貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第128話 勝利条件

ずしん、とした衝撃が、足の裏に響く。

気が付けば、轟音と共に堡塁の門が砕け散っていた。

ファルコン砲の砲弾を、あの男が撃ち返したのだ。

馬鹿な!

そんな事が人間に出来るわけがない。

超人などと呼ばれようとも、人には神に赦された領域というものがあるではないか。

なれど、こちらとて騎士よ。

すぐさま戦況報告を上に伝えねばならない。

 

「――被害を報告せよ。門に土嚢を詰めろ! 決して誰も堡塁に入れるな!!」

 

轟音と同時に辺りが一斉に静まったのに対し、私は辛うじて声を上げることができた。

これでも、我らはテメレール家の家臣である。

必死になって声を張り上げたに対し、皆がすぐに動いた。

何か情報を得ようと、必死に周囲を見渡す。

30mもの高さを誇る、立派な石造りで出来た堡塁の屋上から見える光景は異様である。

さっきまで、筋骨隆々の醜い男騎士が何の芸を見せるものかと嘲笑っていたランツクネヒト。

一応は止めようとしたが、死ぬだろうなと薄笑いで見送っていた帝都兵たち。

ここから、彼女たちの表情までは窺えぬ。

嗚呼、なれど、誰もが思う事は偏に同じであろう。

何だ、あの男騎士は?

レッケンベル卿を倒したなどとフロックではなかったのか?

いや、そもそもが英傑譚の功績自体が他人に譲られた偽物で、帝都市民とて誰も信じてはいないだろう。

そのように看做されていたポリドロ卿という男騎士が、砲弾を撃ち返した余韻を断ち切るようにして、一歩一歩とこちらに歩き出す。

 

「テメレール様、ポリドロ卿がこちらに来ます!」

「――」

 

テメレール様は、足元からの振動に動じた様子もなく。

ただ、まなじりを決して、少しだけ黙り込み。

 

「ふん」

 

形の良い鼻を少しだけ鳴らした。

 

「なるほど、レッケンベルを相手に正々堂々勝利したなどと嘘を吐くだけの事はあるらしい」

「テメレール様!」

 

まだ信じていないのか、この御方は。

確かに私とて、あのレッケンベル卿に勝利したなどという話は疑っていた。

誰も信じていなかったのだ!

別にテメレール様の見識が劣っていたわけではない。

だが、飛んでくる砲弾を目の前にして、腰だめの剣で砲弾を撃ち返すなどと。

狂人じみた行為を実行できる超人など、この世にいるものか!

私はそう呟こうとするが。

 

「レッケンベルならば、同じことが出来た!」

 

その言葉を先読みされ、強く跳ね除けられる。

レッケンベル卿の強さを思い出すようにして、どこまでも言い張るテメレール様。

私はそんなことはない、と言おうとしたが。

 

「はい、仰る通りです」

 

出来たのかもしれない。

あの瞳が見えるかどうかの細目に、アルカイックスマイルを悠然と浮かべた悪魔超人であれば、可能であったのかもしれない。

私はテメレール様が何度も何度も挑み、そして全て半殺しの目にあったのを見ている。

『狂える猪の騎士団』と共に割って入り、何度も救出しているのだ。

五回目には、レッケンベル卿に騎士団ともども全員仲良く半殺しにされたが。

 

「間違いなのだ。全てが狂った。全てが『あの男のせいで』何もかも狂ってしまった。あの男のせいだ、あの愚物のせいだ、何もかもが間違えてしまった」

 

ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように独り言を続けている。

テメレール様は、男嫌いである。

この世の男など、全て繁殖するだけの家畜であり、種馬としか看做していない。

なれど、ここまで嫌うようになったのは。

レッケンベル卿という終生の好敵手と賞賛した相手が、儚くなってしまってからだ。

脆くも死んでしまった。

たった一度の一騎打ち、名も知られぬ男騎士との争いの末に打ち崩されてしまった。

テメレール様にとっては悪夢のような出来事である。

 

「――テメレール様、その男がこちらに来ます。如何しますか」

「如何しますか、か。テメレール領の騎士に、兵士に弱兵などおらぬ。なれど、なれど」

 

言いたくない言葉。

それを無理やりに紡ぐために、全身に瘧のような震えを走らせている。

なれど、最後まで指示は行われた。

 

「話を聞く。兵を抑えろ。使者に対し相応しい態度をとれ。門を土嚢で埋めるなど、無駄な事はするな。あの男は容易く蹴破る」

「はい」

 

