東方閻魔帳   作:妖念

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三十、紅の女帝と銀の世界と(三)

 

 

 紅魔館に奇妙な来客があったとの一報が咲夜の耳に入ったのは、ちょうど彼女が館の掃除を一通り終えた頃だった。

 妖精メイドの1人が、ドタバタと咲夜のもとへと駆け寄ってきた。

 

「あ! 咲夜さん!」

「こら、走らない。今掃除したのにまた埃が立つでしょう?」

「あ、ごめんなさい」

 

 紅魔館はとてつもなく広い。

 故に咲夜以外にももちろん従業員はいる。門番もいるし、メイドとして働く妖精とホフゴブリン達だ。ホフゴブリンの方はそれなりに働きはしてくれるが妖精の方はほとんど役に立たない。数だけはいるので人海戦術は可能だが、そもそも指示があまり通らない。まあ、妖精メイドの大半が支給される食事目当てで、無給、しかも入るのも辞めるのも自由な職場となればこんなものなのかもしれない。咲夜も彼女たちにそこまで期待もしていない。

 今しがた終わった掃除もやったのはほとんど咲夜1人だ。いつものことなので、特に疲れ果てることもない。

 

「どうしたの?」

「あのー、美鈴さんからの言伝でして、お客様がお見えになった、と」

「あら、そうなの。今どちらに?」

 

 レミリアの言っていたことは本当だった。咲夜自身は、主人の発言に半信半疑であったことは否めない。

 

「美鈴さんが館の入り口までお連れしたとのことかので、多分まだエントランスホールだと。今、メイドの誰かが引き継いで応接間にお通しするところです」

 

 本当ならば美鈴がそのまま案内を担ってくれるとありがたいのだが、彼女は彼女で門番としての職務がある。しかし、このまま妖精メイドに任せておくのも不安だ。

 

「......すぐ行くわ」

 

 咲夜はその場から消えた。

 

「わっ!」

 

 遅れて妖精メイドが声を上げる。

 

「何回見ても慣れないなあ......って私も行かないと!」

 

 残された妖精メイドはまた、ドタバタと走りながら来た道を引き返していった。仕方がない。彼女は妖精なのだ。

 

 ◇

 

 咲夜が案内役の妖精メイドを発見したのは、ちょうど1階と2階を繋ぐ階段のところであった。もう1人、洋館に不釣り合いな着物姿の人物がいる。ひとまず、2人が2階に上がってくるのを待つ。

 妖精メイドは咲夜の姿を見るなり、階段を1つ飛ばしで勢いよくかけ上がった。

 そのまま咲夜のもとへ転がるように駆け寄る。

 

「咲夜様、この方怖いです」

 

 耳元で一言囁くと、咲夜が返答する前に妖精メイドは逃げ出した。

 

 その後、キョトンとした表情の女が階段を上ってきた。紺色の髪についた赤い彼岸花の飾りは、この館ではあまり映えない。

 

「申し訳ありません。お客様」

「はぁ......?」

「ここから先は紅魔館メイド長であります私 十六夜 咲夜が案内させて頂きます」

「冥土庁......」

 

 十六夜、と咲夜の名前を反復しかけて女はバッと自分の口を塞いだ。なるほど、怖いとは思わないが咲夜からしてみても少々奇妙だ。

 

「斑尾 ノタカです。どうぞよろしく」

「斑尾様ですね。では、お部屋にご案内致します」

 

 応接間は既に準備は整っている。レミリアが中で待っているはずだ。

 歩みを進める咲夜の背後で呻くような声が聞こえた。

 

「......リ......ム......ァ、プリ......バァ、プ......ズ......リ......ァー」

 

 当然、声の主はノタカだ。

 

「......どうなさいました?」

「ああ、いえ......聞こえましたか」

「恥ずかしながら私、横文字に弱くて。いざ対面したときにお名前を間違えないように、とこうして反復していたのです」

 

 妖精メイドはこれに怯えていたのか。

 

「お嬢様の名前をご存知でいらしたのね」

「お嬢様?」

「ええ、この館の主人 レミリア・スカーレットのことですわ。お嬢様も本日どなたがいらすかご存知ないようでしたのでてっきり初対面なのかと」

「あー、ん? 楽団の名前がここの主人の名前かと思っていたのですが、違ったのですね」

「楽団......? これは......失礼致しました。音楽をご所望でしたか。すぐに手配致します」

「楽団の手配? いいんですか? まだ、日程も何にも話し合ってないですけど......」

「......失礼致しました。何でもございません」

 

