東方閻魔帳   作:妖念

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二十六、ツイン・ヤマラージャ(六)

 ノタカは1人、夏祭りの雑踏の中をさまよっていた。3人がただ雛鳥のように待っているのは非効率的、かといって3人が揃ってうろうろするのも非効率的だ、ということで映姫と小町が定位置で監視、ノタカが動いて捜索という布陣になった。本当はもう1人捜し回った方が良いのだろうが、小町はそもそも閻魔王とあまり面識がない。よって単独ではなく映姫と共に行動することになった。

 ただ、これだけなら別にノタカが待機組にまわっても良いのだ。

 ノタカが、こうして人に揉まれながら手を出せない屋台の料理たちを恨みがましく見ているのは──悪魔の三竦みのせいだ。

 

 

 ──じゃーんけん、ぽん! 

 

 

 

(映姫が相手ならイカサマできたんですがねぇ)

 

 映姫の制服は長袖だ。しかし、あいにくと小町は半袖、一瞬服を止めて後だしにしてやることはできない。恐らくそれを見越して映姫は小町に悪魔の三竦み(じゃんけん)の相手をさせたのだろう。

 かくして芋の子を洗うような通りで、ぐずぐずとノタカはほっついていた。

 

 金髪の少女が少し開けた道端にしゃがんでいるのを見つけた。どういうわけか屋台のないこの場所からなら、人波がよく見えるとふんでノタカは声をかけた。

 

「あー、もし。ちょいとお尋ねしたいことが」

「何かしら?」

 

 少女は背中で返事をした。

 

「失礼、何か作業中でしたかね?」

「いえ、構わないわよ。あら?」

「あ、宴会の時の......」

 

 振り返った人形のようにかれんな少女がノタカの記憶をつついた。

 そうだ。自腹を切ったあの宴にこの少女も参加していたのを見かけた。何故いたのかは分からないが、そもそもあの時の宴は鬼やら何やらそんな連中ばかりだったので、深くは考えなかった。

 

「お久しぶりね。魔理沙から聞いているわ。閻魔様なんでしょう? 魔法使いのアリス・マーガトロイドです。どうぞ、よろしく」

「はぁ......? 斑尾......ノタカです。こちらこそ」

 

 目の前の少女は胸に手を当て、名乗った。一挙手一投足が清雅に映る。

 唐突に始まった自己紹介と貴族のお茶会のような優雅さに、危うく本来の目的をどこかいってしまいそうになった。

 

「──じゃなかった。白髪と黒髪の2人組の少女を見かけませんでしたか? これくらいの」

 

 ノタカは自分の胸の下辺りで手を水平にした。

 

「ええ、見たけど」

「ほんと!? どこで!?」

「ここよ。私の劇のお客様としてね」

 

 ようやくノタカは少女の側にいくつもの人形があるのに気づいた。とても緻密に、美しく製作されている。こんなものがほいほいと市販されるわけもない。自作のものだろう。ノタカはアリスの白い指に目をやった。器用なものである。

 

「どこへ行ったか、分かります?」

「いいえ」

「......そう、ですか」

「ごめんなさい、お役に立てなかったかしら?」

「いいえ、貴重な情報をどうもありがとう」

 

 そうは言ったもの、ノタカは少し萎んだような感情になった。

 

「ちょっと待って」

 

 しかし、そのままトボトボと立ち去ろうとするノタカをアリスが引き止めた。

 

「やっぱり分かる、かも」

「何ですって?」

 

 ノタカはぐるんと振り向いた。

 

「あの2人に劇で使った人形をあげたのだけれど──人形の糸を1本、そのままにしていたのを忘れていたわ。だから、この糸をたどりさえすれば......」

 

 そのあとはもう分かるでしょ、と言わんばかりににやりとアリスが笑った。指先からよくよく目を凝らさないと見えないほどの糸がのびている。

 

「案内、お願いしても?」

 

 アリスは黙って頷いた。

 

 ◇

 

 変わらず閻魔王の捜索を続けるノタカに心強い仲間ができた。

 

「動き続けているわね......」

 

 アリスのほっそりとした指からツーと続く半透明の線をたどり続ける。太公望のごとく糸の先に神経を注ぐ。糸からは僅かな魔力を感じた。ただの糸ではなさそうだ。それで、この人波の中でも切れないということなのだろう。

 

「でも、閻魔様がお探しになるなんて──あの2人一体何者なのかしら?」

「......世の中知らない方がいいこともあるのですよ」

 

 別に説明しても良かったのだが、面倒くさいのとこの先に待ち構えているのが閻魔王だということを知られると協力してくれないと思い、ノタカは意味ありげに濁した。

 

「それもそうね」

 

