東方閻魔帳   作:妖念

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四、異変(四)

「やれやれ、行列をたどってきてみれば......まためんどくさい所に出たわね」

 

 霊夢は新緑に染まった山を見上げていた。妖怪の山──天狗、河童などが独自の組織的な社会を築いている。その中でも一番の勢力である天狗はテリトリーに敏感で非常に排他的だ。

 山に一歩でも踏み入れようものならたちまち敵と認識され排除の対象となるだろう。

 実際、霊夢は天狗とあいまみえたこともある。

 故に非常にめんどくさいのだ。

 しかし、山を回り込んだり、飛行して、幽霊行列を見失う訳にもいかない。白くぼやけた筋は目の前の獣道へと連なっている。

 

「あー、もうしょうがない!」

 

 霊夢は、大きく息を吸ってから、ヤケクソ気味に足を踏み出した。

 普段であれば、早速、哨戒天狗がやかましいくらい警告を始めるところだが......何も起きない。何らかわりない静かな木々とちっとも移動しない幽霊行列が目の前に並んでいた。

 

「入っちゃうわよー、いいのー?」

 

 一向に音沙汰がない。明らかに様子がおかしいがひょっとしたらこれも幽霊行列と何かしら関係があるのだろうか? そんなことを考えながらずんずん進んでいるとそろそろ山も中腹あたりだろうか、というところまでたどり着いた。この辺りまで入れば、いつもの天狗であれば実力行使で侵入者を排除しにやってくるはずだが、やはり変化はない。聞こえるのは、土やら枯れ木やらを踏みつける自分の足音だけだった。丈の高い木々の幹は影に包まれ、日光も切れ切れにしか射し込んでこなかった。幽霊行列も途切れることなくふわふわと続いている。というかそもそも天狗が自分たちのテリトリーに幽霊が列を成している、という異常事態を放置していること自体がおかしい。

 

「やっぱり、この幽霊......何かあるわね」

 

 他にも気になる点はある。幽霊が集まっていたのは今の所神社だけなのだ。山の幽霊は並びはしているものの気温が下がるほど集合はしていない。

 深まる疑惑を払いのけるため、巫女の足ははやまった。

 

 ◇

 

「そうか、ありがとな」

「すまないね、お嬢さん。力になれなくて」

「いや、いいんだ」

 

 魔理沙は井戸端会議を楽しんでいた数人の女性に礼を告げると手を振って別れた。

 

(......まずいな、さっぱりだぜ。やっぱり森だけにしか起きてない現象なのか?)

 

 魔理沙は人里で聞き込みをしていた。もちろん異変についてだ。が、早朝から尋ね続け、昼になったが特に有力な情報が得られることもない。

 人里は幻想郷のほとんどの人間が集まっている集落だ。むしろ人里に住んでいない魔理沙のような人間は珍しい。だから、多くの情報はここに集まる。

 そう思って、ここで情報収集を試みたのだ。勢いで森を飛び出したものの異変に関する情報は何もない。魔力に限りがある現状では闇雲に探すのも無理がある。

 

(あんまり里に長居はしたくないんだがな)

 

 魔理沙は箒から生えてきた若葉を撫でた。魔力の影響なのか何なのか、この箒、度々芽吹く。

 しかし、本人の魔力が少なかったからなのか、寒さの影響かここ最近は一切生えてこなかった。

 だが、人里はいたって温暖だ。何の変化もない。普段の賑やかさをとどめたままだ。

 

 不意に腹が鳴る。太陽はすっかり昇りきっていた。

 そういえば昨晩は早く寝てしまったし、今朝は魔力を貰うとすぐにアリスの家を出発してしまったのでしばらく何も食べていない。何かしらに没頭していたとしても人間、自分の空腹に一度気づいてしまうと、もう逃れられない。途端に魔理沙はふらつきながら目の前の飯処に飛び込んだ。

 

「おじさんかおばさん! とりあえず適当な定食1つ!」

 

 店に入るなりがさつに注文をする。それほど腹が減っていた。

 

「おばさんだよ。いやおばあさんかもねぇ」

 

 初老の女性の声が聞こえた。どうやら注文は通ったらしい。

 

「ん? あれは......」

 

