東方閻魔帳   作:妖念

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四十六、廃獄ララバイ(六)

 

 相変わらず勇儀の馬力は無茶苦茶だ。

 長年何度も闘りあってきたからこそ互いの手の内も実力も身に染みて分かっていた。

 だからこそ、少し、硬直時間が生まれた。

 その時間を利用して萃香はある頼みを永琳に投げかけた。  

 

「あんた、煙作れるか?」

「煙?」

「なんでもいい、目眩ましになるやつだ」

「目眩まし、ねぇ......分かったわ」

「時間は稼ぐ、その辺りの岩陰で......」

 

 萃香の顔の横を何かが横切った。

 そんなはずはない。その一心で萃香はまっすぐ突き出された永琳の腕の先を見た。白い指には固く栓をされた試験管が2本、挟まれていた。

 萃香は試験管の中身、その透明なものの正体が何かすぐに分かった。案外本当に危険なものほど毒々しくないものだ。

 

「私は煙さえあれば良かったんだけどねぇ」

 

 しかし、流石の八意永琳とてこの何もない地で、ゼロからこれを生み出すのに少なくとも10分、いや5分はかかったはずだ。萃香はその見極めは間違っていない自信があった。ということは──

 

最初(ハナ)から持っていやがったんだ。怪物め......)

 

 しかも無意味に煙を毒を加えたわけではないことも萃香は察しがついた。萃香の意図を汲んだ上で(・・・・・・・・・・・)煙幕に毒を混ぜている。

 こうなることを予見していたのかあるいは常備しているのか。

 いずれにしても気味が悪い。

 

「言いたかないが......あんたがこっち側で良かったよ」

「別に致死性のものではないわ。ちょっと夢......いえ、力が抜けるくらいよ」

 

 当たり前だ、と呟いて萃香は永琳が放り投げた試験管2本を掴んだ。

 

「常温で混ざれば何でもいいわ」

 

 永琳の一言の後、萃香の足元でパリンという音が立て続けに鳴る。試験管の欠片のまわりからはシュウシュウと、白い煙が立ち上りはじめた。

 永琳はおもむろに腰を折って萃香の耳元に顔を近づけた。

 

「私は......なぜ月に閻魔がいるかを知りたい。ただ、それだけ」

「なんだい、藪から棒に」

「あなたも彼女に聞きたいことがあるのでしょう? お互い、目的を知れば勝率が上がるかもしれないわよ?」

「いいだろう」

「......あら?」

「答えると思わなかったか? 鬼はそういうの好きなんだ。腹を割ってって奴」

 

 萃香は懐から紙切れを1枚取り出した。一見ゴミにしか見えないような代物だが、永琳は気づいたらしい。

 

「御札......博麗神社のものね」

「そう、霊夢のだ。あの閻魔と闘った後のものを失敬してきた。御札ってのは神力だろうが妖力だろうが......呪力だろうがあらゆる力を溜め込む。どうしてもきな臭く感じてしまってね。こいつを呪いやら祟りの専門家に見せてみたんだ。最初はただの勘だったんだけど......大当たりだったよ」

 

 ◇

 

 幻想郷に2つある神社のうち、立派な方(・・・・)が守矢神社である。

 といってもアクセスには問題アリのため、人間の参拝客はそれほど多くはない。

 

「なんだい、大将。珍しいじゃないか」

 

 萃香が現れたところをすかさず呼び止めた神社の縁側にちょこんと座る金髪の少女。見た目は幼いがこれでも立派な神様である。

 洩矢 諏訪子──古くは祟りを統べる神として崇められていた土着神。

 萃香は彼女に用があった。

 

「よー、しばらく。ちょうど良かった、早速で悪いんだが......」

 

 こいつを見て欲しい、と萃香は例の御札の切れ端を諏訪子の目の前へずいと突きつけた。

 何が何だか分からない、といった諏訪子だったが、その目は次第に見開かれ、萃香の差し出した紙切れを凝視していた。

 

「ヨミヒト、シラズ......」

「なんだ急に。歌がどうしたんだ?」

 

 詠み人知らずと言えば和歌集の匿名表現だ。諏訪子が呟いた単語が萃香は何とも結びつかなかった。

 そんな萃香の心情を読み取ったように諏訪子は笑った。

 

平安時代(あんたの時代)の“詠み人知らず”じゃないよ。私も今の今まで忘れていたような……そんなもっと前の話さ」

 

 諏訪子は座れと言わんばかりにポンと自分の横を2回叩いた。

 長くなるらしい。萃香は素直に諏訪子の隣に並んだ。

 悪いね、お茶も出さずに、と前置きしてから諏訪子は口を開いた。

 

