東方閻魔帳   作:妖念

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三十三、紅の女帝と銀の世界と■■■■(六)

 咲夜が音もなく消える。

 残されたレミリアが足の爪先でとん、と地を蹴るとその体が宙に浮き上がった。

 

「さてと、じゃあ早速......」

 

 レミリアがパチンッと指を鳴らした。彼女の周囲に次々と弾幕が生み出される。

 

「始めようか」

 

 こうなったらもうどちらかが技を使い切るか体力がなくなるまで終わりはしない。

 ノタカは特に構える様子もなく腕を後ろで組んで真っ直ぐとレミリアを見据えたままだった。

 レミリアはその右手を軽く開いた。紅く輝き始める。そしてその光は如意棒の如く縦に大きく伸びた。

 

「貫けぇぇぇぇ!」

 

 ──神槍『スピア・ザ・グングニル』──

 

 レミリアが大きく振りかぶる。対象を仕留めるためだけに作られた紅い巨大な槍。ノタカを串刺しにせんと紅く煌めきながら一直線に突き進む。それに追随して次々と殺意の塊のような弾幕が撃ち込まれる。

 ノタカは腕を組んだまま動かない。

 眉間まで紙一重で槍は止まった。周囲の弾幕も同時に停止する。

 槍先からジリジリと圧を感じる。やはり、見た目は少女とて人間にあらず、1つ1つの攻撃が洒落にならない。

 鎖をぐるぐると巻き付け、ぐしゃりと槍を潰す。槍は赤い霧状になって霧散した。

 

「あら、今ので潰すつもりだったのに......意外とあっさり対処されるものね、残念」

「あっさりですって? ご冗談を」

 

 フッとノタカは息を吐いた。

 華奢な体躯にそぐわぬ火力をノタカは、まざまざと見せつけられた。

 

「じゃ、これはどうかしら!?」

 

 レミリアが赤い何かをばらまいたのが見えた。

 それらが羽虫のようにうざったく動き回り、ノタカを狙う。

 

 ──『レッドマジック』──

 

 ノタカはいつもの通り、弾を止めて叩こうとした。

 しかし、止まらない。

 能力が効かない。

 

(どうなってる!?)

 

 弾が鼻先を掠めた。

 鉄のような不快な臭いが鼻腔に侵入する。

 

 血だ。

 

 血液を、操っている。

 液状の物は──私には止められない。

 

 レミリアは血液をばらまき続けながら廊下を目にもとまらぬ速さで飛行し続ける。一旦退こうにも咲夜が開けた穴がそうさせない。

 

 室内では砂のような即席の防壁も作れない。おまけに向こうは目が眩む程の高速飛行、こちらはこの足1つで避けるしかない。

 とにもかくにもひらけた廊下では向こうに地の利がある。

 場所を移したいが、近くにあるのは壁が迫ってきたあのがらんどうの部屋だけだ。

 

(仕方ない......!)

 

 レミリアの服を固定する。一瞬止まったレミリアだったが、体が数十匹のコウモリへと分解し、バラバラと飛び立った。

 

(なるほど、この身体能力、吸血鬼のものでしたか)

 

 相変わらず血液の弾は激しく飛び交っている。しかし、これでいい。一瞬の隙を作ることができる。ノタカは勢いよく駆け出した。前方、血の弾幕をわずかに掻い潜り、滑り込む。バリバリと音がする。着物が板切れに引っ掛かり、裂けていた。が、そんなことを気にしている余裕もない。

 手近な部屋に転がり込んだ。壁には装飾が施され、中央には20人ほどが座れそうな豪勢な長机があった。すぐさまドアを固定しようとしたが、レミリアもそれは承知の上、固定する前に紅いナイフ状の弾がドアを粉々に打ち砕く。すぐに、血の弾幕を伴ってレミリアが侵入してきた。

 ノタカは机を蹴倒し、防壁に転用する。太鼓のような音を立て、弾幕が机と衝突した。

 取りあえずこのすばしっこい吸血鬼を閉ざされた場所に誘導することはできた。

 しかし、光源はより制限された。破壊されたドアから漏れ出るわずかな光だけが頼りだ。そして、恐らく吸血鬼側は夜目が利く。

 余り状況が好転したとは言えない。

 

 ──呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』──

 

 レミリアは再び、血の弾幕を展開した。今度の弾はより速く、より鋭い。ナイフ状に形作られた血液が狭い室内で飛び交う。

 

 ノタカは悪魔のピンボールに囲まれていた。

 嫌な汗が背筋を伝う。

 これならまだ廊下で闘った方が勝機はあった。視界不良の中では、跳弾を1つずつ捌くのにも限界がある。

 沸々とわきあがる後悔の念を圧し殺し、血のナイフ弾を鎖で貫き続ける。

 

 収束する大量のナイフ。

 先程隙間を縫って逃げ出したのを警戒してのことだろう、共にレミリアも徐々に距離を詰めてくる。ジリジリと後退するノタカ。ふとひんやりとした感触を背中に感じた。もう、壁際だ。