 咲夜は頭を下げた。

 

「こちらにお入りください」

 

 咲夜は部屋の1つに案内した。

 

 咲夜が開いた扉の中へと素直にノタカが入っていく。それを確認して、咲夜は入り口の前に仁王立ちした。

 

 かすかな光の中で咲夜は顎に手を当てた。ノタカが不思議そうにしているのが見える。

 

 当然だ。

 

 ここは、何にもないがらんどうの部屋なのだから。

 

 机どころか窓すらない真っ暗な部屋だ。

 

「先程から何か噛み合わないと思っていましたが──ここは、プリズムリバー楽団のいる館ではないわ」

「え?」

 

 どういう訳かは知らないが、ノタカという目の前の女はプリズムリバー姉妹の住む館とこの紅魔館を取り違えて訪問している。

 

「どこかで見たことあると思ったら、あなた、中有の道で霊夢達と戦っていた方ね。......閻魔様だとは思わなかったけど」

 

 咲夜の手には1枚の紙が握られていた。射命丸 文の文々。新聞だ。数週間前の記事で見出しには『地獄からの侵略者、襲来!?』とある。

 

「あ、あら、そんな眉唾新聞お読みになるのですね」

 

 ノタカは露骨に動揺し始めた。

 

「いいえ、これは掃除に使おうと思っていた分ですわ。ご存知かしら? 新聞紙は色んな汚れに使えるの」

 

 ノタカの言う通り、文々。新聞は信憑性は乏しい。ノタカが幻想郷の支配を狙っている、という今回の記事も中身は信用に値するとは思わない。

 ただ、紅魔館も何度か取材(被害)に合っているので分かる。

 文は全く根拠のない捏造記事を書くことはない。必ず取材を敢行し、彼女なりのポリシーに基づいてネタに大なり小なり脚色を加えて新聞にしている。

 嘘というのは、真実を入り混ぜた方が上質になる。真実ゼロの記事を文が書くことはない。取材を自ら無駄にすることはない。

 つまり、この女が紅魔館に敵意がある可能性を完全には否定できない。九分九厘はガセだが、一厘は紅魔館をベットにするには余りにも高すぎる確率だ。

 

「お嬢様には来客はまだいらしてないとお伝えしておきましょう」

「え......ちょっと」

 

 そうは言っても普段なら咲夜もここまで警戒はしないかもしれない。

 

 ──咲夜、レミィの占いの結果は『出会い』じゃないわ。『アクシデント』よ。

 

 パチュリーの忠告を回想しながら、咲夜は部屋から出た。

 スタスタとその場から離れようとしたが、背後の扉が再び開く。そんなはずはない。咲夜は焦燥を浮かべながら、振り返った。

 

「やれやれ、月の民といい......主人想いの人達が多いですねぇ」

「どうやって出たの!? その部屋から!?」

「いやー、びっくりしましたよ。急に壁やら天井やらが迫ってくるんですから」

 

 そう言うもののノタカはあまり、動揺している様子はない。

 

「悪いわね、ここから先は通行止めなの」

 

 ──幻世『ザ・ワールド』──

 

「ようこそ......私の【世界】へ」

 

 何も動かない。

 何も聞こえない。

 時の静止した空間、そこを動けるのは彼女だけ。

 数十本のナイフを一斉にノタカに突き付ける。

 

 そして──時は動き出す。

 

「これって......ぐっ!」

 

 ノタカは無数の凶器に貫かれる──ことはない。咲夜は一瞬、時間停止を解除し忘れたのかと思った。しかし、ナイフだけ止まったまま、時間は流れている。

 

「あの時の犯人はお前か!? いいでしょう......いいでしょうっ!」

 

 不敵な笑みを浮かべたノタカの周りから鎖が生まれ、鞭のようにしならせながら銀のナイフを地に叩きつけていく。

 咲夜はあの部屋にノタカを入れた後、その空間を圧縮した。しかし、平然とノタカは部屋から出てきた。今、ナイフを止めたように迫り来る壁や天井を防いだのだろうか。

 

「夜魔天の審判を......畏れるがいい!」

「あら、皆に訪れるものをどうして恐れなくちゃならないのかしら!?」

 

 何にせよ閻魔と"喧嘩"をする以外の選択肢は咲夜には無くなった。

 

 

 

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