東方閻魔帳   作:妖念

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三十八、黄泉の剣客(二)

 文はパタパタと羽をはためかせ、砂利道に着地する。そして、背後を振り返った。人1人が入れるかどうかといったサイズのただの木箱。それが1つだけプカリと空中に浮いている。奇妙な光景だ。

 文は右、左、右......3歩ほど歩いてみた。文が踏み出した3歩分だけその木箱は距離を詰めてきた。

 

「閻魔様ー、つきましたよー」

「はいはいー」

 

 文は木箱に声をかけた。くぐもった、気の抜けたような返事がかえってくると、ドスンと箱が墜落し、土が軽く舞う。

 

「いててて......ケッホ、ケッホ」

 

 くぐもった咳と共に木箱の蓋がズルリとずれ落ち、乱れに乱れた紺色の髪がひょっこり姿を現す。

 老婆の写真よりも正直こちらの方がインパクトは強い。思わず文はカメラのシャッターをこっそりと切った。

 

「それ、どうなってるんです?」

 

 文は今にも崩れそうな木箱を指した。ノタカの小屋に転がっていた何が入っていたのかも分からない箱だ。

 そんな何の変哲もない木箱にノタカは潜り込み、文に冥界へ向かえ、というのだ。当然困惑したが、もっと戸惑ったのは飛行する文の後ろをピッタリとこの木箱がついてきたことである。

 

「木箱と......あなたとの距離を......一定の状態に固定した、だけです。手綱のいらない......馬車みたいなもん、ですよ」

 

 ノタカは四つん這いのまま顔を上げることなく答えた。時々嗚咽が聞こえる。

 

「あの、もしかして酔ってます?」

「あなた、ちょっと速すぎます......ね。私箱の中でずっと回転してましたよ......」

 

 飛べないノタカが冥界に来るのは一苦労らしい。

 

 ついてくる木箱が面白くて錐揉み飛行を繰り返していたことについては黙っておくことにした。

 

 ノタカはようやくふらつきながら立ち上がった。まだ暗い箱の中に目が慣れたままなのか少し眩しそうである。

 

「......で、ここは?」

「白玉楼です。冥界だとここくらいしか行き先はないかなと思いまして」

 

 2人の目の前にそびえ立つ木製の大きな門。開いた門の奥には桜並木が美しい日本庭園に、巨大な屋敷が待ち構えている。

 

「冥界って生者でもこんな簡単に来れるんですねぇ。結界が張ってあるという話は聞いたことがあるんですが」

 

 首を傾げるノタカに文はおずおずと口を開いた。

 

「あのー、そろそろ教えて頂いても?」

「ん?」

「いえ、あの老婆と閻魔様のご関係を」

「......いや、私は無関係ですけど」

 

 ピクリとも表情を変えずに答えるノタカに対して、文の頬はひきつる。そりゃそうだ、わざわざノタカを連れてここまで来た甲斐がなくなりかねない。

 

「......え?」

「いや、ここ数週間是非曲直庁で奇妙な噂が流れてましてね」

「奇妙な噂?」

 

 ノタカは軽く頷いて話を続けた。

 

「顔は若い女なのにひどく腰が曲がったお婆さんだの、体つきは年頃の女性なのに顔は年寄り、みたいな奇妙な人物がうろついてるって」

「噂、ですか......」

「閻魔の噂は結構信憑性高いんですよ。皆嘘つかないですからね」

 

 ノタカはしばしの間を開け、多分、と付け足すと自らが反証だと言わんばかりに目をそらした。ある意味正直なようにも思える。

 

「まあ、ただ、どの目撃証言もその怪しい人物が“白髪”で“杖をついていた”っていうのは一致してるんでね。ちょっと気になったってだけ......ん?」

 

 まさに白玉楼へと向かおうとしていたノタカが引っ張られるように足を止めて、振り返った。文もつられて足を止め、見下ろすようなノタカの視線の先に顔を向けた。

 白玉楼へと続く長い長い石段の終点にゆらりと人影が現れていた。

 

 

 ◇

 

 

「ほう、見事な刀じゃ。名うての刀鍛冶......それも人外の作品とみえる」

「......くっ! 刀を見ている暇があるのか!」

 

 老婆は目線こそこちらへ向けてはいるが、妖夢など眼中にないかのように楼観剣の品定めを始め出した。

 思い切り力を込め、その視線ごと老婆を振り払うと、バックステップで1度間合いを取り直す。妖夢はなおも老婆から目を離さない。

 しかし、なんと老婆の方は鞘に杖を収め、妖夢に背を向けた。

 

「まあ、しかし、幽々子嬢がおらなんだら、儂も長居はするまい。出直すとしようて」

 

 ボソボソと呟くと、不器用に杖をつきながら白玉楼を後にしようとする老婆。

 妖夢は開けた間合いを再び詰め寄り、老婆に斬りかかった。老婆はくるりと体をひねり、妖夢の刃を杖から僅かに出した刀身で受け止める。

 