 爛々と輝く紅い瞳に窮地に追い込まれた自分が映る。

 

 ただし、まだ終わるつもりは毛頭ないが。

 

 ナイフを鎖で叩きながら、もう1本の鎖をレミリアのもとへと這いよらせる。

 レミリアは最小限の動きで簡単に避けた。

 

 当然だ。彼女を狙ったのではない。

 

 鎖は脚に巻き付いた。

 レミリアでも、もちろんノタカのものでもない。

 

 散らばる椅子の脚だ。

 

 部屋中の椅子を片っ端から血の弾幕へと投げ込んだ。

 丁寧に装飾された椅子が、次々と粉々に刻まれ、砕け散っていく。

 そして、何の機能もない木屑へと変わり果てる。

 

 ノタカはひゅうひゅうと宙に舞う木っ端を、固定した。

 

 ナイフの跳ね返りがより激しくなった。が、最早レミリアの制御下にはない。ノタカを狙い撃つこともなく乱反射を繰り返し、互いに衝突し、消し飛ぶ。

 

(これだけ数が減れば......)

 

 残ったナイフを鎖で貫いた。

 ひとまず、猛攻をしのいだことに安堵する暇もなく──バタバタと羽音がした。

 見ると、破片の合間をスルスルと抜け、大量のコウモリがノタカの前後左右を飛びまわり、ニヤリと笑みを浮かべる少女の姿を構成していく。

 

 すかさず鎖を伸ばすが、その攻撃を嘲笑うかのようにレミリアは再度霧散した。

 対処しようにもいかんせん視界が悪過ぎる。木片の固定を解除し、少しでも光を取り込もうとする。

 

 しかし、その木片の落下する音に紛れ、悪魔が頭上に顕現していた。

 

 ──悪魔『レミリアストレッチ』──

 

 ノタカが振り返った頃にはレミリアが弾丸のようなその拳を振りかざしていた。

 

 声にならない声を発しながらのけ反る。服を縛る。

 かろうじて軌道がずれた拳はノタカの脇の壁を生卵のように容易く潰し、ぶち抜いた。

 

 ノタカは鎖をレミリアへと差し向けた。

 レミリアは壁から右手を引っこ抜いて応戦を図る。が、抜けない。ノタカは既に壁とその破片に能力を使っていた。もう逃げられまい。

 

 しかし、再びレミリアは不敵に笑うとなんと──右腕を左手の手刀で切断した。

 レミリアはそのまま飛び上がって鎖を回避する。もう既に右手は何事もなかったように再生していた。

 

「吸血鬼、ねぇ......見るのは初めてですが、噂に違わぬ怪物だ」

「ええ、よく言われるわ。私に敗北した者にはね!」

 

 ノタカの口角が自然とつり上がる。レミリアの口元からギラギラ輝く八重歯がのぞく。

 お互いが再び間合いをとった。仕切り直しだ。

 

「悪いわね、この喧嘩......"先払い"になりそうよ」

「......へ?」

 

 が、レミリアの視線は不意にこちらから、ふらりと外れた。

 

「お......様! 何し......る......!?」

 

 微かに声がする。レミリアとは異なる、より幼い......いや、余り変わらないか? そんな声だ。口調からしてもこれまでに目撃した館の住民ではない。

 

「あら、フラン起きたの? ちょうどいいわ。朝食前の運動よ。この方が遊んで下さるわ」

 

 レミリアが明らかにノタカではないどこかへと呼び掛ける。

 腐乱? この方? 遊ぶ? 

 

「......誰?」

「さあ?」

「よ......分かん......いけど......」

 

 レミリアの視線はここで完全にノタカから外れた。

 しめた。今のうちに! 

 

態勢を整えようとしたノタカの視界が突如ぐらついた。

 

 爆音がノタカの耳をつんざき、脳を激しく揺さぶった。

 

 間髪入れずに2回目の轟音が鳴り響き、今度はより大きく地を揺らした。

 

「いて」

 

 コツンと頭に何かぶつかる。

 ノタカはその"何か"を拾い上げた。

 頭に衝突したのは、見覚えのある木目の木片であった。辺りを見回す。

 

 随分部屋の間取りが広くなったものだなあ......? 

 あの従者がまた何かしたのだろうか......いや、違うな。

 

 目の前の壁が、飾ってあった絵画ごと──消え去っていた。

 レミリアの姿もない。

 かわりに、前方──本来であれば2つ隣の部屋だろうか、そこにぼんやりと影が見えた。

 影の両脇には色とりどりに煌めく結晶が見える。

 

「何だかもう壊れてたからあんまり変わんないかなと思って、壁2つ、だけ......壊しちゃった」

 

 今度はよりはっきりと声が聞こえた。異様な光景とそれにそぐわぬあどけない声色が全身の神経を嫌に撫でる。

 

「私、フランドール・スカーレット。あなたは?」

 

 スカー、レット......。

 ああ、合点がいった。

 

「後でレミリア(お姉様)にでも聞いておいてくださいな」

 

 弾幕の雨を目前にしてノタカは"先払い"の意味を理解した。

 

 

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