東方閻魔帳   作:妖念

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二十八、紅の女帝と銀の世界と(一)

 霧の湖──その名の通り、昼間は視界があやふやになるほどの霧が立ち込めている。湖は妖怪や妖精の溜まり場となっており、よほどの釣り好き以外は余り人も立ち入らない。そんな湖に真っ赤に浮かぶ洋館──紅魔館。里では悪魔が住む館と噂され、好き好んで近づく人間は1人もいない。そして、その噂はあながち間違いでもない。里とその館の接点と言えば、館にたった1人だけ住んでいる人間がたまに買い出しにやってくるくらいだ。

 度胸試しの場にすら選ばれないほど恐れられる館、その地下深くには幻想郷一と言っても過言ではないであろう膨大な蔵書を誇る図書室──いや、図書館と呼ぶ方が相応しい。ある日の午後、そんな薄暗く、古紙の独特な匂いが充満した大図書館の中で2人の少女がティータイムを楽しんでいた。

 

「ねえ、パチェ」

 

 パチェと呼ばれた少女──パチュリー・ノーレッジは分厚い魔導書から顔を上げた。

 

「何?」

 

 1つ聞き返してから、左手でページを押さえ、右手でティーカップの取っ手をつまむ。

 

「タロットカード占いって知ってる?」

「ええ」

 

 向かいに座る友人──紅魔館の主 レミリア・スカーレットはヴァンパイアだ。パチュリーよりも圧倒的に年上、もう500年ほど生きているらしい。ただ、吸血鬼としてはまだ幼い子ども、好奇心旺盛な時期である。どうせ、占いか何かの本を見つけてまた興味でも持ったのだろう。

 

「今からみせてあげるわ」

 

 やけに一方的な占いだ。

 

「何を占うのよ」

「そうねえ......まずは仕事運、金運、恋愛運でしょ、それから......」

 

 レミリアが指を折りながら列挙したもの、いずれも吸血鬼が占いそうなものとは、とてもじゃないが言えない。

 

「初心者じゃそんな大層な未来は無理よ。自分の性格くらいにしておきなさい」

「自分の性格なんて分かりきってるじゃないの。ま、それでいいわ」

 

 とにかくまずはやりたくてウズウズしていたのだろう。たしなめに簡単に譲歩したレミリアはどこで手にいれたのやら、パチュリーが思っていたよりも重厚なつくりのタロットカードを扇形に開いた。

 

「じゃ、はい」

「......引けってこと?」

 

 戸惑うパチュリーをよそにレミリアはにやりと笑った。この年端もいかない少女を吸血鬼たらしめる犬歯がギラギラと覗く。

 タロットカードは寓意画の描かれた大アルカナと数字と絵札からなるトランプのような小アルカナに別れている。レミリアの持つタロットカードは枚数の少ない大アルカナだ。

 とはいっても大アルカナは全部で22枚、扇状に開くには少々多すぎる。

 というか、そもそもタロットカード占いはこんなババ抜きのようにやるものなのか? 

 

「パチェ、早く」

 

 促されてパチュリーは、カップをソーサーに戻し、しぶしぶタロットに手をかけた。がしかし、カードが重なり過ぎている上、大量のカードの扇を何とか保とうとレミリアがぎゅっと力を込めている。うまく引くことができない。仕方なく一番外側のカードを引き抜いた。

 どれどれ、とレミリアがパチュリーの手札を覗き込もうとぐいと顔を近づける。どうやらカードが被り過ぎていてレミリア側からも何のカードが引かれたか分かっていなかったらしい。

 そして、持っていた占いに関する本をパラパラとめくり始めた。成る程、急にタロットカード占いを始めた原因はどうもその本らしい。確かに似たような本を見かけた気もするが、なにぶん本屋が何百軒も建ちかねない量、この図書館で暮らすパチュリーとて、蔵書全てを把握しきっている訳ではない。

 

