ゆずよもぎのシャンフロ妄想短編集 作:ゆずよもぎ
頬に湿った感触。少しざらざらした舌が私の頬を優しくなでているような気がして、私は目を覚ました。
幻覚だったのだろうか、気づいたときにはもう頬の感触は離れてしまっていた。
サミーちゃんとふたりきりで旅をしていた頃は、よくこうやって私を起こしてくれてたんだっけ。
……懐かしいな。
不意にそんな感慨が浮かんだことに、少し寂しい気持ちがした。どうやら私は、いつの間にかあの子のことを『過去』だと割り切ってしまっていたらしい。
その事実を否定したくて、でもできなくて。だって今の私は、あなたがいなくても生きていけちゃうから。
耳を澄ませば、ぐつぐつと鍋の煮える音、鎧や武器が擦れあう金属音、開拓者たちの話し声。色んな色んな音が聞こえてくる。
ああ、世界はこんなにも美しい。たとえ目を閉じていても、私の頭の中にはいつも通りの日常がありありと見えてくる。
今日の日替わりスープは魚介系らしいな、とか。あの大声で喋っている開拓者はいつも朝にこの近くのモンスターを間引いてくれてる人だな、とか。
私が失意のどん底にいた間にも、この世界はきちんと回っていた。
誰もが
そのことに気づかせてくれたあの馬鹿は、今ごろ夢の中であの全身鎧の女の子とお出かけしているんだったかな。
……頬の感触は名残惜しいけど、そろそろ起きないと。なぜか私の料理が好きだと言ってくれるお客さんたちが、今日もおなかをすかせて待っているから。
………………。
…………………………。
夢か、それとも幻視まで見え始めたか。
目を開けると、少し寂しげな眼をした、愛しい愛しい眷属の姿があった。
─*─*─*─
白く大きい、今はもう記憶の中にしか存在しないはず大蛇は動かない。
「…………さみーちゃん、なの?」
私の震え声にも、寂しそうな赤い眼をこちらに向けるばかりで何も返さない。
……少しぐらい、反応してくれてもいいのに。
「……っ、」
向こうからは何もしてこないので、こっちから一歩近づく。……けど、触れたら消えてしまいそうな気がして、伸ばした右手は中途半端な場所で止まった。
怖い。
私は、あなたに許してもらえるのだろうか。
あなたを見殺しにした私が、自分が生き残るために他ならぬあなたを犠牲にした私が、あなたにもう一度触れてもいいのだろうか。
「────」
「ぁ……」
私が固まっている間に、白蛇はするすると音もなくこちらに近づいてきた。まるで小さな子どもが母親にそうするように、私の右手の下に頭を動かしていく。
私の倍以上もの大きさのあなたが、小さな子どものように見えたことに、少し微笑みがこぼれる。
そっ、と手を動かしてみる。硬くごつごつとしていて、それでいてしなやかな鱗。いつも私を守ってくれていた――否、今も私を守ってくれている、世界一頼りになる自慢の盾だ。
ちりんと、風もないのに鳴った左耳の耳飾りを思わず目で追う。
初めて兎たちの国に行ったときに作ってもらった無敵の
ねえサミーちゃん、私強くなったんだよ。これをつけるために耳に穴を空けた時も泣かなかったし、今ではそれなりに戦えるようにもなった。
信じられないかもだけど、時々模擬戦であの鳥頭に勝てたりもするんだよ。
大丈夫。私は、あの頃の弱虫で泣き虫な私じゃない。「ともだち」だっているし、もうあなたがいなくても寂しくなんてない。
だから――安心して眠っていいよ。おやすみ。
うすうす予感はあった。もう一度耳飾りが鳴った時には、サミーちゃんの姿はまるで神隠しにでもあったかのように、きれいさっぱりなくなっていた。
きっと私は心の中で、無意識のうちにあの子のことを求めていたのだろう。
だからこそ、あんな幻が……もしかしたら本物の
……やっぱり、ちょっとだけ寂しいかも。
「おはようございます、ウィンプ。……
「え? あ……」
消えたサミーちゃんのことを考えてたら、いつの間にか隣にサイナが出現していた。
いくら「ともだち」でも、泣いてるところを見られるなんてさすがに恥ずかしい。
「
「だ、だいじょうぶだからそのあぶないものをしまって!」
「……了解:」
全く、やけに血の気が多いのはいったい誰に似ちゃったのやら。
内心ぼやきつつ、顔を洗いに水場へと歩いていく。
さーて、今日の注文は何が来るかな?
耳飾りが、私の歩調に合わせて、まるで「応援してるよ」とでも言わんばかりにちりんと鳴った。
ふと思い浮かんだ妄想を書き留めていたら、いつの間にか数時間が経っていてこの文章は完成していました。怖いですね……。
どういう状況なのかは分かりませんがボスドゥニーネ戦がひと段落ついたあたりかな、と思っています。最初考えていたのとは全く違うストーリーなんですけど納得のいく出来に仕上がりました。
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