東方閻魔帳   作:妖念

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二十七、ツイン・ヤマラージャ(七)

 

「はーん、あなたのご主人もねぇ」

 

 魂魄 妖夢と名乗ったこの白髪の少女もまた、人を見失ったらしい。

 

「ええ......跡形もなく消えました」

「跡形もなく?」

 

 魔理沙といいこの妖夢といい、幻想郷の少女は独特というか、珍妙というか、そんな言い回しをするものなのか。

 

「え、あなたのご主人"も"って......」

「あ、そうそう。私も人捜しの最中でしてね。これぐらいの背丈で白髪と黒髪の2人の女の子見ませんでした?」

「えーと」

 

 あっ、という声と共に妖夢はぽんと手を叩いた。心当たりがありそうだ。

 

「では、多分そのときですねぇ......」

 

 あの2人はすでにアリスの人形の糸に気づいていたのだ。ノタカが糸を使って足止めをはかろうとすることも見抜いていたのだろう。人外であれば被害も受けまいと考え、一目でそれと分かる妖夢に糸を押し付けた。

 

「え? 何がです?」

「いえ、こちらの話です。それで、どこに向かったか分かりますか?」

 

 アリスは次の人形劇の準備があるとかで戻っていった。最早手がかりはこの少女しかいない。

 

「どこって......進行方向は同じだったから、この先、だと思います」

 

 首をひねりながら妖夢は前方を指差した。当然、2人の影も形もない。

 ノタカは改めて帯刀したこの物騒な少女を見た。緑色の服に身を包み、ふわふわと傍らに霊魂が浮かぶ。

 半人半霊。そういえば冥界にそんな種族のものがいると耳にしたことがある。彼女がそうなのだろうか。となるとその主人は閻魔の命を受けた冥界の管理人......。

 

「西行寺 幽々子......か」

「え!? 幽々子様をご存知なんですか?」

 

 ノタカの呟き声が聞こえたようで、意表を突かれたように妖夢が言った。

 

「まあ......職業柄?」

「なら、話が早いです!」

 

 妖夢はバッとノタカの手をとった。冥界の者だからなのかどこかひんやりとしている。

 

「あのー」

「私もあの2人の少女、お捜しするの手伝いますのでお互いに協力しましょう!」

 

 俄然、やる気を燃えたぎらせ始めた妖夢。

 

「私、お名前は存じ上げていますけど別にお会いしたことはないですよ?」

 

 が、あいにくとノタカはその幽々子とやらを見たことはない。

 

「え?」

 

 1人先走っていた妖夢はプシューと空気の抜けた風船のようになった。

 

「ああ......」

「そうですねぇ。私ももうほとんど人捜しは諦めてるんですよ。ここで会ったのも何かの縁......」

 

 ノタカは妖夢の肩をポンと叩いた。人は同一の場所で似通った境遇に合っている者がいると自ずと親近感がわくものだ。それは閻魔も半人半霊も同じだった。

 

「どうです? 一緒に?」

 

 ノタカは親指でくいと立ち並ぶ夜店を指した。

 

 

 ◇

 

 

「ふー、食った食った」

 

 ノタカは小銭入れをポンポンと手の上で弾ませた。大分軽くなってしまったものだ。普段から中有の道で屋台形式の店の料理はよく食べているが、それとはまた違った満足感を得られた。何よりこの祭りの雰囲気の中で食べるというのがいい。

 近くの石段に腰かける。ひやっとした石の感触が心地よい。

 妖夢は刀があるからなのか、立ったまま、どこか懐かしむような目ですっかり暗くなった空を見上げた。

 

「こんなことをしていては祖父に怒られるかもしれませんが」

「......お爺さんに?」

「はい、祖父も長いこと西行寺家に仕えていました」

「ほう......ん?」

 

 いました、と過去形だった。

 ええ、とわずかに微笑みながら妖夢は頷いた。

 

「私がまだ小さい頃に突然いなくなってしまいまして......今どこで何をなさっているのやら」

 

 しんみりとした様子で妖夢は軽く腰の刀を撫でた。

 

「ただ、祖父、いえ、師匠の"真実は斬って確かめよ"という教えをもとに、私もいつか、立派な剣士になってみせます」

 

 

 妖夢はぐっと拳を握った。

 

「......じゃあ、お爺さんは怒りはしないでしょうねぇ」

「え?」

「いえいえ、何ごとも経験だという話です」

 

