貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第163話 引かぬ! 媚びぬ!

 

結局、詰めが甘いのだろうな。

きっと今の私は青白い顔をしているし、唇など僅かに震えているかもしれない。

眼前の盗賊騎士を名乗るアメリア・フォン・ベルリヒンゲンが何者かを今ようやく思い出した。

司教領の主要都市にフェーデを挑み、莫大な和解金をせしめた大悪党ではないか。

大砲で粉々に吹き飛んだという右手が義手であることから、気づくべきであったのだろう。

事実、これが姉のアナスタシアや、従姉妹のアスターテ公爵であれば、その優秀な知能に任せて相手の来歴などを面会前に容易く思い出すことが出来ただろう。

しかし。

なれど。

どうしても私には気づくことが出来なかった。

恥ずかしながら、アンハルト王国外の初見の相手ともなれば、騎士名を聞いただけで何者なのかをあっさり思い出すことなどできない。

そんな優秀な真似ができるほどの知能を持ち合わせていなかった。

それがヴァリエールという凡人の限界である。

 

「貴卿の名前など、今さら言われなくともよく存じている」

 

嘘ではない嘘を吐く。

貴殿という盗賊騎士の名はよく存じていたが、正直今名乗られてようやく貴方がその人だと認識した。

そのような、事実という更なる侮辱を口にはできない。

ならば、せめて。

 

「誤解の無いように。ベルリヒンゲン卿」

 

今までに発した言葉に、嘘など一つとして無かったとしなければならぬ。

私は再度、要求なのか嘆願なのか、よくもわからぬ簡素な声色にて。

現実の言葉を吐き続けるだけの人物をイメージする。

想像上の人物は、公式の場では無表情にて治世を行うお母様たるリーゼンロッテ女王であった。

今回だけは、それに成りきろうと試みる。

 

「私は貴卿に屈服など要求していない。貴卿の土地にいた盗賊団に迷惑をかけられたとも言っていない。私に頭を垂れて迷惑料を払えなどと言ったつもりはない」

 

出来る限りの平静を装う。

何も言わなかったザビーネを睨みつける余裕など今はない。

彼女はもちろん眼前の盗賊騎士がどのような経歴で、私が金銭の要求をしようものならば怒り狂うことも予想していただろう。

であるのに、何も言わなかった。

何一つ教えてくれなかった。

アメリア・フォン・ベルリヒンゲンがどのような人物かを尋ねたならば答えただろうが、尋ねなかったので答えなかった。

――いや。

私とて。

 

「ただ、世間話をしているのよ。むしろ、通行税も取らずに領地を通そうとしてくれたことに御礼を申したいぐらいよ」

 

この愚かな私とて理解しつつあるぞ。

少なくとも今回に限っては、ザビーネは必要だから仕方なく今回の事を為した。

もし全てを知っていたならば、私などは怯えてしまって最初の要求すら口にできなかったであろう。

ならば、今回の要求が『どうしても避けられない』以上は、知らない方がまだマシであった。

どうしてもベルリヒンゲン卿を避けることができない事情が当方にはある。

 

「――」

 

沈黙が落ちる。

ベルリヒンゲン卿が一瞬にして感情を沈下させて、口を閉じた。

金に汚く、意地汚い。

そのような盗賊騎士でさえ、私に対し通行税を要求することはなかった。

理由はたった一つ。

激発した彼女が一瞬で我に返り、妥協せざるを得ない事情がある。

彼女が口を開き、冷たい声で呟いた。

 

「私への要求を撤回し、すぐさまに我が領地から立ち去られよ」

 

彼女でさえもが、私たちに関わることを避けたいのだ。

1000人を超える武装旅団が領地を通り過ぎ、機嫌を損ねれば暴れまわるという状況が怖かった。

守るべき財産がある人間ならば、当然のことである。

ならば、私の要求は通るはずである。

通さなければならないのだ。

 

「……皆、疲れてるからそんなに簡単にはいかないわね」

 

今後、このような事を帝都までの旅にて繰り返すのであれば。

著名なる眼前の悪辣な盗賊騎士を、まず最初にねじ伏せる必要がある。

 

