東方閻魔帳   作:妖念

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三十四、紅の女帝と銀の世界と■■■■(七)

 

 

 フランドール・スカーレット──それが、私の名前だ。誰がつけたのか、誰に育てられたのか、全く記憶にない。物心ついた頃には、フランドール・スカーレットとして暗い地下の底で暮らしていた。そこから長い間、私の地下暮らしは続いた。別に閉じ込められていた訳でも無理やり監禁されていた訳でもない。そもそも()()()()を前に私を囚われの身にできるものなどない。

 外に出なかったのはそうする必要がなかったからだ。食事はちゃんと提供される。不自由さを感じることはなかった。

 会うのは唯一の肉親、姉のレミリア・スカーレットのみ。特に姉妹仲が良いとも思わなかったが、それで十分だった。地下室からすら、出たいともそれほど思わなかった。ましてや吸血鬼の害となる日光が照らし、雨が降り注ぐ地上へなど出る意味がなかった。

 

 地下で暮らしている年数を数え始めて495年目のあの日、博麗 霊夢に霧雨 魔理沙──私が初めて生きている人間達に出会う日までは。

 

 ◇

 

 フランドールが挨拶がわりと言わんばかりにばらまく弾幕を固定し、鎖で撃墜する。

 

「へぇ、あなた、弾を......止められるの?」

 

 クスリと笑い声がした。

 

「おや......幻想郷で私の能力に興味を示してくれたのはあなたが初めてだ」

「弾を止めるだけなら紅魔館(うち)にもできるのはいるけど、それを見せてくれたのはあなたが初めてだもの」

 

 何もかもが異様で、妖しい様相だ。

 薄墨色の暗闇の中で眼前の壁に開いた大きな風穴。

 そしてそこにたたずむ少女のほの暗い輪郭。

 少女の左右、極彩色の結晶が、黄色の髪を目まぐるしく変化させながら照らす。

 唇の間から鋭い犬歯が一瞬光った。案の定、というか当然、吸血鬼だ。

 

「どういう経緯かは知らないけれど、あなたと遊べばいいのかしら?」

 

 フランドールが小首を傾げた。

 見た目相応なものだ。仕草だけは。

 

「いいえ、と言ったら?」

「決まってるじゃない。あなた()遊ぶわ」

 

 ──禁忌『レーヴァテイン』──

 

 魔力、という奴なのだろうか、魔理沙から感じたものと同様の力を真ん前の少女からも感じとった。

 しかし、魔理沙(人間)のそれとは比べ物にならない。圧倒的で、絶望的なものだ。

 思わずノタカの踵が後方へわずかにずれる。

 気圧された、という表現がこんなにぴったりだと思ったこともそうない。

 

 闇の中、赤い点が現れた。

 その赤い光源で、ノタカは初めてはっきりと少女の顔を捉えることができた。明らかに日本人とは一線を画すその顔立ちは、確かにレミリアによく似ているように思える。

 紅蓮の炎がパチパチと音を立てながら、少女の手中に収まっていた。ぼんやりと光輝くそれは、鈴奈庵の雑誌で見かけたロウソクと洋菓子で誕生日を祝う雰囲気にそっくりだ。

 無論、そんな優しさに溢れた炎で無いことは分かっている。

 フランドールが軽く腕を振ると炎は魔剣と化した。

 そして、もう一振りで辺りの命を刈り取るように赤いレーザーが部屋中を襲った。

 

「くっ!」

 

 たまらず廊下へと転がり出す。

 背後からボワッと熱気が押し寄せる。

 廊下で一呼吸置こうとするも、それは甘い考えだったようだ。またもや壁が弾け飛んだ。

 ぶん殴っただとか何かぶつけただとかそんな壊れ方ではない。火薬でも仕込まれていたかのように内側から突如として爆発した。

 頭の整理がおっつかない。

 ノタカは飛び散る壁の欠片を呆然と見送る。しかし、最恐の生物 吸血鬼がその隙を逃すはずがない。

 フランドールはその衝撃に乗じて、素早く姿を現した。

 慌てて廊下の角に身を押し込む。最初の遊びはどうもかくれんぼになりそうだ。

 壁に背中をもたせかけ、打開案でも練ってみようかと「うーむ」と唸る。

 すると、突然ノタカは体幹を抜き取られたようにバランスを崩した。

 よっかかった背後の壁が抉りとられて簡単になくなり、鼻っ面にパンチを食らった時みたいにグラリとよろける。

 細かい粉塵の隙間から、再びフランドールが視野に入った。

 彼女が燃え盛る炎の剣を振りかざす度に火球が一面に散らばる。

 どうやらかくれんぼはお気に召さなかったらしい。

 たまらずくるりときびすを返して地を蹴り、もう一度角に逃げ込む。

 先程まで足がついていた床が、消し炭にする気満々の業火に包まれる。

 予め防火の術でも張り巡らされているのか延焼していないのがまだ救いだ。

 

