東方閻魔帳   作:妖念

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三十五、紅の女帝と銀の世界と■■■■(八)

 今日のフランドール・スカーレットの寝覚めはあまりいいものとは言えなかった。

 ズシン、ズシンとした振動に全身が揺り動かされた。自然とまぶたは開く。が、別にこれ自体は対して珍しいことでもない。

 大体音の発生源は紅魔館地下......といってもフランが普段いる部屋よりは上の階層の図書館だ。

 たまには様子を見に行くか、と完全なる気まぐれから少女は図書館へと赴いた。

 しかし、特段変わった様子はない。いつもなら金髪の魔法使いと紫の魔法使いがやり合っているのだが、今日は騒音の発生源はここではないらしい。

 かわりに紫の魔法使い──パチュリーがぽつねんと座っているだけだ。どことなく表情が暗いようにも見えるが、余り平常時と変わらない様子にフランは多少落胆した。

 フランは図書館に見切りをつけて、音の発生源を確かめようとした。

 

 そして、数分後、彼女は彼岸花の髪飾りをつけた女を見つけたのだ。

 興味本位でそして、安眠を邪魔したことへのほんのちょびっとの怒りで女と事を構えることにした。

 

 しかし、その女は空洞の奥底へ今、消えた。

 

 女は穴に飛び込んだようにも、単純にけつまずいて落下したようにも見えた。

 そもそもフランが開けた穴でもない。

 何も考えずに追ってよいものだろうか。

 フランは魔剣を引っ込め、煌々と輝く巨大な弾幕を穴の上部に出現させる。

 

 世の中の全ての物質には、"目"と呼ばれる最も緊張した部位が存在している。そこに力をかければどんな頑強なものでも簡単に崩壊する。当然、一目でどこかは分からないし、多くは露出もしていない。

 しかし、フランは物体の"目"を視認し、右手に移動させることができた。

 軽く、本当に軽く右手を握りこむだけでどんなものでも──木っ端微塵。

 

 出現させた巨大弾の"目"を右手に移動させ、指を折り込んでいく。

 

「キュッとして......」

 

 握れば

 

「ドカーン」

 

 終わりだ。

 

 ──禁弾『スターボウブレイク』──

 

 爆発音と共に穴の中へと砕けた弾幕の矢が降り注ぐ。ドドドと滝壺のような音が数秒間流れた後、無音の時間が訪れた。

 

 その静かな時間にフランは動き出した。ぽっかり口を開けた穴をそろそろと覗きこむ。誰もいないことを確認し、中へと慎重に降下した。

 

「先に範囲攻撃しておいてから、自らが侵入するのはその後......」

 

 声がした。右側。

 そして、右目と右目、左目と左目が合う。

 

「意外と冷静ですねぇ」

 

 床裏からぶら下がった逆さ吊りの女がいた。

 

「悪さしてたのはそこだな?」

 

 自分で分かる。私は今、驚いて、動けない。

 

 女はスーッとフランの右手を優しく握りこんだ。

 

「こうでもしないとあなたには近づけないと思いまして」

 

 拳が何かに覆われる。

 黒い布切れだ。何かで無理矢理引き裂かれたようにズタズタにほつれていた。

 ふりのけようと手を振るも全く離れない。左手でひっぺがそうとしても結果は同じだ。石膏でも流し込まれたようにフランの右手はたったの布1枚にガチガチに固められた。

 

 咄嗟に左手を振り上げた。そのまま手のひらが右の腕を通り抜ける。

 

「全く......姉妹ですねぇ......」

 

 女がありありとその顔に苦笑いを浮かべる。

 フランの腕はちゃんとあった。再生した覚えはない。

 切断したはずの腕がピッタリとくっついてる。布は既にヒラヒラと舞い落ちた。

 しかし、手が──正確には先程切り離したはずの部位がピクリとも動かせない。力が入らないだとか、骨が抜けてふにゃふにゃになったとかではない。腕を上げても手首がぐねんと曲がったりはしない。マネキンにでも変えられたかのように動かない。

