貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第223話 タイムリミット

 

首に手を当て、ごりごりと首の骨を回しながら考える。

ヤバイな、首の骨を折られそうになったぞ。

攻撃を完全に予見できたからいいものの、出来なければ折られていた。

さて、トドメだ。

鉄靴で思い切り頭を蹴飛ばして、雷白野の脳漿を周囲に撒き散らせば良い。

相手は強力な超人ゆえに一度では死なぬかもしれぬが、何度も蹴飛ばせばそのうち死ぬだろう。

人は限りなく強い力で延々と殴り続ければ誰だって死ぬのだ。

私だってそうだ。

回復能力とて限りがあることは、母との訓練で何よりも自分が理解しているのだから。

念のためゆっくりと歩み寄り、顔色を覗いた。

 

「――」

 

まだ死んでいない。

雷白野は身動きを取らずに倒れ伏したままだが、その眼光は死んでいない。

倒れつつも、未だに何らかのチャンスを窺っている。

はて――どうするか。

なにぶん、彼女の積み上げた功夫の全てを。

気功と呼ばれるそれについては彼女の言うとおり、私は理解しておらぬ。

ここからでもひっくり返す技術があるのかもしれぬと思えば、警戒せざるを得なかった。

色々と考えて。

そうして、機を逸したことに気がつく。

迷わずに駆け寄り、顔でも腹でもどこでも良いから蹴飛ばすべきであったのだ。

 

『ファウスト! 出番である!!』

 

聖堂のドアの向こうから、声が響いた。

主君筋であるアナスタシア殿下の声である。

私はピクリと耳を動かし、舌打ちをしそうになった。

――優先すべき事項はどちらか?

異端審問が行われているドアを蹴破り、突撃するか?

それとも雷白野の始末か?

当然、前者である。

異端審問の結果がどうなったか知らぬが、場合によっては教皇を殺さねばならぬ。

 

「サムライ殿、背後を任せるが、雷白野には積極的に手出しせぬよう!!」

「承知!!」

 

雷白野は手負いといえども確かに強い。

フェイロン王朝最強というのは嘘ではなかろう。

正直、サムライ殿では勝ち目がないであろう。

彼女の丸いどんぐりのような目が少し悔しそうに了承したのを見取り、ドアに駆け寄ろうとして。

――矢継ぎ早に、カタリナ女王の声が聞こえた。

 

「ファウスト、教皇には手を出すな!」

 

何!?

内部の状況が掴めぬが、状況判断は後だ。

そのままに扉を蹴破った。

中に入り、周囲を見渡す。

周囲は騒然としていた。

 

「ザビーネ!」

 

ザビーネが血を流して、それでも毅然として『敵』と思わしき人物と相対している。

――彼女の右腕は醜く折れ曲がっていた。

骨折した骨の端が皮膚を突き破って露出し、血を滴らせている。

 

「敵は眼前だな!?」

「その通り」

 

ザビーネが苦痛に顔をしかめながら、こちらに応えた。

ローブ姿の『敵』が所持しているナイフには見覚えがある。

間違いなくザビーネ愛用のナイフである。

おそらくは、ザビーネに襲われたところを何らかの術で奪い取ったか。

これが敵の目印だ。

ザビーネは任務を見事に果たした。

 

「セオラ!!」

 

叫びが聞こえた。

雷白野の叫びであった。

眼前の敵の名を叫んだようであると確信し、背後は振り返らずに『セオラ』なるものに歩み寄ろうとするが。

 

「今から、お前を見捨てる!!」

 

雷白野の叫びは、とんでもない内容であった。

思わずきょとんとして、首だけを半分後ろに向ける。

雷白野が立ち上がり、フェイロン人特有の銀髪をたなびかせて叫んだ。

 

「雷白野、何を――」

 

セオラと呼ばれた黒髪の女性が、信じられない言葉を聞いたように。

雷白野に視線を向けて、何か言おうとして。

 

「ここまでだ! この雷白野は今のところ、そこのファウストに勝てぬ! だが、ここで逃げ出せば次のチャンスがある! しかし――お前はここまでだ!!」

 

雷白野は自分の指で、束ねた三つ編みを弾いた。

びっ、と鋭い音が鳴り、ギラギラと輝いた目で彼女が叫ぶ。

 

「場内が混乱とした気配を見せず、騒動の内にお前を連れ出す手段が見当たらぬ! すでに貴様は敵として目星をつけられ、それどころか教皇を味方につけ続けることすら失敗したと、この雷白野は見切ったぞ!!」

 

そうなのか?

私は教皇に視線を送るが、彼女はセオラに味方をする気配を見せない。

裏切りを止めたのか?

ケルン派を異端審問した罪、ヴァリエール殿下へと軍を差し向けた罪はあるが――。

この場で敵対しないのであれば、今はいい。

責を問うのは後回しだ。

 

「なれば、お前は愚か者だ! もはや戦場で転けて泣いている子供のようなもので、助かる術はない!!」

 

セオラは愕然とした表情を浮かべている。

おそらくは雷白野の手引きで、ここから抜け出すつもりであったのだろうが。

彼女に対しては、私が出る幕すらもはや無い。

セオラとやらは、アナスタシア殿下、カタリナ女王、オイゲン殿下にすでに包囲されているからだ。

もはや抜け出すことは叶わぬ。

そして、唯一の助けとなるはずの雷白野は私が通さぬ。

 

