東方閻魔帳   作:妖念

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二十二、ツイン・ヤマラージャ(二)

「いやー、いつ食べてもこんにゃくって何て美味しいノネ」

 

 人里の外れの小さな定食屋。太陽はまだてっぺんに昇っていない。やや古臭い雰囲気の店ながらもそれなりに客が入っており、二人しかいない店員がせわしなく切り盛りしている。太っている方が店長のようだ。狭い厨房であちこちにそのでっぷりとした腹をぶつけながらしきりに汗を拭っていた。

 そんな中、ひたすらこんにゃくだけを頼む少女が2人いた。もうそれぞれ10枚目、2人合わせて20枚をたいらげている。

 

「お客さん、注文はありがたいんだが他にはいらないのかい?」

 

 流石に疑問に思ったのだろうか、両の手に11枚目を運んできた店員が尋ねた。その顔にはありありと苦笑いが浮かんでいる。

 

「いいノネ」

「いいヨ」

 

 2人は満足げに皿を受けとった。気のせいか彼女達の肌もこんにゃくのように灰色がかっているように見えてきた。それほどまでの食べっぷりだ。

 いただきまーす、と少女たちが大きく開けた口に不器用な箸さばきでこんにゃくを持っていこうとした時だった。

 悲鳴と共に店が大きく揺れる。

 店の奥で食器棚でも倒れたのか、店内に皿が割れる音が鳴り響く。

 

「強盗だあー! 早く逃げろー!」

 

 店内から怒号が飛んだ。場の空気が一瞬で凍りついた。得物を持った黒ずくめの男たちが続々と店に雪崩れ込む。

 

「逃げろったってどうすれば......」

 

 客の一人が腰を抜かして呟いた。

 先程の揺れで外れた店の扉の向こうに1人の男の巨大な体躯がちらつく。店の入口は塞がれた。

 

「勝手に動くなよ」

「早く有り金みんなよこしな!」

 

 店内の全員に絶望の2文字がちらつく。客たちは次々に財布を投げ出し始めた。男たちは刃物をちらつかせ、店内の人々を隅へと追いやった。犯人たちは4人組らしい。最もがたいのいい1人が入り口に立ち塞がり、2人が店内の物色を始め、1人が人質を脅していた。

 主人は刃物を突きつけている1人に飛びかかった。2人はもんどりうって床に勢いよく倒れこむ。

 

「何、しやがんだ、てめぇ......」

「裏口!」

 

 主人が叫ぶと従業員が先導する。客たちが全員我先にと裏口へと殺到した。

 つまずいてこける者、何やら叫ぶ者、まさに阿鼻叫喚だった。が、一瞬の隙をついて人々は逃げ出した。

 主人が男を抑え込みながら、従業員へと呼び掛ける。

 

「お前も先に逃げろ!」

「旦那は!?」

「あの嬢ちゃんたち連れて後から行く!」

 

 2人の少女がまだ席に座っていた。持っている箸が小さく震えている。物色をしていた男の1人が騒ぎに気づき、主人を刃物の男からようやく引き剥がした。

 

「この野郎! よくもやりやがったな! 次はねえぞ! さあ、吐け! 金はどこだ!?」

「か、金なんてうちには......」

 

 男は刃物を再び主人へと突きつけた。先ほどよりもその切っ先が近い。

 

「早くしねえと自警団の連中が来ちまうぞ。何のためにこんな里の外れのしみったれた店狙ったか分かりゃしねえ」

「だから、俺は営業中に襲うのは反対だったんだ。それをお前が客からも金をとれるって言い張って......」

 

 言い争いを始めた男たちは、全員で物色を始めた。主人は残っている少女のもとへ駆け寄った。今なら入り口も空いている。

 

「嬢ちゃん達も、早く逃げな!」

 

 主人は少女たちが恐怖のあまり震えていると思い、優しく背中をさすった。

 

「こ、こんにゃくが...床に」

 

 少女は今にも泣き出しそうな声で振り向いた。

 

「え? こんにゃくだって?」

 

 少女の声に主人が足元に目をやる。するとまだ手付かずの2枚のこんにゃくが床にベッタリとついていた。さっきの揺れで掴み損ねたのだろうか。

 

「バカ野郎! そんなことより命が大事だ! こんにゃくなんて店が残ればいくらでもまた食べさせてやるから!」

 主人の焦りと呆れが混ざった説得がされる間に、男たち全員がこちらへ戻ってきた。

 

「駄目だ! やっぱあのデブ痛め付けて金の場所吐かせる方がはええ!」

「ああ、それもそうだな」

 

 少しずつ乱暴な足音が近づいてくる。

 しかし、少女達はニヤリと笑った。

 

「こんにゃくをいくらでも......? その言葉、忘れるなヨ」

「嘘をつくと閻魔に舌を抜かれるノネ」

 

