アホや、コイツら。
ファウスト・フォン・ポリドロは、第二王女親衛隊をやや蔑んだ目で見ていた。
リーゼンロッテ女王による、スペアに対するミソッカスの廃棄場所。
かつて自分でも口にしたように、第二王女親衛隊はそういう奴等なんだと認識していた。
まさか、それ以上に酷いとは思わなかった。
「人から聞いた話では! ヴィレンドルフのチンコは特大チンコ! うん、よし! 感じよし! 具合よし!」
猥歌である。
第二王女親衛隊15名は、行軍初日でへたりこんでいた元気の無い様子とは打って変わった元気ハツラツの様子である。
コイツ等、行軍に三日で慣れやがった。
私とて最初の初陣での行軍中は、領地から初めて出た気疲れで、動きに精彩を欠いたものだが。
コイツ等、たったの三日で行軍に慣れやがった。
最初だけ躓いただけなのか、それとも精神がどっかイカれてるのかは知らんが。
なんにせよ、繰り返すようだが、第二王女親衛隊は行軍に慣れた。
ヴィレンドルフ戦役にて、騎士団50名に特攻した際、ずっと私のケツに誰一人欠けずついてきた我が領民20名の古強者たち。
その行軍ペースに合わせて行動してくれている。
それはいい。
それは、とてもいい事なんだが。
「すべてよし! 味、よし! すげえよし! お前に良し! 私に良し!」
親衛隊15名全員による猥歌である。
これには私も閉口した。
行軍中に歌を歌うのは、まだいい。
なんで猥歌やねん。
「ザビーネ、その歌を今すぐ止めなさい……」
ヴァリエール様は、心の底からウンザリした様子で呟いた。
最前方で歌を歌っていたザビーネ親衛隊長が振り返り、第二王女に言葉を返す。
「ヴァリエール様。お言葉ではありますが、行軍中に歌う事は、遥か古代から兵に与えられた権利でありますがゆえに」
自信満々の顔で答えた。
アホやコイツ。
そもそも、お前等は一般兵と違うだろ。
一代騎士の最低階位とはいえ、青い血で騎士だろ。
「貴女達、兵であるまえに騎士でしょうが。そもそも……ファウストの前でだけは、止めて」
ヴァリエール様が私の顔色を伺いながら、嘆くように呟く。
猥歌はピタリと止んだ。
今更、私が、男性騎士が居ることを思い出したのかよ。
「あれ、でもファウスト。顔を赤らめてないわね。セクハラに弱いって聞いたけど」
ヴァリエール様が、私の顔色を窺いながら呟く。
確かに、世間での私は、アスターテ公爵のセクハラに顔を赤らめる純情な男だと認識されているらしい。
実際はアスターテ公爵の激しいボディタッチ――爆乳を身体に押し付けられた際、勃起したチンコが貞操帯に当たって痛くなって、顔を赤らめているだけだが。
だが、こんな酷い猥歌で顔を赤らめる理由がどこにある。
「セクハラと言いますか、なんというか残念具合に声も出ません」
正直に、心中の言葉を返す。
「御免なさいね、ほんと御免なさいね」
第二王女としての立場の違いを無視するようにして、ヴァリエール様は頭をこちらに下げてきた。
いや、貴女は悪くない。
このアホどもが悪いのだ。
私はため息をつく。
「ポリドロ卿、失礼しました。では別の歌を……英傑歌なんてどうでしょう」
「それも止めておきましょう。そろそろ目的地に近い」
私はザビーネ殿が再度歌いだそうとするのを、止める。
もうすぐ目的の村だ。
「敵は――山賊は、村周辺をうろついて、旅芸人や商人を襲っているという話です。これより先は、襲いかかってくる可能性があります。皆さん、警戒を」
私は全員に臨戦態勢を命じる。
あと2時間もしない内に、村につく予定である。
私は従士長たるヘルガを呼び寄せ、ヘルガを含めた従士5名にクロスボウの準備をさせる。
私の領地が所有しているクロスボウ5本は、アンハルト王国で広く用いられる滑車で弦を引く方式のものである。
全て、15歳から20歳までの軍役中に敵の所有物から奪い取ったものだ。
敵に用いられた時は脅威であったが、使ってみればこんな便利な物はない。
上手く当たれば、騎士ですら一撃で殺せる。
相手が弓矢を剣で弾き落とす、超人の類でなければだが。
