに家を出た時、墓場かってくらいやたらと幽霊がいたわね。邪魔だったから家のまわりの分だけ軽く追い払ったけど」
「ここ最近はとにかく増え続けて、潰しても潰してもきりがありゃしない。量はもう2週間前の比じゃないぜ。外、出てないのか?」
魔理沙は親指でくい、と玄関を指した。
「この寒さでわざわざ外出しようとは思わないわね」
「......この感じはもう立派な異変だ」
「異変ねえ。今の所は貴女が着ている服が異変じゃないの? こんなに葉っぱつけちゃって。ほら脱いで」
「あ、ああ」
魔理沙が上着を脱ぐとそれを2、3体の人形が取り上げせわしなく汚れを払い始めた。
「まあ、葉っぱが付くのも今のうちだろうがな」
1枚はらりとこぼれ落ちた枯葉をつまみ上げ、魔理沙が呟いた言葉がアリスには引っかかった。
「どういうことよ?」
「このままだと森は全滅しちまうぞ」
いつになく真剣な魔理沙にアリスは不思議そうに首をかしげて、
「そんなに? たかだか幽霊でしょ? そのうち消えるんじゃないの?」
「確かにアリスの家のまわりはまだ増えてはいないな。私の家のあたりはもう駄目だ。バナナで釘が打てる世界だぜ」
「よくそこまで幽霊がいて取り憑かれずに済んだわね......」
「まあ、私の精神力は強靱だからな。とにかく、あれが広まったら森は終わりだ」
「で?」
アリスは声を落とした。
「ん?」
「行くんでしょ。異変解決」
「......もちろん」
アリスの言葉に魔理沙が待ってましたとばかりに、にやりと笑った。
目付きが変わった。
ああ、この目だ。
輝く瞳の奥に静かに燃える闘志。
アリスは今まで何度もこの目を見てきた。
「私もストックはないけど......まあ、少しなら魔力、分けてあげるわ」
「あはは、やっぱバレてたか」
「あの葉っぱの量は森を無理矢理かき分けて歩かないとつかないわよ。飛行用の魔力も尽きてたんでしょ」
「ああ、スッカラカンだぜ。箒に乗っても少しも浮きやしない。森に迷いこんでアリスの家に駆け込む人間の気持ちが少し分かった気がするな」
「ならその気持ち、もっと味わうために今晩は泊まっていく? 幽霊が蔓延る陰鬱な夜の森の中を徒歩で帰りたいっていうのなら話は別だけど」
「そうさせてもらうぜ。じゃあまた明日な」
「あら、もう寝るの?」
「寒さで最近寝不足なんだ。私は寝なきゃ駄目な魔法使いだからな」
「あ、ちょっと。服、ここにかけておくからね」
アリスの世話焼きの母親のような言葉に魔理沙は「ああ」と生返事をしただけで席を立ち、寝室へと向かった。部屋から遠慮のない大あくびが聞こえた。
「やれやれ、ね」
アリスは相変わらず扉を荒っぽく閉める魔理沙を苦笑いで見送ると、外の冷気に反して梅雨へ向けた支度を始めた。
この異変は明日で終わる──アリスはあの瞳に確信していた。