まずは、本のタイトルである。
本のタイトルは仮題として「火薬がもたらす深刻な結果、戦場の未来予想図」としたが、ファウスト様が難色を示した。
少し長い、との事である。
よりシンプルであり、改題案として『銃・砲・騎士』とするように薦められ、そうする。
これについてはこだわる点ではない。
「できれば、辺境領主騎士の私が読めるように古語ではない方が嬉しいのだが」
ファウスト様は、次に執筆言語に関しても難色を示した。
これに関しては、私から反論する。
「ファウスト様には申し訳なく。ですが、この本にアンハルト王族以外の読者は必要ないと思うのです」
読者側に対する配慮であった。
理由は明確であり、活版印刷により多くの者の手にとられ、この知識が知られることなどを。
この本を捧げることになるアンハルト王族は決して望まないであろう。
私は執筆にあたって議論を行い、知識を共有し、時に眉をひそめた。
なるほど、アスターテ公爵が本当に知りたかった知識は、ファウスト様の脳みその中身はこのようなものであったか。
手紙を書かせるためだけに、少々の書き損じやメモ書き程度はためらう必要のない、本すら執筆できる量の紙を私に送り付けた意味。
ようやく、それを理解しつつある。
ファウスト様の知識は価値あるものではあるが、解読が酷く難しいのだ。
例えるならば、あまりにも過程を知らずに成熟しきった結論のみを述べてしまっている。
どのような試行錯誤を経たかを知らず、最新の技術を教本を読んで知っただけのようなそれ。
そのような印象を受けるのだ。
酷くちぐはぐで、要領を得ず、だが簡潔であり、そして結論を焦っている。
気狂いザビーネは直接会話することによって、何らかの軍事的な答えを得た。
アスターテ公爵は自らだけではなく、私ことマルティナというフィルターを通すことによって、より多くを解釈しようとした。
どちらが正しいとも言えないだろう。
どちらも間違っていないからだ。
彼女たち二人は、知能的には超人といえる存在であるのだ。
だが理解できる二人だから、それで良いだけであって。
古語すら理解できない階級のそれがファウスト様の言葉を聞いても、何を言っているのか理解できない。
正直なところ私でさえ、時々その結論はどこから出てきたのだとしつこく深堀りするほどに、ファウスト様は妙な事を口走るときがある。
先にファウスト様の四方八方に飛び散った結論があり、私が過程を考える。
そのような苦労をして、私は『銃・砲・騎士』を書いている。
要するにだ。
古語を理解できない人間が、最初から読めないようにするのが、誰にとってもよろしい。
元々、多くに売るためにあるものではないのだから。
それが私の判断だ。
「そして、本の内容ですが」
「先ほども言ったが、衝撃的かつ簡潔に、一方的に結論をまず述べよう」
「では、やはり火薬について話をすることとしましょう」
♢♢ 1 ♢♢
今後の火器が、何をもたらすかについて、リーゼンロッテ女王陛下に予言します。
火薬は、城や要塞、下馬騎士による防御的性質や用兵術の全てを終わらせてしまうでしょう。
急増したクロスボウに対する防御のため高くなった城壁は、意味を為さなくなり。
焼夷兵器に対する防御のため木造から石造りになった要塞も、意味を為さなくなる。
あの地獄の使者が産み出したマスケット銃という発明は、下馬騎士の板金鎧すら貫いてしまう。
歩兵・騎兵・弓兵の連携によって彩られてきた戦場の様相は、まったく違った景色を示すことになります。
銃を兵士が握るようになります。
大口径の砲が全てを薙ぎ払うようになります。
騎士はその流れに呑まれるのではなく、指揮官としての役割をより強く求められることになりましょう。
♢♢♢♢
「ファウスト様と私の結論を出してしまえば、このようになりますが」
「やや衝撃的すぎるが」
「ファウスト様が、そうしようと仰ったんでしょうに」
確かに衝撃的であるし、同時に言い過ぎである。
そもそも時代の新技術というのは、古い技術の代用または補完のためにある。
火薬という新技術は、まだ完熟ではないのだ。
同じ飛び道具であるクロスボウはまだ強力であり、板金鎧こそ撃ち抜けないものの、そのチェーンメイルを貫く威力も飛距離も強力である。
火砲はおそらく石造りの要塞も破壊するだろうが、その運用は容易なものとはならないだろう。
マスケット銃は確かに板金鎧すら撃ち抜けるが、胸甲や兜とて対策は整えつつあるし、そもそも銃自体の命中率は低く近距離でなければ話にすらならない。
現時点での銃は、そもそもが兵科の一つでしかないのだ。
銃兵という兵科が産まれたにすぎない。
だが、その前提はとりあえず、無視してしまおうと思うのだ。
なぜなら、これは未来の戦場についての予想図であるのだから。
「次に、少しの前提に対する訂正を」
♢♢ 2 ♢♢
