東方閻魔帳 作:妖念
白玉楼の門前では、1人の白髪の少女が歩き回っていた。同じところをぐるぐると、ぐるぐると、そのちょこまかとした足取りからは苛立ちと不服の感情が見てとれる。
「お? 今日は白い方1人か」
「全く余計なことしてくれたネ!」
門から出てきた老婆を認めるやいなや、少女は飛びつき食いかかる。明らかにご立腹だ。
「何じゃ、わっぱ。儂に用か?」
「儂って......一人称まで変えるその徹底ぶりだけは褒めてやるヨ」
「邪魔でもしに来たのかえ?」
「ババア、アンタがワタシの邪魔をしてるんだヨ」
「誰がばばあ......おっと失敬。本当にばばあであったわ。けっけっけ」
甲高い笑い声と共に老婆のシワが消え、曲がった腰がのびていく。サイズが合わなくなった着物からはみ出した手足は既に枯れ木のようではなく、しなやな腕となっていた。
「相変わらずムカつく笑い声だヨ」
「わらわも話は分かっておるぞ。お主の言う通り、既に補佐官付の視察の申請も済ませたんじゃ。少しくらい遊んでも良かろうて。はからずもこの......」
元・老婆の長身の女性は杖を一瞬だけ抜いた。少しでも触れれば指が飛びそうな刃に、冥府の僅かな光がはねる。
「『
長身の女性は、最早地面に届いていない仕込み杖を手元でくるくると回す。そして、思い出したようにざんばら髪をかんざしでまとめ始めた。
「申請前に来ちまったら申請の意味がないだろうガ、この剣術狂いメ。勘づかれたらどうすんだヨ......ン? ン? ンー?」
ここで、白髪の少女は長身の女性の頭から爪先までをジトーッと見た。
「どうした? 出会って幾年、ようやくわらわの美しさに惚れたかえ?」
「それでカ! 最近奇天烈なババアがうろついてるって報告が上がってたのハ!」
「何のことじゃ?」
長身の女性は、プカプカとキセルをくゆらせはじめた。
「お前変化が完璧じゃない状態で自分の領内うろついてタロ!?」
「......わらわ、記憶になーい」
タバコの煙を避けるふりをして、具合悪げに顔を背ける。やましいことがある人物しかとらない行動だ。どうやら、自分の悪行はその頭にしっかりと刻まれているらしい。
「いいんだヨ? アンタの補佐官にこのことチクってもネ」
「わらわが悪かった、この通りじゃ」
何かが彼女をそうさせたらしい。長身の女性はこれほどまでに変わるか、というぐらい態度を180度変える。うってかわって、頭の位置が白髪の少女と同じになるくらいにまで深々と頭を下げた。
「おかしいと思ったんだヨ。剣術一辺倒のはずのお前さんが、いつの間にかババアへの変化術を習得してるんだからネ」
目の前まで下がってきた長身の女のかんざしを、白髪の少女は指でピンとはねた。
「しかし、わっぱよ。お主がここまでする理由が分からん」
何事もなかったように頭を上げ、長身の女は首をかしげる。
「私からしたラ、仕込み杖を使いたいがためにばばあへの変化術を練習する奴の方が理解し難いがネ」
「む? 2週間にしては中々のクオリティじゃろ。ほら、今度はお前さんの番じゃ。わらわの質問にも答えろ」
「いつお前が私の質問に答えたんだヨ......まあ、いいネ。何、簡単なことだヨ。
「お前さんはお前さんで何を言っておるか分からんが? まあ、わらわは十分楽しめたし何でもよいがの」
「じゃあ、聞くんじゃねーヨ! ったく......お前さんは何を気に入ったんだヨ?」
「あの小娘、『銀切媼』の音を聞く前からそれを警戒した立ち合いを見せおった......流石、あやつの孫じゃ」
「ワタシは刀に詳しくないんだヨ。簡潔に言エ」
「けっけっけ。剣術は奥が深いのよ。簡潔には表せぬわ」
「......お前に聞くだけ無駄だったネ。さあ、お互い怖い怖い補佐官様にどやされる前に、帰るとしようヨ」
「そうじゃな......おっと」
そう言うと慌てたように虚空に向かって長身の女はピースを作った。それを白けた目で少女が見つめる。
「......一応聞くが何してるんだヨ?」
「何って、ファンサービスじゃ。妾、なぜか人気でやたらと写真を撮られるでの。婆さんに変化しておった時は何となく顔を隠しておったが今はもうピチピチの姿じゃからな! バッチリじゃ!」
「......本当にお気楽なババアだネ。とっとと帰るヨ」
やがて、白玉楼は冥界の静けさを取り戻した。
◇
姫海棠はたては自室で1人首を傾げていた。
「.....何コレ」
文が冥界へ向かったとの情報を得たのがつい先程のこと。そんな場所に彼女が赴く理由など取材以外に考えられない。
遅れてなるものかと急いで白玉楼付近を愛用の携帯電話で念写してみたのだ。が、写っていたのはなぜか全力でピースサインをする女性だった。身に纏う和服はサイズが全く合っていないのかはだけて花魁のようになっている。
そして、何よりはたて自身アングルを安定させられない念写能力ながら、画面の女性ははたてをしっかりと見つめているのだ。
