東方閻魔帳   作:妖念

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三十一、紅の女帝と銀の世界と(四)

 どこぞのボロ神社の鈴のような甲高い金属音を立てながら、ナイフがばらばらと散らばっていく。

 不意打ちの凶器がいとも簡単に叩き落とされていく。

 しかし、その様を見ても咲夜は何とも思わない。何しろ咲夜の攻撃は初撃以外も全て奇襲になりうるのだ。必ず相手を後手に回らせることができる以上、焦る必要がない。

 

 咲夜は太もものホルダーから、追撃のナイフをその白い人差し指と中指の間に挟み込んだ。

 

 時間を止め、ノタカの背後に回り込む。しかし、安易に凶刃は放らない。一瞬だけ、時を解除し、壁を思いきり蹴りあげた。黒いヒールからガツン、と音が鳴る。ノタカが振り返りかけるのを見て、再び時間を停止させる。

 咲夜が音を立てた場所、そして、ノタカが向こうとした方角にあるのは何の変哲もない窓だ。しかし、紅魔館は吸血鬼の館、日光は大きな弱点ゆえに窓の数は少なく昼でも薄暗い。もちろん、咲夜は館のことは全て把握している。

 腰から提げたアンティークの懐中時計を確認した。この時間帯であれば、この窓からは強烈な日が差すはずだ。咲夜は窓にかかっていた分厚いカーテンを勢いよく開け放った。

 同時に大量のナイフを展開する。日を浴びてキラキラと銀色に輝く切っ先がすべてノタカを向いている。

 

 ──そして、時は動き出す。

 

「うっ!」

 

 突然の光源に呻き声をあげて、ノタカはよろめいた。ナイフは直ぐに停止したが、一瞬だけ、ほんの一瞬、反応が遅れた。1本の銀の閃光がノタカの顔を掠めたところで止まる。頬に一筋の赤い線がピンと引かれた。

 ノタカは傷跡を指でソーッとなぞった。鮮血が滲んで片側だけ頬紅をしたように紅潮する。

 

「最初はね、刃物を瞬間移動させているのかと思ったんですよ」

 

 赤黒くなった指をしばらく見つめた後、ノタカは辺りに鎖をやたらめったらに振り下ろし始めた。

 最初に出た感想が「埃が立つからやめてほしい」だったのはメイドの性だろうか。

 劣化した漆喰が剥がれるかのように、ナイフが床にポロポロ落ちていく。カラン、カランと金属がぶつかり合う音が廊下に反響し、咲夜の鼓膜を引っ掻いた。

 

「ただ、刃物が顕現する度にあなたの位置が変わっている」

 

 咲夜は間髪を入れず時を止めた。

 不動の世界の中、ノタカのもとへと歩みより、中腰になってかがみこむ。

 目的は散乱するナイフの回収だ。いくつかの刃が欠けているのが目に入った。小さくため息をつく。また、新調しなければなるまい。

 咲夜が触れたものは時間停止が解除されてしまう。ノタカに当たってしまわないよう慎重にナイフに手をかけたが──動かない。

 咲夜はその端正な顔を意図せず歪めた。

 どんなに引っ張っても微動だにしない。

 ナイフの時は既に進んでいるはずなのに、だ。

 咲夜はノタカから再び距離をとり、全ての時間停止を解除した。

 

「あ! また、変わりましたねぇ」

 

 ノタカは嬉しそうに咲夜を血のついた人差し指を向けた。この所作だけ見ると最早閻魔とは思えないが。

 

「それに、さっきの部屋のこともあります。館そのものにからくりが施されているのかとも思いましたが......どうやら違うようですねぇ」

 

 咲夜はまだ何かぶつぶつ言っているノタカの周囲の床に目をやった。

 ご丁寧なことに地面に落ちたナイフをガチガチに固定しているらしい。

 そして、こうして無防備に話しているように感じてもノタカには隙が見つからない。

 咲夜のことをじっと見つめ、少しでも動いたら、あの能力を自らの周囲に張り巡らせのだから、厄介なことこの上ない。

 ナイフもそこまでストックがあるわけではない。

 このままでは負けないかもしれないが勝てもしないだろう。

 

