東方閻魔帳   作:妖念

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三十二、紅の女帝と銀の世界と(五)

 

 

 

 飛来する鎖を火花が上がりそうな金属音とともに咲夜は弾き返す。骨が軋む。

 

「いいですか。あの時、中有の道であなたが攻撃をしかけてきたということは、ですよ。あなたは、博麗の巫女や魔女っ娘と私との戦いを、そして空を飛ばなかった私を、多少なりとも見ていたはず」

 

 足が届く範囲がぽっかりと抜け落ちた穴、その中心にノタカは依然として仁王立ちしていた。

 

「私が()()()()()()という先入観にとらわれていても無理はない」

 

 咲夜は既に分かっていた。

 これはまやかしの浮遊、ノタカは別に飛んでいるわけではない。ミスリードをしたいのかは知らないが。

 

「ご高説どうも」

 

 随分と履き潰されたノタカの草履を咲夜はじっと見つめた。

 おそらく、これを固定して浮いているように見せかけている。

 

 といってもそれを見切ったところで状況が好転するわけでもない。ナイフ攻撃は全て止められることに変わりはない。

 時間停止からの不意打ちはナイフのストック的にもそろそろ限界だ。最初の目眩ましももう効くまい。

 時間を止めた隙に直接切りかかることもできない。咲夜が物理的に干渉した物は時止めの世界に引き込んで動けるようになってしまう。

 

 あらゆる可能性を的確に切り捨てた後、ならば、と咲夜は1歩足を踏み出した。

 

 両手に1本ずつナイフを握りしめる。ゆらゆらと左右に揺れながら、穴の中心に立つノタカと対峙した。

 

 ──傷魂『ソウルスカルプチュア』──

 

 加速させるのは咲夜自身、そのまま間合いを一瞬で詰め、斬りかかる。

 

 咲夜の全身の筋肉が熱を帯びる。その瞬間、ナイフは彼女の腕の延長と化した。

 そして彼女がもてる全ての力を用いて両の腕をひたすらに振り下ろす。

 ノタカは慌てた様子で、ぴょんとまだ無事な床に跳び移った。

 刃は僅かに届かない。ノタカの手前を真一文字に切り裂くにとどまった。

 

 

 しかし、高速で振り回されるナイフはある現象を生み出す。

 

 

「鎌......鼬!?」

 

 ノタカの髪が、ハラハラ散った。

 

 極限まで加速された切っ先が唸る。

 

 連続して鋭い衝撃波を浴びせる。

 

 紙一重でノタカは避け続けるが、少しずつ、少しずつ壁際へと追いやられ、上体が後ろへ傾き始める。

 

 ノタカにはこの風の斬撃は止められないらしい。押せている。

 

(このまま......!)

 

 そして、ついにノタカは大きくのけぞった。

 

 しかし、咲夜に不意によぎった嫌な感覚──何か、見逃している......!? 

 

 そうだ、草履を固定していたのであれば、どうやって草履を履いたままでノタカはジャンプした? 

 草履を足場にしていたというのなら、ノタカがそもそも床に跳び移れるはずがないのだ。

 

 そう言えば──以前、魔理沙が墜落しているのを見かけたとき、魔理沙は本人の意思を介さずに魔力を放出し続けているように見えた。

 ただ"物を固定する"というだけの能力でそれが可能なのか? 

 

「気づきました?」

 

 後ろに倒れたノタカの足が高々と振り上げられる。

 

「私の能力は......物の"座標"だけではなく──」

 

 草履の裏が日差しに反射して、一瞬キラリと光ったように見えた。

 

「"状態"も固定できるんですよ」

 

 魔理沙が墜落した時、あの時の凝り固まった違和感が消えた。魔理沙は八卦炉を制御しきれなかった訳ではない。八卦炉が魔理沙から魔力を吸い上げ、放出し続ける"状態"に縛られていたのだ。

 

 同時に、ノタカの今までの行動が走馬灯のように駆け巡った。

 

 仕組みが分かってしまえば何のことはない、最初に落としたナイフを踏みつけ、草履とナイフが接触した状態をキープした。自分の周囲を歩きづらくしてまで、ナイフを固定したのはこれを目立たせないためだったか。

 

 そして、咲夜が床を崩した瞬間、ナイフのみ固定し、草履とくっついた状態を解除した。ナイフを足場にし、無い床に立っていたのだ。ナイフが草履とは既に分離している以上、無事な床に跳び移るのも可能だろう。

 

 さらに、ジャンプして跳び移る時に、ナイフの固定を解除してしまえば、ナイフは1階へと落下し、咲夜の目には何も映らない。

 

 そして、今、ノタカは草履でもう一度ナイフを踏んでいた。その瞬間、はりつけ、足を振り上げて、解除する。遠心力でナイフは前方にすっ飛んでいく。

 そしてその終着点は当然、

 

「ガッ......」

 

