東方閻魔帳   作:妖念

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四十一、廃獄ララバイ(一)

 ぷかりぷかりと景色が揺れる。空は暗い灰色、だが、別に天気が悪いわけではない。三途の川の空なんて大抵そんなものだ。小野塚小町は小舟の上から一歩踏み出した。途端に周りの情景は一変する。

 殺風景な三途の川の冷たい水が、のどかな草花へ、支給品の貧相な舟が、丸窓のついた小綺麗な屋敷へ、とうの昔に絶滅した古代魚が、生き生きとした動物たちへ。そして、彼岸へ向かう霊魂が、片腕有角の仙人へ。

 

「小町......あなた、またサボり?」

 

 桃色の髪にシニョンをつけ、右腕には人によっては痛々しくも見える包帯。妖怪の山に居を構える仙人・茨木華扇の邸に小町は訪れていた。

 

「流石にあたいもそういっつもサボりはしてないよ。今日は仕事終わりさ」

「あら、そうなの」

「ちょうど良かったわ。今日神社で宴会があって今からその準備を......」

 

 嬉々として話す華扇を小町は首を振って遮った。

 

「神社に行く気なら今はやめときな」

「どうして?」

 

 不思議そうな顔をする華扇に小町は気まずげな笑顔で返す。

 

「閻魔がいる。ヤマザナドゥ(うちのボス)じゃないがね」

 

 ──こまっちゃん! 

 ──うわっ、斑尾様!? どうなさったんです? 

 ──ちょっと急用で。ゴニョゴニョ......。

 ──ああ、それなら博麗神社の近くからでも。

 ──ちょいとそこまで連れてって貰えませんか? 

 ──え? あたい、仕事中......。

 ──さっきまで聞こえてたかわいい寝息は誰のでしょうか......? 映姫に聞けば分かりますかねぇ? 

 

 

「ま、あの方が仙人だからといってどうこうするとは思えんが......立場的に会いたくはないだろう?」

 

 仙人というのは地獄から訪れる使いを定期的に撃退し続けなければならない。失敗した瞬間にその仙人は寿命を終える。それが、輪廻転生に抗う者の宿命だ。

 

「......そうねぇ。でも、管轄外の閻魔がどうして?」

「さあねぇ、あたいは人事には興味ないんだ。船頭やってるくらいだからね」

 

 死神にも色々種類がいる。閻魔の裁判の補助をする書記に、亡者に地獄を案内するガイド、そして、小町のような三途の川の船渡しだ。

 出世コースとは縁遠い上、肉体労働ゆえに不人気ではあるが、小町は好きだ。独特の悲壮感が漂う彼岸では、霊魂はいい話し相手になってくれる。死人に口なし、小町が一方的に語りかけるだけではあるが。

 何より船頭は......サボれる。

 上司が映姫でなければ、それこそノタカのような人物であれば、小町は今頃堕落しきっていたことだろう。

 

「......お茶でもだすわ」

「お、悪いね」

「よく言うわ。端からそっちが目当てで来た癖に」

「あんたが出すお茶うけは旨いからねぇ」

「霊夢に持っていくつもりだったんだけど、里で人気の和菓子が......」

 

 華扇が甘味について熱く語り始めたが小町にとっては美味しければ何でもいい。右から左へ流しつつ、軽やかな足取りで小町は屋敷へとお邪魔した。

 

 

 ◇

 

 

 中有の道のボロ小屋が白く輝いた。

 ノタカはかったるそうに浄玻璃の鏡を取り出す。

 ノタカが知る上で最も無愛想な人物・ミラが映っていた。

 

「先日はご苦労だったな」

「先日? 何かありましたっけ?」

閻魔王(あの2人)のことだ。第五閻魔王付司録として礼を言う」

 

 開口一番珍しく頭を下げるミラ。

 

「ああ、ありましたね。随分昔のことのように感じます。って......それだけ?」

「それだけじゃない」

「そりゃそうですよね。あ、ちょうど良かった。怒られる前に私2点ほど聞きたいんですけどね」

「怒られる前提か? ......まあ、いい言ってみろ。何だ?」

「第十閻魔王様ってもしかして幻想郷にいらしてました?」

「10番目......ああ、五道転輪王か。さあな、私の及び知る範囲ではない。ただ、かなり自由な性格だからな。何をしても驚かんが」

「へぇー、やっぱり噂通りなんですね。あらゆる剣を集めてはそれを試さずにはいられない荒武者の10人目......破天荒で剣豪、故に人呼んで"破剣豪"」

「広報が月1で出してる冊子あるだろ。あれに、理想の十王のランク付けが載っていたんだが......下から2番目だったな」

「じゃあ、補佐官の苦労も尋常じゃなさそうですよねぇ。最下位なんてどんな職場なんでしょうか」

「......最下位はうちだ」

「え」

「第五閻魔王......あの2人だよ。断トツでな。まあ、否定する気も起きんがな。初めて会ったときからそんなもんだ」

 

