東方閻魔帳   作:妖念

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四十二、廃獄ララバイ(二)

 

 ノタカは博麗神社の鳥居の真下にちょこんと現れた。

 

「おおー、流石こまっちゃん」

「じゃあ斑尾様、あたいはこれで......」

「あら、もう行っちゃうんですか?」

「ちょっと急用を思い出しまして......残りの仕事を早く片付けないと」

「珍しいこといいますねぇ......じゃあ、これ」

 

 パチンとノタカが指で弾いたものを小町は体の前で手を水平に振って掴む。

 

「何ですか?」

「分かってるでしょ。いつものですよ」

「変わってますよねぇ、斑尾様。こんなのくれる閻魔様いないですよ」

「まあ、本来死なない連中には必要ないですから」

「あたいはこれ貰うの死神っぽくて好きですけどね。では」

 

 紐で繋がれた六文銭を手に小町はその場から去った。ノタカは何の気なしに背後を振り返った。長い階段に生い茂った木々、ほとんど獣道のような参道──利便性の悪さは容易に想像できる。里の人々の話には聞いていたが、飛べないノタカにとってはひどく面倒な立地だ。

 そういえば冥界の時は文がいたが、小町はもういない。今回帰りはどうするのだろうか。

 あまり後先考えずに来てしまった秘境で、帰路への漠然とした不安に駈られていた時だった。

 

「あれ!?」

「ひいっ!?」

 

 突然すっとんきょうな声がノタカの鼓膜に突き刺さった。声はそのままノタカをふらつかせるには十分だった。

 

「わっ、危ない!」

「ぐぇ!」

 

 着物のえりをぐいと、捕まれたのだろう。汚いカエルのような呻き声を上げながら、なんとかバランスを立て直す。

 

「大丈夫ですか? ごめんなさい......」

「あ、ああ......どうも......」

 

 いましがた締め付けられた首元に手を当てながら、ノタカは犯人(・・)の方へ振り返った。

 

 緑色の巻き髪に派手な赤い服。何より目を引くのは額の1本角と見てそれと分かる特徴的な耳だ。

 

「......狛犬?」

「はい! 狛犬の高麗野(こまの)あうんです」

「何であんなにびっくりしてたんです?」

「神社に感じたことのない神仏の気配がしたのでつい......」

「神仏......ああ、私か」

「あれ? 違いました?」

 

 閻魔も信仰の対象ではある。ほとんどが地蔵菩薩出身の閻魔であるし、神仏ではあるのだろう。

 

「......まあ、私は違いますけど」

「え? 何か?」

「ああ、いや。博麗の巫女いますか?」

「ほら、あそこに。霊夢さーん、お客さんですよー!」

 

 あうんが指す先、境内だろうか、奥の木製の建物では見覚えのある紅白の衣装に身を包んだ少女が縁側で膝に猫を乗せてのんきに日向ぼっこ中だ。

 

「客?」

「はーい、お久し振りです」

 

 ノタカは境内の方へと歩み寄ると、噂の「妖怪神社」の巫女・博麗 霊夢に声をかけた。

 

「......誰?」

 

 足を止めた霊夢はキョトンとした顔をこちらへ返す。

 

「え? 忘れたんですか?」

 

 若干の敵意すら感じる顔で霊夢はしばし考え込むと、「ああ」と呟いた。中々思い出せなかった記憶を堀り当てたときのちょっとした快感がその顔には表れていた。

 

「魔理沙が言ってた閻魔様ね。あいにくと幻想郷以外の閻魔様だとピンと来ないのよねぇ」

「ああ......そうですか」

 

 ノタカは苦笑いした。幻想郷で閻魔の肩書がそれらしく働いたのは小鈴など里の人間に対してぐらいなものだ。逆に言えば里の外ではほとんど役に立ってない。あまり畏まられるのも性に合わないのでやりやすいと言えばやりやすいのだが。

 

「で、その閻魔様が何のご用?」

 

 霊夢は再び怪訝な顔に戻って尋ねてきた。どんな頼みも面倒だ、といった表情だ。

 

「旧都への入り口がこの近くにあると聞いたもので──」

 

 何を頼んでも確実にいい顔はされないだろうが、嘘をついたところで仕方がない。正直にノタカが話そうとした時だった。

 

「え? お姉さん、地底に行きたいのかい?」

 

 霊夢の膝辺りから声がした。今日は意識の外から声がすることが多い。

 

「ん?」

 

 次の瞬間、ぼん、と膝上の黒猫が消え、代わりに赤髪を三つ編みにした少女が霊夢の腿の上にすくっと立っていた。

 

「あたいが案内してあげようか?」

「お燐......早くどかないと退治するわよ?」

「あ、ごめんごめん......」

「飛び降りるなっ!」

 

 太ももを擦りながら悶絶する霊夢に頭を掻きながらごめんよ、と再度謝罪する少女。頭にははっきりと獣の耳がついている。

 

