東方閻魔帳   作:妖念

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二十三、ツイン・ヤマラージャ(三)

「で、この中からどこにするのです?」

 

 映姫はノタカから渡されたリストとにらめっこをしていた。そこまで広くはないとは言え、人里は幻想郷中のほとんどの人間が集まる場所、リストアップされた店もそれなりの数だ。

 

「まずは、おでんの店です」

「おでん?」

「あの2人、こんにゃくに目がないんですよねぇ」

 

 映姫も宴会で刺身こんにゃくばかり貪るように口に運び続ける2人の姿を目にしたことを思い出した。

 

「今回、一体何で幻想郷に来ることになったのか、何で2人ともおいでになったかは存じ上げないですけど、まあ、来るなら絶対こんにゃくは食べるだろうと踏んで目ぼしい店を見繕ってたんですよ」

「でもおでんをこの時期やっているところなんて......」

 

 季節は夏。日増しに黄色く強くなる太陽の光と熱々の煮物との相性は水と油、よろしくない。当然ながら今はおでんにふさわしい時期ではないのだ。

 

「あったんですよ! それが! 一軒だけ!」

 

 ノタカはリストの真ん中辺りを誇らしげに人差し指の関節で叩いた。

 

「普通のおでんはもちろん、夏期は冷製おでん、なんてのもやってるらしいです」

「へぇー、変わった店もあるものねぇ」

 

 映姫は少し感心した。よく見つけ出したものだ。

 

「夏場だと逆に絞り込みやすくて助かりましたよ」

「でも......いくら好きだからってほんとに来るかしら?」

「あの2人なら確実にどこかでこんにゃくに手を出します。どのみち、これくらいのヤマ張らないと会えないでしょうし。さ、行きましょうか」

 

 スタスタと歩き始めるノタカを映姫は慌てて追った。

 

 ◇

 

「ここ、ですか」

 

 ノタカと映姫がまず向かったのは、何とも言えない普通の佇まいの店だった。

 映姫ががらがらと扉を引き、2人は入店した。たちまち鼻の中に、出汁のよい香りが潜り込み、胃袋を揺さぶる。

 

「いらっしゃい! お2人で?」

 

 愛想のよい店員の挨拶が聞こえる。

 入って右手のテーブル席は誰もいなかったが、左手のカウンター席には何人か客がいた。

 

「いえ、我々は食事をしに来た訳では......」

「ん?」

 

 途端に映姫を見る店員の目が猜疑心に満ちたものへと変貌する。ただでさえ、里の一般的な格好ではないのに、飲食店に入るなり食事が目的ではないと言い出すのだ。無理もあるまい。

 

「何事だい?」

 

 店内の客も一斉に興味を示し始めた。ややこしいことになる前に手短に用件のみを伝える。

 

「人を探しているのですが......黒髪と白髪の少女2人がこちらへ来ていないかと」

「いや、見てないねぇ。お前見たか?」

「何です?」

「女の子2人だってよ。黒い髪と白い髪らしい」

「いや、僕も知らないっすね」

「てな訳だ。多分うちには来てねえな。迷子かい?」

「いえ、そういうわけではありません。お邪魔をしましたね。失礼します」

 

 何の手がかりもなさそうな雰囲気に少々がっくり来ながら映姫が引き払おうとした時だった。

 カウンターの一番奥の客が映姫の目に入った。赤髪のツインテールの女性が昼間だというのに顔を赤くしていた。

 

「小町!?」

「きゃん!?」

 

 大型犬に吠えられた子犬のような悲鳴。頭の両側で赤い髪が大きく揺れる。

 

「し、四季様!? ど、どうしてこちらに?」

 

 小町がオロオロしながら立ち上がった。服の裾に引っ掻けた箸が宙を待って床に落ちる。

 映姫の後ろからずっと様子を伺っていたノタカが覗く。

 

「あら、こまっちゃん?」

 

