東方閻魔帳   作:妖念

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三十七、黄泉の剣客(一)

 文は大きく深呼吸をした。夏のもっさりとした熱気が肺に流れ込む。意を決して、文はオンボロ扉に軽く汗ばんだ手をかけた。

 

 次の瞬間、扉が粉々に吹き飛んだ。反射的に避けようとするも体がピクリとも動かない。扉を突き破ったのは鈍い銀色の鎖であった。そのまま、なすすべなく文は鎖にぐるぐると捕らわれる。そして、悲鳴をあげる暇もなく消えた扉の奥へと引きずり込まれていった。

 

 

 ◇

 

 

 シャリ、シャリ......。

 文は少し身をよじってみたが巻き付いた鎖が空しく擦れるだけだ。

 

「あ、あのー」

 

 腕に食い込む金属の冷ややかさを感じながら、正座させられた文は、ノタカに声をかけた。スカートが全く動かないので、逃げるどころか立ち上がることもままならない。

 

「今夜は鳥鍋ですかねぇ?」

 

 ノタカがボソリと呟いた一言は今の文の処遇では冗談には思えない。今にも刃物を研ぎだしそうだ。

 

「いや、あのー、私、鳥は鳥でも烏天狗ですので......」

「あ、そうだ。忘れてました」

 

 ノタカはわざとらしくポンと手を叩いた。

 

「烏の皮は臭みがあるといいます。ちゃんと下ごしらえを......」

「あのー、そっちじゃなくて天狗の方を重視していただければなあ、と」

「天狗の肉を食らえば不老不死になれるという言い伝えが......」

「閻魔様が不老不死になってどうするんですか!?」

 

 文の悲痛な叫びにようやくノタカは茶番劇をやめると眼を見開き、文をカッと見下ろした。

 

「あなたの記事のお陰で至る所で合わなくていい災難にあってましてねぇ......」

「え? ほんとですか?」

「......何で嬉しそうにしてるんですか?」

 

 我が『文々。新聞』は里の人間向けとそれ以外の人妖向けの2種類発行している。しかし、自分で言うのもなんだが、人妖向けの方はそこまで評判がいいわけではない。それが今回は記事にされた本人に影響が出るほど読んで貰えたとは、今年の新聞大会はいいところまで行けるかもしれない。文は目の前の人物が全てを見透かす閻魔であることも忘れ、1人ほくそ笑んだ。

 

「で、何の御用なんです?」

 

 ノタカはこの小屋で唯一まともそうな家具であるソファを引き摺って文の前に持ってくると、そこに足を組んでふんぞり返った。絵面的には玉座の王とその前に引き出された奴隷だ。

 

「あ、聞いてくださるんですか?」

「わざわざ鳥鍋になる危険を冒してまで私の前に姿を現したんだ、またトンデモ取材をしに来た訳じゃない。何か余程の事でしょう?」

 

 そう、今回文はノタカのことで取材に来たわけでも、無論ノタカの晩御飯として来た訳でもない。

 

「ええ、それがですね。実は......」

 

 

 ◇

 

 

 長い、長い石階段の先に静かにたたずむ白玉楼──冥界の主、西行寺 幽々子の屋敷では呑気な欠伸が聞こえてきた。

 

「ふわぁ......」

 

 妖夢は大きく口を開けた。

 現世は今頃じめじめとした熱気に覆われていることだろうが冥界はそんなことはない。四季の移ろいと過ごしやすさを両立した空間だ。

 特にすることもなく縁側にこしかけ、今しがた整え終えた庭を眺める。

 

 主人の幽々子はここにはいない。

 1人でどこかに出かけていってしまった。

 

 幽々子自身は昔から天衣無縫であったが、以前はここまで積極的に足を伸ばすことはなかった、らしい。

 それはストッパーとなる人物がいたからだ。

 名を魂魄 妖忌──先代の西行寺家専属庭師兼剣術指南役であり、妖夢の祖父だ。

 

(......懐かしいな)

 

 そんな祖父は私がまだ小さい頃に、突如いなくなった。厳格な祖父のことだ。何か目的あってのことだろうが、妖忌がどこにいるのか分からない以上、今となってはその真意をはかることはできないが。

 妖夢は、そっと脇に並べた刀を撫でた。白楼剣と楼観剣──どのみち妖夢は祖父が残したこの2本の刀と教えをもとに日々剣の鍛練を積む他はないのだ。

 