私はすぐに配下に視線をやり、連絡兵は大声を張り上げながら堡塁中を走り始める。

そのような対応をしている間にも、一歩一歩とポリドロ卿はこちらに歩いてきている。

アンハルト選帝侯の将軍であるアレクサンドラ卿。

そしてヴィレンドルフ選帝侯の客将である東方人ユエは、三歩ほど遅れてくっついていた。

超人同士の大音声による、会話が始まる。

 

「シャルロット・ル・テメレールである!」

「ファウスト・フォン・ポリドロであります。先ほどの大砲による挨拶は楽しめました。そちらのご機嫌は如何?」

「不愉快である!」

 

大砲の一撃を撃ち返しておいて、ご機嫌も糞もあったものか。

 

「貴様に感じる私の機嫌など、先ほど大砲を撃った際に述べた通りよ! 私はお前なんぞ大嫌いだ!! 死んでしまえ!!」

 

ぴしゃりと、テメレール様が言い返す。

だが、砲弾を撃ち返すような化物が、それに動じるわけもない。

 

「私がレッケンベル卿に勝ったという事実を、認めがたいと?」

「当然だ!」

 

私は、半ば信じ始めている。

やはり、あの悪魔超人はこの男騎士に真実本気の一騎打ちにて破れてしまったのだ。

その真実を認められないのはもはや、眼前のテメレール様と、『狂える猪の騎士団』の連中ぐらいであろう。

テメレール様などは、ふと、時々折に触れて、レッケンベルは何をやっているのかと口にする時がある。

未だにどこかに身を潜めていて、あるいは死んだところで生き返るとすら信じているさまであった。

ヴァルハラで、ヴィーグリーズの野にて今頃は闘っているという事実を信じないのだ。

 

「お前がレッケンベルに勝ったなどと、私は決して認めない」

「ならば、信じさせよう」

 

ポリドロ卿が言い放った。

 

「私は本音を言ってしまえば、何故レッケンベル卿に勝てたかなど今ですらわからぬ。なれど、相手を破った事を偶然の勝ちと呼ぶことは出来れど、私を侮ったから負けたのだ。相手が失敗をしたゆえに勝てたなどと、レッケンベル卿を少しでも侮辱するようなことを言うつもりは無い。つまりだ、テメレール公」

 

ポリドロ卿の人差し指が、テメレール様に向けられる。

 

「私は貴女の考えを改めさせなければならない。『わからせなければ』ならない。アナスタシア殿下のため、カタリナ女王陛下のため、理解してもらわねばならない。私は貴女に屈服してもらわねばならぬ」

「お前らに頭下げるぐらいならランツクネヒトどもに死体を玩具にされ、喉かっ斬られて舌を首の切り口から引き出された方がマシだ!!」

「それもわかる。だんだん、貴女の性格を理解してきた」

 

わかるのか、ポリドロ卿。

本当に単純なようでややこしい性格してるぞ、この御方。

 

「一騎打ちを望もう、テメレール公。騎士の名誉を懸けた、主君の名誉を懸けた、神の恩寵を得んがための正々堂々の一騎打ちである」

「私に一騎打ちに応じろというのか?」

 

受けてはなりませぬ、テメレール様。

テメレール様がレッケンベル卿に勝つために、血反吐を吐くような鍛錬を続けてきた事を知っている。

なれど、このような化物と闘わせるなど家臣としては認められぬ。

そう口にしようとしたが。

 

「私の力を認めぬ者は他にもおりましょう。ランツクネヒト! 私と殺し合う勇気があるものがおれば出てこい! 誰とでも戦ってやるぞ!!」

 

一人もいるわけないだろ。

何考えてんだこの狂人。

砲弾撃ち返す化物と一騎打ちするのは、勇気があることとは別に知能の欠如が必要である。

あるいは、何もかもを覆す超人としての力量か。

そして、ランツクネヒトにも超人はおれども。

 

「……いないか」

 

少なくとも、この中にはいない。

高給取りとして、今頃酒でも飲んで昼間から寝ているだろう。

マキシーン皇帝陛下に大金を与えられた命令でもない限り、動かないのだ。

この場にいるランツクネヒトの誰もが首を縮こまらせ、先ほどまで侮っていた男騎士に目を付けられないようにしている。

 

「次、帝都兵! 勇気ある者はいないのか!!」

 