偶然でここまで、こちらと目が合うだろうか。
軽く怯えながら、はたてはそっと携帯の画面を閉じた。
◇
「......何だったんでしょうか」
文は妖夢の写真を撮って送ること、ノタカは桜の花びらを1枚、
「私への頼みはまだ分かりますが......閻魔様への要望は一体何なんでしょう?」
文はノタカの方を何の気なしに振り返った。
が、ノタカは心ここにあらず、と言ったところだった。
「あのー、閻魔様?」
応答がない。目的を失った旅人のようにただ立ち尽くすノタカ。
「閻魔様ー!?」
「はっ......え? はい、何でしょう?」
ここでやっとノタカが我に返ったように文に目線を向けた。
「いや、ですから。西行寺 幽々子のあの依頼はどういう意味なんだろう、と思いまして」
「......あの依頼?」
「ですから、桜の花びらをそのー、固定? してくれ、と」
ああ、と一言呟くとノタカは再び黙りこくった。
人が変わってしまったかのようにノタカは何も言わない。余りに重い沈黙にぐしゃりと潰されそうになる。文はどこかで鳥でも鳴いてこの沈黙を破ってくれないか、などと思っていたがここは冥界、鳴ける鳥など1羽もいない。
文が耐えかねてもう一度話しかけてみようと奮い立った時、ノタカはボソリと本当に虫のような小さな声で、何か一言発した。
「大切な人との──......いや、それは──」
「え?」
「案外意味なんてないのかもしれませんよ。さてと、戻りましょうか。あのー、あなたがいないと私、帰れませんので」
いつの間にかノタカは威厳をどこかに落としてきた普段の様に戻っていた。
「ええ......」
階段を降り始めるノタカに続こうとするも、今度は文の心にもやが広がる。ノタカの姿が霧がかったように錯覚した。
文が聞き逃すはずがない。ノタカははっきりと言った。
大切な人との──“呪い"だと。思い出や絆などではない。呪い、だと口にした。
そして、それは私、だとも。
これについて問うのは野暮だろうか。いかに文とて、これ以上踏み込む気にはなれなかった。
冥府の風に揺れる彼岸花の髪飾りが少し哀しげに文には映った。
◇
「う、うーん......」
徐々に開ける視界。
「あら、妖夢。起きた?」
聞き慣れた、たまに意地悪で、たまに理解不能で、そして──いつも優しい声。
「え......幽々子、様?」
目を覚ました妖夢の枕元には幽々子が鎮座していた。
妖夢はゆっくり体を起こす。変なところで寝てしまったからか体のあちこちが痛む。
「も、申し訳ありません。留守を預かっているにも関わらずうたた寝を......」
頭を下げる妖夢。
「いいのよ」
しかし、幽々子はそんなことは全く、気にも留めていないようだった。
「そんなことより、何か寝言を言っていたようだけど......どんな夢見てたのかしら?」
何を言っていたのだろうか。妖夢は羞恥の念で耳たぶまで真っ赤に染まるのを感じた。
笑わないでくださいね、と前置きして順番に夢の内容を思い出す。
「えーと、幽々子様がお帰りになったと思ったら......何か手がいっぱいある......お婆さんが......」
「あら、蜘蛛みたいね」
「いや、そこまで多くはなかったですけど......で、そのお婆さんが杖を持っていて、それが仕込み杖で......幽々子様が危ないと思って......それで......」
「戦ったのね? 強かったでしょう?」
「え、ええ、まあ。夢なのに......負けちゃいました」
改めて自分の口で説明すると徐々に頭が整理されていく。おかしな夢を見たものだ、と。
そして、あの老婆は妖忌の名を口にしていた。
「でも......どうせ夢ならお爺ちゃんにも会いたかったな」
そんなこともあってかふと口をついて出た妖夢の言葉に幽々子はふふ、と微笑みをこぼした。
「そんなに子供っぽかったですか......?」
妖夢はそれを祖父に甘えたい孫の願望だと受け取ったらしい。余計に何かこっ恥ずかしくなる。
「いいえ、蜘蛛はね、古来より待ち人が来る際の兆候だとされているの。だから......きっと、会えるわ」
「......へぇ? 本当なら楽しみですね......って!」
幽々子は古典のようなその手の知識にも長けている。が、妖夢はあまり詳しくないし、頭にも入ってこない。軽く聞き流しながら、はっ、と現実的なことが頭によぎる。
「もうこんな時間! ご飯の支度しなきゃ! 幽々子様、申し訳ありません! 少々、お待ちをっ!」
だっ、と廊下を駆け出していく妖夢を幽々子は静かに見送っていた。
1人、ぽつねんと薄暗い部屋に残された幽々子。
文とノタカから受け取った写真と花びらを取り出して、懐かしげに目を細める。
「......私も、楽しみ」
漏れ出た一言は誰の耳にも入ることなく泡沫のように消えていった。