貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第126話 狂える猪の騎士団

タイプライターや輪転機など未だ生まれていないこの時代にも、帝都のような超巨大都市においては新聞が存在している。

この世界でいつごろから活版印刷技術が用いられているかは知らぬが、まあその辺りはどうでも良い。

ともあれ、活字組版により生産された新聞が、私の手には握られている。

内容を意訳すれば、こうである。

 

 

◇◇ 1 ◇◇

 

帝都ウィンドボナ速報!

『テメレール猪突公とランツクネヒトの闘い』

 

先日、あのテメレール公が起こした騒動は皆さんもご存じでしょう。

テメレール公に対し、ランツクネヒトがフェーデを挑んだ!

テメレール公側、公爵当主含め僅か騎士7名。

ランツクネヒト側、指揮官、下士官含め総勢およそ500人。

話にもならぬ勝負、目に見えた勝敗。

ランツクネヒトは歌う。

 

あの猪めはわれらランツクネヒトのことを

甲冑を着た乞食どもだ

今でも死んだレッケンベルの従僕だ

やつらだけではなにもできない

放火殺人をしては手を叩いて喜び、臆病者の農民をあぶり焼きにして略奪するだけの

自分の利益しか考えることのできない、一生死体を這う蛆虫であるなどとぬかした

誇りもなにもなく、金以外に何の興味もないものと蔑んだ

財産を掠奪して殺すに十分値する侮辱である

自分の舌禍を恨んで死ね、物狂いの猪めが!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

要するに、ランツクネヒト側がテメレール公に私戦を起こしたのだ。

テメレール公の普段の舌禍が招いた暴動であった。

と、この新聞には書かれている。

私はカタリナ女王の顔を見つめた。

 

「うむ、ファウストよ。まずは新聞を読め。確かに、先ほどから私がお前やアナスタシアに話している内容と齟齬があるが……」

 

言いたいことはあるが、とりあえず表向きにはランツクネヒトが起こした私戦として処理されている。

カタリナ女王がテメレール公殺害を目論んだこと、それには触れておらず、どうも『そういう事にした』ようだ。

税金払ってないから帝都市民じゃないランツクネヒトに、フェーデの権利があるのかというと酷く疑問であるが、まあ今は重要な事じゃない。

アナスタシア殿下の元に、いつもの無表情で訪れたカタリナ女王。

彼女が持ってきた新聞の内容が気にかかる。

 

「はあ、まあ続きを読みます」

 

 

◇◇ 2 ◇◇

 

彼方、テメレール猪突公。

屋敷を取り囲むランツクネヒトどもを見やった後、門を開け放ち、合図とともに騎士が金貨銀貨を一斉に放り投げる。

此方、ランツクネヒト。

数枚拾えば自分の年給をも超える額と知り、誰もが狂喜の声を上げる。

すぐさま歌をやめ、一斉にそれを拾い始める。

まさしくテメレール公の言う通り、甲冑を着た乞食どもなり。

テメレール公及び騎士6名、それを無視して一斉に包囲中央へと突撃を始める。

ランツクネヒトの歌に対する返事が為された。

 

我ら、狂える猪の騎士団なり

死など忘れた騎士団なり

我ら僅か6名ばかりの超人なれど、神の慈悲など与えられたことなどこの生にない

代わりにテメレール公よりの恩寵を賜るなり

千剣の敵兵が眼前におろうとも

一人たりとて生かしておかぬ

テメレール公が敵だと仰られたならば

それが神であろうと殺してみせよう

死ね、甲冑を着た乞食どもが!

