東方閻魔帳 作:妖念
朝日が昇る。博麗の巫女の朝は日の出と共に始まる。霊夢はむくりと上半身を起こすと思いきり伸びをした。
昨日までの身体の怠さも大方消えた。相変わらず神社は冷え込んでいるが、それでも彼女にとっては久しぶりの気持ちのいい目覚めであった。
「さて、と」
霊夢は勢いよくぴょん、と立ち上がると腰に手をあて改めて背伸びをした。布団をたたむと朝食の準備をしに台所へと向かった。昨日までの身体を引きずっている、という感覚もすっかりない。廊下の冷たさも昨日と違ってむしろ心地よささえ感じた。1歩踏み出すごとに目が冴えていく。同時に異変解決の専門家としての勘もよみがえってきた。
朝食と着替えを済ませた彼女は、昨日まで布団の中で震えていた少女ではなく、幻想郷の調停者・博麗 霊夢であった。
紅白の巫女服を身にまとい、右手に大幣を握りしめ、懐には術を施した大量の御札。これが彼女のいつもの異変解決スタイルである。流石に寒いので普段と違って上着を羽織っているが。
ウォーミングアップがてらに神社の"掃除"を始めた。
敷地内の幽霊を手当たり次第に殲滅していく。身体を動かすと寒さも段々と気にならなくなっていった。
(普段なら幽霊は闇雲に退治しないんだけど......ま、しょうがないわよね)
それでも幽霊はさほど減る様子を見せなかったが霊夢はそれも承知の上であった。
はなから霊夢は幽霊など眼中にはない。
この異変には必ずもっと大きな黒幕がいる。その元凶を徹底的に叩きのめす。
幽霊を薙ぎ倒し続けると少し視界が晴れた。
そろそろ出発しようと霊夢はゆっくりと浮き上がった。空を飛ぶのも久しぶりだ。羽織った上着がパタパタとはためく。
幽霊から離れたからか上空の方が陽射しの暖かさをより実感できた。
そのまま、飛行しようとしたものの急ブレーキをかけた。視界に入ったものを確認しようと目をこする。しかし、見えるものは変わらない。
「な、何よ......これ」
ずらりと一列に並んだ幽霊が霊夢を待ち構えていた。神社へと続く長い石階段に大小さまざまな幽霊がきれいに整列している。どうやら階段を下りきったその先にも続いているようだった。
いくら百戦錬磨の霊夢とて、今までこんな光景は見たことがなかった。
慎重に高度を下げ、近づいてみたが一向に散る気配がない。綺麗に並んだままであった。試しに御札をちらつかせても本当に攻撃しても逃げる気配はない。
幽霊は何者かに並ばされている、と考えるのが妥当だ。
霊夢は、いよいよ裏で幽霊を操る者がいることに確信を持ち始めた。
(幽霊と言えば冥界だから白玉楼まで行こうかと思ってたけど......)
霊夢は自らの勘の赴くまま幽霊行列をたどることにした。もちろん片っ端から成仏させながら。
(しっかし、これだけの異変、魔理沙が動いてないのも変だけど文が何にも取材してないのも変ね。いつもなら鬱陶しいくらい飛び回ってるのに)
◇
「おーい! 起きてるか!」
早朝のあばら屋に甲高い声が響く。一番聞き慣れた声で森近 霖之助は目を覚ました。経験則だが、この声で起こされた日には大抵ろくなことがない。枕の脇に置いてあった古ぼけて曇った眼鏡をかけ、のんびりと寝巻きを着替え始めた。
香霖堂──ここは彼が店主を務める骨董品店──と言えばきこえはいいが、実際は彼が拾ってきたがらくたを適当に売っているだけである。あげくに自分が気に入った物はことごとく非売品にしてしまうため、まともな商売にはなっていない。
「おーい! まだか!」
彼女がせっかち過ぎるのだ。別に急ぐ必要はない。というか、今はまだ営業時間ではない。
帯を締め、ようやく声の方へと向かった。案の定、金髪の少女が商品である古めかしい壺に腰掛けている。
霖之助は大きくため息をついた。
「売り物に座るなといつも言っているだろう。で、どうしたんだい、魔理沙?」
「こっちはまだあったかいんだな」
霖之助はもう一度ため息をついた。会話が成り立たない。
しかし、幻想郷ではよくあることだ。自分にそう言い聞かせ、再び口を開いた。
「あー、いったい何の用だい、魔理沙?」
ようやく彼女はこちらを向いた。
「ああ、八卦炉を取りに来た」
「そうなのかい? いつもは約束よりも早く来るくせに今回は2週間も遅かったからもういらないのかと思っていたよ。ほら、メンテナンスはとっくに終わってる」
霖之助は大人の拳より一回り大きいサイズの正八角形の物体を魔理沙へ差し出した。
ミニ八卦炉──魔理沙のために様々なカスタムが施してある、超がつくほど貴重なヒヒイロカネを使用した霖之助渾身のマジックアイテムだ。これ1つで暖房から戦闘まで幅広くこなすことができる優れ物だと自負している。
「色々あって森を出られなかったんだ。サンキュー、香霖」
「色々?」
「ああ、異変だ。幽霊が大量に湧いて森、というか私の家がとんでもなく寒くなってる」
「なるほど、"こっちはあったかい"というのはそういうことか。しかし、だったら尚更早く八卦炉が要っただろうに」
「魔力が切れて森から出られなかったんだ。今はアリスから魔力を貰ってる」
「何? ははぁ......そういうことか。ちょっと魔理沙。渡したいものが......」
「何ゴソゴソしてるんだ? まあいい。そういう訳だから今急いでるんだ。またな、香霖!」
「あ、待て! ......行ってしまった。まったく」
霖之助は少女が風のように消えていった開きっぱなしのドアを恨めしげに見た。
「しまったな。コイツを渡しそびれたぞ......」
霖之助が手の上で球体をコロコロもてあそんでいると、
「店主さん、いらっしゃる?」
「ああ、いらっしゃい」
「今、魔理沙っぽい人がすごい勢いで出ていったのだけれど何かあったのかしら?」
店の扉が再び開いた。1日に2人も来客があるのは、いや、3人目か。とにかく、この店では珍しい。明日は雨か、などと思いながら霖之助はお得意様の銀髪の少女の対応へと気持ちを向けた。