 

「切り離された腕は最早"生命"ではない」

 

 女はくるりと1回転して地面へ降り立ち、乱れた髪をさっとかきあげた。

 

「あー、頭に血が......」

 

 使い物にならなくなった腕をぶら下げながら、フランはよろける女を見下ろした。

 

「面白いことするのね」

「先にお姉さんと闘っておいて良かったですよ。吸血鬼(あなた方)の常識を知れた」

 

フランは腕だったものを撫でた。感覚はない。

 

「まあ、私の右手が使えないんだったら......」

 

 ──禁忌『フォーオブアカインド』──

 

「私以外が使えばいいの」

 

 フランは4人になった。

 

「え?」

「塵1つ残さない!」

 

 魔法で複製された3人のフランがそれぞれ猟犬のように飛び回って女を追いたてる。

 

「ヤバいっ......!」

 

女の焦ったような呟きがスッと耳に入り込んだ。

 小さな爆発音が立て続けに辺りに響く。分身の右手の能力は使えることが確認できた。

 女はエントランスホールへと駆け込んだ。入り口から逃げる気か? 時間感覚が曖昧だが、まだ太陽は沈んではいないだろう。流石に外に出られると吸血鬼の身ではそれ以上追えない。

 2人の分身を無駄に大きな玄関へと先回りさせる。

 しかし、女の狙いはそこにはなかったようだ。

 エントランスホールの中心にある上階へと続く階段の側、豪勢なシャンデリアの真下で玄関の分身と真っ直ぐ向き合っていた。

 フランと3人の分身が直ぐに女を囲いこむ。

 

「もう逃がさないわよ?」

「あなたのは鈴仙(あの玉兎)の幻術というよりも、魔術に近いもののようだ。まあ、何を拠り所にしていようと......分身(そのへん)の対策は済んでるんですよねぇ」

 

 女は懐から手のひらサイズの透明な玉を取り出した。

 

「右手が動いていない。本体はお前か」

 

 そのまま、フランの方へとスッとかざす。女の歪んだ像が水晶越しに見えた瞬間、言い知れぬ居心地の悪さを感じた。

 反射的に空中へと跳ね上がる。が、間に合わなかったらしい。

 

 ──審判『浄玻璃審判 フランドール・スカーレット』──

 

 フランがまた、3人増えた。

 しかし、サイドテールの位置が逆だ。そして、握ろうとしている手も。

 分身の"目"が移動していくのが見える。

 全てのコピーが一斉に我先にと拳を握りしめる。フォーオブアカインドの分身も、鏡写しの分身も......誰もいなくなった。

 

「何を......」

 

 わずかな間のことに、フランは自分の視界が狭くなるような動揺に蝕まれた。

 そして、自分の全てがピッキング行為を食らったようなこの何とも言えない感覚は一体......。

 

「......何をした!? 私にっ!」

 

 しかし、上まぶたを引きつらすような目つきで、声を荒げたのは何故か女の方だった。

 

「いや......あなたじゃないな」

 

 水晶玉を凝視していた女が勝手に納得したのか、首をフルフルと横に振った。

 

「アッハッハッハ、なるほど、そういうことか。私はまんまと......そうですね、さながらアメノウズメとして利用されている訳だ」

 

 そうかと思うと1人で笑いだした。不気味だ。

 

「そこまでせずとも割りと......社交的なように思えるんですがねぇ」

 

 今度はその黒い瞳がフランをじーっと見つめる。自然とフランは顔を背けた。

 

「あなただけ......何か見透かしたつもり?」

「いーえ。何にも見えてなかったという話ですよ」

 

 女は水晶玉を再び仕舞いこんだ。その行為にどことなく安心した自分がいることにフランは気づいた。

 

「私にも見えないもの?」

「さあねぇ。見えないかもしれませんが......感じることはできるんじゃないですかね。しかし、だ。いかんせんあなたはあらゆるものと関わらな過ぎ、それを感じようにも経験が足りない」