つまり、アナスタシア第一王女や、アスターテ公爵や、私がかつて破ったレッケンベル騎士団長のような。
そして、私のような。
「クロスボウの準備が出来たら、村に向けて行軍を再開します」
敵数は報告によれば山賊30名。
いつもの軍役と変わらない。
恐らく逃げる山賊たちのケツを追い回すには手間を取らされるだろうが、殺すだけなら楽な作業だ。
まずクロスボウを打ち込んで鼻っ柱をへし折った後、全員斬殺してやる。
今回は初陣であるヴァリエール第二王女、そしてその指揮下の親衛隊に花を持たせなければならないのが面倒だが。
何、行軍の様子を見る限りでは実力は本物のようだ。
山賊程度なら、キルスコアを稼がせてあげられるだろう。
ヴァリエール第二王女にも、捕縛した山賊の首一つくらいは刎ねてもらおうか。
そんな事を私は考えていた――正直、油断していた。
クロスボウの準備を終え、村へと向かう最中。
魔法の眼鏡。
いわゆる双眼鏡。
今回の初陣に際して、王家に申請して借り受けていたそれをヘルガが使いながら、私に対し報告を挙げた。
「村が、荒らされている様子があります。いくつか死体も」
私は舌打ちをし、荒くれ者とはいえ、たかだか30名の山賊に、王国から派遣された代官に率いられた100名の村人が負けた理由。
それを頭の中で探し始めた。
ともあれ、急ごう。
警戒は緩めないように。
私は全員に、ヘルガの報告を告げた後、更なる警戒を呼び掛けた。
※
小さな村の、小さな代官屋敷にて。
ヴァリエール様は声を荒げた。
「山賊の数が100名を超えているだと。いや、そもそも正確には山賊ですら無いだと! 全く報告と違うではないか!」
「誠に、誠に申し訳ありません」
ヴァリエール様の悲鳴のような叫び声。
名と身分を名乗ったヴァリエール第二王女に膝を折り、礼を整えながら代官が謝罪する。
王国から村に派遣されている代官は、腕に重傷を負っていた。
いや、そもそもコイツ何故まだ生きている。
私は疑問をそのまま口に出す。
「それは本当の事か? 村が襲われ、死者多数。僅かな財貨、そして男や少年達は全て奪い去られた。この状況で、先頭に立って抵抗を指揮していたはずのお前が何故まだ生きている。その時点で信用ならん」
「貴方は?」
「ファウスト・フォン・ポリドロ」
「……貴方が、あの憤怒の騎士」
短く自己紹介。
そして私は横合いから、詰問を続ける。
「もう一度聞こう。何故お前は生きている」
「恥ずかしながら、正直に申し上げます。敵のクロスボウで腕を撃ち抜かれ、その後地面に馬から落ちた際に頭を強く打ち、そのまま気絶しておりました」
代官が顔を赤らめながら、自分の恥を告白する。
嘘はついていないようだ。
私が軽く頷くと、ヴァリエール様が代官に話の続きを聞き始めた。
「……何故、最初の報告と違った。最初の報告では山賊が僅か30名。村周辺をうろつき、旅芸人や商人を襲っているから助けてくれとの報告であった」
「状況が変化した後、再度報告に村人を走らせました。その様子では――」
「届いていない。今頃、報告を受け取った王城では大騒ぎだろう。だが我らは事情が分からん。詳しく話せ」
ヴァリエール様が、頭を抱えながらも質問を続ける。
正直言って、横で話を聞いている私も頭を抱えたい状況だぞ、これは。
「最初は、確かに山賊30名だったのです。しかし、その山賊団は他の軍勢に吸収されました」
「吸収? 他の軍勢?」
「近隣の、地方領主が有する1000名程度の街で家督争いがあったのです。それも従士達家臣や領民を含めた、血で血を洗うような酷い家督争いが」
嫌な雰囲気になってきた。
続き聞きたくない。
ヴァリエール様もそんな顔をしている。
「結果は順当に長女が勝ち、次女は敗れたのですが――長女が怪我を負い、混乱した状況下では、その次女の首を刎ねる暇はありませんでした。結果、次女は次女派であった従士や領民達と一緒に手にとれるだけの物を領主屋敷から奪い取って、武装した姿のまま街から逃げ出したのです」
ほうら、凄く嫌な話になった。
ヴァリエール様も思い切り顔をしかめている。
