東方閻魔帳 作:妖念
定食屋から走り続け、魔理沙はある店に駆け込んだ。貸本屋だ。
「はあはあ......小鈴! 居るか!?」
少しカビ臭い香りのする空気をいっぱいに吸い込んで深呼吸する。魔理沙は本に囲まれた空間独特のこの空気が好きだった。といっても今回はここの本が目的ではない。
「そんな大きな声出さなくても聞こえますよ、魔理沙さん。どうしたんですか? そんなに肩で息して。水でも飲みます?」
店のカウンターの奥から魔理沙より一回り小さな少女が出てきた。オレンジ色の髪を鈴のついた紐でとめて、ツインテールにしている。本居小鈴─貸本屋・鈴奈庵の看板娘であり、貴重な本の収集で留守がちな父に代わってよく店番をしている。魔理沙が彼女のもとへ真っ先に訪れたのには理由があった。
「はあはあ......いや、大丈夫だ。それより、頼みがあるんだが」
「妖魔本ですか? 魔理沙さんなら......」
「あー、違う違う。そっちも中々にそそられるが...今回はコイツを読んで欲しいんだ」
「え? 何ですかこれ?」
例の紙切れを魔理沙はカウンターに座った小鈴の前に突き出した。小鈴は目をパチクリさせた。
「見たことない文字ですね......」
「文字? ってことは......」
「ええ、読めますよ」
小鈴はにっこりと笑った。彼女は文字であれば、どんな異国の言葉だろうと妖怪の文字だろうと何であれ、“読む”ことが可能である。
「で、何て書いてあるんだ?」
小鈴は眼鏡をかけると、文字を人指し指で辿り始めた。
「ええと、なになに......」
しばらくして、指が止まる。
「立ち入り禁止......って書いてありますね」
「え?」
「ですから“この先、改装中につき立ち入り禁止”と書いてあります」
「それだけか?」
「それだけです」
「何かこう陰謀みたいなのとか幽霊を野に放って魔法の森を潰す、みたいなのは...」
「何ですか、それ。そんな物騒なことは書いてないですよ。というかこの字一体何なんですか?」
小鈴は不思議そうに紙切れをつまみながら小首を傾げた。
「ん? ああ、それか。異変の手掛かりかと思ったんだが......」
「また異変解決ですか? 大変ですねえ」
「悪かったな。邪魔して」
「いいですよ。ちょうど退屈してましたから。私もまだまだ知らない文字がありますね」
小鈴に見送られながら、魔理沙は店を出た。
相変わらず全く読めない文字の書かれた紙切れをじっと見つめる。
小鈴が読み違えるということは流石にないだろうが、魔理沙には解読してもらった内容がさっぱり分からなかった。
(改装中......どこがだ?)
看板があったのは中有の道付近だとあの男は言っていた。
あの近辺に改装できるものは、
(やっぱり、
ここから中有の道まで徒歩で行こうと思えばかなりかかる。
「しょうがねえ、魔力多少使っちまうが......」
魔理沙は風で飛ばないよう帽子を目深に被りなおした。
◇
「せいっ! はあ......」
霊夢は相変わらず続く幽霊行列を殲滅しながら辿っていた。が、そろそろこの単純作業に軽く飽き始めていた。何の代わり映えもない幽霊を退治し続けているのだ。おまけに山を1つ越えていれば、流石に疲れもするし、げんなりもする。かといって放置しておく訳にもいかない。
「......こんなものあったかしら?」
そんな時に、目に入ったのがこの奇妙な看板だ。
何が書かれているかはさっぱり分からない。
しかし、霊夢はこれと似たものをどこかで見た気がしてならなかった。
「どこだったかしら......あー、思い出せない!」
普通に見れば落書きにも妖怪の文字にもとれるのに、霊夢には看板の文字がそれとは別の何かだと直感的に思えた。
「......分かんないもんに構っててもしょうがないわね。行きましょ」
幽霊行列といい、妖怪の山の件といい、この看板といい、何か引っ掛かるものが今回は多い。
何かもやもやしたものを霊夢は幽霊行列にぶつけていった。
そして、看板を見つけてから間もなくのこと、遂に行列が途切れた。
「ここは──中有の道?」
いつもの何倍もの幽霊が漂っている。
「ここ、冥界じゃないわよね......」
霊夢は大幣を握りなおした。
間違いない。
異変だ。
不意にキイーンという音が遠くでした。
音はどんどん近付いてくる。
周囲の木々がざわざわと揺れた。
そして、音は止み、何かが後ろにどさっと落ちた。
「あら、随分遅いじゃないの」
「そうだな。余りに遅れちまったんで博麗の巫女にとっくに解決されてると思ってたぜ」
「......さっさと終わらせるわよ、魔理沙。私まだ昼ご飯食べてないんだから」
「......ああ、私もだ」
◇
見渡す限り、本。本。本。
恐らく幻想郷で一番本が集まっている空間だ。
そんな大図書館に1人のメイドが音もなく現れた。
「パチュリー様。お茶が入りました」
「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれるかしら」
そして、もう1人、本に没頭していた人物が、声に気づいて顔を上げた。
「それから......今朝方パチュリー様がお作りになられた物ですが......どうやらうまく渡らなかったようです」
「あら、そうなの」
「ええ」
「まあ、私はそもそも何であれを頼まれたかもよく分かってないからね」
「......よろしければ私が直接届けに向かいますが」
「ええ、そうね。できればお願いしたいけど......間に合うかしら? いえ......」
パチュリーと呼ばれた女が話し終わらないうちにもう一人の女は、現れた時と同じように音もなく消えた。
「あなたならいらない心配だったわね」
紅茶をすする音が響いた後、図書館に静寂さが戻った。