 

返事は、ランツクネヒトの血飛沫とともに行われた。

まず前列にいた、ランツクネヒトでも優秀な倍給兵の7名が殺された。

槍衾をナイフ一本で切り落とし、日暮れの人影のように足を延ばし、あっさり喉をかっ切った。

最前列が、それだけで崩れた。

背後に回って包み込め、と指揮官が叫んだ。

多くのランツクネヒトは、地面に這い蹲って金貨を拾っている。

ある者などは、他人が拾ったそれを奪おうとさえしている。

統率など、まるでとれていなかった。

テメレール猪突公と『狂える猪の騎士団』の脅威に晒されているものだけが、理解している。

今そんな事をすれば死ぬことを。

そんな事しなくても死ぬことを。

どちらにせよ、大猪の突撃を受ければ、人は四肢がもぎれて死ぬのだ。

御助けを。

前線の兵士から悲鳴すら出始めた。

騎士と兵士の力量差は歴然としている。

超人騎士と兵士との差となれば、もはやどうにもならぬ。

個では敵わず、それが背後をつけぬ集団相手では火を見るよりも明らかな結末なり。

帝都を燃やし尽くす大火に、如雨露程度の水をかけて何の意味があろうか?

瞬く間に30名が殺された。

テメレール猪突公、気炎を吐く。

何も語らず、何も喋らず、一方的にランツクネヒトを殺せり。

彼女の気質、帝都の歌に伝わるレッケンベルとの一騎打ちの様と相違無し。

本気になれば何も喋らぬ。

眼光鋭く、指揮官だけを睨めつける。

 

「銃兵隊! 発砲! 味方ごとで良いから撃て! 次はお前たちが殺されるぞ!!」

 

指揮官の合図とともに、マスケット銃を抱えた80名が一斉に発砲する。

彼我の距離は短く、弾丸は対象範囲に集束せり。

なれど、テメレール猪突公と『狂える猪の騎士団』を一人も傷つけられず。

哀れなるランツクネヒトを両手に捕まえて引き寄せ、生きたままの彼女たちにて銃弾を防ぎたり。

用済みの死体をそのまま銃兵隊に投げつけ、マスケット銃の次弾を放てぬ彼女たちに死の影が忍び寄る。

逃げ惑う者は無視し、最後列へと向かう片手間に銃兵隊を殺傷せり。

またもや一方的な殺戮が行われた。

テメレール猪突公が通り過ぎた後には、30名の死体が残っている。

ランツクネヒトの死体だけを生産する行軍が続いている。

テメレール猪突公と『狂える猪の騎士団』による地獄の行軍は続いている。

数で劣り、武装で劣り、包囲されている。

にも拘わらず、テメレール公による一方的な突進は続く。

超人とはここまで恐ろしいものか。

超人が固まって動くと、このように動くのかと。

テメレール公付近の館の貴族が、窓から様子を眺める限り全てを語るところなり。

狂った猪の突進が続く。

哀れな兵士の死体が増える。

それだけが延々と続く。

誰もが先陣のテメレール公に殺戮されていき、それを包囲させないようにして『狂える猪の騎士団』が補佐を行う。

ランツクネヒトたちは一方的に死んでいく。

もはや、包囲を試みようとするものすら減り始めた。

彼女たちに勇気が無いわけではないだろう。

 

「テメレール公を殺せば、特別なところから褒美があるぞ! 勇気ある者はおらんのか!!」

 

指揮官の絶叫は、誰の心にも響かない。

先ほど自分のポケットに年給を超える額の金貨を入れたのに、更なる金欲しさで狂った猪に突撃しろなどという命令を誰が聞くのか。

塵芥のように消費されて死にたくはないのだ。

これは戦場ではなく、自陣の中央を突き抜けていく猪に追いすがらない分には、後で罰せられる理由もなかった。

記者たる私めが、最初にこう書いたのは覚えておられるだろうか。

話にもならぬ勝負、目に見えた勝敗。

ランツクネヒトたちは最初そう考えたであろうし、誰もが普通はそう思う。

認識が甘かったのだ。

慢心が彼女たちの足を引っ張っている。

この時点で、後悔を抱いている。

ある兵士が、首を斬られるときに叫んだ。

レッケンベル様!

黙々と殺戮を続けている猪突公の代わりに、『狂える猪の騎士団』の一人がこう答えた。

もうあの悪魔は死んだよ! テメレール様の天下だ!!