 ヤツデのような赤い飾りのついた青い帽子。白髪に青いメッシュの入ったロングヘアー。

 椅子の背もたれごしに見えたその2つで誰なのかはすぐに分かった。

 

「アイツに聞くのが一番早かったかもな......おい、久しぶりだな! 慧音!」

 

 魔理沙はずかずかと近づくと相手の肩を軽く叩いた。

 びっくりしたのか慧音と呼ばれた女性は、一瞬肩を震わせたがすぐに落ち着きを取り戻し、振り向いた。

 

「その声は魔理沙か。どうしたんだ?」

 

 上白沢 慧音──寺子屋を営む里のリーダー的存在だ。実は半人半獣で満月の夜にだけハクタクという幻獣に変化する。この時はあまり家の外に出ないので魔理沙もハクタク姿の慧音は数えるほどしか見たことがない。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」

「私は構わないが......いいか?」

「俺も別に構やしないが」

「誰だあんた? 慧音の彼氏か?」

 

 魔理沙は慧音の向かいの席にもう一人、男が座っていることに気がついた。そこまで年はとってない。年齢は20代後半から30代中頃といったところか。

 

「そんな訳がないだろう。で、何が聞きたいんだ?」

「いや、それがな......」

 

 魔理沙は異変についてことこまかに説明した。

 

「ふむ、なるほど。それで里に来たわけか。残念ながらその現象は......が把握している限りだが、里ではおきていないな」

「そうか......ありがとう。邪魔したな」

 

 礼を言って帰ろうとする魔理沙の腕を慧音ががっしり掴んだ。見かけによらず力が強い。

 

「まあ、待て。話は最後まで聞くものだ。この男の話が役に立つかもしれない」

「何?」

「すまないが伝助、私にしてくれた話をもう一度この子にしてやってくれないか?」

「あ、ああ。俺は珍しい山菜なんかを採取する商売をしてるんだがな、二日前くらいのことだ。中有の道へ向かったんだ」

「中有の道にか?」

「ああ、あそこにはこの梅雨前には良質のものが採れる。別に道中は難なく進めたさ。これでも腕っぷしにはそれなりに自信があるからな。問題はその後だ。中有の道についたら立て看板があった」

「何て書いてあったんだ?」

「それが......読めなかったんだ」

「読めないだと? そんなに難しいことが書いてあったのか?」

「いや、あれは人の文字じゃなかった」

「ふーん。別に珍しくもないだろ。妖精とかのイタズラじゃないのか?」

「ああ。俺もそう思って無視して進んだんだが中有の道に......入れなかったんだ」

「何?」

「あ、いや、正しくは入らなかったんだ。不気味でな。いつもじゃ有り得ない量の幽霊がいやがった。いかに死者の通る道と言え、あれは流石に......」

「慧音! 紙と筆あるか!?」

「あ、ああ。持っているが......」

「おい! 伝助とか言ったな! 看板の文字覚えてるか?」

「あんな気味の悪いもん、忘れたくても脳に焼き付いちまってるよ......」

「ここに書いてくれないか?」

 

 急にヒートアップした目の前の少女に少し動揺しながら伝助は慧音から紙と筆を受け取り、何やら書き始めた。魔理沙はそれを眺めるが、なるほど、何が書かれているかはさっぱり分からない。

 

「大体こんな感じだ」

「ありがとよ。じゃあな」

 

 魔理沙は紙を受け取るとあっという間に外へ飛び出した。これがどんなに未知の言語であろうと文字であるならば、何とかなる。いや、何とかできる人物が人里にはいる。

 

「おまちどおさまー。おや? 金髪の子はどこ行ったんだい?」

「何だアイツ注文していたのか。いい、私が貰おう」

 

 慧音は手を挙げ料理を受け取った。

 

「あ、あのー。慧音さん」

「ん? 何だ?」

「それで、さっきの中有の道の件は......」

「ああ、あれなら問題ないだろう」

「流石、慧音さんだ! ありがとうございます」

「ふふふ、別に私は何もしないさ。それより、お前も食え。明日からまた仕事が忙しくなるぞ。今日はしっかり食べてしっかり寝なさい」

「え? は、はあ......いただきます」

 

 伝助は首を傾げながらを箸を口に運んだ。

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