東方閻魔帳   作:妖念

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九、Ex(一)

 幻想郷──中有の道。

 焼き鳥、りんご飴、射的といった色とりどりの屋台が立ち並び、普段からそれなりに賑わっている場所ではあったが、今宵はその一角で殊更に豪勢な宴が開かれていた。

 

「おーい、ひゃけはまらかー?」

「こっひももうないひょー!」

「つまみぃー!」

「はいはい、今持っていきますよー......ったく何で私がこんな目に」

 

 最早誰なのか判別がつかないほどのへべれけな声に追われながら、おでこに絆創膏を貼った女がせわしなく動いている。ノタカだ。

 

「何だか人が多いわねぇ。どっから聞き付けて来るのやら」

 

 霊夢はあたりをキョロキョロ見回した後、他人事のような調子で呟いた。宴は始まったばかりだというのにそこら中に空になったとっくりとすっかり出来上がった酔っ払いどもがゴロゴロ転がっている。宴会の会場が博麗神社でなくて良かった、と心の底から思える光景が広がっていた。

 

「まあ、久しぶりの宴会だしな。多めに呼んだんじゃないか?」

 

 魔理沙がうんうんと頷いた。こちらも既にほろ酔い状態だ。

 

「誰がよ」

「さあ? 萃香、お前か?」

 

 魔理沙が片っ端から酒を喉に流し込み続ける1人の少女に呼び掛けた。見た目と行動が噛み合っていないこの少女の名は、伊吹 萃香(いぶき すいか)──薄い茶髪のロングヘアーをかき分け、頭に猛々しく生えた2本の角が表すのは彼女が既に幻想郷でも数少ない種族「鬼」であるということだ。

 彼女は『密と疎を操る程度の能力』を所持している。自らの体を霧散させたり、逆に巨大化したり、と要はあらゆるものを集めたり、散らしたりできる強力な能力だ。以前、この力で人々を集め、宴会を連日連夜開かせ続ける何ともはた迷惑な異変を起こしたこともある、言ってみれば"前科アリ"の内の1人だ。

 

「えー? そんなこといいから呑もうよー」

 

 既に──というか、彼女の場合は常に──顔が真っ赤な萃香が魔理沙の肩をバシンと叩いた。

 

「あ、やべっ」

 

 その拍子に手にしたお猪口が宙を舞う──ことはなかった。魔理沙の指が触れたまま、すぐさまピタリとその場に固定される。お猪口から酒は一滴も漏れ出ることはなかった。

 

「全く便利な能力だぜ」

 

 魔理沙が振り返るとノタカがこちらを見ていた。心なしか頬がひきつっている。

 

「溢さないでくださいよー、掃除するの私なんですから」

 

 そう恨みがましく言い残すと、ぶつぶつ何か垂れながらノタカは厨房へと消えていった。酒でもとりにいくのだろう。

 

「......」

 

 右肩がギリギリ痛む。

 萃香がノタカの行き先をジーッと凝視したまま、魔理沙の肩を掴んでいた。見た目は少女だろうと中身はれっきとした鬼、力は人間とは比べるまでもない。

 

「萃香。痛いぞ」

「あ、ああ。ごめんごめん」

「どうした? ボーッとして。アイツがどうかしたか?」

 

 魔理沙から萃香が慌てた様子で手をパッと離した。

 

「あ、あはは、酒が回っちゃったかな」

「何の冗談だよ、そりゃ」

 

 妙な作り笑いを浮かべる萃香に言い知れぬ違和感を魔理沙はおぼえた。

 鬼はとんでもなく酒に強い。中でも萃香は、水を入れればたちまち酒に変えてしまう酒呑みからすれば垂涎ものの瓢箪「伊吹瓢」を所有しているほどの酒好きだ。魔理沙は萃香が酔っていないところを見たことがない。今日もここまで変わらぬペースで酒をかっくらっていた。

 普段の萃香からは「酒が回ってボーッとしていた」などというセリフは天地がひっくり返っても出てこない。

 

「ねえ、ところで萃香」

 

 不意に霊夢が、若干赤らんだ顔に不適な笑みを浮かべた。

 魔理沙が何度も気にしてきた彼女が何か掴んでいる時の顔だ。

 

「な、何? 霊夢」

 

 さっきから明らかに萃香のリアクションが不自然だ。霊夢が相手なのもあるだろうが露骨な動揺が見てとれる。

 