この男騎士、実は少し頭悪いのではなかろうか。

ランツクネヒトも帝都兵も別にお前の敵ではないし、何度も言うが、化物と闘いたい相手はまず普通におらぬ。

蛮族と呼ばれるヴィレンドルフの騎士とは違うのだ。

強い者に勝ったらそれを終生の誇りのように抱いて、誰に誇示できずとも、自分がそれに勝利したという満足感だけで死ねるような騎士達とは違う。

一騎打ちでお互いがお互いの胸を剣で貫き、一緒に死んだのを見届けたら、それがお互いの最高の誉れであり至上の死に方であるなどと。

手を叩いて親族姉妹友人一同が一騎打ちまでの遺恨を互いに忘れ去り、お互いの健闘を讃えて喜び合うなどという異常な価値観の蛮族とは一緒にされたくない。

きっと頭がケルン派であるのだ。

そうか、だんだんわかりつつある。

この男、どうもヴィレンドルフの蛮族騎士の感性に近いのだ。

本当にアンハルト選帝侯の配下なのだろうか?

国を間違えて産まれてきたのではないだろうか。

私は訝しむ。

 

「いないのか。ヴィレンドルフでは大人気だったのだが」

 

ポリドロ卿は少し、寂しそうに呟いた。

口にしてはいないが、正直、この男。

 

「おい、あの男騎士、ちょっと頭おかしいぞ」

 

テメレール様が、誰もが思っていることを口にした。

 

「英傑譚を色々と聞き及んでおりますが、確かに少しおかしいところがあるとは聞いています」

 

私は色々と帝都に流れ着く吟遊詩人の英傑譚。

アンハルトとヴィレンドルフで、毀誉褒貶ある内容について脳裏に浮かべて、すぐ消した。

今、そのようなことを考えている場合ではない。

何より、それらの英傑譚は確かな情報とは言えない。

 

「なるほど、少し思い違いをしていたが、ランツクネヒトや帝都兵にはもはや、私の強さを疑う者はいないようだ。なれど、テメレール公やその配下の『狂える猪の騎士団』は違うであろう!」

「その通りである!」

「なれば問う!」

 

ポリドロ卿は、大振りに手を振り上げて。

それを斜めに切り裂くように、手を振り下ろしながらに叫んだ。

 

「私は今から、テメレール公と『狂える猪の騎士団』の7名に一騎打ちを望む!」

「……条件は」

「命までは取らぬ、それだけは無しにしよう。私とて、領民や領地を残して今死ぬわけにはいかぬ。立会人は、アンハルトよりアレクサンドラ殿が。ヴィレンドルフからはユエ殿が、それぞれ務める。二人とも強力な武の超人である。決して、私だけに肩入れするようなことはさせぬ」

 

脳の血肉を必死に回転させる。

それが今回の事件を引き起こしてしまった――あの鼻を引き千切られた夫が、今回の事件全てを招いてしまった。

それに対する、その妻たる私の責任であるように考えている。

なれど、ここに至っては、もう。

 

「面白い話だ。お前一人が、レッケンベル卿を正々堂々倒した強さの証明として、我々7人の超人を打ち破ってくれるというわけだ。その意気は買おうじゃないか」

「私の挑戦を受けられるか?」

「少し待て」

 

テメレール様の、追い詰められた際に頭の血肉が沸騰し、不可能な事を成し遂げてしまう。

その力強さに任せるしかなかった。

 

「なるほど、それは良い。なれど、私が勝って何のメリットがある? 逆に、お前が勝った時に要求するものは何か?」

「まずテメレール公が勝った際には、しかるべきところから連絡が入りすぐにランツクネヒトは撤退することになるだろう。大手を振って帝都の館に帰ることができる」

 

ヴィレンドルフ選帝侯が手をまわし、もはやランツクネヒトを嗾ける事はせぬという条件提示。

 

「もちろん、帝都をフェーデにより騒がせはしてしまった。マキシーン皇帝陛下はお怒りになるかもしれぬが、そこにはアンハルト・ヴィレンドルフ両選帝侯が諫めてくれるであろう。つまり、もはや『帝都の問題には関わらぬ』ということだ」

 

要するに、両選帝侯はテメレール様の皇位簒奪に対し、協力こそしないが邪魔もしないということだ。

事実上の、アンハルト選帝侯による継承式の場での蜂起。

テメレール様による武力行為を見逃すということだ。

マキシーン皇帝陛下に勝ちさえすれば、後は全てが追認される。

 

「悪い条件ではない、な」

 

悪い条件ではない。

むしろ、追い詰められたテメレール様にとっては良い条件ですらある。

大事なのは、二つである。

一つ目は勝利した際に、それが本当に履行されるかどうかであった。

だが。

 

