東方閻魔帳 作:妖念
「噛み合う」という言葉がある。それぞれ違う内容のものがなかなかどうして、しっくりと合ってしまうことがあるのだ。
◇
地獄の中心地、多くの人が往来する通りは殺風景な地獄の中では賑やかに見える。といってもここにあるのは是非曲直庁所属の公的な施設ばかり、せわしなく行き来する人々もほとんどが何かしらのお勤め中だ。よく見ると皆表情がどこか殺伐としている。
そんな中、2人の少女が施設の開口部から吐き出されるように出てきた。斑尾 ノタカと四季 映姫だ。
ノタカと映姫、2人が出てきた建物は5階建てだった。是非曲直庁の部署の内、1階に人事課、2~4階に経理課、5階に会計課が入っている。
人事課は休暇の申請、死神、閻魔、獄卒の配置転換、給料、その他もろもろの人事の管理を一手に背負っている。地獄はどこのポストもスカスカなので、死神や鬼神はここに言えば案外簡単に配置転換してくれる......らしい。無論、閻魔の担当区域はそう易々とは交代できない。
経理課は地獄の金回りを掌握している。普通、閻魔がこうした部署に所属していることはないが、死者がほとんどいない月を担当している故に絶望的に暇なノタカは例外だ。中有の道を管理する仕事は一応経理課の管轄である。経理課はその他、企画課の案の予算を都合したり、と恐らく最も忙しく、地獄の財布の紐を握っていることもあって、人員も多く割かれている部署だ。大体いつ行っても企画課とやりあっている声が聞こえる。たまに1階の人事課までそのやり取りが響いてくる。よく言えば名物だ。
最上階の会計課は各部署からの決算をまとめたり、お金を支払う手続きをすすめる部署だ。ノタカたち閻魔とは直接関係はない。
今回、2人が用があったのは経理課だ。ノタカは企画課からも幻想郷に関する範囲で仕事を受け持っている。その権限を使って持ち込んだ企画で経理課から予算をひねり出させてやろうと、そう息巻いて来たわけだ。
それで、今回立案したのが「プリズムリバー楽団の中有の道での公演」だ。
ノタカは先日、夏祭りの際に同行していた魂魄 妖夢から「プリズムリバー楽団」なる存在を耳にしていた。何でも非常に盛り上がる演奏をする腕のいい楽団らしい。中有の道で演奏会を開催すればかなりの集客が見込め、屋台の収入増加に繋がるのではないか、ということで予算を出してもらうよう交渉に来たわけだ。が、あいにくとその楽団を知らないノタカが交渉したところで苦しい地獄の財布の紐が緩むとは思えない。
そういった事情もあって、映姫に同行して交渉の場に就いて貰った。
以前、ミラから何の物言いがあったかは知らないが、経理課には最初の宴会の予算をノタカの給料から引いた個人的な恨みもある。ノタカは金に執着する性格ではないし、むしろ昔から無頓着な方だが、それでも給料から天引きというのは何かこう、癪に触る。
そういうわけで、捲土重来、映姫はともかくノタカは意気揚々と乗り込んだわけだが......。
「ちぇっ、ケチ」
ノタカは軽く舌打ちをした。
「こら、滅多なことをいうものではありません」
結果は、惨敗──というわけではなかった。どちらかというとむしろ、勝利を収めていると言える。
ケチなどと悪態こそついたものの、何せあの堅物集団、企画の墓場と恐れられる経理課から少額とはいえ、金を引き出したのだ。映姫を連れてきて心の底から良かったと思った。ただ、思ったほどの規模になりそうもないのもまた事実だ。
「それにしても......」
「ん? 何です?」
「思っていたよりもちゃんと仕事をしていたのですね。驚いたわ」
ノタカは協力を持ちかけた時の映姫の疑いの眼差しと、嘘ではないと分かった時の目を丸くした表情を思い出した。
「あのねぇ、私も閻魔の端くれなんですから」