 不意にヒュー、と音がした。

 

「あ、花火だ」

 

 妖夢の顔が花火の光でパッとオレンジ色に輝いた。表情もどこか明るくなる。

 遅れて音がパアンと鳴った。

 

「あっちの方がよく見えますよ!」

 

 先ほどまでどこか寂しげな姿が嘘のように、はしゃぎながら妖夢は手招きをした。

 

「真実は斬って確かめよ......ねぇ」

 

 ノタカも腰を上げ、妖夢のもとへと向かう。

 

「斬らずとも分かるようになるまで、でしょうが」

 

 

 ◇

 

 

 妖夢に連れられるまま、少し開けた場所に出た。もう人がごった煮状態だ。どうにも彼女の刀が危なっかしく見える。

 そうこうしている間にも破裂音と共に観衆の顔が明るくなるのを繰り返す。

 

「もういっか。この辺で......」

 

 妥協の末、選んだ場所で2人はようやく立ち止まった。妖夢もノタカも別に背が高いわけではない。多くの黒い頭が少し視界を塞ぐが、まあ、問題ないだろう。ようやく落ち着き、次の花火が上がるまでの間、一瞬、横を見て、ノタカはあんぐり口を開いた。

 何故か映姫と小町、そして、

 

「おや、ノタカ。どこにいたノネ?」

「もう花火始まってるヨ」

 

 当たり前のように閻魔王(2人)がいた。

 

「映姫、どういうことです?」

 

 ノタカは映姫のもとへ駆け寄り小声で問い詰めた。散々捜し回って......いたわけでもないが、急にこうも事態が展開すると流石に面食らう。

 

「私たちのところへお2人がおいでになったんですよ」

 

 映姫はあの例の人形を抱えていた。なるほど、荷物持ちか。

 その枯れた老人のような死神人形の出来にノタカは少し感嘆を漏らした。この質ならば欲しくなるのも分からなくもない。だとしても他の人形を差し置いてまでかは疑問が残るが。

 そして、苦々しい顔の映姫の後ろに小町ではない、もう1人。

 三角形の布のついた水色の帽子からは桃色の髪がのぞいている。そう、ノタカが知りたいのはこちらのこともだ。

 

「......なぜだか西行寺 幽々子を連れだってね」

「え......幽々子、様?」

 

 ここで妖夢も小競り合いに気がついた。そして、主人に目をやり、ノタカと同じ表情を浮かべた。

 

「あら、妖夢?」

 

 どこかふわふわとしたような人物。それでいて、確実にこの世のものではないと分かるこの凍みる感覚。これが、西行寺 幽々子。

 

「あなたも名前は知っているでしょう」

「何が何やら......」

「私もです」

 

 ノタカは困惑の表情を直ぐに引っ込めた。そうだ。もとより、ここには花火を見に来たのだ。今は細かいことは気にすまい。

 

「まあ、閻魔王様も無事見つかったことですし、私もあなたも花火見物くらいしても罰は当たらないですよね?」

「本当に能天気ね......」

 

 呆れたような映姫も上空に目をやった。

 次々と色とりどりの花火がうち上がっては、消えていく。

 牡丹、錦冠、銀冠──形も様々な花火の光が夏の短夜を照らす。

 花火が夜空に弾ける度に観客から感嘆が漏れる。

 最後に大きな菊花火が打ち上げられ、消えた。

 祭りも終わりは近い。

 夜空に漂う煙だけが侘しく残る。

 ぞろぞろと観衆も帰り始めた。

 

「綺麗だったわね。さ、妖夢、そろそろ帰りましょうか」

「え? は、はい」

「それでは、皆様」

 

 一礼すると幽々子は妖夢の手をとり、その場からあっさりと消えた。

 

「時間だ」

 

 唐突に帰っていった冥界の者たちを見送る暇もなく、背後から何か取り立てるような声が聞こえた。振り返るといつの間にか、片眼鏡の女が立ち塞いでいた。

 

「ミラ」

「世話をかけたな。ヤマザナドゥ、ノタカ、それに......小野塚 小町。この礼は改めてさせて貰う」

 

 ミラは、テキパキと述べると手袋をはめた両手で、閻魔王のそれぞれの腰を抱えこむようにがっしりと掴んだ。

 

「ちょっ、ミラ!」

「降ろすのネ!」

 