これは未だアンハルト王国における現実ではありません。
そのような事は全てを解説するまでもなく、賢明なるリーゼンロッテ女王陛下は理解を示してくださるでしょう。
なれど最後まで投げ捨てる事は無く、この本を通読頂きたく。
この本は騎士という「戦う人」がその武勇を強調するあまりに、完全ではないものとなった多くの戦術逸話書のそれではありません。
純粋に火砲が変えてしまう、今までとこれからの戦場についての書となります。
騎士がその未来を、どう受容すべきかについて書かれております。
後方支援、戦力の集中点、戦列・陣形の突破方法。
それらを理解している、戦略の天才たるアナスタシア第一王女殿下にもお伝えいただければと思います。
そして、それ以上に火器が、これから戦場を支配するであろう火砲の運用を怠れば、その戦略すら打ち砕いてしまうことを知ってほしいのです。
♢♢♢♢
「そして、ファウスト様が共著であることを念押ししておきます」
「そこまでしなきゃ本当に読まないのか?」
「ファウスト様がお考えになっているよりも、王族は忙しいのですよ。読まれない可能性は高いです」
♢♢ 3 ♢♢
この本を書くにあたって、共著者であるポリドロ卿の言葉をここに記しておきます。
『仮に愚策でも、なんとか実行してしまえる化物も世にはおり、逆にどんな良策でも台無しにしてしまう愚物もいる。私はどちらでもない。ただ人より剣を振るうことが出来る超人で、そして知能という点では凡人なんだ』
このポリドロ卿という英傑騎士が、圧倒的な暴力が、ヴィレンドルフにおける英傑騎士レッケンベルの包囲策を一騎討ちにて打ち破った事は言うまでもないでしょう。
強力な暴力は、時に全てを薙ぎ払ってしまいます。
私が考える火砲という暴力は、野蛮な喧嘩とは言えず、ポリドロ卿と私が理想とする「遠距離からの一方的な大量虐殺」という理不尽な、喧嘩にもならない暴力に至るものと考えます。
そのような歩兵、騎兵、弓兵といった兵科の枠から外れてしまうもの。
まさに戦場の戦乙女とも呼べる存在が、私の考える火砲であり、それを運用する砲兵という存在なのです。
本書においては、最初に書いた結論に何故ポリドロ卿と私ことマルティナが至ったのかについて、章に分けて記します。
順を追って説明するのです。
どうか、最後までお読みくださいますように。
それが神聖グステン帝国アンハルト選帝侯リーゼンロッテ女王陛下にとって、そして女王陛下に膝を折る騎士であるマルティナ・フォン・ボーセルと、領主騎士ファウスト・フォン・ポリドロにとっての益になる、たった一つのお願いなのです。
私はリーゼンロッテ女王陛下の恩情とポリドロ卿の助命嘆願により長らえたこの命を、どうアンハルトに役立てるかを今の今までずっと考えてまいりました。
♢♢♢♢
「最後の嘘だろ。全然考えてなかったろ」
「嘘ですけど。こんなのリーゼンロッテ女王陛下だって嘘だと知ってますけど、これぐらいは書いておいた方が心証良いでしょうよ」
飾りない文を書くと言ったが、この程度はやっておくべきだろう。
リーゼンロッテ女王陛下の心証はもちろんのこと、もし後世に本が残りでもした場合、私の名誉は少しでも回復しておく必要があった。
それは母カロリーヌへの慰めにもなるのだ。
「続けますよ。間違ったとき恥ずかしいから、言い訳も一応しておきます」
♢♢ 4 ♢♢
そして、これから記述する火砲に関してでありますが。
マスケット銃があるならば、より大口径の火砲の開発は必ずや進んでいるものと思われます。
それは司教領にて火器開発を行っているケルン派を除けば、その報告が行われているであろう神聖グステン帝国の皇帝陛下や教皇猊下、そして選帝侯たるリーゼンロッテ女王陛下がようやく知るところと思われます。
この9歳児たるマルティナや、僅か領民300名の領主騎士たるポリドロ卿が知ることはできません。
ですから、本の折々に、リーゼンロッテ女王陛下がすでに知るところである確立した知識とやや相違があるかもしれません。
その際は、馬鹿な二人の妄想と笑って、お許しください。
♢♢♢♢
「いや、確実に合ってるから言い訳はいらないと思うんだが」
「それだけは、何故かファウスト様自信満々ですよね」
「私の結論は確かに突飛なものかもしれない。だが、マルティナが補填してくれた知識の殆どは理屈づいており、間違っていることはないと思うんだが」
本当にファウスト様は自信満々である。
結論では確かにそうなるはずだと言い張り、過程においてはあやふやどころか何も考えてすらおらず、私が何とか理屈づけたそれに対しては多分そうだよ!と無茶苦茶良い笑顔で言うのだ。
ファウスト様は愚かでないし、私は確かに皆が信じてくれたように知における超人なのだろう。
だが、その無茶苦茶良いファウスト様の笑顔を見るたびに、物凄い不安に駆られるのだ。
本当に正しいだろうか?