「はっきりとは分かりませんがね。時空に作用する何かしらの術......そう、例えるなら仙術に近いもの」

「そんな複雑な術じゃないわ。ただの手品よ、手品」

 

 ポーカーフェイスを崩しはしなかったが、この短時間で攻撃手法を時空に関するものだと見破られた。咲夜の全身にわずかながら動揺が走る。

 

「あなた、仙人か何か?」

「私は......死ぬ人間よ」

「ふーん......」

 

 ただ、一方的に情報のアドバンテージを失ったわけではない。

 あくまでノタカの情報は予測に基づくものに過ぎない。今、わざわざそれを話したのもこちらを焦らせて能力を使わせ、より確証を強めるためだろう。それに、自分の能力ながら、見破られたからといって、そう易々と対処可能だとも思えない。

 そして、これが1番大きな要素だが──咲夜は1度ノタカと霊夢、魔理沙の戦闘をこの目で見ている。

 咲夜は必死にこの硬直した状況を打開できる起爆剤を記憶の奥底から掘り起こそうとした。

 

 あの時を思い出せ。そう、ノタカは1度も飛行していなかった。そして、それは現在進行形だ。

 

「あら、動きを見せなくなりましたねぇ。制約がある術式なのか、はたまた別の術を使う気なのか......」

「『サーストンの三原則』ってご存知?」

 

 時を止めてもナイフを回収できない以上、このままではどのみちジリ貧になるのは見えているだ。

 確証はないが、賭けてみる価値はある。

 

「はい?」

「手品っていうのは、種明かしをしては駄目。繰り返しやっても駄目」

 

 咲夜はホルダーにナイフをしまい直した。

 

「そして、これから起こる現象を先に説明しちゃ駄目なのよ」

 

(お嬢様、申し訳ありません......)

 

 咲夜は、心の中で主人・レミリアに謝罪した。

 何もこの勝負に屈したわけではない。勝利のためだ。

 

(少々お館、傷付けてしまいます)

 

 ──時は、()()する。

 

 最初に変化が始まったのは絨毯だった。紅い絨毯が、赤く、朱く、変色していく。絨毯の毛色が赤黒くくすみ、ほつれ始めた。ボロ、ボロと1ヶ所、また1ヶ所と穴が開き、隠されていた床が現れた。

 そして、その床も毛羽立ち、いびつに歪み、もう何年進んだか分からない。床板はグシャグシャに腐食し、バキリと陥没し、やがて自重で崩落した。

 

 狙い撃ちするのは一瞬の隙、1階に落下していく、判断力を失う、その時だ。ほんのコンマ数秒、ノタカが1階へと落ちゆくまでの時間、集中する──咲夜は目を閉じた。

 次々と落下する木片が立てるドサリという音が鼓膜を揺さぶる。

 

 そして、瞼を持ち上げた。同時に時間を停止させる。

 

 しかし、止まった時の中、ノタカは変わらず同じ場所に立っていた。

 

 しまった。時を止めるのが少し早かったか。

 咲夜は時間停止を解除した。

 

 それでもノタカは重力には従わず、無いはずの床の上から動くことはなかった。 

 

 自らに照準を定めた鎖を目にして、ノタカが宙に浮いていることを咲夜の脳はようやく認めた。

 

 

 ◇

 

 

 紅魔館の数多ある部屋の1つ。

 その暗い室内で静かに、スースーと掠れた笛のように、規則正しく寝息がたっていた。

 しかし、鈍い音に重なって突如として部屋が揺れる。

 決して大きい振動ではなかったが、寝息を乱すには十分すぎた。文目も分からぬ真っ暗闇の中、むくりと影が起き上がる。

 

「うーん......?」

 

 影の背中からしなやかな、枝のような突起が伸びていく。肩幅の倍にまでなったぐらいだろうか、結晶状の物体が枝から次々と吊り下がる。色とりどりの宝石のような結晶の光彩が、影が動く度、揺れて美しく暗がりの中輝く。その明かりはかえって暗闇を際立たせた。しかし、それでいい。彼女もまた、光とは相容れない存在──吸血鬼なのだから。

 少しふらついた足取りで、2人目のヴァンパイアはこの部屋唯一のドアへと向かう。

 

「ふわぁ......」

 

 可愛らしい欠伸とともに無邪気な狂気は目覚めた。

 

 

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