東方閻魔帳   作:妖念

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四十四、廃獄ララバイ(四)

 先を歩いて旧都を次々と案内してくれる燐。ノタカがそれに「ほぉー」と適当な感嘆を漏らす。これをしばらく繰り返して気づいたのは、燐が案内人としてかなり向いているということ、それから旧都は意外と観光地となり得るのではないかということだ。

 素人考えながらノタカは観光地には3つ条件があると思っている。まず第一に“食事”、これは絶対に外せない。そして、ここにはかなりしっかりと酒処、飯処が整っている。2つ目が“文化”だ。旧都は地獄から切り離された他に類を見ないかなり特殊な地、故に建築物や街の雰囲気そのものが独特に発達している。燐の話だと温泉も湧いているらしい。3つ目は“情景”だ。地下、というだけあって仄暗さや所々目につく剥き出しの岩肌がなんとも郷愁を感じさせてノタカは好きだった。

 地獄は観光には向いていないと思っていたが、旧都ももとは地獄だ。工夫次第ではあの殺風景な現行の地獄も活き活きとするのかもしれない。

 

 ノタカが珍しく真面目に思案にふけっていたところだった。

 目的地についたらしい。燐の足取りが緩やかになる。一軒の居酒屋の前だった。

 

「ここはね、旧都でも結構有名なお店なんだけど......」

 

 と、燐の紹介が終わるか終わらないかくらいの時だった。

 ドガシャアンと何かが粉々になるような音ともに燐とノタカの前を凄まじい速度で何かが通過した。

 飛んできたのは一匹の妖怪だった。地面にゴロゴロと転がると怯えた顔つきで起き上がる。

 

「私らの前で置き引きなんてちゃちな真似許しゃしないよ!」

「一昨日来やがれ!」

 

 続けて怒号が店内から聞こえてくる。声の主は女性に聞こえたが気合いの入った、そんな怒鳴り声だ。妖怪はそれに追い立てられるように通りをおぼつかない足取りで走っていった。

 

「まあ......どういう意味で有名かは置いといて、ね」

 

 しばらくして、燐はポカンと空いた口をやっとこさ動かすと、そう絞り出した。

 

(......前言撤回)

 

 燐には申し訳ないが旧都はやはり観光向きとは言えない。ノタカは観光地に1番必要な4つ目の条件を忘れていた。

 

 “安心と安全”だ。

 

 

 ◇

 

 

 怒号の主はすぐに分かった。馴れた様子で店の敷居をまたぐ燐の後から扉だった場所と暖簾をくぐる。酔っ払いの喧騒と酒気に包まれた店内に入った2人を待ち受けていたのは小町と同じくらいの背丈はあろうか、大柄な着物の女性だった。盃片手に快活に笑う様は気っぷの良さを感じさせる。

 

「ん〜? よお、お燐じゃないか」

 

 赤い誇りある1本の角。その額には誰が見ても分かる証があった。間違いなく、鬼だ。どうやら燐とは顔馴染みらしい。まだそこまで遅い時間ではないはずだが、ご多分に漏れず出来上がっていた。

 

「やっぱりあんたか、勇儀。さっきの騒ぎは何事だい?」

「いや、コソコソとろくでなしがいたもんでね。叩き出してやっただけさ」

「あんまり痛めつけないでよ。傷み過ぎた死体は好きじゃないんだ」

「殺しゃしてないだろうが。それにお前さん、相変わらず歪んでるな」

 

 勇儀と燐が話し込んでいる間、ノタカは店内にもう1人、ノタカにも見覚えのある鬼がいることに気が付いた。机に突っ伏してはいるが、はみ出している2本の角は見紛うはずもない。霊夢や魔理沙が“萃香”と呼んでいた鬼だ。

 

 声でもかけようかとノタカが顔を近づけた途端に萃香が頭をあげる。鼻っ柱に電流のような衝撃が走る。意味のないうめき声を上げながらノタカは大きくのけぞった。

 

「んあ? 何だ......」

 

 萃香は何事もなかったかのように紅潮した顔をノタカへ向けた。充血した目をこれでもかと見開く。

 

「勇儀、さっき話してた閻魔様さ。こんなとこで何してる?」

「ほお、あなたが......私は星熊 勇儀。ご覧の通り鬼さ」

 

 勇儀は印象通りの快活さを見せる。そして萃香は目は警戒心を解くことはなく、口は酔っ払いのようにだらしなく開いたちぐはぐな表情をしていた。最初に会ったときと同じ、いや目はより鋭いかもしれない。

 

「そういや名前は言ってなかったね。伊吹 萃香だ」

「私は......」

「斑尾 ノタカ......様、だろ」

 

 萃香はノタカの名前を口にした。ノタカは名乗るかわりにええ、とだけ返した。

 

「知ってるさ。私はあんたが幻想郷に来てからずっと視てたんだ。あんたがここに来てからどこに向かったのかも、あんたが、あんたが──」

 

 酔って呂律が回らないのか明らかに何かを言い淀む萃香。そんな萃香の背後に1人ゆらりと影が立った。

 

「失礼、少しよろしいかしら?」

 

 明確に記憶に残っている声だった。

 そして、店内には浮いている、というか異様な人物が1人いた。ニコリと微笑む銀髪の女性。1度脳裏に焼き付いたその笑みは簡単には消えない。

 

「なぜ、ここに......」

 

 ノタカがそちらへ気づくやいなや、立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた。真っ直ぐと、酒場だというのに欠片も酔っている様子はない。

 

「八意、永琳......」

「......たまたまよ」

「ハハ......里にすら滅多に出張らないあなたが、わざわざ地底まで、それも単身で。それがたまたまですって? 馬鹿言っちゃいけない」

 