「何も言わずに逃走せず、ここまで言ってから去るのは。今まで食わせて貰った立場の義理と知り私に感謝せよ!!」

「私を見捨てて、モンゴルに逃げ帰るつもりか!」

「他の超人兵団に、報告だけはしておいてやる」

 

雷白野は唾を吐き捨てて叫んだ。

 

「セオラは勇猛果敢に立ち向かって死んだとな! さぞかしお前の母親も喜んでくれるであろうさ!!」

「雷白野!」

「お前はもうここまでだ! お前の負けだ!!」

 

セオラとやらが口惜しそうに叫ぶが、今はどうでもいい。

大事なのは、雷白野の挙動だ。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ卿!!」

 

右手で左手を覆って、仕草をする。

左右の人差し指、中指、薬指、小指の4本の指をそろえ、一方の掌をもう一方の手の甲にあてる。

拱手の仕草。

 

「この雷白野の顔を覚えていろ! 何度でも、何度でも貴様を襲うぞ! 寝込みを襲うなどと下品な真似は決してせぬが、何度でも勝つまでの勝負をこの雷白野は挑むぞ!!」

 

それは彼女の宣戦布告であった。

――ように思う。

けらけらと笑いながら、雷白野は叫んだ。

 

「ここでトドメを刺さなかったことを後悔するが良い!!」

 

確かに、後悔するだろう。

アナスタシア殿下の声を無視して――いや、その声が聞こえる前にだ。

さっさと判断をして、トドメを刺すべきであったのだ。

私は判断を誤った。

だからこそ、自分の過ちを認め。

今度は過ちを摘み取ることを決意して、こう叫んだ。

 

「さらばだ、雷白野。また会おう!」

 

拱手の仕草。

彼女に礼を行いて、再戦を承知したのだ。

 

「素晴らしい! 素晴らしい男だぞ、ファウスト! 殺す前に抱いてやりたいところだ!!」

 

いくら雷白野が外見良い女とは言え。

さすがに、殺される前にそのような行為をする趣味はない。

そう呟こうとして――やめた。

雷白野は足早にして、その場を立ち去っていった。

 

「さて」

 

セオラであった。

頼みであった雷白野は立ち去った。

裏切りを誘っていた教皇には断られた。

ゆえに、彼女はここで今一人。

どこかに頼る術はない。

自分が腕を折りて奪った、ザビーネのナイフを片手にしているのが細かな灯火である。

だが、アナスタシア殿下を始め三選帝候に囲まれている。

できれば盾にしたいところ――の聖職者たちは逃げ惑いて、教皇の後ろに隠れている。

教皇は強い。

であれば、もはや――セオラには。

彼女には逃げ場がない。

 

「どうする?」

 

ゆえに、私は問うた。

セオラは応えた。

 

「・・・・・・雷白野」

 

しばらくは呆然としていたが。

正気を取り戻して。

苦笑した様子で、周囲を見渡した後にこう口にした。

 

「・・・・・・うむ、負けだな。負けた。もはや戦場で転けて泣いている子供のようなもので、助かる術はないか。雷白野も面白い喩えを口にしたな」

 

あっさりとしたものである。

セオラはナイフを地面に投げ捨て、降参とばかりに手を上げた。

 

「そうだな。そうだ。ここまでだったのだ。セオラという人物の夢はここまでだ。ここに来る前に、母に言われたのだ。お前はきっと転んで泣くとな。そうさ、母の言うとおりであったのさ」

 

なんというべきか。

 

「きっと良い国が作れると。そう目指した物は妄想にすぎず。教皇を説得して、皇帝を約束の下に退けて、そうして積み上げに積み上げた結実が見たかった。私が目指した国家の結実はよりよき物になったと思うのだが。ここで蹴躓いた私に、そんなものが作れるわけもなかったのだな。部下の超人一人にすら見限られる私が、そんなもの作れるわけもない」

 

少しばかりもの悲しい雰囲気で、そうして語りを終えた後に。

セオラは一言だけ呟いた。

 

「殺せ」

 

私は応えようとして。

はて、どうするかと首を傾げた。

 

「ふむ」

 

私はとりあえず何が起きても動けるよう、彼女に歩み寄る。

セオラが何を考えていたのかはわからん。

ひょっとしたら、教皇を一度は裏切らせただけあって、案外マトモな思考をした人物だったかもしれぬ。

だが、敵のことを考えてもどうにもならぬ。

 

「アナスタシア殿下、差配をお願いします」

 

私は主君筋である殿下に声をかけた。

抵抗しないというのであれば、殺すにしても許可を得てからでよかろう。

 

「うむ。まあ、抵抗しないというならば、今すぐに殺すというのもな」

 

――危険を考えれば、今すぐ殺した方が良いかもしれぬが。

元々、我々が殺しに来たのはそやつではなく教皇であったわけだし。

正直、この展開は予想していなかった。

殿下の、そんな懊悩の声を聞きながら。

 

「とりあえず、捕らえよ。どうするかは後で考える」

 

私は殿下の命に従い、セオラを捕らえることにした。

彼女は抵抗しなかった。

 

 

 





更新が遅れまして申し訳ありません。
まずは8/25に発売となった書籍3巻をお買い上げ下さった方は誠に有り難うございます。
無事続巻(4巻)も決まりました。
厚く御礼を申し上げます。

また、コミカライズの4話が無料掲載となりましたので連絡いたします。

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次回の更新ですが、章途中で申し訳ありませんが
仕事の都合につき全く身動きがとれず、おそらく3~4週間後になります
本当に申し訳ありません
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