東方閻魔帳 作:妖念
「魔理沙...」
「ああ、分かったぜ......ちゃんとしなきゃいけない相手だってな」
魔理沙は箒に颯爽とまたがると、空中へふわりと浮き上がった。鮮やかな手つきで光輝く魔方陣を構築していく。
─魔符『スターダストレヴァリエ』─
魔理沙の周囲から次々と星形の弾が生じ、きらめきながら女へと文字通り流星のごとく一直線に向かっていく。
が、ノタカと名乗った女は全く動かない。それらを避けようとする素振りすら一切見せず、ただただ突っ立っていた。
その顔に笑みをたたえたまま、手をかざす。次の瞬間、全ての星はまたたくのをやめた。
放った全ての弾幕がぴたりと停止していた。
「ありゃりゃ、止められちまった」
「おや、思ったより驚かないのですね」
ノタカが髪の毛を人差し指でくるくる巻き取りながら口を尖らせた。この女、かなり感情豊かだ。
「そりゃ、こんなもんで驚いてちゃ
魔理沙の発言はあながち間違いでもない。幻想郷では神に匹敵する力の持ち主、なんなら神様そのものもごまんと暮らしている。そこまでいかずとも人間よりも遥かに力の強い妖怪が跋扈しているのだ。魔理沙はそんな桁違いの連中と幾度となく渡り合ってきた。誇張でもなんでもなくこの程度でビクビクしていたら幻想郷では本当に死んでしまう。
「なるほどね、勉強になります......よ!」
ノタカは鎖状の弾幕を展開した。止まった魔理沙の弾幕が相殺されていく。星が粉々に砕け散って、パラパラ地に落ちていった。
「じゃあ、コイツはどうだ?」
魔理沙の手の中でミニ八卦炉が再び明るく輝きはじめた。八卦炉の周囲に色とりどりの魔方陣が展開されていく。
「さっきと同じ手は食いませんよ!」
すかさずノタカがチェーンを伸ばした。
ジャラジャラという音と共に、魔理沙へと迫る。
「同じ? いいや、違うねっ!」
魔理沙は素早くスライド移動した。無論、チェーン攻撃を避けるためだけではない。もう一度八卦炉を構えた。ジリジリやらギャンギャンやら様々な音が混じりながら、八卦炉が発光する。
─恋心『ダブルスパーク』─
爆音と共に二本の巨大な光線が放たれた。鎖が光の中にかき消えていく。空間を切り裂きながら、レーザーがノタカに向かって突き進む。
「ほう......しかし、2本に増えたとて同じこと!」
ノタカは2本のレーザーをすんなりと避けた。
彼女の左右を轟音と焦熱が通過していく。
「そこだ......その場所が......いいんだ!」
魔理沙は上空へと大きく飛び上がり、素早い身のこなしでノタカの頭上に位置どった。
「何?」
─恋符『ノンディレクショナルレーザー』─
ノタカは既に2本のレーザーで動きを制限されている。上空からの連続的なレーザー攻撃はもう避けられない。細かい無差別指向のレーザーがノタカに襲いかかった。
「ちっ!」
軽く舌打ちをすると、ノタカは腕まくりをして地面に手をつけた。何を始めるのかと思いきや、やたらめったらに砂を集め、そして、それを──空中へとぶちまけた。
「何だ? 目眩ましにでも使う気か?」
砂塵が舞い、小さな爆発がいくつもおきた。レーザーが宙に漂う砂粒に叩き込まれていく。
しかし、いつになっても砂煙は消えることはない。
「フフ......」
ノタカの笑い声とともに砂がサーッとなだれ落ちた。
「何だ......? どうなってる?」
無傷で仁王立ちするノタカがそこにいた。
「残念でした、小さな砂粒とて......うえ! ぺっぺっ! あー、口の中が......だからあんまりやりたくないんですよ、これ」
口に入った砂を必死に吐き出すノタカをぼんやり見つめながら魔理沙は、この難敵の攻略の糸口を思索していた。
