pixivより転載
それは、立香の何気ない問いかけだった。
「一ちゃんは、幕末組なのに現代風のスーツにジャケットなんだね」
そう問われた自身は、何気なさを装って笑う。へらへらと称される笑みだ。
「だーから、一ちゃん呼びはやめてって言ったでしょ。……それに坂本龍馬とか、軍服風なのもいるじゃん。織田信長や信勝なんて戦国時代なのに軍服風だよ」
「それにしても一ちゃんは一際異質って言うか……髪型も昔は長かったんでしょ。でもウチに来たときは今の格好と髪型だった。なにかあったの?」
このときの自身は知らなかったが、立香は普段ここまでサーヴァントの出自について問い詰めてくる方ではないらしい。それを知らなかった自身は――そうでなくとも自身に深入りされるのが不得手だったから、笑って、立香の頭をぽんぽん叩いて誤魔化した。
「ま、色々あるさ」
その日の夜、久し振りに夢を見た。
それは、本当なら霊基に刻まれるほどですらなかったかも知れない、聖杯戦争に似た何か。冬の日のこと。
自身を召喚したのは、年端も行かぬ少年だった。右の手首の裏に、クッキリと令呪が浮かんでいた。
慌てて部屋に入り込んできたのは30代ほどの、生活苦が窺える女性だった。少年の母親だと名乗った彼女は、部屋の床に敷かれた古びた陣と、少年の手首に刻まれたそれを見て、アァ、と顔を手で覆った。
「あれ程夫に気を付けるように言われていたのに」
彼女の夫、つまりマスターとなった少年の父親は魔術師だったという。だった、というのは既に夫は故人。病死だったらしく、医療費がかかって結局治らないまま死んでしまった。残されたのは僅かな金と幼い我が子。この日も息子の将来のためにも明日を生きるためにも働きに出ていた。その「仕事」が水商売と言われるものだと知るのはもう少しあとのことだ。
どこの聖杯戦争も魔術師同士の小競り合いは絶えない。そして、母親の彼女は魔術を知らない素人だったが、少なくとも多少の戦の心得とあと常識はあったようで、ダンダラ羽織にもじゃもじゃした頭は目立つと、髪を切られ、服はスーツと呼ばれるものに着せ替えられた。スーツは亡き夫が着ていたものだと彼女は言った。コートだけは彼女が買ってくれた。寒いから、と。お父さんの匂いがする、と、「マスター」の少年は無邪気に笑った。一応セイバーで召喚されてはいたが、少年は自身を一ちゃん、と呼んだ。人懐こい少年だった。その2人に、生前の妻と我が子を重ねてしまったのがいけなかったのだろう。――守らなければ、と思ってしまった。
「いいかいマスター、マスターのお袋さん。人間、死んだら終わりなんだよ」
ベルトを改造して、腰に二本差しを帯びた。夜の街を、母親の彼女と歩いた。夜の蝶の彼女と、お世辞にも人相が良いとは言えないスーツの自分の取り合わせはヤクザとその情婦と言ったところか。そうして、マスターの少年は安全地帯の家に置いておいて、魔術のまの字も知らない彼女に代わり、挑んでくるサーヴァントたちを斬って斬って斬り捨てた。マスターは勝手に逃げ去っていった。そして、ひょっとしたらうっかりすると自分たちが優勝するのではないか? ――そんな考えも過ぎった。そのときはどうしよう、マスターである少年は何を望むのだろう。それをちゃんと訊いておかないと、と思っていた。
そんな矢先、彼女が討たれた。
当然だ。彼女がマスターであると偽装していたのだから。彼女は華やかな衣装に身を包んだまま、それが血に染まっていくのを見た。彼女の体を抱きかかえながら、徐々に重くなっていく体重を感じた。血が抜けていって軽くなるはずなのになぜ重くなるのだろう。そんな益体もないことを考えた。
血溜まりの中で、彼女は微笑んだ。
「息子を、お願いします」
そして、事切れた。
それからの記憶は、霊基に刻まれた記録は奇妙に薄い。ただ、本拠地である彼ら母子の家に取って返して、そして直ぐにそこを脱出した。お母さんはどうしたの、と問われても答えられなかった。
最終的に、聖杯戦争を運営していた教会に少年を託すことにした。両親を亡くした彼を託せるのは最早教会しかなかった。
そしてその条件は、サーヴァントである自身を自害させること。
それに、少年ははじめて泣いた。泣いて、啼いて、取り縋った。少年は叫んだ。
「死んだら終わりだって言ったのは一ちゃんじゃん! なのになんでそれを言った一ちゃんがそんなこと言うの! そんなことをさせるの!」
自分は答えられなかった。答えられなかった、代わりに、刀で自らの首を掻ききった。少年の悲鳴と慟哭が、消える間際まで耳について離れなかった……。
ぺちぺちと、頬を叩かれる。
「一ちゃん、一ちゃん」
覗き込んできた顔は、すっかり見慣れた今のマスターだ。ベッドで丸くなっていた自身は、半身を起こしながら欠伸をする。
「……あぁ、なんだ。立香ちゃん。どうしたの。部屋まで入って来て」
「もう朝だよ。ご飯ができてるって」
「そっか。今日の朝飯はなにかねぇ。立香ちゃんは何か聴いてる?」
「鮭を焼いてるのは聴いた。……ねぇ、大丈夫?」
「何が」
「魘されてたよ」
――悟られただろうか。
しかしそういう気持ちは、慣れた調子で押し隠しながらへらりと笑った。
「まぁ、サーヴァントでもそういうことはあるでしょ」
「尋常な様子じゃなかったけど」
「ま、僕から言えることは」
一呼吸置いてから、ベッドから立ち上がった。
「『人間、死んだら終わり』ってことだけだな」
「……?」
背後から、立香が怪訝そうにしているのが伝わる。しかしそれを、敢えて自身は気付かないふりをした。服を着替えると、自身は立香がついてきているかいないかも確認せず、部屋を出た。
あのとき、彼女の亡骸を置いていったときのように。
End.