「問おう、ポリドロ卿よ。何故そこまでお前に両選帝侯が許すのだ。言ってしまえば、これはお前が私と闘いたいという我儘のようなものではないか」

 

一つ目、それに対してテメレール様は疑いすらしていない。

ヴィレンドルフ選帝侯は契約遵守を国是としている。

一度契約したならば、それを破ることは決してしないのだ。

だから、気になるのは何故ポリドロ卿の望みがそこまで許されるのかについてだ。

 

「私が勝利した際にメリットがあるからだ。まだテメレール公が敗北した際の条件を口にしていないぞ。テメレール公が敗北を真実認めたならば、このファウスト・フォン・ポリドロに屈したのであるならば、それは両選帝侯に負けたのと同じことよ。潔く夢を諦め、何もかもを任せるのだ。そして何もかも協力せよ。貴女が未だ隠している全ての情報をこちらに委ねて欲しい」

 

飼い犬になれ。

かつてレッケンベル卿に負けた際の条件と、似ているようで違う。

決定的な敗北と言う形であった。

 

「……負けるわけがない」

 

テメレール公は、ポリドロ卿に聞こえないよう、側近である私に唯一聞こえるような小さな声で呟き捨てた。

それは、少しだけ不安の籠った声色であったが。

 

「私と、私の集めた超人達が負けるわけがない!!」

 

ここで負けを認めるようであれば、負けるなどと口にしてしまうようであれば。

ここまで面倒くさい生き方をテメレール様はやってこられなかったし、私も苦労してなかった。

同時に、私が側近として領主騎士に引き上げられ全てを与えられることも、『狂える猪の騎士団』という哀れな出自の超人達が、拾い上げられることもなかったのだ。

何もかも面倒くさいのが我々の愛しのテメレール様なのだ。

 

「その顔を見飽きた。横の東方人から兜を受け取り、しっかりと完全武装で参られよ。堡塁内にて、相手をしよう。変則的な一騎打ちを行う。他の騎士や兵に手出しはさせぬ。言わずとも、立会人がさせぬと思うが……少し待て、堡塁内に騎士団を配置させる」

「何もかも承った。感謝の極み」

 

両手を身体の横にやり、綺麗な姿勢で身体を45度前傾に向ける。

奇妙な礼を、ポリドロ卿は行った。

 

「……少しお前への不快感が和らいだ。ところで、条件を一つ加えさせていただきたい。宜しいかポリドロ卿」

 

テメレール様は、その奇妙な礼を受けて。

何か少し考えた後に、追加条件を口にする。

 

「これ以上を望まれるか? 両選帝侯が約束してくれた内容が今告げた全てであるし、これ以上は約束しかねるが?」

「お前の事だ。両選帝侯に対する条件はそれでよいが、お前には何の痛苦もないではないか。自分だけ何も懸けずにやり過ごそうという仕草は気に食わぬ。これはお前の名誉を懸けた闘いではないのか」

 

無理押しではあったが、理屈としては理解できる。

テメレール様は、一つの要求を行った。

 

「これはファウスト・フォン・ポリドロという領主騎士個人への条件である。もし、お前が負けたならば、私に屈しろ。永遠にとは言わぬ。両選帝侯が継承式のため滞在する暫くの間で良いから、その身柄を私に預けろ。どんな命令でも私に従うのだ」

 

テメレール様は、すでにポリドロ卿の強さ全てを否定しているわけではない。

もし勝利した際に、皇位簒奪の際に強力な超人の力は必要であった。

要するに、ポリドロ卿に皇帝陛下を殺害させようと考えているのだ。

ポリドロ卿は、その要求に少し考えたようにしているが、さすがにそこまでは思い至らないのだろう。

 

「承った」

 

全てに承知した。

騎士の契約を果たしたのだ。

この誓いは、死んでも守らなければならない。

そして、ポリドロ卿は死んでも誓いを破らないであろう。

ポリドロ卿が兜をかぶる前に、少しだけ微笑んだのを見て。

テメレール公は、色々な感情を含んだ表情で顔をそむけた。

 

 

 

第六章 完




第六章終わりました。
第七章と前後編でありますので、序盤つまらなかったと思いますが
第二部全てに対する説明が詰まっておりますのでご理解ください。

いつもの事ですが、章終わりには少し休ませて頂いております。
ご了承ください
第七章は2022/1/1より開始となります。
世間的にはまだ早い時期ですが、皆さま今年も有難うございました。
来年もよろしくお願いいたします。

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御気兼ねなく感想等頂けると嬉しいです

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