剣戟の響きが聞こえている。
いま聖堂内では数々の超人たちが殺戮の叫喚をあげているのだろう。
末期の苦悶の声、崩れ落ちる超人の遺骸。
たとえどれだけ遠くても、この超人たる雷白野(ライハクヤ)の耳には聞こえているが。
だが、どれだけ足掻けど、両者ともこの場所には届かぬであろう。
おそらく、モンゴル側の超人たちはこの私を、雷白野を名乗るたった一人を送り込めば勝利と考えているし。
また、相手方も――。
パルーサの暗殺教団や、テメレールとやらが従える『狂える猪の騎士団』も、私の眼前にいるポリドロ卿にだけは打ち勝てぬと考えている。
私一人が勇んで突撃したところで、愚か者だとすら思っているだろう。
だから、誰しもが異端審問とやらが行われているドアの前へ到達することは考えておらぬ。
お互いが、それぞれの陣営にとって最強の超人を信じているが故に。
「さて」
眼前の男――ファウスト・フォン・ポリドロに視線をやる。
故郷では沢山殺した。
フェイロンでは本当に沢山の超人を殺してきた。
殺してきた数は百を超えるだろう。
ほんの僅か、ではあるが男の超人も存在した。
種を貰う気にもならぬ脆弱な存在ばかりであり、もちろん殺したが。
眼前の男は桁が違う。
「楽しみだな」
今言葉が漏れた、それが全てであった。
この雷白野には闘争以外の全てが興味の範疇外であった。
かつてフェイロンという王朝が存在して、いまはモンゴルという国に支配されている。
そんな経緯、私にとって無価値なものであった。
国になんぞ何の価値もないと思う。
必要なのは飢えを満たすための燃料である。
私のあくなき欲求に基づき、この武を大成させること、それが全てであった。
未だどうにも納得がいかぬ、武芸の極みに至ることが私の全てであるのだ。
そのためには沢山の超人と戦わねばならぬ。
超人兵団の団長であるセオラが何を考えていようが興味はなかった。
「楽しみだなあ」
また言葉が漏れた。
この言葉は、ファウストにも聞こえているのであろう。
怪訝な顔をするのではない。
不愉快な顔をするのでもない。
楽しそうに笑ってくれた。
いい男だ。
こんな良い男をこれから殺してしまうだなんて。
私は悪い女だと思った。
だが、任務ゆえ一応は仕方ない。
これから眼前のドアの中にいるセオラを回収せねばならぬ。
別にセオラがくたばろうが、良い国を作りたいなどと妄言をほざこうが、どうでもよいのだが。
一応は食わせてもらっているのだから仕方もない。
食うことは大事だ。
本当に大事だ。
銀子や金子を持っていても、いくら自分の身を煌びやかに着飾れても。
もう飯を食えないのなら、意味は無い。
フェイロン王朝はその意味で最悪であった。
戦乱で荒れ果て、金があっても食料を買えるところなど殆ど無い。
武芸を頼みに鳥や獣を捕って飢えをしのげど、また数十里ほど歩いた先では飢民がばたばたと何十人も餓死して道ばたに転がっている。
王都に全ての富が集中して、誰も地方のことなんぞは税を得られるものとしか考えておらぬ。
あれだ。
フェイロン王朝が滅んだのはモンゴルのせいだが。
――別に、フェイロン王朝が特に素晴らしい国家だったわけでもなんでもないのだ。
だから、本当にいろいろな意味でどうでも良いと思えた。
セオラのどこよりも素晴らしい国を作るという熱望も。
かつて師匠を共にして鍛えたこともある、ユエの復讐とやらも何もかもがどうでもよかった。
同門であった義理で一応は殺さないでやったが――まあ、しばらく弓は引けぬであろうな。
ポリドロ卿と私を引き比べた。
両者ともに長身で、虎や熊にも劣らぬ体躯の存在である。
牙を当てれば肉は引き千切れ、並の人体が受ければ元の形に二度と戻るまい。
これは超人の上澄み同士の戦いであった。
――なれば、これ以上のくだらぬあれやこれやの背景や思考は投げ捨てるべきであった。
「やろうか! ファウスト」
私は声をかけた。
「かかってこい」
ファウストは応えた。
それで十分ではないか。
闘争の始まりは、大きな風切り音である。
ぶん、と大きく私が回転したのだ。
道士服の大袖を大きく広げて、中から銀色の光線を走らせた。
暗器である。
釘のような、瀉血に用いるような形をした銀の針であった。
ポリドロ卿はこれを避けられない。
だが。
「無駄だ」
ファウストが身につけているのは、彼の主君筋たるアナスタシアが用意したフリューテッドアーマーである。
贅を尽くしてこしらえた、強力な魔術によって護られた鎧である。
銀針など通さぬ、と。
ファウストなどは意図が解せぬように、首を傾げる様子さえ見せた。
それを何もかもを承知の上で、私はこれを放った。
フェイロン人特有の銀髪を振り乱しながら笑った。
これを受け止めてはならぬ。
「ファウスト・フォン・ポリドロ。貴殿はどうも武の神髄を知らぬようだ」
銀針は鎧の装甲にて受け止められた。
