貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第196話 暗殺計画現場班

 

「一生懸命考えたのにな。政治の都合で私の完璧な計画が無視されるとは……」

 

 聖堂を火薬で木っ端みじんにして、そこから這い出た人間を鴨にして撃ち殺す。

 点数も頑張って配分良く付けたし、聖職者を沢山殺して立身出世が叶うのだから、これはもう兵心に訴求を投げかけること間違いなしなのだ。

 すごく良いアイデアなのに。

 これ以上に良いアイデアは無いのにと。

 ザビーネ・フォン・ヴェスパーマンは悔しそうに嘯いた。

 

「そう思わないかい。愛しのファウスト」

 

 話がこちらを向いたので、愛用のグレートソードの手入れを一度止める。

 今は鍛錬場にて、ヴァリエール殿下の親衛隊と一緒に武具の手入れをしている最中であった。

 すでにどうすべきか決めてはいるのだ。

 我らの信仰が、私の大事な領地領民の誇りが侮辱された。

 その事実が先にあり、その結末などは決まっている。

 そうされた人がどのように怒り狂いて侮辱した者を無茶苦茶にするか、教皇に思い知らせてやらねばならぬ。

 それだけであり、方法についてはどうでもよかった。

 だが、しかしだ。

 

「ケルン枢機卿猊下の本意に沿わぬというのであれば、仕方あるまい。一旦矛を収めよう」

 

 私としても、ザビーネ卿のアイデア自体はそれほど悪いものではなかったと判断している。

 要するに、敵勢力を誰彼構わず皆殺しにさえしてしまえば、相手は何も喋れなくなるのだ。

 死人に口はない。

 これ以上にシンプルな問題解決方法はどこにもないのだ。

 だが、本当に口を無くしてしまえば、教皇の真意が聞けぬと枢機卿猊下は仰る。

 納得が必要だという、それも理解ができるのだ。

 

「どうしようもあるまい」

 

 私が受けた教育では、この世界で騎士として生きてきた常識ではアナスタシア殿下が断然正しいことになってしまうのだがな。

 母マリアンヌも生前に「舐められたら殺せ」と言い残しているのだ。

 だが、テメレール公爵は私などよりも広い見識を持っているのだ。

 彼女は皇帝位を簒奪することで、自分が皇帝になることでモンゴルに対抗することを考えていたし、教皇の暗殺さえもずっと考えていた。

 それこそ、このファウスト・フォン・ポリドロがモンゴルの存在を知るよりも以前から。

 ならば先達の教えを粗略にするわけにもいかぬ。

 彼女こそが、私よりも真剣に帝国が置かれた状況を見据えることができる。

 

「……」

 

 今は大人しく待て、のタイミングだととらえる。

 だから犬のように腹を地面につけ、大人しく待つこととしよう。

 私は指示待ち人間で良いとは考えていないが、指示がなければ今動くタイミングではないとも理解している。

 この身一人で聖堂に殴り込み、教皇の首を捕まえてケルン枢機卿猊下の眼前に突き出すわけにはいかぬし。

 

「頼むからファウスト。暴走だけはやめてくれよ。いくら何でも、聖堂に単身で殴り込めば死ぬのは目に見えている。強力無双の超人でもどうにもならぬという状況が、あの場所では確実に産まれる」

「私でもどうにもならぬと?」

「確実に死ぬだろうね。聖職者に喧嘩が出来ないと思うのはとんでもない勘違いだ」

 

 聖堂に殴り込むのは不味い。

 それだけは避けるべきだと。

 そうザビーネは最初から提案し続けている。

 私などは彼女の取り決めた計画により、この単身が潜り込んでの暗殺などを考えていたのだが。

 それは彼女に明確に否定されていた。

 絶対に死ぬからやめろと。

 

「火薬で爆破して、死んでも別に良い人材を大量に叩き込んで坊主を皆殺しにするというのは、別にお遊戯で言っているんじゃないんだよ。聖職者がどれだけ身内で殺し合ってきたと思ってるんだ。教皇がどれだけぶっ殺されてきたと思ってるんだ。教会が燃やされたり、その中で司祭が首を括られていることなんて珍しくもない。地位・名誉・権力に溺れれば、誰もがブクブク太った豚になるというのはとんでもない勘違いさ」

 

 より飢えた狼になる奴だっているだろう。

 コンクラーベで何人もの聖職者が土地を追われたり、金を配ったり、金を奪ったり、聖遺物がそこかしこに動いたり。

 いつの間にか寝台にて、冷たくなって死んでいたりするなんて不思議じゃない。

 同じ名前を名乗るだけの全く違う人物が、ある教会の司祭ですり替わっていた。

 本物は何処かの地面で冷たくなっているなんて話さえも、大して珍しくもない。

 聖職者は長年にわたる暗闘を続けてきたのだと、ザビーネは告げる。

 

「教皇独自の兵もいれば、優れた傭兵も雇い入れており、暗殺者の部隊だって飼っている。教皇を殺すってのはそう簡単じゃないんだよ。だからあの猪のテメレールばあさんだって、今まで殺せていなかった。状況は変わったがね。それこそ選帝侯三人が名誉を汚されたと公に宣言し、なりふり構わずに殺しにかかれば、皇帝すら抵抗は無意味だよ。今回もそれでどうにでもできたはずだけど」

 

 だが、どうにも駄目だね。

 ケルン枢機卿猊下の許可がないなら何もできないとあれば、このザビーネは状況をコントロールしきれない。

 現場は常に、流れる水のように流動的にしなければと口にする。

 私は静かに頷いて、理解した旨を教えた。

 

「こちらの組織的にはどうなっているのか」

 

 単身で乗り込むのではなく、組織的な争いになるのであれば、命令の上意下達を明確にしなければならぬ。

 いざという時に混乱されると困るのだ。

 