「......どちら様?」

「ああ、あたいは火焔猫 燐。お燐でいいよ」

「......火車か」

「すごいね、分かるんだ。その通り、あたいは旧地獄の火車だよ」

「何でこんなところに地底の妖怪が?」

 

 ノタカが聞いている話だと地底の妖怪と地上の妖怪は不可侵条約を結んでいたはずだ。ミラの能力で突然現れれば地上からの侵略として警戒されるかもしれない。そう考えてミラに頼らず地底に入ろうとしたのだが、ひょっとすると徒労だったかもしれない。

 

「私が聞きたいわよ」

「え? 神社に来るのに理由がいるのかい?」

「いるに決まってるでしょ! 大体あんたら妖怪が理由もなく毎日毎日押し寄せるから参拝客が......」

 

 霊夢が目をパチクリさせるお燐に詰め寄る。「妖怪神社」の名に恥じぬ実情ではあるらしい。ノタカからすれば、妖怪側よりも霊夢の人たらしな人柄と悪立地が原因なように思える。馬耳東風ではあったが一通り小言を言い終えると、霊夢はノタカへと向き直った。

 

「あー、コホン。で、あなた地底に行きたいんでしょ? せっかくだしコイツに連れていって貰いなさいよ」

 

 霊夢はお燐の肩をトンと叩く。

 

「はいよ、任せてっ!」

「はあ......どうも」

 

 どうやら想像していたよりも地底と地上の壁は無いらしい。が、こうスムーズに事が進むと何かモヤモヤするものだ。なんとなーく不安な気持ちでノタカは会釈した。

 

 ◇

 

 

「......え? この下なんですか? なんか梯子とかそういうのは......」

 

 ノタカは足元を見下ろす。そこには地底に繋がる墨汁でもぶちまけたようなただひたすらに黒い穴が広がっていた。ひゅるひゅると吹き上げてくる風は決して冷たくはない、むしろ生暖かいぐらいなのに、全身の血液が氷水に変えられたように背筋が冷えきっている。

 

「そんなもん、あるわけないでしょ」

「妖怪の山の方には昇降機があるけどね、ここのが早いよ」

 

 霊夢とお燐の言葉にたまらずミラを呼ぼうと懐から浄玻璃の鏡を探す。が、ない。どうやら小屋に置いてきてしまったらしい。閻魔でなければ使えないので不正利用の心配はないが、これでこの穴を使う以外に地底へと向かう術はなくなった。こんなことなら要らぬ心配などせずに端からミラに頼めば良かった。

 後悔の念が渦巻くも全ては後の祭りだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。準備を......」

 

 皿でも投げ入れて階段でも作るか。それだと時間がかかりすぎる。やはり、酔うのを覚悟で冥界の時のように適当な箱に入ってお燐を追尾させるか。あれこれ思案を巡らせていた時だった。

 

「お姉さん何してんだい? 早く行きなよ!」

 

 トンと背中に軽い衝撃を感じた。

 最早悲鳴すら出ることなくノタカは意識を手放した。

 

 ◇

 

「あ、お燐、言い忘れてたけど......飛べないのよ」

「え?」

 

 霊夢はちょいちょいとつつくように穴の中を指した。

 

「えぇぇぇえっ!? 大丈夫なのかい?」

「さあ? 死にはしないんじゃないかしら?」

「でも......」

 

 お燐は穴の中を覗き込む。

 

「飛べないのに自分から飛び込むなんて......よっぽど旧地獄に行きたかったのかねぇ」

「かしらねぇ。ほら、早く行かないとアイツ迷うことになるわよ」

「そうだね、行ってくる!」

 

 お燐は意気揚々と穴の中へと吸い込まれていった。

 

 ◇

 

 お燐がいなくなった後も霊夢はしばらくそこにとどまっていた。

 

「......いるんでしょ」

 

 霊夢は虚空に向かって語りかけた。返事はない。

 霊夢は咳払いすると今度は少し語気を強めて呼び掛けた。

 

「紫、出てきなさい」

 

 何もなかった空間に黒い一筋の歪みが生じた。歪みはどんどん大きくなりパックリと口を開け──中から人影が現れた。

 

「あら、何かしら?」

 

 人影は口を動かした。

 

「どういうつもりで監視してたのよ。ノタカを突き飛ばしたのもアンタなの?」

「霊夢......あの彼岸花の髪飾り──彼女、最初に会ったときからつけていたのかしら」

「質問しているのは私の方よ」

「答えて」

「......ノタカのことなら最初からつけてたわよ」

「そう......ありがとう」

「いつも1人で納得して......私の質問には答えないつもり?」

「だって、そっちの方がミステリアスでいいじゃない」

 

 人影は指を1本口元に当ててウインクをした。

 

「まあ、1つだけ。斑尾 ノタカを突き落としたのに私は関係ないわ」

 

 そう言い残すと空間の歪みは初めから何もなかったようにきれいさっぱり消えてなくなった。

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