東方閻魔帳   作:妖念

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四十三、廃極ララバイ(三)

『私の、私の名を呼んでくれ! 金なら、いくらでも積むっ!』

 

 嫌だ。どうせ、お前も私に殺さ()る。

 

『殺してくれぇ! 頼む! 金なら、金なら......』

 

 やっぱりだ。お前も私に殺さ()る。

 

 呼べ、呼べ、呼べ、呼べ......。

 

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌......。

 

 私はお前たちの名前を呼ばない! 

 私はお前たちの道具じゃない! 

 

 怖い。怖い。怖い。怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い......

 私はもう......自分の名前すら口にしたくない......。

 

 

『名前は?』

『知らん。全く名乗らんからな。名付けるか?』

『犬猫じゃないんですから......』

『でも、呼ぶのに不便だろう』

『......じゃあ、ノタカ。斑尾 ノタカで』

『おい、適当過ぎだろ。お前の名前並び替えただけじゃないか』

 

 あの日から私は斑尾 ノタカになった。自分の名前を名乗れるようにしてくれたあの人。

 

 

 そうだ、あの人は──。

 

 

 

 

 

 私の目の前で、死んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 地底に住む連中は皆何かしらの理由で地上を追われたような者ばかり。

 

 土蜘蛛もそんな妖怪の1つだった。病気を撒き散らし、河を汚して、人を食う──地下暮らしの妖怪の例に漏れず嫌われた種族だ。

 

 そんな土蜘蛛の1人、黒谷 ヤマメはいつものように地下を散歩していた。といってもヤマメは土蜘蛛のイメージとはかけ離れた陽気な性格だった。たまに会う地底の妖怪たちと気さくに挨拶を交わしながら、地上に繋がる大穴へ差し掛かった頃だった。

 

 ドンッ、と大きな音が地底に反響し、土くれがパラパラと落ちてきた。ただ、地底では大して珍しくもない。大方何処かの岩が崩れたのだろう。肩に軽くのった土を払いながら、ヤマメは音の出所へと近づいた。

 

 やがて、薄暗い地下でも何かが転がっているのが分かった。落ちてきたのはアレだろうが、岩ではなさそうだった。

 

(何だ......?)

 

 近づくにつれて輪郭がはっきりとしていく。ヒト型だが、多分人形ではなさそうだ。

 地底に落ちてくる人間......珍しいといえば珍しいが、大抵は死んでいるか、やがて地底の妖怪に襲われて、死ぬ。

 

「......おーい、生きてるかー」

「ん......」

 

 なので、呼び掛けに反応があったことにヤマメは驚いた。ほとんど外傷はない。この時点で対象がただの人間でないことは分かる。

 

「おーいってばー」

 

 ヤマメは顔を覗き込みながら呼び掛けた。紺色の髪の女だ。瞼がピクピクとしているのが分かる。今にも起きそうだな、とヤマメが思っていると、

 

「......ぐはぁっ!? はぁ、はぁ、はぁ......」

「あ、起きた」

 

 水中に沈められていたかのように苦しそうな顔で女は突然90度に体を起こした。悪夢でも見ていたのだろうか。どうにも目覚めが悪そうだ。

 

「ほら、立って」

 

 ヤマメは手を差し伸べた。女は頬をはたいて頭を覚醒させると、申し訳なさそうにその手をとろうとした。

 

「かたじけな......っ!?」

「フフフ......地底(ここ)で安易に人の善意を受け取っちゃダメだよ」

 

 反射的に引こうとする女の手をヤマメはがっしりと掴み、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「あなた、何を......!?」

「私は土蜘蛛、黒谷 ヤマメ。あらゆる病を媒介する嫌われ者さ」

 

 その時、ヤマメの周囲の地面が割れた。そこから鎖が芽吹き、ヤマメを取り囲む。

 

「......なーんてね。病原菌も悪さする奴だけじゃないのさ」

 

 ウイルスは何千種類もいる。その全てが体に害なすものとは限らない。ヤマメが女に送り込んだのは気分が晴れるウイルスだ。多すぎると間違いなく異常をきたすだろうが。

 