「えーっと、【女帝(エンプレス)】は......『魅力(カリスマ)』! フフン、まあ、当然ね。私にふさわしいわ」

 

 パチュリーは手元のカードを見つめた。引いたのは王冠を被った女性が描かれた大アルカナ3番目【女帝】のカード。

 

「合ってるの......?」

 

 タロットカードが持つ意味は1つではない。どうも都合のいい単語を抽出した感じが拭えない。

 それに、パチュリーが引いた【女帝】は上下逆だった。タロットカードはカードの向きも重要、示す事柄が全く変わってくるのだ。ちなみに、逆さまの【女帝】には『我が儘』という意味もあるのだが面倒なので黙っておくか。

 

「よし、じゃあ次は......今日の紅魔館の運命ね!」

 

 レミリアは何故か紅魔館の住人全てを巻き込む占いを始めようとしている。

 彼女は【女帝】のカードを裏向きに戻すと、机の上で手持ちのカードの束を広げて、両手でかき混ぜ始めた。良質そうなカードを結構雑に扱うものだ。

 レミリアも流石に手で持つのは無理があったのか、今度は裏返しにしたまま綺麗に7、7、8枚の3列に並べた。

 そして、うーん、悩む素振りを見せながら1枚のカードをトントンと赤い爪で軽く叩き、めくった。

 表れたのは大アルカナ10番目【運命の輪(ホイールオブフォーチュン)】......。

 

「【運命の輪】は......えーっと? 『変化』、『出会い』?」

 

 再び手元の本で結果を確認するレミリア。

 

「『出会い』、ねぇ......」

「あら、疑ってるの? 私は運命の吸血鬼よ? 当たってるに決まってるわ」

 

 レミリアは何故か胸を張って答える。ひとしきりやってそれなりに満足したのか、ようやく占いの本をテーブルの端に置いた。

 そうして、彼女は紅茶のひと口目をすすった。と同時に、片方の眉がつり上がる。

 

「......咲夜、今日は何を入れたの」

「ふふ、内緒でございます」

 

 いつの間にか傍らに立っていたメイド服の少女──十六夜 咲夜はクスリと笑った。

 

「何だか変な香りがするけど......まあ、美味しいからいいわ。おかわり」

「かしこまりました」

 

 レミリアが一気に空になったカップを咲夜に差し出した。湯気だつ紅茶がトットッと音を立てて注がれていく。何だかどす黒い、妙なお茶のようにパチュリーには見えた。が、レミリアはそんなことお構いなしにつがれたそばからお茶をくい、とあおり、もう一度咲夜にカップを差し出した。メイドは落ち着いた表情のままでもう一度お茶を入れる。

 

「私もお願いするわ。レミィと違うやつね」

「承知致しました」

 

 咲夜はそのままポットをパチュリーのカップへと向けた。パチュリーは黙ってポットで紅茶が注がれるのを見ていた。同じポットで別の種類の紅茶を注ぐ。そんな嘘のような手品が彼女にはできることをパチュリーは知っていたから。それも()()()()で。

 

「あ、そうそう。咲夜、来客があるわ。準備をしておきなさい」

「かしこまりました。差し支えなければどなたがいらっしゃるのか教えて頂けますか?」

「さあ? いつ来るかも、誰なのかもさっぱり分からないわ」

「はぁ......」

「運命なのよ。そういう」

 

 首をかしげた咲夜だったが、直ぐにニコリと笑みを浮かべた。

 

「準備が整いました」

「フフ、ご苦労様。さて、誰と出会うのかしら? 楽しみだわ。ねぇ、パチェ?」

「そうね......」

 

 生返事だけして、パチュリーは机上に並べられたカードに再度目を落とし、気が重くなった。

 【運命の輪】はパチュリーから見れば正位置、通常の向きだ。つまり、捲ったレミリアからすれば逆位置。

 逆さまの【運命の輪】──暗示するは『アクシデント』。

 質が悪いことにレミリア・スカーレットの適当な占いは──結構当たる。

 

 

 

 

 

 

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