「最近見なかったけど何してたのかしらねぇ?」

「えー? ど、どうしてそんなことを?」

 

 黒目の部分が消えてしまいそうなほど完全に目を逸らす萃香。やはりおかしい。

 

「ノタカだっけ? 聞いたら、中有の道の結界はアイツの仕業で間違いないって言うんだけど、幽霊が並んでたり、神社や森に大量にいたのは身に覚えがありませんねぇって言うのよ」

 

全く似ていないノタカの真似をしながら霊夢が萃香にぐいと詰め寄った。

 

「しーかーも幽霊はご丁寧に中有の道まで並んでたのよ。よくよく考えたらアイツがわざわざ私たちを誘導する必要はないしねぇ」

 

 霊夢はピトッと指を萃香の額に当てた。たじろぐ萃香。

 魔理沙はここで合点がいった。

 

「ほう、そいつはまるで誰かに......"(あつ)められた"みたいじゃないか」

 

 魔理沙はニヤニヤしながら戸惑う萃香を見た。この調子だとその内額に押し付けられるものが指から大幣へと切り替えられそうだ。

 暫く、霊夢と萃香はお互いの顔を付き合わせていたが、

 

「分かった、分かったって。そんないじめないでよ。私がやりましたー!」

 

 遂に観念したのか、萃香がヤケクソ気味に折れた。そして、ポツポツと事の顛末について語り始めた。

 

「この前の満月の晩、霞になって散歩してたんだ。中有の道の屋台で何かつまもうかと思ってこのあたりに来たら、急に、ほんっとに何もないところから2人組が現れてさ」

 と、ここまで話して萃香はぐいと酒を呷った。

 

「何だかにおうじゃない? だから霊夢と魔理沙に気づかせようと思って色々根回ししたってわけ。まあ、魔理沙の魔力切れと霊夢の風邪は予想外だったけど。人間って想像以上に脆いんだねぇー」

「じゃあ、咲夜がくれたパチュリーの魔力って......」

 

 あの時、2人の助けがあったからこそまだ戦うことができた。......余り認めたくはないが。

 

「ああ、多分それも私だ。あの魔女に頼んで用意してもらって、それを道具屋の店主に預けといたんだけどうまく渡らなかったみたいだね」

「はーん、つ、ま、りよ。私が風邪をひいたのはあんたのせいだったってわけね」

「ちょ、え、待って。私も悪いと思って今日は人いっぱい集めたんだからー」

「にしても萃香にしては、まわりくどいことするな。自分でぶっ飛ばすか私らに直接言えば良かったじゃないか」

 

 鬼は種族的に豪胆で基本真っ向勝負、遠回しに何かをすることが少ない。萃香も例に違わず、普段ならばこんなことをやりそうにない。

 

「しっかし、まだ分からないこともあるわよね」

 霊夢が首をひねった。

「何だ?」

「看板よ、看板。あれ、ノタカが書いたんでしょう? 何の文字なのよ」

「んー? まあ人外が書く字なんて読めなくて当然だぜ」

「まあ、それもそうだけど。私、あの字どこかで......」

「まあまあ、そんなこともういいじゃないか。アイツがお詫びに酒飲ませてくれるってんだから」

「全然関係ない奴もいっぱいいるけどね。......ん? 萃香、あなたが見たのって2人だったのよね」

「え? ああ、うん。暗くてよく見えなかったけど。あの髪飾りの感じだと片方はあの紺色の髪の女で間違いないと思うけどね」

 

 萃香は軽く厨房の方をしゃくった。

 

「じゃ、もう1人は?」

「どうだったかなぁ。あ、そうそうこんな感じ...え?」

「魔理沙! お猪口!」

「え? うわぁ!」

「き、消えた?」

 

 3人が頭を押し付けあいながら魔理沙のお猪口を覗きこんだ。

 何ら変わりはない。酒に映りこんでいるのは3人の少女だけだ。

 先程は一瞬だけ、しかし確実に映っていた。

 

 ──見知らぬ片眼鏡の人物が。

 

「 魔理沙! 萃香!」

「おう!」

「え? ちょっと待って......」

 

 霊夢と魔理沙は萃香の角を1本ずつひっ掴むと、ひきずりながら厨房へと向かった。

 

 

 

 

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