 主人は背筋がぞくりとした。

 

「まさか君ら、強盗に立ち向かうつもりじゃないだろうな!? 自殺行為だ! 命あっての物種だぞ!」

「おや、分かっているノネ」

「なら、早く逃げなヨ」

 

 そう言いながら2人はスタッと立ち上がった。男たちの姿が見えた。主人は震えながらも2人のの肩を掴んだ。

 

「と、とにかくあんたらが死ぬことはない! 早く逃げな!」

「はいて捨てるほど輪廻転生は見てきたノネ」

「死は今さら恐れるものでもないヨ」

 

 力強い言葉とは逆に振り返った2人の顔は笑っていた。

 

 今にも主人に突っ込んで行きそうな男たちの進路に少女たちはのらりくらりと立ち塞がる。

 その瞬間、地響きが頭のてっぺんまでビリビリと伝わる。

 同時に男たちの荒々しい鼻息が、せわしなく幾重にも重なって聞こえる。

 

「何だ? クソガキ共?」

「......クソガキじゃねーヨ」

「少なくともお前たちよりはナ」

「どきな、俺たちは後ろのおっさんに用があるんだ」

 

 主人と少女たちをぐるりと4人の男が取り囲む。

 

「どうやら話し合いで解決は出来なさそうなノネ......」

「恨みっこなしヨ?」

「......なめくさりやがって、こぉのガキが──っ!」

「もう子供なんて関係あるか! どかねえってんならてめえらからやったらあ!」

 

 男は各々の得物を振りかざし一目散に3人へと突進していく。埃であっという間に3人は見えなくなった。

 

 ◇

 

 人里のある飲食店に泥棒が侵入したとの知ったのはつい先程のこと。上白沢 慧音はそこから逃げてきた客にたまたま出くわし、現場へと向かっていた。

 

「1人や2人ではないな......」

 

 こんなに日が高いうちから少数で営業中の店に忍び込む馬鹿はいまい。十中八九無理矢理金を奪おうとする強盗だ。大方客がいてもついでに金が盗れれば御の字だとでも考えていたのだろう。

 里は妖怪が跋扈する幻想郷で人間の安全が確保された唯一の場所だ。狭いコミュニティ故に、悪事は一瞬で露呈する。そのためか、人間による単純な悪行は少ない。が、根っからの悪人はどこにでもいるものだ。

 角を勢いよく曲がると目的の店が見えた。店内の人影が3つ、目に入った。その内2つはまだ子供らしい。

 

「今、助け......る?」

 

 すぐさま駆け寄るが足に何かぶつかった。黒い服の男たちが4人周囲にひっくり返っている。

 そして、口をあんぐり開け、へたりこんだ大柄の男性。慧音も知っている、この店の主人だ。

 

「何が......どうなって......」

 

 ひょっとすると手遅れだったのか。既に4名がやられ、犯人は逃げてしまったのだろうか。そんな悲観的な考えは店の主人によって断ちきられた。

 

「け、慧音さん。強盗は皆......何が何だか」

 

 転がっている黒服を指して主人が辛うじて声を絞り出した。

 そんな4人の男たちは2人の少女を中心に皆一様に倒れている。少女たちはそれぞれの服に付いた埃を払っていた。

 

「怖かっただろう? もう大丈夫だ。すまないが少しだけ話を聞かせて...っ!?」

 

 慧音が少女の肩を優しく叩いた時だった。

 凄まじい力を感じ、思わず手を引く。自ら引いたというより弾かれた、と言った方が正しいのかもしれない。

 

「やはり、あなたたちが......やったのですね?」

 

 疑問が確信へと変わった。

 間違いなくこの小さな少女2人が大の大人4人を相手どり、全滅させたのだ。もとより、幻想郷において外見と実力は比例しない。

 

「あ、この者たち、気絶させているだけなノネ」

「縛るなり里の外に摘まみ出すなり、した方がいいヨ」

 

 少女たちは人さし指をたてるとひょうひょうとした口調で返してきた。愛らしい見た目とは裏腹に物騒なことをさらりと言う。

 

「あ、ああ......? 申し訳ない」

 

 感じとった力に身構えていたが、少女の態度とのちぐはぐさに思わず拍子抜けした。体の緊張が解けていくのを感じる。

 2人は悪戯っぽく微笑む。片方は烏の濡れ羽のような漆黒の髪、もう1人は絹のような真っ白な髪、さらさらと揺れた。

 

「名前を......教えて頂けませんか?」

 

 慧音のごくごく普通の問いに少女たちはそろって顎に手をあて、暫く考え込む仕草を見せた。

 

「......名前、と呼べるようなものではないのかも知れないノネ」

 

 前置きの後、少女はゆっくりと口を動かした。

 

()()()......人は私達をそう呼ぶヨ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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