「ありがたいのですが私にその類いのものは効きません」

 

 女は苦笑いと共に鎖を引っ込めながら立ち上がる。

 

「あら、じゃあ余計なお世話だったね」

「いえ、ご厚意はありがたく受け取っておきます」

「ただの気まぐれさ。地底に何しに来たかは知らないけど、せいぜい死ぬなよー」

 

 ヤマメがそのまま立ち去ろうとした時だった。1匹の猫が音もなく壁を器用に蹴りながら、降りてきた。

 2本の尾を持つ黒猫だ。そのまま真っ直ぐ女の方へと駆け寄る。

 

「良かった、生きてた! ......ってあれ? ヤマメ?」

「なんだお燐、あんたの知り合いか」

「知り合い......うーん、まあ、そんな感じ」

 

 猫は人の形へと変化すると、小首を傾げた。

 

「何しに連れて来たんだ?」

「詳しくは知らないけど旧都を案内して欲しいってさ」

「地霊殿にも行くのかい?」

「行くかもねぇ」

「......そうかい、じゃあ気を付けて」

「はいよー」

 

 お燐は女を連れてその場を後にした。

 

 ヤマメはあの女がどうも頭に引っ掛かった。

 あの苦しみ方は明らかに訳ありの奴だ。

 大なり小なりトラウマを抱えて地霊殿に行くとは──

 

「......物好きだねぇ」

 

 残されたヤマメは一言、呟いてから散歩を再開した。

 

 

 ◇

 

 

 ノタカは薄暗い中、妖しげに揺れる燐の尾を何とか視界に捉えながらついていく。

 

 そして、その燐の尾がピタリと止まった。

 

「あれ? 着きました?」

「いや、もうこの先、すぐなんだけど……」

 

 燐は歯切れの悪い口振りでこちらを振り向いた。ノタカはその原因──背後に巨大な落石があることに気が付いた。

 

「道が塞がっちゃってて……一応上は空いてるんだけど」

 

 燐は首を上に向ける。ノタカも続いて岩の上部に目をやった。行く手を阻む2人の身長を遥かに超える岩だったが、確かに空間はある。

 

「ちょっと助けを呼んでくるよ。待ってて」

 

 燐は獣の姿に変わると、軽やかな足取りで岩壁を駆け上がり、奥へと進んでいった。

 

「あー、ご心配なく」

 

 そんな燐をノタカは引き止める。燐は人型に戻ると、岩のてっぺんからひょっこり顔だけのぞかせた。

 

「え? でも、おねーさん、飛べないんじゃ……」

「石や砂利で階段を作ります。私はこういうことができますので」

 

 ノタカは腰辺りに1つ、転がっていた石を置いた。石は空中でピタリと止まる。

 

「へぇー、閻魔様ってそんなこともできるんだねぇ。そういうことならあたいも手伝うよ」

「閻魔だからできるわけでもないんですけどね」

 

 燐は音もなく飛び降りると、ノタカと一緒になって石や砂利を掬い始めた。作り方は簡単、手の上で平らに均した石や砂利を均等な間隔、高さで固定していくだけだ。地道だが、燐が手伝ってくれたこともあって大して時間はかかりそうにない。もう巨岩の半分ほどまで階段が届いた頃だった。

 

『ウフフ、私と一緒……見つけた』

「ん? 何か言いまし……え?」

 

 小石を漁るノタカの耳に明らかに燐とは違う声が聞こえた。それもすぐ耳元で。

 

「どうかしたの?」

「私、疲れてるんですかねぇ」

 

 ノタカは砂が入らないように手の甲で軽く目を擦る。

 

 見えたような気がした──黒い帽子を目深に被った緑髪の少女が。

 

 

 ◇

 

 

 岩を上りきった先だった。燐の影が逆光で濃くなっていく。この先に明かりがあるのだ。

 

「さあ、お姉さん。着いたよ」

 

 燐はあぐらをかくとノタカに前方を見るよう促した。眼下に広がるのは、ほんのりと暖かい明るみを放つ飾り提灯、それがいくつも並んだ街道。とても元・地獄だとは思えない──なんというか、人情を感じる風景だ。