 大きくため息をつくミラ。小町はともかく多少なりとも素性を知っていたノタカと映姫が1日付き添うだけであれだけ振り回されたのだ。毎日仕えるとなると流石のミラでも心労が絶えないのか、鉄仮面のミラに諦めの表情が浮かんだように思える。ミラが真っ先に礼から入ったのも何となく納得がいった。

 

「あ、そうだ。もう1つ。旧都ってあるじゃないですか? 幻想郷の地下に」

「旧都......? ああ、いつだったか切られた廃獄か。確か灼熱と血の池が入っていたか?」

「あと針山でしたかね。今どうなってるか知らないですけど。でね、先日迷いの竹林に行ったんですよ」

「迷いの竹林......? ああ、あそこか」

「あら、知ってるんですね」

「......なんだ? 知らんと思って言ったのか? うちの閻魔王の管轄下だ。当然ある程度幻想郷については把握している。で、何のために?」

「そこに旧地獄への入り口があるって聞きましてね」

「旧地獄?」

「あ、ミラからの話じゃないです。観光課の連中からの」

「観光課がお前に?」

「何かあそこもそろそろ目立った成果出さないとおとり潰しになりかねないって話ですからねぇ」

 

 世の中には無い方がいい、とまでは言わないがあっても別段害はないが無くても困らないものがある。是非曲直庁における観光課とはそういうものだ。

 何せ、地獄は殺風景が具現化したような世界だ。そこそこ栄えている方の各閻魔の裁判所周辺も、少し離れただけで荒野が延々と広がる。派手なのは地獄の責め苦ぐらいだが、そんなものまさに地獄絵図、観光客に見せられるはずがない。

 

「で、そこで観光事業やってるらしくてどんな感じか軽く視察してこいって。大体私は地獄で観光事業ってのがそもそも意味分からないんですけどね。何もないですし」

「金が無いんだ。なりふり構ってられんのだろ。各部署で色々考えているようだぞ? 三途の川の渡し賃値上げだったり、奪衣婆が奪った衣服を古着屋で売ろうとしてみたり」

「へー、大変なんですね」

 

 ノタカは頬杖をついた。正直地獄の財政事情にあまり興味はない。

 

「......金に無頓着なお前が売上げの中抜きの監視とはな」

「だから、私も聞いたでしょ。何で私ってね」

「逆に安心と言えば安心かもな」

「でも給料から宴会の酒代抜いたのは根に持ってますからね」

「当たり前だ。おとなしくしてろといったのを無視した結果のあんなもん、経費で落とせるか」

「ちぇっ......はいはい、分かってますって」

「はいは1回だ!」

「はい......で、話戻すんですけど、入り口見つかんなかったんですし、もっと永遠亭(面白いところ)があったんで結局行かなかったんですよね。で、旧都って他に入り口ないのかなあって......」

「私は入り口なんぞ気にして移動したことはない」

「ですよねー。ダメ元でしたけど」

 

 鏡になるもの──水面や果ては瞳にいたるまで何でも行き来できるミラはほとんどの場所が入り口だ。

 

「ただ、今のお前の質問で合点がいった......なるほど。これは......そういうことか」

 

 水晶の中のミラが懐をまさぐるのが見えた。すると、書簡を取り出し、ノタカの方へと突きだした。

 にゅーっと腕が鏡から飛び出す。

 

「いて」

 

 書簡の角がノタカの鼻先を小突いた。わさびでも食べたかのようなツンとした痛みがじわりじわりと鼻の奥を侵食する。

 

「その渡し方毎回距離感間違えてるからやめてくれ、って言いませんでした? その片眼鏡、度合ってます?」

「私にわざわざ渡してくるから何事かと......観光課からだ」

 

 ノタカの不満と皮肉をミラは完全に無視した。

 

「何故お前に、と思っていたが......まあ十中八九催促だろうな」

「これ、怒ってますかね?」

 

 ミラは黙って目を閉じた。否定しない。

 ノタカは封を開いて簡単に中に目を通す。どうやら仕事の時間らしい。

 

「あー、分かりました、分かりました。行きますよって。とりあえず観光課行ってから三途の川に送ってもらっていいですか?」

「観光課は構わんが......三途の川だと? 旧都でなくていいのか?」

「ええ。いきなり旧都に行っても何にも分かんないですからね。まずは案内人でも探します」

「......まあ好きにしろ、この件は私とは関係ないからな。ほら、掴め」

「いて」

 

 額を小突くにゅーっと伸びた手をノタカは握り返す。小屋の中が銀色に光り、誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

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