 映姫が反射的に黒い髪の閻魔王に人形を渡す。人形の下半身がプラプラ揺れる。余計不気味だ。

 知らない人が見れば、まだ祭りを楽しみたい少女が無理やり親に連れ戻されてるようにも見える。ただ、どちらかというと、

 

「誘拐?」

 

 小町がポツリと漏らした頃には3人もまた、帰路につく人々の雑踏の中に紛れ、いなくなった。一瞬の内に、残されたのは映姫とノタカと小町だけ。ほっ、とノタカはひと息ついた。

 

「じゃ、私たちも帰りますか」

「あ、じゃあ、あたいが......」

 

 能力を使おうとした小町をノタカは軽く制した。

 

「フフフ、久々に会ったのです。たまにはゆっくり話でもしながら帰りましょう、ね、映姫」

「私は ......どちらでも構いませんが」

 

 こうして、残った3名もまだ花火の余韻が消えぬ内に、歩き始めた。

 

 

 ◇

 

 

「もう、幽々子様ー! いきなりいなくなるんですから!」

 

 祭りの喧騒を抜け、火照った顔が少しずつ冷えていく。普通ならば。しかし、魂魄 妖夢は煮え切らない思いでむしろヒートアップしていた。

 

「妖夢、帰ったら何か食べたいわ」

「私の話聞いておられましたか!?」

「まあまあ、いいじゃないの。妖夢だって夜店を楽しんだのだし」

「な、何故それを......」

「あら、そうなの?」

 

 グッと何か喉に仕えたような気分になる。完全にかまをかけられた。

 

「分かりました、分かりましたよ。白玉楼に帰ったら何かお作りします」

 

 ポッキリと折れた妖夢は残っている食材を思い出していた。幽々子とやりあうと大体こうだ。漂う布でも斬っているような手応えのなさ。作るメニューを決めると、妖夢の意識は幽々子とともにいた四季 映姫へと向いた。

 

「それにしても閻魔様が、なぜ......」

「そうねえ、4人も」

「え? 4人?」

 

 あの時、幽々子と妖夢を除けば一緒にいたのは死神、幻想郷の閻魔、そして、2人の少女と彼岸花の髪飾りの女。

 そして、足りない閻魔の頭数は3人。と、いうことは──

 

「ええー!?」

「あら、知らずに一緒にいたの?」

「ええと、何というか、まあ、失礼を承知で言わせて頂きますとそんな感じがする御方ではなかったので」

「そんなに気にすることでもないわ。それより、何を作ってくれるのかしら?」

「え? あ、そうですね......帰ってからのお楽しみです」

 

 急に料理の話に戻されて、妖夢は思った。やっぱり幽々子の内心はよく分からない。

 せめてもの仕返し、といってはなんだが何を作るかは教えないことにした。

 

 ◇

 

 帰る道すがら、ふとした疑問が、小町の中で頭をもたげた。

 

「十王って......残りの8人はどんなお方なんですか?」

 

 小町は、まだ見ぬ他の十王を想像していた。見た目は完全に無垢な少女が、閻魔の頂点に位置しているのだ。残りの面子も多少気になってくる。

 

「ん? 残りは9人ですよ」

「え? でも......」

 

 10引く2は8......寺子屋でも最初期に習いそうな単純な計算を小町は頭のなかで繰り返した。

 

「あの御方々は、2人で1つの閻魔王の座についているのです」

 

 映姫が答えた。小町も死神として長年勤めているが、トップが対の王だったとは露知らず。

 

「ま、私も2人ともお揃いなのを見ることは中々ないですけど。休むにしろ何にしろ普段は交互に活動なさってる方々ですから、今回の話を最初聞いたとき、2人とも来るなんてって私は驚いたんですが」

「ええ。ですから、私は、あなたが何か問題を起こしたのかと」

「だから何もしてませんって。......多分」

「じゃあ、どうして2人ともおいでに?」

「私は存じ上げません。あなたは何か聞いてます?」

 

 ノタカは、あ、と言って頭を掻いた。

 

「聞き忘れた。ま、いっか」

 

 そして、小町は別に気にかかっていたことも尋ねた。

 

「最後に閻魔王様を連れ帰った方も別の十王の方だったり?」

「いや、ミラは違いますよ。残りの9人に入ってません」

「え、でも。閻魔王様(あんな偉い方々)を」

 

 小町が気になったのは、そこだ。あの閻魔王ともあろう2人をひょいと抱えあげ、連れていったあの姿。何かしらの権力がないとそんなことはできまい。

 