なれど――何かを理解できぬ表情にて、鋭い痛みを受けたように蹲ったのはポリドロ卿。
まるで針が刺さったかのようにである。
「軽功を知らぬ。内功を知らぬ。きっと外功を知らぬ。フェイロン超人のなんたるかを知らぬようだな」
嘲笑うようにして、ふっくらとした唇を開いた。
ポリドロ卿が、強烈な痛みに顔をしかめる。
まるで内臓に針が刺さったように。
――何が起きた? といわんばかりである。
「たとえ鎧を纏おうと、その身に刺さるまいと。中身に衝撃が伝わらぬわけではないぞ」
道士服。
その長衣を翻し、また風切り音を立てて私は動いた。
今度は投擲ではない。
ただ四歩歩いて、ただの素手にて、その拳を槌のように握りしめ。
かろうじて起き上がったポリドロ卿の鎧を真っ正面から叩いた。
右脇腹に、鋭く揮った拳が突き刺さる。
金属をハンマーで強烈に叩いたような音が響いた。
「浸透勁だ。ユエは何も教えてくれなかったのか」
かつての同輩の名を口にした。
ファウストは、打撃に耐えかねたように身をよじった。
わずかに嘔吐もした。
血が混じっている。
先祖伝来だと聞いているグレートソードだけは取り落としていないが。
よろしい。
「うむ」
一つ頷いて、ファウストに歩き寄った。
すかさず、彼の左手が伸びる。
私は襟首を掴まれた。
「頑丈なのは認めよう。それだけだが」
ファウストは強烈な背筋で私を引き寄せ、何か投げるような仕草を見せた。
また嘲笑った。
襟首を掴まれたままに回転し、体重の全てを絡めて。
逆に、小手を返すようにポリドロを地面に叩きつけた。
一方的ではないか。
これでは期待外れだぞ、ポリドロよ。
「その厄介な剣は手放して貰うことにしようか」
強烈な蹴りをいれた。
渾身の力を込めた強烈な蹴りである。
ぺきり、とポリドロ卿の右手から音が上がった。
小指の骨が折れる音である。
苦悶の声が上がり、剣を取りこぼした。
「・・・・・・」
私はいささか不思議に思っている。
ファウストは、私が気配を読む限りでは間違いなく強者である。
なのに、私に一方的になすがままにされておる。
戦闘経験が少ないのか?
私のような徒手空拳――暗器こそ一応は使うが。
鎧を介さぬ殺し合いに、微妙に疎い気がしている。
だからといって手加減はせぬが。
ファウストの歯の隙間から、ギリギリと何か力を込める歯ぎしりが聞こえた。
来る。
ファウストが前に出るのと同時に、私も前に進み出た。
たちまち間合いが詰まり、至近距離となる。
「じゃっ」
ファウストの右の蹴りが、凄まじい早さで私の胴を薙いできた。
私は功を籠めて、その蹴りを両手で捌く。
ファウストは、それでも前進を止めなかった。
蹴り足が戻ると同時に鋭く飛翔し、回し蹴りを放つ。
これも凄まじい衝撃であったが、両手の平手で捌いた。
力自慢なのは良いが、これでは気功を身につけた私に勝てぬぞファウスト。
そう口端で嘲る。
「――」
ファウストは両足による攻撃を拒まれたことに、心底驚いた顔をしている。
なるほど、この力では力負けを覚えたこともないかもしれぬ。
力を込めて殴れば、人の頭など石榴のように弾ける。
思い切り前蹴りを入れれば、あらゆる人間が防御した両手ごと骨砕け、内臓は破裂するであろう。
だがなあ。
どうも技術に足らぬ。
武を極めつつある私には、ファウストの動きが遅鈍にさえ見える。
力は確かに大事だが、どうも剣術にばかり頼り切りで体術の鍛錬を怠っているように思えた。
剣を取り落とすよう、小指をへし折ったのも拙かった。
これでは楽しめない――と思ったが。
ファウストはその折れた小指のままで握り拳を作り、殴りかかってきた。
足で我が防御を打ち破れぬのに、力の入らぬ拳で愚かなことを。
体内に気功を巡らせ、受けて拳を潰す準備を整えるが。
――急に気が変わって、私はコレを避けることにした。
武人の勘である。
かろうじて避けるが、道士服の裾が掠っただけで破けた。
「――」
避けながら、ファウストの右拳を目視した。
小指はたしかにへし折ったはずだ。
だが、紫色に膨れ上がるでもなく、それは元々折れていなかったかのように力が籠もっている。
――骨折が治った?
この僅かな時間で?
「・・・・・・」
ファウストは何も語らずに、こちらを見つめている。
「小指は折ったはずだよな」
私は一応、事実を確認した。
「治った」
ファウストは事実を呟くだけであった。
突然、この男が不気味に思えてきた。
それが本当に事実ならばまさしく天賦の才で、この雷白野に勝ち目があるとするならば。
ダメージを重ねることなど考えずに、腕や足を引きちぎる。
あるいは、ただの一撃によって絶命させる。
それ以外に手段などないのだから。
作者がバトル苦手なのは書いてて自分で良くわかったのですぐ終わります(挨拶
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