 しかし今は、祖父よりも主人の行方の方が気になる。

 行き先もいつ頃帰ってくるのかも全く聞いていない。よくあることと言えばよくあることなのだが、不安でしょうがない。

 何も幽々子程の実力者を心配している訳ではない。むしろ妖夢自身が、1人で留守番する羽目になることへの心細さの方が大きい。幽霊まみれの冥界の住人が何を言っているのかと思われるかもしれないが妖夢はお化けの類いが苦手なのだ。

 

 

 ドン、ドン

 

 

 そういう訳で突如として鳴った物音に大袈裟にびくついた。長刀の楼観剣を背中に、短刀の白楼剣を腰に。咄嗟に2本の剣を携える。しかし、すぐに落ち着きを取り戻した。

 物音は門の方角だ。

 幽々子だろう。門は開けているのにわざわざ叩くのは不自然だが、幽々子ならあり得る。無論ビビる妖夢をからかうためだ。

 

 妖夢はホッとしたような、呆れたようなため息をつくと、平静を装って長い庭を抜け、門へと向かった。

 

「もう、からかわないでください! 幽々、子......様?」

 

 門前に立っていたのは桃色の髪の亡霊ではなく、銀髪の杖をついた1人の老婆であった。

 

「......幽々子嬢はおられるかの?」

 

 ◇

 

「確かに怪しいですけど......」

「そうでしょう? 現世で冥界への道を訪ねる老婆なんて!」

「んー......」

「どうかされましたか?」

「いや、それを何故私に? 博麗の巫女にでも解決してもらったらどうです?」

霊夢(あの人)はそう簡単に動いてくれないので」

「......私はチョロいってか」

「いえ、とんでもない。冥界絡みでしたので閻魔様であれば何かご存知かなあ、と」

「いーや、あいにくと私は何も。あなた、直接冥界に調べに行けばいいんじゃ?」

「ええ。もちろん、私も冥界へ向かうその老婆を尾行しようと思ったんですけど......あの」

 

 文はここまで言って、少し口ごもり、身をよじってみせた。

 

「ん?」

「鎖、解いて頂いても?」

「......しょうがないですねぇ」

 

 その場で鎖がスーッと消えていく。

 晴れて自由の身となった文はポシェットから数枚の写真を取り出し、ノタカの前に並べた。いずれも遠方から老婆を盗撮したものだが、

「怖くないですか? 全部私の方にピースしてるんですよ!」

 

 何故かどの写真も老婆はこちらへ指を2本立てていた。つまり、文の尾行だけでなく文が写真を撮るタイミングを把握していたということだ。

 

「あんまり怖がってないでしょ、あなたは。また、例の新聞のネタでも見つけて喜んでるんじゃないですか」

 

 ノタカは疑り深い目をこちらへ向けた。

 

 図星を突かれ、文はつい頭をかく。確かに奇妙なことこの上ないが、老婆に対して抱いた感情は恐怖ではなくジャーナリズムへの探求心だ。

 

「あやや......流石閻魔のご慧眼で......」

「そんなの閻魔じゃなくたって分かるでしょうよ。しかし、まー、みょうちくりんなのばっかりですねぇ。顔はあんまり見えないのに手だけは全部こっちに向けてるんだから」

 

 流すように写真に目を通していたノタカが不意に眉をひそめた。

 

「.....ん? ちょっと、待ってくださいよ」

「何か心当たりが?」

 

 そのわずかな反応の変化を幻想郷最速の天狗・射命丸 文が見逃すはずがない。

 老婆は杖をついていたがそれが何かしら引っ掛かったらしい。

 

「この杖......いやいや、まさかねぇ......」

 

 ノタカは苦笑いを浮かべて首を振った。

 

「......ちょいと気が変わりました。私も同行します。冥界へ向かいましょう」

 

 

 ◇

 

 

「......何故分かった」

 

 妖夢の手には楼観剣が握られていた。その切っ先は老婆の眼前に突き付けられている。

 

「知れたこと! 杖を必要とするような者がここまで来れるわけがない! ならばその杖、仕込みだと読んだまで!」

 

 しかし、老婆まで刃が届くことはない。

 

「そういえば杖は歩行を助ける物であったのう......」

 

 先程まで老婆がついていた杖にはキラリと刀身が出現し、切っ先を受け止めていた。

 

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