「総指揮は選帝侯三人から、猪ばあさんに移譲された形になっているね。ばあさんは、お前らの気が変わったら即座にはく奪される権限で総指揮? 何の冗談だろうかなんて愚痴ってたけど。まあ、ちゃんとやるだろうね」

 

 まあ、テメレール公の発言で全ての状況を推し進める以上は、彼女が苦労するのは仕方ない。

 可哀想に思う心がないわけではないが。

 

「猪ばあさんは手練手管に長けているね。絶対に裏切らない諜報員を、傭兵や兵士として十数名埋伏させているって言ってたよ。情報は滞りなく入ってくるだろうことを確約してる。ああいうのが母親だったら、私も家出なんかしなかったんだけどねえ」

 

 ザビーネにとって、テメレール公は評価に値すべき人物のようだ。

 それはそうとして、彼女をばあさん呼ばわりは止めてやれよ。

 確か、まだ28歳だと口にしていたぞ。

 私の性的な評価でいえば守備範囲内なんて評価どころか、むしろダイレクトに私の心を撃ち抜いている。

 この世界においてはそうではないがな。

 

「まあ、ともあれ総指揮は彼女さ。だが、最悪は暗殺部隊に配属されることになるファウストにとってはあまり考える必要もない。で、暗殺部隊の指揮官は私、ザビーネ・フォン・ヴェスパーマンということになるね。従ってくれよ、ファウスト」

 

 少なくとも上司に不満はない。

 私はテメレール公はもちろん、ザビーネの能力も認めているつもりだった。

 この愚かな頭では、両者の能力がどこまでなのかは理解できないがね。

 

「ちなみに暗殺部隊の人員は、テメレール公の超人部隊『狂える猪の騎士団』と、あとヴィレンドルフのユエ殿だね。表からの平攻めをするなら、私たちなんてお呼びじゃないんだろうけどさ。あるいは両方で聖堂に攻め入るかもしれない」

「暗殺部隊の人員は足りているか?」

 

『狂える猪の騎士団』配属の六名と、ザビーネ卿と、ユエ殿と私で9名か。

 単身で潜入しようとした私が口にする権利はないかもしれないが、ちと少ないのではないか。

 

「……足りないね。全然足りない。まあ、このザビーネ以外の8名が肉体的超人というのは心強いものがあるけどね。色々と他にも潜入や暗殺に慣れた者の手が欲しい。アスターテ公爵にも強請ったんだけど、表から攻め入ることになるかもしれないから人は寄越せないってさ。小細工にはウンザリだって状況になれば、アナスタシア殿下が自ら聖堂に、第一王女親衛隊全員を引き連れて総員突撃するかもしれない状況で人は減らせないって」

 

 アレクサンドラ殿辺りは欲しかったんだけれどね。

 第一王女の親衛隊を率いる人が他にいないから無理だって。

 

「ではどうする? ヴァリエール殿下の騎士同士だろうという伝手で、ベルリヒンゲン卿などにも参加してもらうか? 彼女ならば断るまいよ」

 

 ザビーネは、静かに首を振った。

 

「協力を求めれば断るまいが、それはできないよ。ベルリヒンゲン卿には、この私がヴァリ様の傍に侍れない間の補佐を頼んでいるから。帝都までの旅で引き連れ来た傭兵団の統率や、イングリット商会が率いる酒保商人が運んできた交易品の売買交渉を全て任せてある。あまりにも忙しくて、この計画に入る余裕が彼女にはない」

 

 配慮すべきだと。

 まあ、ザビーネが暗殺部隊を指揮するとなればだ。

 その代わりにヴァリ様の補佐ができそうな者といえば、ベルリヒンゲン卿しかいないだろう。

 

「ヴァリ様が引き連れてきた傭兵団や、一緒についてきた領主騎士から参加を募るか?」

「報酬を約束すれば参加希望者は多いだろうけど、ちょっと実力足らずだよ。暗殺にも潜入にも心得がなく、ポリドロ卿たちのように化物じみた戦闘能力を持っているわけでもない。ならば、いらないよ。同様の理由で、ヴァリ様の親衛隊も私以外には参加できないんだから」

 

 これも駄目と。

 下手な人間を集めたところで、足手まといだと。

 まあ、彼女達が活躍できるのは兵数が必要な戦場でのみだろうな。

 ザビーネの言っていることは、至極正しい。

 

「アナスタシア殿下や、カタリナにはこれ以上頼めない。ヴァリエール殿下傘下の人材は払底しているという状況で。では、どうするつもりなんだ」

 

 私は問う。

 これからどうしようか? 判っていないなら一緒に考えようという話をしたいわけではない。

 ザビーネの頭はくるくると回り、解決方法などはすでに見出していようとも。

 それぐらいは、この無骨な男騎士にも理解できるのだ。

 だからこれは答えを問うているだけで、ザビーネはすでに解決方法を用意しているのだ。

 

「……これは嫌な手なんだけどねえ」

 

 本当に嫌そうに、本当に腹だたしいといった様子を隠そうとせずに。

 あともうちょっとで潰せたのだけれどね、と言いたげに。

 ザビーネは目を閉じ、諦めたように呟いた。

 

「実家の力を借りるよ。妹であるマリーナ・フォン・ヴェスパーマンに人員を寄越すように声を掛けるよ。秘蔵の暗殺者連中を全て吐き出させる。アナスタシア殿下にさえ今回の作戦参加を拒まれて、とうとうマリーナ以外は完全に見限られたヴェスパーマン家の全身全霊を振り絞ってもらうとしよう」

 

 今回を乗り切れば、本当にあのクソ実家を潰せたのにと。

 本当に嫌そうに、彼女は吐き捨てた。

 

 


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