 小野塚 小町──三途の川で船頭として勤めている死神で、映姫の直属の部下である。陽気さと多少のサボり癖を備えた性格の持ち主だ。

 

「え? まさか......斑尾様? お久しぶりですね!」

 

 小町もノタカに気づいた。

 

「元気してました?」

「ええ、まあ。ご覧の通りで」

 

 ノタカは小町が座っていた席に飲みかけの酒を見つけた。

 

「こんな時間から飲んでるんですか? こまっちゃんの困ったちゃん振りも相変わらずですねぇ」

「それ言ってるの斑尾様だけですよ」

「えー、何でですか? 語呂良くて可愛いじゃないですか、ねえ、映姫?」

「いいから早く店を出なさい!」

 

 キャッキャと再会を喜ぶ2人を映姫の声が追い立てた。

 

 ◇

 

「えーっと、次はっと」

 

 次なる目的地を思案する一行には赤髪の死神も加わっていた。

 

「あのー、何であたいも? それに四季様はまだ分かるんですけど......何で斑尾様が?」

「色々あるんですよ、地獄も」

「あたい今日非番なんですけど......」

「いいですか、小町。あなたは少しずぼら過ぎます。昼間から飲むのはあまり好ましいとは言えません。といっても、私はあなたの休日の過ごし方までとやかく言うつもりもありません」

 

 映姫にしては軽めの説教で済みそうだったのだが、次の一言からがらりと語調が一変した。

 

「あの店の主人に聞きましたよ。あなた、一昨日もあの店にいたそうですね」

「え? ええ、それが何か......」

 

 ハッと小町の顔がひきつった。みるみるうちに顔の血の気が引いていき、青ざめていく。

 

「一昨日は当番だったはずなのですが?」

 

 凄まじい怒りが映姫の眉の辺りを這った。

 

「あー、いや、そのー」

「問答無用です! その分今日働いてもらいます!」

「ひぃ! すみません!」

 

 映姫に平謝りする小町。ノタカも幾度となく見かけた。何度も見かけるのはおかしいはずなのだが。

 

「いやー、懐かしい光景ですねぇ」

「人が怒られてるのを懐かしまないでくださいよ......」

 

 うんうん、と1人頷くノタカに小町が苦言を呈した。

 

「......で、結局何事なんですか?」

「こまっちゃんにどう説明したものかねぇ」

「いい、小町? よく聞きなさい。我々の所属する是非曲直庁のトップが誰なのかは知っていますよね?」

「もちろん。十王の方々ですよね」

 

 十王──輪廻を司る是非曲直庁の創設者である10人の王。最初は死者は10人の王に順に裁かれていた。が、次第に死者を裁ききれなくなり、全国の地蔵菩薩から人員を募り、さらに、一審制に切り替わった。その際、十王は最も権力のあった閻魔王の名を全員が名乗り始め、今に至る。

 

「今、その十王の一角がここに来てるって聞いたらピンと来ますか?」

「えーと、あたいはよく分からないんですけど......やっぱりヤバいんですか?」

「ええ」

「割りと。まあ、それ自体はともかく問題はその十王の方々が行方不明ってことですよ」

「そういう訳で私たちはお探ししているのです」

「こまっちゃん、朝からあの店にいたんでしょう? 何か噂とか聞いてないんですか?」

「さあ、あたい飲んでたもんで......」

 

 顔を赤らめて小町は笑った。照れているのか酔いがまだ覚めていないのかよくわからない。

 

「噂っていうと......今日里の外れの店に強盗が入ったとかそのくらいですかね」

「へぇ、意外と里も物騒なんですねぇ。何が狙われたんです?」

「いや、それが......居合わせた2人組の少女が強盗を撃退したって......関係ないか、アハハ」

「その店、何の店です!?」

「え? 多分......普通の定食屋だと思いますけど。あ、でも、こんにゃく料理が有名ですよ」

「え?」

 