 永琳は冷たい微笑みを崩さない。ノタカは操られてここに訪れたようで何とも居心地悪くなった。

 

 

 ◇

 

 

「で、その閻魔様がこんな地底くんだりまで何の御用で?」

「お仕事で旧都の視察だって」

 

 勇儀とお燐が会話に花を咲かせている横で、永琳とノタカの方に萃香は聞き耳を立てていた。

 

「では、たまたまということにしておきましょう。鏡も無しに“月の頭脳”の思考に追いつこうとするだけ無駄だ」

「買いかぶり過ぎよ。今はただの世捨て人」

「本題に入りましょう。私に何か?」

「あなた、私に聞いたでしょう? 『何の意ぞ碧山に栖む』ってね」

 

 会話の内容を隠す気もないのか、大して苦労もせずに話は聞き取れる。萃香どころか、お燐や勇儀も2人の話に食いついた。

 

「どういう意味だ?」

「李白の『山中問答』......漢詩の1節だ。どういうつもりで人里離れた山に住んでるのかって問いに黙って笑って返したって話さ」

「へー、流石閻魔様、そういうのも詳しいんだねぇ。確かにあのお医者様、竹林に住んでるんだってね」

 

(違う......この宇宙人にそれを聞いたということは、“なぜ地上にいるのか”を尋ねたんだ)

 

 その真意はまだ掴みかねるが、萃香には彼女から警戒を解けない確固たる理由がある。萃香は懐に隠し持っていた御札の切れ端に目をやった。最初に霊夢とノタカが戦った、あの時の霊夢がばら撒いた札の切れ端だ。ノタカの能力の対象となったものである。

 

「私もあなたに同じ質問をしましょう......寿命もない月に、人手不足の地獄がわざわざ閻魔の席を設けている。なぜ月にいたの?」

「行けと言われたので」

 

 ノタカはそんな答えが求められている訳ではないと分かっていながらあっけらかんと言ってのけた。その問いに上げていた口角を意図的に下げながら──萃香にはそう見えた。

 店内は変わらず賑やかだった。しかし、明らかに萃香たちのまわりだけは目に見える静寂に包まれていた。

 

「あのー、閻魔様? 次、行きます?」 

 

 耐えられなくなったのかお燐が苦笑いでノタカに耳打ちする。

 ええ、と呟いてノタカが店を後にしようとしていた時だった。

 

「待て」

 

 今度は店内全てが静まりかえった。萃香の口が動いていた。

 

「私も少し聞きたいことがある」

 

 どのみちいつかは聞くつもりだったのだ。なら今でいい。まさか向こうから出向いてくれるとは思わなかったが都合はいい。

 

 萃香はふらふらと席を立った。

 

「あのー、私仕事中......って痛い痛い痛い」

「固いこと言うなよ〜、なあ?」

 

 萃香は既に半身を店から出したノタカの手をがっしり掴む。ヒッヒッヒと自分でもしゃっくりだか笑い声なんだか分からない音が漏れる。

 

「なあ、あんた本当は......」

「なるほど、閃いた!」

 

 その様子を同じように笑いながら見ていた勇儀がポンと手をうった。これを皮切りに店内の他の客にも少しずつ歓声が戻り始める。勇儀は構わず喋り続けた。

 

「私も少し食後の運動をしたいって思ってたところだ......弾幕ごっこといこう!」

 

 勇儀は萃香の肩を掴み、そして永琳の方へ太い人差し指を向けた。

 

「あんたらはこの閻魔様に話を聞きたい。でも2対1ってのはちと卑怯だ。そこでだ、私がこの閻魔様と組む」

「はい?」

 

 ノタカがキョトンとした顔を浮かべる一方で、お燐が明らかに胸を撫で下ろした。

 

「これで、2対2だ。そっちが勝ったら聞きたいこと聞けばいい」

「いいねぇ、めんどくさい駆け引きよりよっぽど(私ら)らしい」

 

 萃香は勇儀に拳を差し出した。勇儀がそれに一回り大きい拳でタッチする。

 

「それ私に利益あるんですか?」

「こっちが勝てば閻魔様は仕事に戻れるさ」

「......え? それだけ? あのー、あなた?」

「私にはどうしようもないねぇ。ま、旧都名物だと思って楽しんで来てよ。終わったら教えてね」

 

 ノタカにすがられたお燐だが簡単に梯子を外した。肩をすくめてフルフルと首を振る。そして猫の形態になるとあっという間に通りに行方をくらました。ノタカはますますポカンとしている。とても先程まで永琳と対峙していた者とも閻魔様だとも思えない。

 

「さあ、そうと決まれば善は急げだ。萃香、いつもの場所で待ってるぞ!」

「私やると決めた訳......あ、ちょっ......」

 

 ノタカは勇儀の小脇に抱えられ、風のように姿を消した。元来、鬼の得意技は人攫いだ。

 店内に残された萃香は頭の後ろで腕を組みながら永琳を見上げた。彼女は彼女で何か、ノタカに思うところがあるらしい。

 

「話は聞いてたろ? 悪いねぇ、鬼なりのやり方で話つけさせて貰うよ」

「構わないわ、勝てばいいのでしょう?」

「ルールは守れよ?」

「あなたがそれを言うの?」

「お前の喧嘩は後で買ってやるよ。じゃ、行こうか」

 

 ノタカには聞きたいことが、いや、聞かなきゃならないことがある。

 

 ──「知ってるさ。私はあんたが幻想郷に来てからずっと視てたんだ。あんたがここに来てからどこに向かったのかも、あんたが、あんたが──」

 

 萃香は先程飲み込んだ言葉をボソリと呟いた。

 

「2000年前、いくつものムラを滅ぼした“祟り”だってこともな」

 

 

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