「貴様、私を舐めて――」

「その真逆ね」

 

ザビーネは、ベルリヒンゲン卿という人物を良く知っているからこそ、まず最初に金を要求する相手として選んだのだ。

このような真似を無理に私に強いているのだ。

伊達や酔狂でやっているわけではない。

 

「私が――」

 

そうだ、私だ。

ザビーネが考えて、ここまで私が連れてきて、最終責任者たるこのヴァリエール・フォン・アンハルトが認可して、今回のベルリヒンゲン卿への要求を実行している。

ならば、私の意思によるものでなければならぬ。

誰のせいでもなく、私が望んだことを今実行しているのだ。

だからこそ、全ての計画は私に全責任がある。

ここで怯えて引くわけにも、媚びるわけにもいかない。

 

「最初に言ったことを覚えてる? 私はベルリヒンゲン卿の事を良く知っていると。先ほど告げたわね。私は貴卿の事を舐めてなどいないと。むしろ、誰よりも高く評価しているからこそ、今こうしてここにいる」

 

そのような真似をすれば、かつて初陣にて私を庇って死んだハンナのようにして。

私の能力が足りぬゆえに、死者という形で犠牲となるものが出てくるだろう。

 

「察しが悪いようなので教えましょうか?」

「言ってみろ。その口で私に告げて見よ」

 

ベルリヒンゲン卿は、最初に激発した時とまるで変った様子であった。

右手の鉄腕義手を、左手で握りしめている。

魔術刻印が為されていなければ義手が壊れていそうなほどに、力が込められている。

腕の太い血管が見えた。

 

「私は今回のような要求を、帝都までの道中にて何十回と繰り返すつもりよ。アンハルト選帝侯の第二王女という立場があり、背景に千剣の暴力があるとはいえ、それだけでは足りない。ごねる領主だって必然的に出てくるでしょう。表向きの面子のために一当て戦ったことにしてくれだの。金額の折り合いをつけるために、何日にも渡る交渉だの。旅の途中だってのに、往生際の悪い真似に付き合う時間なんて私にはない」

「……続けろ」

 

眼前の盗賊騎士はきっと、教育など受けずとも私などより賢くて強い。

だからこそ、銀貨数万枚を掠奪するなんて真似ができた。

帝国中に盗賊騎士としての悪名を鳴り響かせることができた。

だからこそ弱い私は、強い彼女に要求する。

 

「私が本当に欲しいのは、貴卿に要求するのは、その築き上げた悪名よ。あのアメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿でさえも、ヴァリエール殿下に金を支払った。ならば、他の領主たちが金を払っても舐められたことにはならず、恥にはならぬと。誰も彼もが最初から諦めをつけてしまい速やかに金を支払うだけの悪名が私は欲しい。一銅貨でもよいから、絶対に貴女から金銭を頂いていくわ」

 

私は一息に告げた。

一度として交渉の内に引かぬし、媚びなかった。

 

「よう吠えた」

 

アメリアは立ち上がった。

その左手は腰元の剣には至らず、私へと真っ直ぐと手が伸びて。

握力の強い手で、がっしりと私の手を掴んだ。

 

「その震える手で、よう吠えたもんだな!」

 

――自分の手が驚くほど震えていたことに、全く気づかなかった。

このような無様な姿で、あのような言葉を口にしたところで。

そう悔やむが。

 

「面白いな、ヴァリエール殿下!」

 

侮蔑でもなく、嘲りでもなく。

アメリアの声色はむしろ歓喜に染まっており、私への敬意すら感じられた。

 

「部下もなかなかやるじゃないか! 名はなんだ!」

「ザビーネ」

 

ザビーネのナイフが、ベルリヒンゲン卿の喉元に伸びていた。

いつでも刺せるし、いつでも殺せる。

――ザビーネ、いつ動いたんだろう。

確かに私は動揺していたようだけど、ザビーネはさっきまで壁際に立っていたはずなのに。

 