 助かったのはアリスがそこまで突っ込んで来なかったことだ。......まあ、そこに突っ込んでくる魔理沙みたいな連中ならば、そもそも閻魔王だろうが何だろうが物怖じすることはないだろうが。

 

「ちなみにこの糸の先には何の人形が?」

「死神よ。やせこけた老人の見た目のね」

「うわあ......好きそう」

 

 死神の人形、この少女が作ったからにはかなり凝られた刺激的なものだろう。ノタカに見えた限りでも他に愛らしい人形はいくつもあった。そんな中、わざわざ死神の人形を。そんな人形、貰ってどうするというのだろうか。蒟蒻ばっかり食べているとそうなるのだろうか。

 ノタカが普通に失礼なことを考えていると、

 

「そろそろ見えるかも。近いわ」

 

 アリスの言う通りだ。

 糸の先、白髪の頭を視界に捉えた。

 

「あ!」

 

 ノタカが声を張り上げた瞬間、白い髪の持ち主は振り返ることもなく走り出した。

 慌ててノタカもドタバタと追う。

 

「人形師! 一瞬止まりなさい!」

「え? 人形師? 私?」

 

 アリスが混乱しながら群衆にもまれる中で、立ち止まった。

 指先の糸を、止めた。しなやかだった糸から柔らかさが消滅し、鉄線のごとくガチリと固まる。僅かな時間であれば往来の人々の邪魔にもなるまい。

 白い頭部がガクリと沈みこんだ。人形に繋がった紐が固定されたのだ。人形を持っていればそのままバランスを崩すだろうし、人形を離せば、取り返そうと足を止める。走っていれば尚更強い勢いで引き留められるはずだ。

 ノタカはそれを見届けると、能力を解除し、人をかき分け、一気に詰めよった。

 

「さあ、観念して......ってあれ?」

「え......誰?」

 

 眩惑する白髪の少女の傍らには黒髪の少女ではなく、白いもやがプカプカと浮いていた。

 

 ◇

 

「幽々子様ぁー、どこですかぁ......」

 

 情けない声が少女から漏れた。

 普段している黒いバンダナの定位置にはかわりにお面がおさまっていた。傍らには白い霊体がたゆたっている。その白髪の少女──魂魄 妖夢の種族は半人半霊だった。

 突発的に里の夏祭りに行きたい、と言い出した主人 西行寺 幽々子の付き添いで、里に降りてきた。別に幽々子の意図の読めない思いつきに付き合うのはよくあること、いつも通りなのだ。

 

 ──幽々子様? ちょっ、なんでお面なんかを......つけるならちゃんとつけてくださいよ! これじゃ前が......あれ、幽々子様ー? 

 

 ただ、少し目を離した隙にはぐれてしまった。妖夢は最早人の波に沿って1人屋台の間を練り歩くだけである。......こうなるのもいつも通りなのは気のせいだと思いたい。

 

 妖夢は幽々子の捜索をほとんど諦めていた。いつも通りなら知らない間に消えて知らない間に隣にいることが多い。もうすでに、と思って横をキッと見たが、見知らぬ2人の少女と目が合ってこっ恥ずかしくなった。

 それに、幽々子の髪は桃色、正直──屋台で売られているピンク色の綿菓子が紛らわしいのだ。そんな馬鹿な、と笑われそうだが、事実幽々子だと思って駆け寄った先がただの綿菓子でした、なんてのを何回も繰り返している。

 空は少しずつ暗くなり始めている上、見えるのは通りを埋める黒山のような人だかりの寸隙のみとはいえ、我が主人とたかだか綿菓子の区別がつかないとは我ながら情けない。

 

 また、ピンクの何かが人々の隙間をよぎった。

 心の中で妖夢はため息をついた。これで最後にしよう。この先に幽々子がいなければもう思いっきり祭りを楽しむのだ。焼きそばを買って、かき氷を食べて、そうだ、チョコバナナも悪くない。そう考えると何だか楽しくなってきた。

 軽やかな足取りで駆け出した妖夢だったが──不意にずるりと上体が崩された。咄嗟に掴もうとしたのが背中と腰に差した2振りの刀なのは剣士の性か。

 誰かの着物でも引っ掛けたのか。ただ、妖夢の刀が警戒されているのか周囲とは一定の間隔がある。誰かが触れている様子はない。

 右足を地面に押し付け、何とか踏みとどまると引っ掛かったような感覚が消えた。

 だが、それが何だったのかなどと考える余裕はない。息つく暇も妖夢には与えられなかった。

 

「さあ、観念して......ってあれ?」

「え......誰?」

 

 見返った先に彼岸花の髪飾りの女がポカンと大口を開けていたからだ。

 

 

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