まあ、今回やっていることは閻魔の業務内容とは全く関係ないが。
「しかし、あなたもいいところに目をつけたものです。ライブで集客を図ろうとは考えましたね」
「はーん、あなたがそこまで言うなんて、プリ......その......何だっけ」
「プリズムリバー」
「そう、そのプリズムレバーってのはよっぽど凄いんでしょうね」
そう、未だノタカは件の楽団を1度もその目で見たことはないのだ。知っていることと言えば三姉妹で構成されているということぐらい。正直、ダメ元の提案、思いつきと変わらないレベルだったので映姫がのってきたのは意外だった。
「レバーじゃなくてリバー」
「レもリも変わりゃしないですよ」
「あなたは歴史の勉強をしなさいと言われて力士の勉強をするのですか?」
「相撲はもともと由緒正しき神事ですからね。歴史も学べるんじゃないですか?」
軽口を叩いてから、ノタカは歩き始めた。
「じゃ、善は急げって言いますし、早速向かいましょう。なんちゃら楽団のもとに」
「待ちなさい」
しかし、映姫は1歩も動かずノタカを引き留めた。
「私は行けないわ」
「え? 何で? もう仕事終わったんでしょ?」
「安心しなさい。相手はポルタ......騒霊よ。
「いや、だとしても......」
「それに、私が行くと......警戒されます」
「......説教のせいで?」
「違います! 幻想郷の閻魔だからです!」
「分かりましたって」
「相手を威圧してしまっては纏まるものも纏まりません。いいですか、そもそも、私が非番の時に幻想郷を回っているのは何も説教のためではなく、幻想郷の住民の行いを正し、良き生を全うさせ、地獄に来ることのないよう......」
「あー、分かりましたって。1人で行きますよ」
自分に返事を2回する癖がついたのは、映姫が1回では説教を辞めなかったからだとノタカは思っている。
◇
霧の湖の近くの廃洋館、そこで楽団がいつも練習しているという風に聞いた。
なのだが、湖にたどり着いたのはいいものの、いざ探そうとなると霧が濃すぎて何にも視界に入らない。うっかり湖に落っこちそうになったのも1度や2度ではない。おまけに霧のせいで着物が水分を吸収して、少し重くなってきた。
あくせくしながら、しばらく湖の付近をさまよっていると、ぼんやりと大きな輪郭が見えた。どうやら建物らしい影だ。
近づくごとにその影は赤みを増していく。輪郭も徐々にはっきりとしてきた。
そうして、門が見える辺りまで近づくとようやく影の全貌が分かってきた。高くそびえる時計台にこの外観。間違いない、洋館だ。廃洋館と言えるほどボロっちくはないが、ここだろうか。
「あ、お待ちしておりました」
「はい?」
門の前から声がした。淡い緑色の華人服を着た女性がこちらを見て深々と頭を下げる。何故か歓迎されている。
「どうぞ、お入りください」
「え? あ、ちょ」
浄玻璃の鏡で透かそうと懐に手を伸ばすも、華人服の少女に促され、なし崩し的に門の内側へと足を踏み入れる。
館の扉へ至る石畳の両脇には色とりどりの花が咲いていた。よく手入れされた花壇だ。廃洋館ではないようだが......。
近くで見ると、より館の外壁の赤の色調がどぎつい。血飛沫を浴びたばかりのようだ。こう言ってはなんだが、この館の設計者はかなり趣味が悪い。
が、こんな大きな屋敷を構えているのだ。そのプリ......なんとか楽団は想像以上に大物なのかもしれない、とノタカは勝手に気を引き締めた。
この瞬間、奇しくも吸血鬼の占いと地獄の職務が"噛み合って"しまった。ただ、偶然噛み合っただけの運命の歯車はいずれガタが来る。
館の扉が開かれた。
待ち構えていた召使の後に続いて、ノタカが1歩1歩絨毯を踏み締める度、歯車のズレは大きくなっていった。