東方閻魔帳 作:妖念
里の中心部──様々な店が立ち並び、多くの人が行き交う活気に満ち溢れた場所だ。先程の里の外れの店付近とは違って人目も多い。幻想郷が異能に慣れた環境とはいえ、目の前に突然人が出現すれば流石にちょっとした騒ぎになる。小町たち3人は暗い裏路地へと瞬間移動し、表通りへと顔を出した。
すぐ左手には目的地である人里有数の甘味処。ごく最近開店した店舗ながら、店外にまで続く長蛇の列から盛況ぶりがうかがい知れる。
「斑尾様、あのー、ちょっとお尋ねしたいことが」
「ん、なんです?」
「どうしてここなんですか?」
ただ、小町はノタカが示した紙に書いてある店の近くに、よく分からぬままワープしただけだった。
「そうですねぇ。ご飯食べたあとですし、甘い物が欲しくなることでしょう。で、里の中心に向かったのならば、この、甘味処に来るんじゃないかとね」
ノタカはビシッと看板を指した。ガラス張りの店は白いモダンテイストの雰囲気が洒落ている。
「でも......甘味処なら他にも沢山ありますよ?」
小町は周囲を見渡した。ざっと目につくだけで5軒はある。どれも里に住んでいる訳ではない小町ですら耳にしたことがあるほどの有名店だ。まあ、里に住んでいないだけで里にはよく出没するが。
「いやね、その閻魔王様ってのがこんにゃくが大好きなもんで。ここは、何でも玉こんにゃくを使った商品が評判とのことで」
よくぞ聞いてくれたとばかりにへっへっへと笑いながら解説をするノタカ。
しかし、小町はすぐにノタカの勘違いに気づいた。映姫もそのことに気づいた様子で複雑な表情で眉を寄せた。
「斑尾様......それ、こんにゃくじゃなくて多分、タピオカですよ」
小町たちが来たのは最近できたタピオカドリンクの店だった。
「え? 違うの?」
ノタカはきょとんとしている。やはり分かっていなかったようだ。
「まあ、近いっちゃ近いですけど......別物ではありますね」
「えー、まさか振り出しですかー?」
ノタカは落胆を隠せない虚ろな目で首筋をぼりぼりと掻いた。
しかし、店内を眺める映姫の様子がおかしい。いつも以上に真剣な眼差しになっていた。
「 ......いや、そうでもないようですよ」
映姫がボソリと呟いた。
ガラス張りの壁、映姫の真っ直ぐな視線の先には向かい合って座る一組の少女たちがいた。
「あれが......閻魔王、様?」
小町にはそのようには見えなかった。何の変哲もない2人の少女だ。が、映姫やノタカの反応を見るに間違いないのだろう。
「ええ、ついに見つけた......!」
「けど、流石にあの列掻き分けて入る訳にはいかないですよねぇ」
1ヶ所しかない店の出入口は相変わらず人でごった返している。
「こまっちゃん、中に皆で飛びましょう」
ノタカが店内を顎でしゃくった。中には3人がワープできるほどのスペースはある。
「騒ぎになりませんかね?」
しかし、店の座席は全て埋まっており、人の視線は網目のように張り巡らされている。穏便に中に入れるかは怪しい。かといって人の目を遮るような場所、例えばトイレに3人も入れるとは思えない。
普通他の客がどんな容姿だったかなどいちいち覚えていない。入る瞬間を見られさえしなければ先程までいなかった人物がいたとて不自然に思われることもないだろう。
小町が考え込んでいるとノタカが不適な笑みを浮かべた。
「木を隠すなら森の中、騒ぎを隠すなら大騒ぎの中、ってね」
パチンとノタカが指を鳴らした。
空いた器を下げていたウエイターが急によろめいた。小町には一瞬ウエイターの靴が地面に張り付いていたように見えた。
トレーの上のガラスの器が数個、バラバラと宙を舞い、地に叩きつけられる。
「こまっちゃん、今です」
戸惑いながらもすかさず小町は3人の肉体を店内へと入れた。
ゴンッと大きな音が数回響く。
店内の全員が音に反応しそちらを向いた。誰も見ていない、死角が一瞬生まれる。
「あなたという人は......」
映姫が微妙な顔をノタカに向けた。
「ご心配なく」
「も、申し訳ありません! ......あれ?」
派手な音の割にガラス片が床に飛び散る──といったことはなかった。不思議そうに、しかし、ほっとしたようにウエイターは無傷の食器を拾い上げ、その場を後にした。