「そして次女と、その家臣たちは山賊団に遭遇。そこで何があったのか――どんな話が有ったのかまでは判りかねます。ですが、結果的に山賊団は吸収され、結果100名の軍勢が出来上がり、この村に攻め込んで来たのです」
「……何故お前はそこまで詳しい事情を知っている」
「その地方領主の長女に指示された領民が、この村に駆け込んで事情を伝えてきたのです。逃げてくれと」
逃げてくれじゃねえよボケ。
お前がキッチリ次女を殺しとけばこんな事態になってないだろうが。
追撃の軍を編成して、キッチリ追いかけて殺しとけよボケ。
第一、下手すりゃ村で生涯を終える様な小さな村の領民が、家を、畑を、全ての財産を置いてそう簡単に逃げられるものか。
私は心中で愚痴を吐き続ける。
「気づいた時には、軍勢が村に迫っておりました。私は抵抗しようと、村人を集め、男や少年たちを代官屋敷に隠し、軍勢に挑みましたが――」
「結果、敗れたと」
村の惨状は酷い有様だった。
まだ腐臭を放っていない女達の新鮮な死体が散乱し、幾つかの首は子供の玩具のように、地面に転がっていた。
「誠に、誠に申し訳ありません」
代官は涙を流しながら、もはや膝を折るのもやめ、地面に頭を擦り付け平伏していた。
どうしようもない。
青い血――今では青い血崩れと呼ぶべきだが、領主騎士のスペアとしての教育を受けた首領に、それに付き従う武装した従士や、恐らく軍役経験者の領民達。
それに加えて、盗賊としての経験を持つ山賊団。
しかも数の上ですら負けているのだ。
これで負けても、責められるべき点はない。
責められるべきは、次女を逃がした原因。
この最悪な事態を引き起こした地方領主の長女だ。
王宮に呼びつけられ、女王陛下に散々罵られるのは確定だろう。
小さな村とはいえ、直轄領に手を出されたのだ。
ひょっとすれば、地方領主としての地位も危ういかもしれない。
それはさておき――
「どうするか。私はこれからどうするべきなのか。教えてくれファウスト」
ヴァリエール様が、懇願する目で私を見ていた。
私の立場は第二王女相談役である。
当然、補佐しなければなるまい。
結論から言おう。
「敵の今後の行動を予測します。まずこの直轄領は敵国ヴィレンドルフの国境線に近い」
「というと」
「敵は100名と多数。アンハルト王国領内で成敗される前に、国外への脱出を試みる」
「あの蛮族の国に逃げ込むという事か!」
ヴァリエール様の口から、歯ぎしりの音がした。
「どうする? 兵力が足りない。援軍は来る?」
「援軍は来ます。必ず来ます」
恐らく、公爵領の常備兵200を現在、王都内に駐留させているアスターテ公爵が来るであろう。
アスターテ公爵の元、その強力な常備兵200を相手にすれば、いくら青い血崩れだろうとひとたまりもない。
だが。
出陣準備には時間がかかる。
今頃は大焦りでその準備中であろうが。
「ですがおそらく、援軍は間に合わないでしょう。この村で援軍を待つ間に、青い血崩れ達は、蛮族ヴィレンドルフの領内に逃げ込むでしょう」
男や少年達、それに領主屋敷から奪った財貨を運んでいるのだ。
その足は遅い。
だが、援軍が来るよりは早い。
必ず、青い血崩れ達は――ああ、面倒くさい。
「代官、その次女の名前は何というか判るか」
「確か、カロリーヌと」
カロリーヌか。
「カロリーヌ達がヴィレンドルフ領に逃げ込む方が、援軍到着よりも早い。その現実があります」
「つまり、私は何とすればよい」
ヴァリエール様が、真っ直ぐ私の目を見つめる。
この事実を伝えるのは正直辛いが。
「初陣は失敗です。領民20名、親衛隊15名、そして私とヴァリエール様合わせ37名で100を超えるカロリーヌ達青い血崩れを討ち取るのは不可能です。どうか追跡断念の決断を」
本当は、自分ならば勝ち目が無いとまでは言わない。
だが、このような不利な戦況下に我が領民を巻き込み、その命を失うのは御免だ。
ヴァリエール様とて、このような戦で親衛隊の命を失うのは本意ではないだろう。
本当に、残念ではあるが。
私は自分の考えを冷徹に、ヴァリエール様に告げた。