 

「ここがはみ出し者が集う街──旧都さ」

「これが......」

「さ、行こうか」

 

 よっ、と燐は岩から跳ね降りる。

 それを見て、ノタカも袖を握りしめ、岩壁に貼り付けては、解除、再び袖に能力を使っては解除、を繰り返しながらずりずりと、降りるというよりも落ちて後に続く。我ながら不格好な能力の使い方だ。

 躊躇なく歩を進める燐の影法師につられてノタカもふらりと街道へ入っていく。殺風景な地下とすぐ隣り合わせの繁華街というのは何もない地獄の荒野に取り囲まれた是非曲直庁に近しいものを感じる。1つ違うことをあげるならば、

 

「......荒れてますねぇ」

 

 日光が届かないせいなのか恐らく地上は日中のこの時間でも飲んだくれがわんさか転がっていた。旧都は酒処というのはよく耳にする話だ。噂が酒好きを呼び込み、酒好きたちがより旨い酒を造り......というのを繰り返してきたとノタカは聞いている。生粋の呑兵衛の鬼が多いのはその証拠だろう。

 

「で、お姉さん。霊夢が言ってたけど閻魔様なんでしょ? 

 閻魔様から見て旧都ってのはどういう扱いなんだい?」

「......正直言ってあんまり言い話は聞きませんねぇ。怨霊の住み処だの、無法者の集いだの」

「フフ、あながち間違っちゃいないもんだねぇ」

「まあ、地獄本来の在り方、と言えばそうには違いないのでしょうがね。地獄では法に従う我々の方が無法者ですよ」

「閻魔様がそんなこと言っていいのかい?」

「私は真っ当な閻魔ではないのでねぇ......」

「その捻くれ者の閻魔様が地底に何の用なの? お仕事かい?」

 

 特にあてもなさそうに歩きながら燐がノタカの方へと振り向く。

 

「ええ。地底の観光事業の視察です。こちらでもそういうのに手を出したがっている連中がいるので」

「観光?」

「そうです。ご存知ですか? その手の施設か何か」

「フフーン......そういうことならなおのこと私がいて良かったね。取り扱ってるよ、観光事業!」

 

 燐は猫っぽく鼻を鳴らすと、両手を腰に当ててノタカを見上げた。

 

「あら、まあ。それは好都合だこと」

 

 ノタカは目を丸くする。地底に墜落したことを除けば順調過ぎるほどに話が進んでいる。

 

「視察って言ってたけど......私は何をすればいいんだい?」

「取りあえず普段何をしているかを教えていただければ」

「そんなの、鏡を使えば一発じゃないかい?」

「鏡? ああ......」

 

 燐の指す鏡が生者の行いを全て丸裸にする神器──浄玻璃の鏡であると気づき、ノタカは思わずふふっと笑った。

 

「あら、あたいそんなに面白いこと言った?」

「失礼、閻魔は大抵浄玻璃の鏡で嫌われていると。まさかそちらからその単語が出てくるとは思わなかったものでね」

「ま、あたいらは心を見透かされるのには慣れてるのさ」

「ん?」

「......そのうち分かるよ」

 

 燐は口角を上げた。意味ありげな表情だったが、ノタカはさして気には留めなかった。

 

「そうですか。まあ、あいにくと今日は手元に鏡はないのです」

「じゃあ、その目で見てもらうとしようか。色々あるからねぇ。どこからにしようかなぁ」

 

 人差し指を顎に当て可愛らしく悩み始めた燐を視界から外さないようにしながらも、ノタカはどうしても気になることがあった。

 

「あの、よろしいですか?」

「ん? 何だい?」

「......いえ、大体の行き先が気になりまして」

「うーん、そうだねー、閻魔様だから血の池地獄なんかは見慣れてると思うし、まずは旧都のお店からかねぇ」

 

 ノタカはそんなことを聞こうとしたのではない。一瞬だけ見えた黒い帽子の少女のことが気になったのだ。が、燐に尋ねようとした途端にそのことが意識の片隅へと追いやられたのだ。

 

 

 

『フフ......お燐に言われるとバレちゃうもの。もう少し、後でね』

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