「ミラ様ならばまあ、当然かと」

「ええ、それが仕事みたいなところもありますし」

 

 ノタカは小町に向き直ると指を1本立てて話し始めた。

 

「ミラ、えーっとその片眼鏡の人は第五閻魔王付司録......分かりやすくいうとあの閻魔王様の秘書ですね」

「へえー、じゃあ死神の方ですか?」

 

 小町は船頭の死神だが、閻魔の裁判の補佐をするのもそれを専門とする死神である。ノタカにいるかは知らないが、少なくとも映姫にはそういった死神がついている。

 

「いいや......浄玻璃の鏡が閻魔によって形が違うのは知ってますよね」

 

 ノタカは急に関係のなさそうな話を始めた。小町は当惑しながらもそれに応える。

 

「ええ、四季様のは手鏡、斑尾様のは......」

「水晶玉、です」

 

 ノタカは自分の浄玻璃の鏡を取り出した。

 

「そして、閻魔王様の鏡は──()()です」

「え?」

 

 小町はノタカの水晶の玉を指した。

 

「ご明察、ミラは閻魔王様の浄玻璃の鏡ですよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 地獄で最も古い、最初に建てられた裁判所。その中の一室、観音開きの厳重に閉ざされた扉が軋みながら今、開いた。

 

「はて、次の休暇はいつになるかネ」

 

 2つの椅子に黒髪と白髪の少女がちょこんと座る。アンティーク調の皮張りの椅子と少女たちはなんともアンバランスだ。

 

「まあ、2人とも休めるのは早くて30年後ってとこだヨ」

「馬鹿者、私を殺す気か。今後100年はないと思え」

 

 部屋にはもう1人いた。真鍮色の髪を持ち、片眼鏡をかけている。こちらはこちらで、存在そのものが古美術のような荘厳な雰囲気を醸し出している。

 

「えー、ケチ......と思ったけど今回ばかりは少し迷惑をかけちゃったからネ」

「少しじゃないが。......なんなんだ、それは」

「何ヨ?」

「その趣味の悪い人形だ」

「何サ、可愛いじゃないのヨ」

「......私の見える場所には置くなよ。それで、だ」

 

 コホン、とミラは仕切り直すように咳払いをした。

 

「どうして、2人で幻想郷(あそこ)に行こうと思ったんだ?」

「あれ、言ってなかったっケ?」

「一切聞いてないな」

「最近、姉貴が入れ込んでる場所があるって聞いてネ」

「姉貴が何であんなに幻想郷に肩入れしてるか気になったからちょっくら見にこようと思っただけヨ」

「で、どうだったんだ?」

「どうもこうもないネ。双子、白と黒、どうして私たちを見た人間は同じ感想しか抱かないノネ」

「光と影、風神雷神、阿吽、とかく人間は対になるものが好きなのヨ」

「裏の裏が表とは限らないノニネ」

「全くダヨ」

「ま、姉貴が入れ込んでる訳は──ちょっとだけ、分かった気がするネ」

「......ほう?」

「皆自由に生きている、アウトロー、てやつ? 確かに姉貴が好きそうだヨ」

「会えたのか?」

「ん?」

「その、姉貴──ヘカーティアに、だ」

 

 2人の閻魔王は一斉に首を振った。

 ひと言、そうか、と呟くと片眼鏡の女は部屋の外へ出ようとした。

 

「あ、そうだ、ミラ。もう1つだけ頼みたいことがあるネ」

 

 それを白髪の閻魔王が引き留めた。

 

 

「何だ?」

「大したことじゃない、連絡を頼みたい奴がいるんだヨ」

 

 

 ──「......人形が邪魔で何も買えないヨ」

 ──「......四季 映姫に頼むかネ」

 ──「でも、どこにいるか分からないヨ」

 

 ── 声をかけられた。

 

 ──「お困りのようですね。私が、ご案内致しましょうか?」

 ──「ン?」

 

 ──笑っている。誰だ。

 

 ──「申し遅れました。私、西行寺 幽々子といいます。四季 映姫様であれば先ほどお見かけしました。よろしければそこまでお連れ致します」

 

 ──嘘は......ついていない。

 

 ──「本当? 助かるヨ」

 ──「ただ、1つ条件が......」

 

 ──条件? 

 

 

 

「たかだか道案内でこの閻魔王(私たち)を動かそうなんざ......西行寺 幽々子、全くオモシロイ奴だヨ」

 

 

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