「ちゃーんと割れないようにしてありますよ」
「そういう問題ではないのですが......」
ノタカの下手なウインクに鼻を鳴らしながら、映姫は2人の元へ歩み寄った。小町も恐る恐る映姫とノタカの後ろからついていく。座席に向かい合ってちょこんとすわる2人の小柄な少女。1人は短めの黒髪を後ろで1つ結びにしている。もう1人の白髪の少女はショートボブだ。見た目は小町たちよりも一回り小さな少女、どちらも一見して閻魔王と分かるものはいまい。実際、小町は未だ半信半疑であった。
「お食事中失礼致します」
「あら、アナタは......新年の挨拶以来かしらネ、四季 映姫・ヤマザナドゥ」
薄めた墨汁のような灰色の4つの瞳が映姫たちの方を見つめた。何だか実感は湧かないが、偉い人に見られたと思うと小町の体は自然と強ばった。
「はい」
「今日はあなたは非番のはずだヨ?」
黒い髪の少女の方が口を開いた。
「ええ、しかし、ミラ様から閻魔王様にお供するように、とご指示たまわりました」
「それはご苦労様だったネ」
「いえ」
淡々と答える自分のボスに小町は内心舌を巻いた。流石の落ち着きぶりだ。
「そして......久しぶりネ。斑尾 ノタカ・ヤマ××」
「アハハ、ほんとお変わりないようで何より」
頬に凍りついたようなバレバレの愛想笑いでノタカが返した。映姫とは真逆の人間臭い反応は逆に小町を安心させた。
「で、もう1人は......」
今度は4つの眼が小町の顔を見上げた。
「あたい、じゃなかった私は四季様の部下で、死神の......」
「小野塚 小町、ネ」
「え? は、はい。そうです」
小町は自分が口にするはずの名前を相手に言われて面食らった。もしかしてどこかで会ったことがあったのだろうか。あれこれと過去を掘り返してみるが小町の記憶には一向に目の前の2人は見つからない。
焦燥の中の小町の前で2人が笑い始めた。
「そんなに焦らなくても初対面だヨ」
「私たちが是非曲直庁の中で知らないことなんてないのネ」
白髪の閻魔王がこめかみの辺りを人差し指でトントンと叩いた。
◇
前方を映姫と2人が談笑しながら歩く。ノタカと小町はその背後をのそのそついていく。
「やけに斑尾様が沈んでたからもっと怖い人なのかと思ってましたよ」
いきなり名前を呼ばれた時にはドキリとしたが、あれから軽く里を廻っただけで特に何も起きてはいない。 小町が笑顔でノタカに話しかけた。もう映姫の説教以外の肩の荷は降りたといった感覚だ。あわよくばその説教のことも有耶無耶に、とも願うが、あの上司にそんなことは通じまい。
「いや、私が渋ってたのは別に御二人と顔を合わせたくなかった......というわけじゃあないんです。むしろ久方ぶりにお会いできてよかったですし」
「ふーん、まあでも今日は取りあえず一件落着じゃないんですか?」
今向かっている先は彼岸、つまり帰り道だ。
「いや、まだまだ気を抜けません。遠足は無事に帰るまでが遠足なのです」
「ん?」
小町はノタカの発言の意味が理解できず、聞き返そうとしたがすぐに別のことに心奪われた。
「へえ、今日は......夏祭りだったのか」
通りの人混みが増し、綿菓子に顔をうずめたり、お面をつけたり、金魚を片手に親と飼う飼わないでもめる子どもたちが目に付き始めた。きっとこの先には華やかな屋台が立ち並んでいるのだろう。小町も思わず懐の小銭の数を確認する。
「ほう、祭りだネ......」
そんな賑やかなお祭りの雰囲気に反してノタカの顔色がみるみるうちに悪くなっていった。映姫も何か狼狽したように体が揺れた。ノタカはともかく常に冷静沈着な映姫がうろたえるのは珍しい。
「映姫!」
「分かってます!」
映姫が閻魔王の方へと伸ばした腕は2本ともむなしく空を切った。
「楽しくなってきたヨ!」
紐で引っ張られたように2人の閻魔王が駆け出した。
「あっ、ちょっと、お待ちください!」
小柄な少女の姿はこの人の流れの中では簡単に消え去る。針に糸を通すようにするすると人の間を抜けていき、あっという間に見失った。
「ああ、だから嫌だったんですよ! この仕事!」
映姫とノタカが何とか追おうとするが、人混みはどんどん過密になっていく。小町は一連の流れを他人事のように見届けたあと、全てが振り出しに戻っていることに気がついた。