愉快そうな声であったと、近くの陰に身を潜めていた市民が証言している。

正直、これは新聞であるがゆえに、騒動の全てを最後まで記しはする。

なれど、書くことはあまりない。

テメレール公はランツクネヒトの戦列を真っ二つにするように突破し、最後列の指揮官を殺害して、そのまま館から逃亡した。

まさしく「猪突公」の突進であった。

ランツクネヒトは指揮官が死んだので、内部ではその責任のなすりつけが始まっているそうだ。

 

「ざまあみろ!」

 

テメレール公は百名を超えるランツクネヒトを殺害し、最後に指揮官を殺した後にそう叫んだそうだ。

そして現在、テメレール公は付近の堡塁に立て籠もり、やはり数百のランツクネヒトに包囲されている。

なれど、もはやランツクネヒト手が出せず。

私戦ゆえに帝都の兵士は双方の間に兵士を置き、これ以上の事態の悪化を抑えている。

アナスタシア選帝侯の慶事を目の前にして、帝都ウィンドボナ動乱の動き有り。

愛する市民の方々は、現地にはどうか近づかぬように!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

新聞を完全に読み終える。

その意図を告げるため、アナスタシア殿下とカタリナ女王が座っている席の間の机。

そこに新聞を置いて、どうぞ、とばかりに掌を上に向けて会話を促した。

 

「お前これだけボロボロに負けて、よくここに顔出せたな。ファウストに恥ずかしいと思わんのか」

 

アナスタシア殿下が、ゴミを見るような目でカタリナ女王に話しかけた。

ある意味感心するという口調であった。

 

「いや、別に負けてないぞ。私はちゃんと結果がこうなるだろうと読んだし、ランツクネヒトが死んでも、私は痛くも痒くもないし。ただ、嫌がらせにランツクネヒトを嗾けるのはすべきでなかった」

 

感情があまりよくわからぬカタリナ女王。

本当にそう思っているのかいないのか、私にはよくわからない。

いつもの無表情で、どうでも良さそうに言葉を続ける。

 

「すぐに数は農村から補充できるし、死んだこと自体は何の問題もない。ただ、ランツクネヒトが割と本気でテメレール公にビビり始めたのが問題だ。根性なしどもめが」

 

正直、少しランツクネヒトの脆弱さに責任転嫁してないか?

と思うが。

まあ、カタリナ女王だって全て何もかもを読める人間ではない。

 

「総指揮官がレッケンベル卿からお前に代わったせいだろ。お前の無能だ」

「ファウストを侮辱されたのに、ろくにケジメもとれん無能のお前に言われたくはない」

「なかなか面白い事言うな。少なくともお前よりは有能だよ。私はちゃんとテメレール公が、どうもよくわからない人物だから様子見した。あのさあ」

 

私が言いたいのは、テメレール公の力量をレッケンベル卿から聞いていただろうに、それでも油断したお前の知能に問題があるんじゃないかって事だよ。

そのようにズバズバと物を言うアナスタシア殿下。

 

「いや、レッケンベルの日記では、帝都ウィンドボナでの記録なんか『5回も見た! 5回も来た! 5回も勝った!』ぐらいしか書いてない。実際、戦でも一騎打ちでも一方的にテメレール猪突公に勝ってるんだぞ」

 

そこから何を読み取れと言うのか。

やや視線を背けて、カタリナ女王が弁明をする。

そして、話を逸らすようにして呟いた。

 

「まあ、私の失点があるとすればだ。超人騎士団作ってるなんて知らなかったんだよ。テメレール公は噂に聞いた忠臣どもを失いながらも、最後になんとか逃走に成功した程度に思っていた。一応聞くが、ファウスト。お前ひとりでここまで出来るか? 総勢500名のランツクネヒトに突撃し、3桁殺して逃げ切ることが出来るか?」

 

少し、考える。

カタリナ女王は、おそらく否定して欲しいんだろうが。

 

「私なら可能ですが」

 

不可能という嘘は言えなかった。

超人騎士団すら必要が無い。

愛馬フリューゲルと愛剣のグレートソードがあるならば、もう確実に虐殺した上で逃げ切れる。

銃兵隊80名の発砲に対しては、さすがに甲冑が欲しいところであるが。

致命傷となる銃撃さえ弾き返せば良いだけだから、無くても死なぬ。

 

