東方閻魔帳 作:妖念
魔理沙との戦闘を介して、少しずつ相手の特徴が見えてきている。
そして、そこからある程度の勝算、詰め筋も霊夢には見えていた。
「はあ、はあ......」
「さっきの魔女っ娘のレーザーに比べれば大分楽ですねぇ」
しかし、霊夢は肩で大きく息をしていた。思っていた以上に相手がしぶとい。どんな攻撃も相手の能力ですべて停止させられて迎撃される。質が悪いことに自分が出した弾が止められ、それを防壁に転用される。さらに、早朝から幽霊をちまちまと退治し続けていたのだ。疲労は最高潮に達しようとしていた。
「あら? 動きが鈍くなってきましたねぇ?」
ノタカが喉の奥でクスクス笑う。
「はあ、はあ......うるさいわ、ねっ!」
お札を投げつける。しかし、ノタカまで届くことはない。空中に貼り付けたように停止し、鎖で貫かれる。お札の破片がヒラヒラ舞い落ちる。
「同じことの繰り返し......何の真似です?」
「言ってなさい。じきに吠え面かかせてやるわ」
訝しげに人差し指を口に当てるノタカに霊夢はもう一度、お札を投げつけた。
◇
「う......うーん......?」
「あら、起きたかしら?」
魔理沙の目にまず入ったのは木にもたれかける銀髪のメイド服に身を包んだ少女─十六夜 咲夜だった。
「......何で、咲夜が? どうなってるんだ?」
「ん」
体を起こし、咲夜が示した方に目をやった。お札と鎖が飛び交っている。
「気絶してたのか......私。ひょっとして、お前が助けてくれたのか?」
「落ちるあなたを受け止めたのは霊夢よ。私じゃない」
「......そうか」
「そんなことよりも霊夢と戦ってるあの女、何者なの?」
「異変の調査をしていたらアイツに行き着いたんだ。どういう訳だか向こうは私たちのことを知っていたようだがな。咲夜こそ、こんなところで何やってるんだ?」
「ええ、あなたに用があって探し回っていたのよ。やっと見つけたと思ったら墜落寸前だったって訳。じゃあ、落ちてた八卦炉と、これ。はい」
咲夜は懐からミニ八卦炉と不思議な光を放つ球体を取り出した。
「私にはよく分からないけど、魔法使いなら分かるのでしょう?」
魔理沙はおずおずと受け取った。
「これは......魔力? アリスか?」
「いいえ、パチュリー様からよ」
「何でアイツが?」
「さあね、誰かに頼まれた、みたいなことはおっしゃってたけど。私はそのことをお尋ねする立場にないし、それ以上分からないわ。でも、役に立つんじゃないかしら?」
「......ああ、そうだな」
目まぐるしく移り変わる景色、目の前に近づく固い土──魔理沙は呼び覚まされた1番新しい記憶を首を振ってかき消した。
しかし、人の記憶というのは思い出すまいとすればするほどより鮮明に想起されるものだ。
飛行が維持できない。レーザーを止めることができない。八卦炉から魔力の放出が止まらず、そのまますべて出つくす──先程の一連のできごとを思いだし、身震いした。
かといって、このままただで転ぶわけにもいかない。霧雨 魔理沙の名が廃る。
相手の能力の穴の見当もある程度ついた。
「じゃあ、私は仕事に戻るから」
「......ありがとな」
「あら、魔理沙もお礼が言えるようになったのね」
「......私、何だと思われてるんだ」
「うふふ、そうすねないの。それにお礼ならパチュリー様に、ね」
「......今度アイツの本返さないとなあ」
「期待しないで待ってるわ」
咲夜が瞬時に消えた。後には木陰の涼しさとメイドの残り香だけだ。
「さてと、ラウンド2だぜ」
◇
─霊符『夢想封印』─
赤、緑、青といった大きな弾がグルグルと回転し、目の前の紺髪の女─ノタカと言ったか─を囲むように追い込んだ...かに見えたが、途中でピタリと弾幕が止まったかと思うとノタカが放つ鎖状の弾幕で相殺される。
