貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第21話 ファウストの自戒

プラスに考えよう。

これで一つ、ファウスト・フォン・ポリドロに貸しが出来た。

ファウストは義理堅い性格だ、その貸しは無駄にはならない。

ファウストに首輪を一つ付けたと考えれば、賢しい小娘一つ生かしたところで損ではない。

保護契約の軍役以外でも、第二王女相談役としての立場以外でも、これでファウストに頼みごとが出来る。

リーゼンロッテ女王は、プラス思考で考えることにした。

そうでなければやってられなかった。

何で私がこのような仕事を――リーゼンロッテ個人が、好きで子供を殺したいと思っているのか。

女王だから仕方ないのに。

ファウストの性格の奥底を、その誉れを見抜けなかった――アスターテの策略に引っかかった私が悪いのか?

違うだろ。

絶対違う。

これ全部アスターテが悪い。

助命したければ、お前が言えば済む話であったろう。

アスターテ公爵がその権限と立場で、マルティナにおける全責任を背負うと言うのであれば、私は応じた。

わざわざファウストを使うな、あのメスガキ。

内心で、私人としてのリーゼンロッテが愚痴を吐く。

ファウストの嘆願により荒れていた場は静けさを取り戻し、今は私、リーゼンロッテ女王による裁定待ちであった。

あまり、長く引っ張る気も無いのだ。

状況は少し変わったが、結論から言ってしまおう。

 

「ヘルマ・フォン・ボーセル、決断した。覚悟して聞け」

「はい」

「ボーセル領は全て接収し、直轄領とする。この決定に変更は無い」

 

ヘルマは項垂れ、杖を取り落とした。

この点だけは、譲る気はない。

 

「女王様、恐れながら、ボーセル領は我ら先祖代々の土地……」

「変更は無いと言った。そのような言葉が通じる状況だと思っているのか?」

 

私はヘルマに問う。

 

「従士や領民100名以上を死なせ、軍役面で優れた家臣は全員カロリーヌに引き連れられ、我が娘である第二王女ヴァリエールの手により全員討ち死に。残る家臣はお前の言葉によれば、お前を傀儡としたい佞臣ばかり。この状況下で、死にぞこないのお前が、領地をマトモに運営できるとでも? ハッキリ言おう。ボーセル領は詰んでいる。荒廃したボーセル領からどんな災厄が飛び出すかわからん。座視できぬ」

「……私が死ぬのは構いません。お望みとあれば、この場でこの命を絶ちましょう。どうか、マルティナに家を継がせる、そのお慈悲を」

 

お前の命など、どうでもいい。

ファウストの下げた頭に比べると、何の価値もない。

だが――

バランスを考える。

 

「最初はボーセル領を直轄領とし、マルティナは死罪と考えていた。ボーセル家は御家断絶、未来など無かった。だが、ポリドロ卿に感謝しろ。あのようなマネまでして、その命を助けたのだ。その未来くらいは保障してやる」

 

正直、諸侯やその代理人をねじ伏せるのは容易いことだが。

バランスを考えよう。

家まで潰す必要はない。

 

「ボーセル家に、官僚貴族――世襲貴族としての最低階位を与えよう」

 

この辺りが丁度良いバランスであろう。

家までは潰さない。

これならば、諸侯たちも辛うじて納得しよう。

本音では気に食わないだろうがな。

 

「……」

 

ヘルマは黙って項垂れている。

納得はしていないだろう。

取り潰しとあれば、領主騎士には最後の一兵まで闘う連中もいる。

だが、その抵抗のための軍事力すら、今のボーセル領には少ない。

反発する陪臣達を、ちょいと潰して終わり。

その程度だ。

 

「納得したか?」

 

ヘルマに問う。

イエス以外の返答は求めていないぞ。

 

「……承知致しました。以後、ボーセル家を、マルティナの事をよろしくお願いします」

「まだ、マルティナに任せるわけでは無いぞ。家を継ぐのはお前だ」

 

まあ、その病弱な様子では直に死ぬであろうがな。

後、やるべきことが二つ、残っている。

 

「それで、今回の第二王女初陣の功績についてだが――ポリドロ卿」

「はい」

 

左傍にヴァリエールと共に控えている、今は落ち着きを取り戻したファウストに声を掛ける。

 

「お前が、ボーセル領からの謝罪金を期待していたのは知っている。それは王家が代わりに支払おう。一括払いが良いか、10年の分割払いが良いか、後で決めておけ。分割払いの方が額は多いぞ」