 ノタカがリストを凝視した。

 

「この店です! 映姫!」

 

 ノタカはリストの真ん中より下辺りを指した。

 

「こまっちゃん、場所は分かっているのですよね!?」

「え、ええ、まあ」

「小町、私達を連れてそこに行きなさい!」

「え?」

「早く!」

「は、はいっ!」

 

 小町が一歩踏み出すと3人はその場から消えていた。

 

 ◇

 

 三途の川は死者によって川幅が変わり、渡し賃も変動する。その川幅を現在地と目的地の距離を弄る能力で、変えているのが小町たち船頭の死神である。

 小町の能力で3人はすぐさま件の定食屋へと到着した。

 扉が外れ、店内が丸見えになっている。何かしら騒動があったのがはっきり見てとれた。

 

「お、姉ちゃんじゃねえか、一昨日以来かな?」

 

 散らかった店内を掃除していたふくよかな男性が小町を見つけると、気さくに話しかけた。

 

「ひ、人違いじゃないかなー?」

 

 小町は背後の得も言われぬ威圧感に伏し目がちになった。

 

「ハッハッハ、何の冗談だい。姉ちゃんみたいな目立つ人見間違えたりしねぇよ」

「こーまーちー?」

 

 小町の全身がガチガチにこわばる。吹き出る汗は夏の暑さが理由ではない。

 

「あなたには後でたっぷりと話があります!」

「はい、四季様......」

 

 ポッキリ心が折れた常連を、営業していない店に落胆したと捉えたのか男性は小町に謝った。

 

「折角来てもらったところ悪いんだが今日はもう店仕舞いなんだ」

「えらく荒れてますねぇ」

 

 ノタカはひょいと店内を覗きこんだ。わずかに見える厨房の床にはおそらくもとは料理をのせていたであろう、白い破片が見えた。

 

「ああ、ちょっと強盗にやられちまってな。何でまたこんなへんぴな所が狙われたのやら」

「あらあら、それは災難でしたねぇ。ご無事で何より」

「本当だよ、全く。扉が壊れたり、皿なんかは割れちまったが、結局何も盗られちゃないしなあ。これもあの女の子たちのお陰だな」

「ほう、女の子?」

 

 既に知っている情報に対して、実に白々しくノタカが聞き返した。

 

「ああ、よく分からんが強盗に襲われた時に2人の女の子が助けてくれたんだよ」

「もしかして、その女の子たち、バカみたいにこんにゃくばかり食べたり?」

 

 バカみたい、と言ったところで映姫がノタカを軽く小突いた。

 

「あ、そうだそうだ。こんにゃくのステーキばっかり注文してたな。変わった子達だったよ」

「こんにゃくの捨て液? あの人たち遂にそんなものまで飲みだしたんですか?」

「......ステーキ、素材を切ってそのまま焼いた料理のことです」

「斑尾様......まだ横文字苦手なままなんですか?」

 

 どうでもいいところで引っ掛かるノタカに2人は呆れ果てた目を向けた。ノタカはちょっとした屈辱感で体が小刻みに震えているのに気づいたが、咳払いを1つすると構わず続けた。

 

「もしやその2人、黒髪と白髪だったり?」

「そうそう......ってもしかしてあんたらあの娘たちの知り合いかい? だったらお礼を言っといて欲しいんだ。......いつの間にかいなくなってたもんでなあ」

「では、次にどこへ向かったかまでは分かりませんか?」

 

 映姫の問いにうーん、と呻いた後、男性はピッと人差し指を伸ばした。

 

「里の中心の方へ歩いていった気もするがなあ......」

「里の中心......こまっちゃん!」

「はい!」

「次はこの甘味処です!」

「ありがとうございました」

「あ、ああ」

 

 店長が戸惑いながら映姫のお礼に答えた頃には既に3人とも消え去った。

 

 

 

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