やはり、そうか。
今の弾幕はわざと避けやすいように撃ったつもりだ。そこらの妖精でも容易くかわすことのできる、その程度のレベルだ。しかし、ノタカは避けない。──いや、避けられない。
ノタカの動きで霊夢は確信した。
「あんた......飛べないんでしょ?」
「へ?」
ノタカがすっとんきょうな声を上げた。顔に図星と書いてある。
女は先ほどから全ての攻撃を地上でさばいている。飛べば何てこともなく避けられる足元の弾幕攻撃に対してもどういう訳か一切体を浮かそうとしない。わざわざ例の弾幕を停止させる力を使って対処するのだ。よほど自らの能力に自信があるのかとも思ったが、今の『夢想封印』の対処を見ていて確信した。どういう理由かは知らないが、ノタカは体を浮かすことができない。
速い話が──コイツは足元のトラップを避ける術を持っていない。
─神技『八方鬼縛陣』─
打ち落とされて地面に散らばっていたお札が発光を始めた。瞬時に結界がノタカを囲い混むように展開していく。
「ヤバいっ!」
急いでノタカは脱出を試みる。が、結界は高速で収束していき、完全に閉じた。
不意に風が吹いた。
そろそろか。
──霊夢、ちょっと作戦があるんだ
──何よ
──敵が何人もいるなら、そのまま二人で戦う。もし、一人なら月の都の時みたいに私が様子見で最初に戦う。次に霊夢が戦う。それでどうだ?
──何でまたそんなまわりくどいことするのよ?
──実は今、魔力があんまりなくてな。だから対処法が分かってから、最後に2人がかりで一気に攻めよう。本来なら私1人の手柄にしたいとこなんだがな、やむを得ん。
──まあ......構わないわ。私も少し疲れてるしね。
「やれやれ、結構ギリギリな省エネ戦法ね」
「霊夢ぅぅぅ! 頭下げろぉぉぉ!」
霊夢は言われるがままに腰を落とす。
頭上を爆音が掠めていった。
─彗星『ブレイジングスター』─
箒にまたがり高速で結界内のノタカに突っ込む魔理沙。霊夢が正面の結界を緩め、道を開ける。
「まだっ......間に合う!」
ノタカがこちらに手をかざすのが見えると、魔理沙の全身が何かにぶつかるような反動を受けた。
ノタカはレーザー攻撃を回避に徹して対処していた。止めることができないのだろう。
だが、全てのレーザーをあそこまで避けきることが可能だろうか? 魔理沙はいずれのレーザー攻撃においても、仕掛ける直前に服がまとわりつくような感触を覚えた。そのせいでレーザーの照準が狂った。
ノタカは何も偶然の連続でレーザーをかわしていたわけではない。魔理沙の服を止めていたのだ。
今、魔理沙は、釘で打ちつけられたように空中ではりつけにされている。
──だが、手も口も動く。まばたきもできる。
「お前......
「くっ! だが、それに気づいたとて...あんたの服はもう縛った!」
確かにそうだ。もう魔理沙の体はびくともしない。服はカチコチに固まっている。どうやら、服を破って脱出することすら敵わないらしい。
「後は、箒を縛れば......え? え? え?」
しかし、箒は止まらない。いや、止められない。
「ぐべっ......」
鈍い音と奇妙な断末魔が入り混じりながら、箒の柄はノタカの眉間にクリーンヒットした。
背中からひっくり返るノタカ。度肝を抜かれ、口をぱっくりと開いて。そのまま、中有の道のど真ん中に横様にぶっ倒れる。髪飾りがひらりと踊る。
「いてっ」
服の固定が解除され、魔理沙はどさりと地面に落ちた。
つかつかとぶっ倒れたままのノタカへと歩み寄る。
「悪いな。私の箒、どういう訳か生きてるんだ」
魔理沙はペロリと舌を出した。
拾い上げた箒からひょっこり生えた葉っぱが誇らしげに見えた。