「……リーゼンロッテ女王、私は今しがた、王命に逆らった身で」

「功は功として認めねばならぬ。私に恥を掻かせるつもりか?」

 

そう、功績は功績として認めねばならん。

だが――

 

「そして、罪は罪として問わねばならん。ファウストよ、お前は王命に逆らった」

「……はい」

「お前には一つペナルティを与えねばならぬ。残念ながらな」

 

さて、どうするか。

正直、重いペナルティを与えて、ファウストへの貸しを目減りさせたくはない。

そうだな。

丁度いい、目の前の面倒事を片付けるようにしよう。

 

「マルティナを、お前の騎士見習とせよ。マルティナが家督を継ぐまで、王家に忠誠を誓う騎士として立派に育て上げるのだ」

「はい?」

 

ファウストが呆気にとられた顔をする。

なんだその顔。

むしろ当然の流れであろうが。

 

「リーゼンロッテ女王、申し上げますが、私はカロリーヌを討った男。マルティナにとって言わば母の仇でございます。ここは是非アスターテ公にお預けを」

 

ファウストは、私の右傍に立つアスターテの顔をチラリと見た。

まさかお前、マルティナの助命のため、私を利用したんじゃないだろうな。

そういう、今更ながら、何かに気づいた疑惑の視線であった。

そうだ、ファウスト。

悪いのアスターテだぞ。

もっと睨みつけてやれ。

心の中に住む、私人としてのリーゼンロッテが応援を開始する。

ま、それはいい。

アスターテが今後、どうやってファウストの機嫌を直すかに、ご期待だ。

絶対苦労すると思うがな。

 

「では、マルティナに直接聞くとしよう。マルティナよ、正直言って、お前は曰く付きの厄介者だ」

「承知しております」

 

マルティナは冷静に答える。

 

「聡いお前には今更言うまでもなく――そもそも、先ほどファウストに全て言ってしまったが。領地の反逆者にして、売国奴の娘だ。後ろ指を刺されながら生きる事になるだろう。その騎士見習いとしての引受先など、お前をここに連れてきたアスターテ公爵か、お前を助命嘆願したポリドロ卿ぐらいのものであろう」

「でしょうね」

 

マルティナは、やはり冷静に答える。

言われなくても判っている、そういう顔はしない。

全くの無表情であった。

何を考えているのか、よくわからん。

 

「それでは、そんなマルティナに尋ねよう。お前はどちらの元に騎士見習いとして頼む?」

「ポリドロ卿――ファウスト・フォン・ポリドロ卿にお頼みしたいと考えております。ご迷惑でなければですが」

 

……マルティナは、そう判断するか。

まあ、判ってはいた。

ファウストは、それが理解できないようだが。

 

「マルティナ、いや、マルティナ嬢。私は男手一つ。まして男としての家庭教育をよそに、騎士教育に専念してきた男だ。お前の面倒を十分に見る事など……」

「逆に、そのための騎士見習いでありましょう。貴方の面倒は私が承ります」

 

マルティナが、まっすぐファウストの目を見据えながら言う。

 

「正直に言います。私はこの場で死ぬつもりでありました。貴方に誇りを汚されたと言ってもいい」

「……そうか」

「貴方の誉れは、私には正直よく判りませぬ。私の命など救っても、貴方に何の得もない」

 

ファウストが肩を竦めながら、小さく呟く。

 

「迷惑だったか」

「そう言っております。ですが、気が変わりました」

 

マルティナは、無表情であった表情をやや緩めながら、呟いた。

 

「どうせ拾った命なら、その拾った相手にとりあえずついて行ってみよう。そう気が変わりました」

「……そうか」

 

ファウストは、どことなく嬉し気であった。

自分の行動が、身勝手な迷惑ではなく、是認された。

それが嬉しかったのであろう。

思った以上に面倒な男だ。

私が勝手にイメージしていた、それとは違う、思った以上に複雑な男であった。

だが、嫌いではない。

女王としては決して認められず、私人としては、だがな。

そうリーゼンロッテは考えた。

そして口を開く。

 

「では決まりだ。マルティナはポリドロ卿預かりとする。何か反論はあるか? 諸侯に法衣貴族達」

 

一応、意見を求めねばならぬ。

まあ、回答は決まっているがな。

 

「領地は失えど、家を残すというのであれば、私達は何も。むしろ的確な判断でありましょう。さすがリーゼンロッテ女王」

 

諸侯の一人が先陣を切って、私を褒め称える。

 

「そこが良い落とし所と考えます。さすがリーゼンロッテ女王」

 