 一呼吸おく間もなく、またもや頭が割れそうな爆発音がした。咄嗟に警戒心の網を張り巡らせ、身構えるも今度は正面にはあの特徴的な結晶は見えない。

 緊張を解きかけたその時、

 

「見いつけた」

 

 後ろか。

 

 獲物を前に舌なめずりでもするかのような笑みが、真っ赤な焔が、知らぬ間に背後に近寄っていた。

 きゅっと体がこわばるのを感じる。服を縛って軌道をずらす猶予もない。染み着いた感覚のみで全身を捻って何とかかわす。

 冷えきった背筋を魔剣が掠め、暖める。

 しかし、その温もりに優しさは微塵もない。

 振り下ろされた炎の剣が床を叩き割った。

 ぶわあと熱気と共に巻き上がる粉塵を固定して、ノタカは命からがらその場を退く。

 さっきの爆発音からするとどうやら、中央の部屋をぶち抜いてノタカの裏を取ったらしい。

 

(どんな思考回路してんだ!?)

 

 暗い廊下をあてもなくひたすら逃げる。時折放たれる弾幕がノタカが通った道を過去のものにしていく。感覚的には崩落していく吊り橋を必死に駆け抜けているのに近い。

 

 酷く木屑が散らばり、穴だらけになった館は、長年海底で忘れ去られていた沈没船のように変わり果てていた。 

 こんなにボロボロになって大丈夫だろうか、とノタカは余所事の心配をする。

 一瞬だけ足を止め、その辺に転がっていた木片をたった2つ、2つだけフランドールの方へとひょいと放ってみた。

 1つはあっという間に爆発四散した。

 

「あら?」

 

 2つ目はフランドールへとそのまま真っ直ぐ向かった。少女は軽く体をよじってかわす。カラン、と乾いた音が響いた。

 

 フランドールの頭上に疑問符が見えた。ただ、まだその程度だ。動揺させる程ではない。

 2つ目はその形を保つ状態に縛って投げた。意図的にフランドールが破壊しなかったのでさえなければ、その状態の物を彼女は壊せない。

 しかし、相手が何を壊そうとしているのか分からない以上、狙ってあの破壊行為を防ぐのは無理がある。

 館全体を縛ろうにもそんな猶予が与えられるはずがない。

 状況はほとんど変わっていない。向こうが狩人、こちらが兎だ。

 

「逃げてばっかりじゃつまんないわ!」

 

 フランドールの甲高い声が響く。

 もう少女は目前まで迫っていた。

 ノタカはひとまず、カラカラになった喉に唾液を押し込む。

 何も無策で防戦一方であったわけではない。大方、"破壊"の仕組みについても分かってきた。今、必要なのは"破壊行為に耐えること"ではなく"破壊行為そのものをさせないこと"だ。

 ジリジリと後ずさりをする。その分だけ、フランドールもこちらへ前進してくる。

 

「壇公の三十六策、走ぐるは是れ上計なり......三十六計逃げるに如かず、ですよ」

「最強の策ばっかり使われちゃつまんないって事よ!」

「......ごもっともだ。じゃあ、逃げるのは終いにするとしましょうか」

 

 そして、ノタカは立ち止まった。

 いつの間にか最初の場所に戻ってきた。

 足元の黒い着物の切れ端を拾い上げる。レミリアとの戦闘時に木で引っかけて破れたものだ。爆風でここまで飛んできたらしい。

 

 最初の場所、つまり、背後には咲夜があけた下階に通じるあの奈落。

 逃げないのではない。

 もう、逃げられないのだ。

 

 ノタカの紺青の髪がふわりと広がった。

 キョトンとした顔のフランドールが見えた。

 

 そりゃそうだ。

 

 後ろに倒れこむ。足裏の感触が消えた。

 ノタカは奈落の底へと吸い込まれていった。

 

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