「2000年程前、だったかねぇ......当時人々は“ムラ”と呼ばれる集落を作って暮らしていたわけだ。やがて、そのムラが集まって“クニ”になっていく。その最中だよ。多くのムラを傘下に持つクニがあったんだ」

 

 2000年前というと日本は弥生時代真っ只中。人々に“争い”が生まれた頃だ。

 流石に鬼と言えどもその時代はほとんど知らない。

 

「その傘下のムラがたった1月の間に立て続けに滅ぼされた。土台を失ったクニもやがて滅んだよ。手法も何にも分からない。何せ語り継げるやつが残らなかった。それでも伝わった名が......」

「ヨミヒトシラズってか?」

「そういうこと。ヨミヒトシラズの名を冠する“何か”がそのムラの滅亡に関係あるのは間違いないんだけどね。ただ、いかんせんその正体がはっきりしない訳さ。歌も無い時代になぜその名がついたのかも分からない。それ以降の伝承もとんと聞かない。今話したものも私が直接見聞きしたわけじゃないからねぇ、どこまで信憑性があるかは分からない」

 

 諏訪子はため息を漏らした。確実なことは言えないといった表情だ。

 

「でも、私は滅んだムラの跡地に行ったことがあるんだけどさ。そこは何かの呪いの残滓で満ちてたよ。で、この御札から感じるもの......」

 

 諏訪子は御札をひらひらと揺らした。

 

「跡地に溜まっていた呪力と一緒だよ。こいつは」

 

 諏訪子は目を見開き、うっすらと口角をつり上げる。今まで幾人もが気圧され、崇め奉り、そして畏れてきた祟り神の顔をしていた。

 つまり、この情報は祟り神の諏訪子としてお墨付きということだ。

 

「流石だね、アンタに聞いて正解だったよ。呪力ってことはやっぱり呪い(まじない)や祟りの類か?」

「だろうね。それも他の地域で似た話を聞かないってことは土着信仰の産物だと思うよ」

 

 私と一緒の類だねー、と諏訪子は付け加える。

 

「信仰の対象、つまり元凶は確実にいたってことだ。ただ、伝承はもうないんだろ......どういうことだ?」

 

 萃香は諏訪子が目をまんまるにして驚いていた意味を理解した。

 

「流石に察しがいいね。神や妖怪(私たち)は基本伝承や人々の畏れで力を保っている。その伝承が一切ないってことは......まあ、そういうことのはずなんだけど」

 

 つまり、ヨミヒトシラズは滅んでいるはずの存在なのだ。

 そして、その呪力を宿した「閻魔」。

 諏訪子の情報は大きいが、点が増えただけでまだ線となっては繋がらない。

 

「逆に聞きたいよ、今になってヨミヒトシラズの呪力が蘇ってるってのはどういうことだい?」

「......本人に聞くしかないか、ありがとよ」

 

 ◇

 

 大声でないと会話できないほどの距離感が萃香たちとノタカたちの間には保たれていた。

 

「で、閻魔様、何か作戦はあるんですかい?」

「ないですよ、そんなもの。考えてみましょうか?」

「いや、今はそれよりも萃香から目を離さないほうがいい。何か......企んでるねぇ」

 

 萃香が永琳から何かを受け取ったように見えた。

 そして、萃香がそれを落とす。

 

「煙......?」

 

 萃香も、永琳もぼやけ始める。2人の視界に白煙が漂いはじめた。

 

「なんだ? 目眩ましか?」

「吸ってはならない!」

 

 咄嗟に袖を破り、吐息で吹き飛ばそうとしたのか、思いっきり息を吸い込もうとする勇儀の口周りをぐるりと、囲い込む。

 

「なんだ......外れない......」

「即席の防毒面です、視界の悪さや多少の息苦しさはご容赦を」

「防毒? ってことは......」

「ええ、恐らく何かしらの毒物でしょう」

「あんたは?」

「私には効かないでしょうから。しかし、どうして......」

 

 この量の煙を一瞬で流し込めるほどの風は今も吹いていない。何よりその弱い風ですら今もこちらが風上だ。

 なのに煙は晴れるどころかどんどん濃さを増している。

 

「風なんて吹いてないのにってか? 萃香の仕業だよ」

「え?」

「あいつは何でも“萃めたり散らせる“”んだ。恐らく私達の周りに毒ガスを“萃めて”停滞させ続けてる」

 

 ──鬼気「濛々迷霧」──

 

 ノタカと勇儀を取り囲む毒の煙から大量の弾幕が現れた。しかし、弾幕はすんでのところで全て停止する。

 

(危ない......間に合った)

 