いや、間違っていても、そう思うのも無理はない程度にリーゼンロッテ女王陛下も考えてくれるはずだ。
このような懸念は筆を鈍らせる。
さっぱり忘れて、続きを書こう。
「……前述したように、火砲について書きましょう」
♢♢ 5 ♢♢
私は火砲を、理不尽な暴力であると前述しましたが。
その活用例の一つとして、マスケット銃の弾丸を容器に閉じ込めたような――仮にキャニスター弾と呼びましょう。
マスケット弾の数百発を収めた容器を空中に射出し、バラ撒かれた散弾が広範囲の敵を殺傷する、そのような仮想兵器です。
これは防御的陣形に対し、その密集した状態にこそ最高の効果を発揮する暴力であり、人体という血袋を破り、骨を砕き、一度の砲撃にて戦場における殺戮を行うでしょう。
もちろん、射程という課題におきましては研究の必要があるでしょうが、このような理不尽な暴力が今まで、ポリドロ卿のような超人という存在以外にありましたでしょうか。
敵はその絶望的な威力に怯え、如何に鍛え上げられた兵士であろうとも遁走し、戦列は崩壊するでしょう。
では攻撃的側面だけでなく、防御的側面はどうでしょうか。
重装甲騎兵、鎧を着こんだ騎兵が密集隊形で突撃を行う暴力は、現在のアンハルト王国において最強の攻撃手段であります。
突撃が秩序ある完遂に至れば、必死に掲げた槍の穂先すら易々とへし折り、敵の陣形は一撃にて崩壊します。
あとは蹂躙するのみとなりましょう。
ですが。
ですが、火砲が防御側にあればどうでしょうか。
今までの重装甲騎兵は、銃やクロスボウ、ロングボウといった遠距離による攻撃を受けても耐えることが出来ました。
馬が人の倍の速さで距離を詰めるまでの時間、そこで板金鎧を着こんだ騎兵が受ける損害は、まだ許容範囲であったからです。
ですが火砲の、キャニスター弾による損害は、許容範囲とはならないのです。
火砲による一撃は、突撃した重装甲騎兵の馬、板金鎧、兜、そのことごとくを破壊しつくし、騎士の命を奪うでしょう。
もちろん、騎兵の機動性からくる側面攻撃に対して、火砲が即応できるかどうかは考察の余地がありますが。
♢♢♢♢
「キャニスター弾は射程範囲の何もかもを殺戮するでしょう。それは間違いない。ですが」
「どうしたマルティナ」
「これ、超人に対しては殺戮に至るかというと」
多分、魔法の鎧を装着したファウスト様と愛馬フリューゲルは、キャニスター弾の一撃を受けた程度では死なないだろう。
武の極まった超人というのは、そこまでの存在なのだ。
「私は死なないな。多分、ヴィレンドルフの英傑レッケンベルも死なない。両国が数を合わせれば数名くらいなら生き残れる超人がいよう。致命傷を避けて、突撃を続けるだろう。だがアンハルト・ヴィレンドルフ合わせても300万いるかいないかの国民のなかで、それだけだぞ。別に考慮する必要はないだろう」
「そうですね。そこまで化物じみた超人で構成された部隊が、世に有るわけでもあるまいし」
それこそ夢のような、100名を超える中隊の数さえ出揃うような部隊を編成することは不可能であろう。
この世の超人は、それこそファウスト様のような超人は、数える程しかいないのだ。
完全実力主義の国家でもなければ、それこそ魔法使いを世襲貴族として掬い上げるような特殊な採用主義をとっていなければ、農家に生まれた者は農民として埋没する。
よく働く女として評価されるのが精々であろう。
このマルティナの、封建領主のスぺアの子としての立場が、その今までの経歴が何より証明しているのだ。
「……」
ファウスト様が、少々眉を顰めた。
「どうされましたか」
「なんでもない。化物じみた超人で構成された部隊か。遊牧騎馬民族国家であれば、あり得るかもしれないと思ったのだ」
コツコツと、指で机の上を叩く音が鳴る。
私は、遊牧騎馬民族国家の社会性が、どのように成り立っているのかは知らない。
但し、実力主義の部族性を取る国家であれば、可能性は高いだろう。
「ファウスト様、そのような事を考えても仕方ありませんよ。我々はそれを知ることのできる状況下にはありません」
「そうだな」
ファウスト様が、少し重苦しい様子を漂わせながら。
静かに首肯するのを見届けて、私は執筆を続けることにした。