「あら、私に説教? にしても何の事だかさっぱりだわ」

「これは私の経験則ですが......説教ってのは分からないくらいがちょうどいいんですよ」

 

 喉の奥でクスクスと女は笑っている。

 

「聞き流せますからねぇ」

「......ま、いいわ。私もあなたのこと、1つ分かったもの」

 

 どこか楽しげな女に釈然としない感情を抱きながらフランは鼻を鳴らした。

 

「あなた、飛べないんでしょ?」

「......何でこう、すぐバレるんでしょう。皆さん、勘がいいというかなんというか」

 

 女は途端に苦虫を噛み潰したような顔へと変わる。この掴み所のない女に一杯くわせたという事実にフランは素直に喜んだ。

 

「あら、適当にかまをかけたんだけど......当たるものね」

「全く......かましてくれますねぇ」

 

 女はそう呟くと、シュルシュルと鎖を手当たり次第に伸ばし出した。

 余りに突然の一転攻勢、根でも生えたかのように、フランの体が思っているよりワンテンポ鈍く動く。

 数本の鎖が大蛇のようにうねりながらフランをつけ狙う。

 そうはいっても吸血鬼、その身体能力をもってすればこの程度ならばかわすことは容易い。

 

「遅い、遅い!」

 

 広いエントランスホールであれば尚更避けやすい。何故、女はここを反撃の場所として選択したのか。

 鎖は蜘蛛の糸のように張り巡らされていくが、どこにも掠りすらしない。エントランスホールには、カチカチと鎖の擦れ合う音だけが空しくこだまする。

 

「やれやれ、これだけやってもあなたには当たりませんか」

 

 女は笑っている。それが余裕から来るものなのか、それとも逆境によって乱れた心をごまかすためなのかはフランの知るところではない。次で、確実に捻り潰す。

 

「私、まだ朝御飯食べてないの。お腹空いちゃったから残念だけど......お遊びはここまでよ」

 

 ──禁忌『フォービドゥンフルーツ』──

 

 弾幕が辺り一面を真っ赤に染め上げる。

 フラン自身の視界すら埋め尽くす高密度の弾幕が襲い掛かる。

 

「本当に、お遊びじゃ済まなそうなことしますねぇ......」

 

 鎖も弾幕の軍勢の前に砕け散っていく。この女には"物を止める能力"があるようだが、この本気の弾幕を容易に対処できるとは思えない。

 

「まあ、これだけの攻撃を仕掛けてるんだ。あなた、まだそこから動けていないでしょう?」

 

 ジャラ、と金属が擦れる音が聞こえた気がした。しかし、鎖の攻撃は来ていない。

 気にせず、攻撃を続行しようとしたがその音は段々大きく、近づいてきていた。それも頭上で、だ。

 

(シャンデリア......!?)

 

 パッと見上げるとあのきらびやかなガラス装飾が、一瞬天井が落ちてきたのかと錯覚するほどに、目と鼻の先にまで迫っている。

 あの自棄糞にも思えた鎖の攻撃は、フランの場所をシャンデリアの直下へ制限するため、そして、このシャンデリアを吊るすチェーンをバレずに切断するため──。

 後は、固定したチェーンを好きなタイミングで能力を解除すれば、豪勢な爆弾の完成だ。

 

(間に合え......!)

 

 左手で右腕をガッと掴んだ。切断ではまた、切った瞬間に固定される恐れがある。だから──引きちぎる! 

 状況が状況だからなのか、不思議と痛みはない。右手は無事、動かせる状態で再生できた。

 シャンデリアの"目"を移動させる。そして掌中に収まった"目"を握りこむ......が、壊せない。びくともしない。

 

 ガシャンという音とともにフランの視界は暗転した。

 

「飛べないってのも悪かないんですよ? 相手の視線が下にしか向かないですからねぇ」

 

 

 

 

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