「暗殺者か? 以前、司教から私に放たれた刺客どもと似ている動きだった」

「ヴァリエール様の親衛騎士だ」

「なるほど、なるほど。愉快な部下を抱えているようだ」

 

楽しそうに、卿が頷いて。

私から離れて、椅子に座る。

そうして、やはり楽しそうに告げた。

 

「さて――ヴァリエール殿下。私は沢山の財産を持っている。昔に達成したフェーデにより手に入れた沢山の銀貨で買ったもの。見栄えの良い甲冑に剣。買った領地に付随してきたベルリヒンゲン卿という爵位。小ぶりながらも美しい城。沢山の領民。優秀な魔法使いが作った、生身の腕よりも強力な義手。私は何もかも手に入れた」

 

ベルリヒンゲン卿の義手が動いた。

どうやら、彼女の意思によって自由自在に動くようであった。

あれで私が殴られるならば、頭など容易に吹き飛ぶであろう。

だが、義手が動いた目的は私を殴るためなどではない。

何か、届かぬ何かを探るような手つきであった。

 

「唯一、銀貨風情では取り戻せぬものがある。アメリアという娘に与える数枚の銀貨のために失なわれた者の命だ。貧しい――本当に貧しい境遇しかアメリアに与えることができなかった者だ。人に恨まれる悪人でもあったろう。それでも、私を心底愛してくれた。私が唯一生涯で愛することになる人間であろう母のために小さな墓を立てた。このアメリア・フォン・ベルリヒンゲンという悪名高き盗賊騎士の母であることがバレても墓を荒らされぬように、細心の注意を払った小さな墓だ。そうだな、あれだけは特別だな」

 

一瞬だけ、悲しそうな顔をして。

それを断ち切るようにして、卿は笑った。

 

「ヴァリエール殿下には関係ない、余計な事を口走った。忘れられよ」

「忘れたわ」

「よろしい」

 

他人には立ち入れぬ事情があった。

忘れろというならば、忘れるのが礼儀である。

 

「さて――ヴァリエール殿下が欲しいと言ったもの。私が今並べた財産のどれでもなかった。なれば、もう一度お聞きしたい」

「貴卿の悪名を頂くために、そのポケットに入った銅貨たった一枚が欲しい」

 

私は再度、要求を告げた。

私が引かず、媚びなかったように。

ベルリヒンゲン卿も同様であった。

 

「そればかりはお断りする。なるほど、ヴァリエール殿下が私を舐めていないことを理解した。むしろ、高く評価してくださっていることも理解した。なればこそ、我が盗賊騎士としての悪名ばかりは譲らぬ」

 

卿は、最初の激発などすっかり忘れたように。

私をいたわるような表情さえ見せて、言葉を連ねた。

 

「ヴァリエール殿下。私は貴女を正直、ひどく気に入り始めている。よくもまあ殿下のような臆病者が、蝋のように白い肌、青ざめた表情、震える手でこの私から財産を、この悪名を奪おうとしたものだ」

 

そうね、という本音は漏らさなかった。

応じてしまえば、きっと彼女は私に酷く失望するだろう。

じっと、視線を合わせる。

 

「そうだ、そうだな。私は誰にも仕えるつもりはない。だが、それでも――そう、そうだな」

 

私と瞳をじっと合わせて。

何かを思案するようにして、ベルリヒンゲン卿は頷いている。

 

「悪名はやらぬ。一銅貨すら払わぬ。なれど、私は殿下が気に入った」

 

卿の義手が動いた。

彼女の意思に反応したように、義手に刻まれた文字が青白く光っている。

 

「何もやらぬ代わりと言っては何だが、帝都への旅に私が付いていってやろうじゃないか。殿下がこれから臨むことになる数十件の合法的掠奪(フェーデ)を補佐するにあたってだ。世界中のどこを探したところで、このアメリア・フォン・ベルリヒンゲン以上の人間などおらぬぞ。どこの領地からいくらまでなら毟り取れるか、きっちり見定めてやろうじゃないか」

 

もちろん、奪った銀貨から、少しばかり分け前はもらうがね。

そう呟いて。

彼女は本当に楽しそうに、不敵に笑った。

 


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