 咲夜は腹部に強い衝撃を感じた。ナイフの柄がみぞおちに食い込む。

 

「種や仕掛けがないのも結構ですが......手品ってのはこうやって先入観を利用してやるもんですよ」

 

 くるりと1回転して着地するノタカが揺れ動く視界の隅にうつる。

 

「さてと、では私はこれで......」

 

 ノタカはその場をあとにしようとする。

 

「待ちなさい」

 

 が、ある声が引き留めた。

 

「......どちら様?」

 

 ノタカは訝しげに振り返る。

 同時に周囲に紅い霧が立ち込める。

 

「お嬢様......!?」

 

 咲夜は何とか顔を上げた。紅い瞳、軽くウェーブのかかった青い頭髪、そして黒々と主張する背中の翼。

 見返ったノタカの視線の先にいたのはレミリア・スカーレット、その人であった。

 

 

 ◇

 

 

 ノタカの視線の先には見てそれと分かる蝙蝠の羽をもった少女がいた。

 いつの間にいたのか分からない。

 真っ赤なもやが出てきて、すぐに晴れたかと思ったら、そこに彼女がいた。

 

「フフフ、何だか物音がするから様子を見に来たら......来ていらしたのね」

「あのー、私どうやら勘違いでここに来てしまったようなので、そろそろお暇を......」

 

 良くない空気を察知し、ノタカは苦笑いで後ずさる。

 直ぐに分かった。咲夜よりも一回り幼い、この少女が館の頂点だ。それに咲夜の方は人間だったが、こちらはどうもそうではないらしい。

 

「あら、うちの従者をこんな目に合わせておいてただで帰すとお思いかしら?」

 

 少女はいまだうずくまったままの咲夜の肩をポンと叩いた。

 何かしら言おうとしたノタカだが、どうやら向こうはヤル気満々らしい。口をつぐんだ。

 しかし、あまり、というか全然余裕はない。湖畔で迷い倒したこともあってか、地獄を出発してからかなりの時間が経過していると見ていい。

 一応、映姫に片棒を担がせてしまった以上、進捗を報告する手筈になっている......のだが、今のところは何も伝えていない。これ以上連絡を怠ると、どやされる可能性が高い。

 

紅魔館(ここ)の主人 レミリア・スカーレットよ。さあ、あなたも名乗りなさい」

「......斑尾、ノタカ」

 

「咲夜、随分斬新なもてなし方をしたものね。嫌いじゃないわ」

「お嬢様、申し訳ありません。私の独断で......」

「独断? いいえ、これは紅魔館の主が直々に吹っ掛ける"喧嘩"よ」

「お嬢様? 一体......」

 

「さあ、買うの? 斑尾 ノタカ?」

 

 だからと言って、この状況で呑気に映姫とお喋りできるほどノタカは図太くない。

 思えばこの館はあちらの縄張り、挙げ句に従者だけでなく主人も神出鬼没とあればそもそも逃げることなど不可能だったのかもしれない。

 

「全く......そうですねぇ、値段によります。いくらです?」

「私が勝ったら......そうねぇ」

 

 少女は何がいいかしら、と呟きながら、しばし虚空を見つめた。といっても素振りからして、内容はどうやら最初から決まっていたらしい。

 

「妹と軽く、遊んでもらいましょうか」

「妹......? 子守りをしている暇はないんですがねぇ」

 

 しかし、そもそも目的の場所はここではないのだ。尚もノタカは脱出の糸口を探し続けた。が、少女の次の一言でか細い抜け道は完全に潰された。

 

「残念ね。あなたの目的のプリズムリバー楽団、私が話をつけてやることもできるのよ? ......もちろん、その逆もね」

 

 従者から聞きでもしたのか、何なのか、これでもかと足元を見てきた。レミリアの紅い眼の奥底が笑っている。

 

「......すいませんねぇ、映姫。もう少し遅れそうです」

 

 宣戦布告の意味合いで落ちていたナイフを拾い上げ、軽く投げる。が、あいにくとノタカにナイフ投げの心得などない。放ったナイフはくるくると回転しながらレミリアのもとへと飛んでいった。

 しかし、彼女はなんと目を閉じた。どんなに下手なナイフとは言え、当たりどころか悪ければただでは済まない。というか仮に平気だとしてもノタカの夢見が悪い。

 慌ててノタカはナイフを固定しようとしたが、その必要はなかった。

 うずくまっていたはずの咲夜が弾き落とす。例え、自らの膝がつこうとも主人への凶刃だけは防ぎきるというその執念、恐れ入る。

 

「咲夜、ここはいいわ。パチェに館の修繕の話をしておきなさい」

「......はっ! 直ちに」

「いえ、後でいい、と言うのよ」

「......え?」

 

 吸血少女の八重歯から笑みがのぞく。

 

「どうせ、もっと壊れるんですから!」

 

 

 

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