東方閻魔帳   作:妖念

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三十六、紅の女帝と銀の世界と(九)

 

 扉をこつこつ叩く音がする。

 

 今日は中有の道は殊更に賑わっていた。

 色とりどりの屋台が立ち並ぶ中で、この掘っ立て小屋の存在に気付く者なぞいない。

 気付いた、あるいは知っていたとしてもわざわざ律儀にノックまでする者なんてより限られてくる。というかほぼ特定できる。

 

「はいはい、開いてますよ。どうぞー」

 

 相手が分かっている故のいい加減な返事に応じて、何かに引っ掛かったようにがたがた、とぎこちなく扉が開く。

 その人物は慣れた様子でするりと小屋に入り込む。

 四季 映姫だ。

 しかしながら、ノタカからしてみれば今最も来てほしくない人物である。

 

「邪魔するわ......って!?」

 

 ピタリと映姫の翡翠のような瞳が止まった。がっつりノタカと目が合う。プイと顔を背けるノタカと対照的に映姫は頬がひきつり始めた。

 

「......笑うな」

「ひ、久々に見たわ。それ」

 

 映姫なりに必死にこらえようとはしているのだろうが、隠すのが下手すぎる。普段は真一文字に結ばれた口元が震えているのがしっかりと分かる。

 

「しょうがないでしょ、一張羅が台無しになっちゃったんですから」

 

 じろじろと感じる映姫の視線に、ノタカはぶっきらぼうに返事をした。不機嫌の原因はこのシワシワの制服だ。破れた着物の修繕が遅れているとかで、嫌々引っ張り出してきた。

 一方、いつ見ても映姫の制服は頭から爪先まで、シワ1つない。

 勝っている所と言えば、新品同然のノタカの服の方が色味がいいことぐらいか。

 

「何があったら楽団と交渉しに行くだけで服がズタボロになるの」

 

 映姫が呆れたような表情をこちらに向けながら、向かいの椅子に腰かけた。そんな事はノタカが1番聞きたい。

 

「こないだ説明したでしょ。その通りの事ですよ」

「そもそも私の話をちゃんと聞いていないのが悪いのよ」

 

 グッと言葉に詰まるノタカ。その通りではあるのだが、相変わらずこの同僚は容赦ない。こうして姿勢よく正面に座られているだけで尋問されている気分だ。

 

「いいですか、あなたは昔から人の話を......」

「ま、まあ、結果オーライって奴ですよ。結局、あの吸血鬼に楽団の手配を手伝ってもらった訳ですから。にしても......」

 

 さらなる追撃を準備し始めた映姫の意識をそれとなく窓の方へと反らした。

 外では砂を踏みしめる音が止まない。普段から人通りが少ない訳ではないが、いつも以上に黒い人波が押し寄せている。お目当てはもちろん例の楽団のライブだろう。

 

「この盛況ぶりなら成功と言えるんじゃないですか? 本当に人気なんですねぇ」

 

 この調子であれば間違いなく屋台の売上も好調だろう。今月はミラの前でも多少でかい顔ができる......とまではいかないか。

 

「そう言えば、あなた今日は非番ですよね?」

 

 仕事の虫の映姫が、ここにいるということは今日は彼女は自由だということだ。

 

「え? 私はこれから......」

「幻想郷中説教行脚ですか? 非番の時くらい羽のばしたらどうです?」

 

 彼女はその自由な時間を犠牲に、生者に善行を積むよう説いてまわっているらしいのだが。

 

「常時羽がのびっぱなしのあなたに言われたくないわね」

 

 またもやありがたいお話が始まる雰囲気が小屋中に漂い始めた。ノタカは再び口八丁手八丁で逃れようとする。

 

「ほ、ほら、ここの屋台での飲み食いなら地獄にお金落ちますし」

 

 その甲斐あってか、職業柄迷うことのない映姫にしては珍しく2つの事柄の間で葛藤しているように見えた。それでも地獄のためというのが、最後の一押しになったのだろうか、映姫は何か吹っ切るようなため息をついた。

 

「......分かったわ。せっかくだし、今日は楽しむとしましょう」

「そうそう、それでいいです。ちょうどライブも始まる頃ですし」

 

 ほっ、と観念した映姫の背筋が一瞬緩んだように見えたが、また直ぐにピンと糸で吊られたように正される。

 

「......でも、今から行ってまともに見れるのかしら?」

 

 映姫は疑うような顔つきでノタカを見た。無理もない。小屋の外は砂を踏みしめる音が全く止まない。この様子だと会場は既に老若男女人妖問わずギチギチに詰まっていることだろう。

 

「フフ、この斑尾 ノタカをなめてもらっちゃ困りますよ。はい」

 

 その辺りはノタカも抜かりない。

 机の上を滑らせるように映姫へ1枚の紙切れを差し出した。椅子から立ち上がり、映姫がそれを覗きこむ。

 

「......整理券?」

「1枚だけね、取っといたんですよ。本当は暇だったら観にいこうかなぁと思ったんですけど」

「あなたは忙しい、のね」

「いえ、我慢できずに予行演習観ちゃったんでねぇ。いやぁ、良かったですよ」

「一瞬でも気を使った私が馬鹿だったわ。でも、私がこれ使っていいのかしら?」

「閻魔が地獄の行事で優遇されて悪いなんてことないでしょうよ。それに、そもそもあなたの発案ですからね」

「......あなたといると私が堅すぎするのかと思ってしまうわ。じゃあ、これ、ありがたく貰っていくわね」

 

 映姫は整理券を手にとると、扉の立て付けに苦戦しながら、雑踏の中へと紛れていった。

 1人減っただけなのに、小屋の中がどこかガランとする。

 ノタカはゆったりと背もたれに身を預け、天井を見上げる。

 これでライブ会場の警らは必要なくなった。

 