 この煙は間違いなく永琳の仕業だ。毒を吸わせたいだけならば、気づかれぬように煙でなく透明、見えない気体にすればよい。彼女ならそんなことは朝飯前だろう。

 それでも彼女はわざわざ煙にしてノタカたちが視認できるようにした。

 つまり、毒の方はノタカが気づき、そして気をとられると踏んだ囮で、永琳と萃香が本当に欲しかったのは煙の方だ。

 

 以上の思考でノタカは煙に紛れた萃香の弾幕の不意打ちを読んで止めた。

 

 しかし、ノタカが予想し、対処していたのはあくまで煙を目眩ましにした弾幕攻撃だけである。

 状況を理解して歪んだ笑みがこぼれる。

 

「おやまあ、完全に不意をついたつもりだったんだが」

「やれやれ、神出“鬼”没とはよく言ったものです......」

 

 萃香本体が、何故かノタカたちに肉薄していた。

 いくら煙で視界が悪かったとはいえ、ここまで近づかれれば気づけたはずだ。

 どうやって、などと考える暇もない。

 眼の前に突如現れた萃香の服と腕輪を反射的に固定する。

 

「おっとっと、服を狙ったか。そうだった、それがあったな」

 

 しかし、萃香はすぐに霧散し、煙に紛れてしまった。

 

(ああ、なるほど、何でも散らせるというのは自分自身も含めてですか)

 

 この能力でノタカたちに近づいていたというわけだ。この煙は萃香に地の利を作り上げるための布石だったのだ。

 レミリアも服ごと霧状に変化していたが、ノタカの能力はこれを防げない。

 すぐさま萃香が死角に顕現する。

 ノタカは萃香を視界内に無理やり入れるのがやっとだった。

 もう腕輪を止めようとしたところで間に合わない。そして、ノタカは生き物を止められない。すなわち、眼の前に振りかざされた萃香の拳を対処するすべがない。

 

 しかし、それとノタカに拳が命中することは同義ではない。

 がっしりと一回り大きな手が萃香の手首を包み込む。

 

「おっと、この布切れが見辛くて反応が遅れちまったよ」

 

 勇儀が空いたもう一方の手で粗雑な防毒面を撫でた。

 

「あんたら、なんか忘れてないかい?」

 

 捨て台詞を吐いて、萃香は能力で勇儀の拘束から逃れた。

 

「私は視えないものを何より警戒していますよ。霧になるあなたと......」

 

 再び消えゆく萃香を睨みながら、ノタカは手を掲げた。

 

「見失った永琳(彼女)をね」

 

 ──天丸『壺中の天地』──

 

 無数の弾幕が煙の檻の中の2人を襲う。

 再び弾幕を止め、鎖状の弾幕で応戦しながらはたき落とす。

 当然、萃香もこの間に休んでくれなどはしない。

 永琳の攻撃を止めては落とす。

 萃香の攻撃を止めてはいなす。

 各々の役目を繰り返すだけ。

 

 勇儀を守る防毒面も結局は即席、所詮は布切れである。毒は少しずつ彼女の体を蝕んでいく。そして勇儀()でなければ萃香()の攻撃についていけなくなる。

 

 濛々と渦巻く白い煙の中どこからともなく萃香の声が響き渡る。

 

「私は幻想郷に来てからのあんたをずっと監視してた」

 

 落とす。いなす。

 

「あんた、体は頑丈なくせに事あるごとに気絶してる。魔理沙の箒を眉間にくらったとき、竹林で落とし穴に落ちたとき、そして、地底に落ちてきたとき。衝撃に弱いのか?」

 

 落とす。いなす。

 

「それに、やけに砂を被るのを嫌ってた。1番最初、中有の道で魔理沙の攻撃を防いだ時、そして、今さっき勇儀の巻き添えにならないようにした時だ」

 

 落とす。いなす。

 

「あんたが竹林で気絶したとき、覚えてないだろうがあんたを運ぶ鈴仙(妖怪兎)はやたらと苦労してたんだよ。鉄の塊でも運んでるみたいにな」

 

 落とす。いなす。

 

「私も自分の結論が信じられてないんだ。色々と噛み合わないからな。ただ、ひとまずの答え合わせといこうじゃないか。あんた──」

 

 萃香が顕現する。

 時間の流れがゆっくりになった。

 勇儀の目から焦りが見てとれる。やはりこの毒は確実に彼女を弱らせていた。もはや間に合いそうにない。

 萃香の拳は近づいてくる。

 ノタカは左腕で真っ向から怪物の拳を受け止めた。

 

精密機械(・・・・)だな」

 

 ピシリと嫌な音がした。何かの欠片が落ちる。

 

 ひび割れ、パチパチと火花をたてる左腕。

 

 その奥でノタカは引きつった笑いを浮かべていた。

 

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