法衣貴族の一人も、また答えた。

双方、言いたいことは他にもあるだろうが、まあ納得の結末であろう。

マルティナを死罪とし、ボーセル領は直轄領として没収。

それが王家にとっての最大利益ではあったのだがな。

まあ、世襲貴族の位一つ程度、くれてやっても構わん。

それよりも、ボーセル領の立て直しだ。

利益をしっかり吐き出すまで、幾分か時間がかかるであろうなあ。

いくら人材と投資が必要になる事やら。

それは同時に、役目の無い法衣貴族の職を埋める事にもなるが。

まあ、ともかく法衣貴族に任せる仕事ではある。

私は命令するだけ。

それでよい。

 

「これにて裁定は終了とする。全員、王の間から退出せよ。ヘルマとマルティナは、しばらくアスターテ公爵の世話になるように。折を見て、王都に新たな居住地を見つけ、ポリドロ卿にマルティナを騎士見習いとして出せ」

「承知しました」

 

誰かの応諾の声が、王の間に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下。

第一王女アナスタシアとその相談役アスターテ。

第二王女ヴァリエールとその相談役ファウスト。

その4人が連れ立って歩いている。

アナスタシアは、ファウストの頭を地に擦らせたアスターテにブチ切れていた。

この後、二人きりの居室で問い詰めることになるだろう。

アスターテは、ファウストと目を合わせないようにしていた。

とりあえず、時間を置くべきだと判断したからだ。

ヴァリエールは、ファウストを心配そうに見つめていた。

その行動原理が、いつも冷静なファウストに余りに似合わなかったからだ。

そして。ファウストは――

 

「……」

 

呆けたように、ただ道を歩いていた。

失敗した。

失敗した。

失敗した。

私は失敗した。

その思いがある。

自分の、マルティナの助命嘆願に後悔はない。

青い血としての騎士教育と、前世の日本人的道徳感が悪魔合体を果たした、この誉れに後悔はない。

あの場で動かなければ、自分のアイデンティティが崩壊していた。

だがしかし。

だがしかし、だ。

やり方って物があるだろう、馬鹿が。

自分を罵る。

お前は小さな村とはいえ、300人の命と名誉を預かる領主騎士であるのだぞ。

何をやっているのか。

暴走などせず、冷静になってマルティナの斬首を否定し、助命嘆願を行うべきであった。

決して勢いでやって良い行為では無かった。

後悔が募る。

自分は決して世にいうヒーローではない。

ただの一介の、決して裕福ではない辺境の、300人足らずの弱小領主騎士である。

だが、同時に300人の命と名誉を背負っているのだ。

自分は一人ただ暴走のまま死ぬことが許される立場などではない。

自戒せよ! ファウスト・フォン・ポリドロ!!

そう、自分の心の内に向かって叫ぶ。

だが――同時にこうも考える。

 

「まあ、別に……」

 

失ったものも特にないよな。

そう気楽に考える。

予定であった謝罪金は貰える事となった。

これで余り裕福でない我が領民の食卓に、今後は一品料理が追加される事になるだろう。

マルティナが騎士見習いに来ることは少々気まずいが、カロリーヌの遺言もある。

それは決して嫌な事ではない。

それよりなにより、我がファウスト・フォン・ポリドロには失うものがあまり無い。

あの土下座によって失ったものが無いのだ。

元より、貴族のパーティー等に呼ばれた覚えなど無いから、今後の貴族としての活動に影響はない。

貴族として、私の暴走が舐められる汚点となるかもしれないが、そもそも私は弱小領主騎士である。

個人武勇としては別だが、領主騎士としては最初から弱小として舐められている。

悲しいくらいに、影響が無かった。

それを考えると、ファウストはもはや全てがどうでもよくなってくるようであった。

ファウストは知らない。

貴族のパーティーに呼ばれないのは、アスターテ公爵やアナスタシア第一王女が、ファウストに余計な虫がつかないように睨みつけているからであると。

ファウストは知らない。

諸侯や高級官僚貴族からは、弱小領主騎士として舐められているどころか、将来の女王アナスタシアやアスターテ公爵の愛人候補として見られている事に。

この世には知らない方が幸せという事もあった。

ファウストは、何も気づかないまま、うん、と背を伸ばし、待機していた従士長ヘルガと王門で顔を合わせ、王城から立ち去って行った。

愛する領民が待つ、王都の下屋敷へ向かって。

これで我が領地、ポリドロ領に帰れる。

そんな事を考えながら。


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