 

 ◇

 

 

 紅い館の地下図書館、そこではいつもの2人が会話に華を咲かせていた。

 

「レミィ、タロットはもう飽きたの?」

 

 パチュリーはつい昨日までレミリアの手元にあったものについて尋ねた。

 

「ん? ああ、あれはもういいの。役目を果たしたから」

「役目?」

「運命には分岐点がある。その分岐に必要だっただけよ」

「......そう」

 

 この友人がよく分からないことを言う時は、大体恥ずかしい時かカッコつけたい時、もしくはその両方だ。

 パチュリーは、机に無造作に置かれた1冊の本を手に取り、パラパラとめくる。静寂な図書館に乾いた紙の音が静かに響く。そして、1つの項目で目を留めた。

 バタフライエフェクト──元は気象に関する用語だが、広くは些末な出来事が大きな因果関係をもたらすことを意味する。

 レミリア・スカーレットはざっくり言うとこのバタフライエフェクトを認知し、ある程度操作できる......らしい。本人から聞いた訳ではなく、あくまでもレミリアの言動をパチュリーが独自に観察して出した結論だ。

 今回はその運命操作を惹起するために、タロットカード占いを利用したということなのだろう。推論の域は出ないが。

 

(まあ、何の運命をいじくったかは大方見当はつくけれども......)

 

「素直にフランと外の繋がりを増やしたかったって言えばいいのに」

 

 ボソリとパチュリーは独り言のように呟いた。

 以前はレミリアはフランを外には出したがらなかった。そのためにパチュリーは館の周りに雨を降らせたこともある。姉として何か思うところがあったのだろうか。パチュリーには分からない。もし分かったとしても、それを推察するのは野暮というものだ。

 

「え? 何か言った?」

「いえ、私には運命ってやつが見えないってだけの話よ。今日はその地獄耳、調子悪いのね」

 

 フランがどうかは知らない。が、パチュリーとしては、レミリアに運命を握られるのなら別に悪くはない。

 

「私にも全ては見えないし、見る気もないわ。だって、全部うまくいったらつまんないじゃない?」

「......そうね」

 

 レミリアはずるそうな笑みを浮かべた。

 彼女なら、これまでも何か面白い運命を私に押し付けたかもしれない。そしてこれからの長い人生にも、ちょっとしたスパイスを加えてくれることだろう。

 

「あ、あと館の修理、お願いね」

 

 まあ、そのスパイスが刺激的過ぎることはあるだろうが。

 図書館中にこだました地鳴りが頭の中でフラッシュバックする。

 ボロボロの館を想像し、パチュリーは机に突っ伏した。

 

 ◇

 

 フランドール・スカーレットは朝食をとっていた。

 といっても外は既に真っ暗だ。

 本来夜行性たる吸血鬼の彼女にとっては"朝食"で間違いないのかもしれないが。

 ふと、窓から漏れる月光に目を向ける。

 しばしの間、目を細めながら月を見詰めていたが、やがて、フランドールは名状し難い料理を口に運んでいく。その原材料は──人間は知らない方がいいかもしれない。

 

「ねぇ、咲夜」

 

 ナプキンで綺麗になった、フランの口が咲夜の名を呼んだ。

 咲夜は淡々とはい、と返事をした。

 次の瞬間には空いた皿は下げられていた。

 

「いつの間にあんなのが幻想郷に来ていたの?」

「私も正確にはお答えしかねますが......少なくとも先月には」

 

 フランはイスをカタカタと揺らしながらへぇー、と軽い反応を示した。

 暫く前後左右に椅子を揺らし続けていたが、そういえば、とパタリと体を止めた。

 

「咲夜の事を知ったのも霊夢と魔理沙(あの2人)が来てからだったわね」

「ええ」

 

 咲夜は以前からフランの世話をしていたが、レミリアの指示でフランには見られないようにしていた。恐らく主人は人間の脆さを知らないフランから咲夜を守ろうとしていたのだろう。

 フランとこうして話せる状況にしてくれた、といった点では咲夜はあの2人には密かに感謝していた。本当に密かに。

 

「......館の外がお気になられましたか?」

「いや、そんなに」

 

 ばっさりと切り捨てるようにフランは言った。

 

「それは失礼致しました」

 

 咲夜は軽く頭を下げた。

 微かに聞こえる虫の声だけが不規則に時を刻んでいく。眠り込んでしまいそうな静寂がしばらく続いた後、フランは決まりの悪そうに口を開いた。

 

「ただ、ほんの少しよ。ほんのちょびっとだけね」

 

 フランは親指と人差し指で小さく隙間をつくってみせた。

 

「白黒の魔法使いだの、天狗だの、さっきの変な女だの、いっつも"お客様"しか見たことなかったから......たまには私が"お客様"になってもいいかなと思っただけよ」

「さようでございますか」

 

 咲夜は反射的に微笑んだ。

 魔理沙も文もノタカも客ではないが、そんなことはこの際どうでもいい。

 

「せめて咲夜が生きている内に1回くらいは、ね」

「......楽しみにしておきます。お嬢様にお伝えしておきましょうか?」

「アイツには言わなくていいわ。どうせ笑われるだけだから」

 

 フランは不満な様子で、口を三角形に歪めた。

 

「ええ、きっと......そうなさるでしょう」

 

 フランの成長をレミリアは心から笑うだろう。だが、その笑いの意味をフランは把握しきっていないようだ。

 咲夜は、実の妹よりも自分の方がレミリアの心情を把握していることに少し優越感を覚えた。

 

『女帝』の逆位置、暗示するは「我が儘」、そして「伝わらない愛情」。

 

 

 

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