「......なんじゃ?」

「暗器を持って主人を捜していた──そんな奴をただで帰すほどこの魂魄 妖夢、甘くはないぞ!」

 

 妖夢の目尻がおのずとつり上がる。

 

「魂魄......? ああ、なるほどお前さんが......」

 

 その威圧的な形相に反して、刀に映る老婆の口角がみるみる綻んでいく。

 

「けっけっけ、儂とやる気か? 面白い、面白いのう。儂はちいとばかし......」

 

 今にも帰ろうとしていた老婆は気味の悪い笑い声を上げると、一転、杖の鞘を抜き放ち、妖夢へとほうった。

 

「強いぞ?」

 

 鞘の先端が迫り来る。カッと小気味よい音と共に、妖夢が楼観剣の峰でそれを払う。次の瞬間、視界にはもう既に手の届く範囲にまで、杖の剣先が近づいていた。

 

(......速い!)

 

 突き、突き、突き。鋭い三段突きが妖夢の体を掠めていく。

 

 小回りのきく刀で払ってカウンターを仕掛けようと、妖夢は腰に差した短刀──白楼剣を抜いた。

 代々、魂魄家の者にしか扱えないとされる青白い刀身が鞘からするすると姿を現す。

 一太刀で幽霊の迷いを断ち、成仏させる刀。

 

 そして、この刀は一振で自身の迷いすらも、断ち斬る。

 

 が、刀を抜いた次の瞬間、強烈な悪寒が妖夢を襲った。

 この攻撃を真っ向から受け止めたくない、いや、受け止めてはならない、そんな直感が妖夢の全身を駆け巡った。反射的に刀を使うことなく剣先をかわす。

 考える間もなくその直感に委ねるまま、ひたすら体を捻って、ただただかわすことに全力を注ぐ。

 

「けっけっけ! いいぞ、いいぞ、避けてみい!」

 

 この速さの突きを繰り返していながら、老婆は息1つ荒げない。対して最小限の動きでかわしているはずの妖夢の方が肩で息をし始めていた。

 かわすだけなら刀をおさめてしまえばいいのだが、その隙も貰えやしない。

 

「しまっ......!」

 

 カチ、と軽い金属音が鳴る。

 ほんの少し、わずかに剣先が触れてしまった。

 それを手先で感じとったのか老婆の口角の皺が深くなる。

 

「耳は、塞ぐでないぞ」

 

 次の瞬間、

 

 キィィィィィィィィィィィィィィィイイイイ!!!!!! 

 

「ぐっ!?」

 

 少しかすっただけで何百枚もの皿を引っ掻いたような身の毛もすくむノイズが流れ込む。

 

(しまっ......)

 

 反射的に耳元へ運んだ妖夢の手が弛んでしまった。

 

「塞ぐな、と言うた」

 

 老婆はその隙を逃さない。高々と舞い上がる2本の刀。弾かれた剣先がサクリと地に突き刺さるまでの一瞬がスローモーションで再生される。

 すかさず追い討ちをかけようと老婆は止めの突きを構えた。

 

「む?」

 

 しかし、老婆はピタリと動きを止め、そして、扇状の残像と共に杖を後方へ振るった。老婆は眉を潜めた。

 

「半霊......そんなものもあったのう」

 

 もう1人の妖夢──姿を変えた半霊の斬撃は防がれる。

 

「ちっ......」

 

 

 半霊が元の白い霊魂の形になって妖夢の傍らへと戻ってきた。

 その隙に楼観剣を地面から抜き取り、再び老婆の方へと構え直す。しかし、今の不意打ちは何も立て直すのが目的ではない。妖夢は仕留めきるつもりだった。防がれてしまった以上、もはや策も、体力も妖夢には残されてなかった。

 目の前の剣士と自分は格が違う。それは五感で、実感した。それでも妖夢の目は死ぬことなく、見開かれていた。眼前の老婆の一挙手一投足、全てを見逃さない心積もりで。

 

「こんなものではないじゃろ?」

 

 が、老婆はあろうことか懐からキセルを取り出し、プカプカとうまそうにくゆらせ始めた。ふぅー、と煙を吐くと余裕綽々な表情を浮かべる。

 

「お前にとって私は......その程度か!?」

 

 一瞬で老婆の懐に潜り込み、一切の無駄のない洗練された動きの袈裟斬り。

 煌めく切っ先が大きく縦に通り抜ける。

 

「おっと、気に触ったか?」

 

 老婆は見た目に大きく反した身のこなしでそれを受け流す。

 が、完全にはいなしきれなかったらしい。キセルの先端がポロリと落ちた。

 

「何も愚弄したわけではない。その逆じゃ」

 

 老婆はキセルを口から吐き出し、逆手に握りしめた。

 

「お主相手には儂()2本目が必要だと思ったまでよ」

 

 老婆は白い歯を見せた。真っ二つのキセルの中からドスの刀身がギラリと現れる。

 

「どんだけ仕込んでるのよっ......!」

「持てるだけ、じゃ」

 

 老婆は細い手が一層骨張るほどにキセルの匕首を固く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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