スターダストレヴァリエといい、この砂といい何かしら固定する能力を持っているとみてまず間違いないだろう。生半可な遠距離攻撃では簡単に凌がれる。
「小細工は通じないか。じゃあ真っ向から力で吹き飛ばしてやる!」
言うが早いか魔理沙は箒を操り、急降下すると、懐に潜り込むように一気にノタカに肉薄した。
のけぞるノタカ。その鼻っ面に八卦炉を突きつける。
「ヤバっ......」
「砂で防ぐ隙も与えないぜ!」
─魔砲『ファイナルスパーク』─
「弾幕はパワーだ!」
その場にいる者の眼前が目が眩むような光で埋め尽くされる。最大火力、手加減抜きの本気の魔法だ。
「あっぶな!」
が、ノタカは間一髪で渾身の一撃をかわしていた。着物の袖が焼けちぎれ、吹き飛び、光の中に消え失せる。
そして、我が意を得たりとにたにた白い歯を見せた。
「魔女っ娘。私の勝ちです」
「......あれ? 何だ? 止まらない!」
一向に八卦炉からの攻撃が弱まらない。コントロールが効かない。魔力がゴリゴリと削られていく。徐々にレーザーの反動で魔理沙がぐらつきながら浮き上がり始めた。ガリガリとレーザーは地面を削り、魔理沙は箒ごと宙へと投げ出される。
「魔理沙! 手を離しなさい!」
異変に気付いたのは魔理沙だけではない。様子を見守っていた霊夢も魔理沙の様子がおかしいことに勘づいた。
慌てて魔理沙が八卦炉を離す。
八卦炉が反作用で頬をかすめながら、後方へ飛んだ。
光が徐々に細くなりながらやがて、消えた。
「魔理沙!」
「やべ......魔力が......」
魔理沙の乗る箒のぐらつきがいよいよ激しくなる。そして、くるくるとキリモミ回転しながら地面へと近付き始めた。
「くっ!」
霊夢は落下地点へと駆け出した。魔理沙を受け止めることは間に合うだろう。
ちらりとノタカの方に目をやると、既に追撃の鎖をこれでもかと放っていた。
問題はこの攻撃をいなせるかだ。
両の手で魔理沙をキャッチする。どうやら気を失っているようだ。力が抜けきった人間は重い。予想外の衝撃に少し反応が遅れる。その場に横たえ、振り返った。
もう目と鼻の先にまで鎖は迫っていた。
全てがスローモーションに見え始めた。徐々に近づく鎖。大幣を構えようとする自らの右手。
今から弾けるか......!?
でも、やるしか......!
「......?」
鎖が消えた。
そして、次の瞬間、
「え? 何? 何コレ?」
ノタカがパニックに陥り、あわてふためく声が聞こえた。
辺り一面に浮かぶナイフ。全ての切っ先がノタカを向いている。
無数の銀色の殺意に彼女は囲まれていた。
「咲夜?」
「あら? いらぬ世話だったかしら?」
背後に立つ気配。魔理沙の肩を担いだ銀髪のメイド。
「......いえ、助かったわ」
十六夜 咲夜──色々と訳有りのある館でメイド長として日々激務をこなしている。そんな彼女がなぜこんなにタイミングよく現れ、魔理沙を助けたのか霊夢には分からなかったが、今はそんなことに脳みそを割いている余裕はない。
「飛び交うレーザーに突然現れるナイフ......幻想郷がこんなに危ない所だなんて聞いてないですよ」
「まだまだ嫌って言うほど教えてあげるわ」
霊夢が再び構えた。目はしっかりと眼前の敵を見据えている。右手の大幣をゆっくりとノタカに向けた。
「何が何だか分かりませんがね......」
その間にノタカは一斉に襲いかかってきたナイフを対処しきり、ふらふらと向き直った。不意打ちを完全に凌ぎきるあたり、敵ながらあっぱれと言ったところか。
「次は私の番よ」
だからと言って、負ける気はさらさら起きない。
大幣を握る手に力が入る。
「さあ、続きを始めましょうか?」
ノタカの口角が一段とつり上がった。