「え、できるのか?」

 

アナスタシア殿下が呟く。

カタリナ女王も驚いた様子ではあるが、どうも二人とも超人の部類の癖に、完全な武人というわけではない。

だから、理解が足りないのだ。

 

「アナスタシア殿下。カタリナ女王。ハッキリ言えば、私やレッケンベル卿であれば今回と同じ虐殺が一人で可能です。何度か騎馬突撃すれば、500名を皆殺しにすることだって可能です。疲労に耐え、全力で力を発揮できる時間は長く、一つ息を吸えば削れた体力は容易に回復していく。そのようなものです。超人というのは」

「……? いや、ファウスト。レッケンベルとて」

 

そこまで無敵ではなかった気がするのだが。

カタリナ女王がそう呟くが、ようするに超人と言えど致命傷を負えば死ぬ。

首を刎ねられれば死ぬのだ。

だから、私もレッケンベル卿も戦場では基本安全策を取っていたにすぎぬ。

 

「騎士としての訓練を受けた重装甲騎兵数名に取り囲まれれば、それは厳しいですけれど。事実、私とてヴィレンドルフの騎士に囲まれると厳しいですよ。ですが、完全武装でもない兵士相手なんぞ、一方的に虐殺するだけとなりますよ」

 

要するに、今回は力量差がありすぎたにすぎぬ。

ヘヴィー級ボクシングチャンピオンと5歳児が殴り合いしたら、そりゃ5歳児が数百名いても一方的に殺されるだろう。

私から見れば、そのように当たり前の結果に過ぎないのだが。

 

「ええ……」

「いや、レッケンベルはそんな無茶苦茶しないんだが」

 

二人とも否定する。

私は何一つ間違った事は言っていないつもりだが。

レッケンベル卿とて、同じことを言うだろう。

私なら別に勝てるけど、私を必死に庇おうとした領民(部下)が死ぬから、あまり無茶してないだけだよと。

 

「ファウストの意見は興味深いので、また聞きたい。だが、今話したいのは私がここに来た要件についてだ。別に自分の尻を拭いてくれと言いたいわけではない」

「まあ、ランツクネヒトが恐怖しているだけだしな」

 

そうだ、テメレール公の結末は決まっている。

結局、超人騎士団がいたところで何だというのだ。

数の暴力には超人とて敵わぬのだ。

万軍と万軍が衝突する戦場であれば、超人とて容易く死ぬ。

たかが500名という軽武装の少数で超人の集団に挑んだのが、このファウストに言わせれば間違いなのだ。

 

「テメレール公がいくら抵抗したところで、戦えばヴィレンドルフが勝つ。なんならランツクネヒトを動員するだけでも勝てる。だがな、ここまで面倒くさいことになると判断に迷ってな」

「殺すべきか、殺さざるべきかをか?」

「それもある。だが……いや、そうだな。色々考えた事はあるが、究極的にはそうだ。考えれば考えるほど、アイツに何もかも情報吐き出させた方が良さそうだ」

 

認めよう。

このカタリナの判断は間違いであった。

そのように、ヴィレンドルフ選帝侯が自戒する。

 

「殺すべきではないだろう。ユエも、最新の遊牧騎馬民族国家の情報をしきりに知りたがっているしな」

「なれど、一発ぶん殴る必要はあるだろう。屈服させなければならん。あの無茶苦茶な女を皇帝にするなんぞ在り得ぬ」

「理解している。でも、普通のやり方であの頭おかしい女が屈服するわけない」

 

結局のところ、二人とも誤解しているのではなかろうかと思う。

あのテメレール公の考えは私にも読めぬが、二人とも頭が良すぎて、視界が曇っている。

もっと、問題はシンプルであるべきだ。

 

「解決方法はあります」

 

私は、率直に二人に訴えることにした。

要するに、侮辱された私がぶん殴れば良いのだ。


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