あれからの事を話そう。
雷白野は言葉通りの行動をしたらしく、セオラが死んだと叫びながら逃げ回り、主教座聖堂(カテドラル)を取り巻いていたモンゴルの超人軍団は一度去った。
取り囲む一般兵に対して、死と臓物を撒き散らして。
テメレール公の超人軍団である「狂える猪の騎士団」がランツクネヒト相手にやらかした殺戮さながらであったと聞き及んでいる。
聖堂前で抗争を繰り広げていたアスターテ公爵の見込みでは、また来るだろうとのことだ。
セオラは死んだことになっているが、まだ信じていない配下が帝都に複数名潜伏している様子である。
そのうちの何人かは、奪還か報復に動くであろう。
そのセオラは未だに生きている。
アナスタシア殿下の差配で殺さずに捕らえることにはした。
大人しいもので、抵抗する素振りさえも見せなかったことから、とりあえず部屋の一室に押し込めている。
「さて、ここからどうするかだが――」
アナスタシア殿下が、如何にも難渋した顔で呟いた。
「当初の計画では、ケルン枢機卿の納得のいく形にて教皇を殺してまずはお終いだった。だが、私たちの予想は外れて枢機卿は教皇の説得に成功してしまった。ゆえに、教皇は生きているし殺せない」
別に教皇は殺そうとしても、手向かいなどせぬだろうがな。
そう呟いて、オイゲン殿下の方を向く。
「残念だが、この状況ではマインツ公の名誉回復とはならんな」
「表向きにだけ殺せば良いでしょうに?」
冷静に、オイゲン殿下が応えた。
如何にも不服であると言いたげに口にしたが、その言葉を左右する気は無いようである。
「なるほど、確かにあの教皇は私の母を唆しました。我が母はヴァリエール殿下に敗北し、名声を地に落としました。なれば、唆した教皇を名誉回復のために殺さねばなりません。ですが、まあ私の個人的な感情さえ無視すれば、表向きだけの殺害で構わないのですよ」
「殺したことにするか」
ぱちん、とアスターテ公が親指と人差し指のスナップで音を鳴らした。
そうしてくれると有り難いと言いたげである。
「アスターテ」
アナスタシア殿下は口を挟まぬように、視線をくれる。
アスターテ公は全く気にしなかった。
「口にしたくもなる。オイゲン殿下は実に賢明だ。状況を理解していらっしゃるとも言える」
ぱちぱちと拍手。
楽しげに、それでいて人をおちょくるかのような表情で。
「余裕はないんだ、アナスタシア。これ以上、帝都の混乱に対して苦慮する事は許されていない。表向きには殺したことにして、オイゲン殿下は母の評判への仇を、アナスタシアは自分の妹へのちょっかいに対する報復を果たしたことにする。それならば選帝侯としての面子が立ち、ケルン枢機卿の納得を得られる上に、宗教関係者の混乱も最小限に抑えられる」
一息に現状を言い切って、片を付けた。
それぐらい、この場にいる全員が理解しているのではあるが。
感情だけが問題で――マインツ公代理であるオイゲン殿下が納得したならそこまでである。
私だってケルン派を侮辱した以上は教皇に死んで欲しいが、当の本人である枢機卿が許したのならば仕方ないし。
ヴァリエール殿下を襲ったことへの罪を要求したいが、ヴァリエール殿下はきっと許してしまうであろう。
ならば仕方も無い。
カタリナが頷いた。
「まあ、そうだろうな。ケルン枢機卿の理解を得られぬ以上、どのみち教皇は生かしておくしかない。最終的に裏切りを止めたという事情もある」
三選帝侯が状況を考え、結論を出した。
私の感想は特に無い。
私が信じるケルン派の枢機卿猊下が教皇の生存を望んだという明確な事実があっては、別に異論を挟むつもりは無いのだ。
殺し合いならばともかく、手向かいもせぬ相手を殺すのは私の趣味ではないし。
「教皇の代理は? コンクラーベをしている時間は無い」
「ケルン枢機卿では?」
「本人が断るであろうし、『帝国の外側』が認めぬ」
議論は続いている。
私はと言えば、少しばかり考え事をしている。
教皇はどうでもよい。
だが、セオラに関しては早々に殺しておいた方が良い気がするのだが。
もちろん、あくまで勘だが――
口にするか?
アスターテ公爵が口を開いたように、今はこの私の立場でも発言を許されている。
だが、まあ今はその話題ではあるまい。
教皇の代わりをどこから引っ張ってくるかが問題だ。
「・・・・・・実際問題、グステン帝国内で勝手に決めるというのは難しいのでは?」
オイゲン殿下が如何にも不愉快そうな顔で口にした。
最悪、教皇の謝罪を公式に受け取る形で在位を認めるというオプションを認めても仕方ないという表情で。
だが。
「舐められたんだぞ? 我ら選帝侯を舐めたのだぞ? 表向きにはどうしても殺さねばなるまい。騎士にとって舐められると言うことは死ぬことと同じだ。自分が死にたくないならば、相手を殺さねばなるまい」
それにはアナスタシア殿下が反対している。
とはいえ――なんだかんだいって、ユリア教皇は権力者であった。
そもそもが帝国に限っての権力者というわけではなく、海外にも教皇権は及んでいる。
アスターテ公爵曰く、連中は『百年戦争』を終えたばかりで助けにはこられないし、そもそも来る余力も無ければ何かを邪魔をする気力さえも無いと聞くが。
「お前の妹でも教皇に担ぎ出すか?」
カタリナが、なんとなく口にした。
水を向けられたアナスタシア殿下が、思い切り首を振って否定した。
ヴァリエール殿下が教皇に?
彼女はポンポンペイン教の信徒であり、明確な異教徒であるので不向きだと思うが。
「帝国内はそれでよくても、海外が納得しないだろう。選帝侯の娘を勝手に教皇にするなんて、選帝侯の全員が望んでも通じない。順当に適当な人間を担ぎ出すことにしよう。死んでも教皇になりたい人間なんぞ、沢山いる。権力の座とは眩しいものだ」
私の思考とは全く違った理由で、拒絶された。
素質的には宗教家には向いていると思うがな、ヴァリ様。
「ヴァリエールを教皇とするならば、本当にどうしようもなくなった場合、その時の最終手段であろう。アスターテ、適当な人間を見繕っておけ」
「了解」
アスターテ公が適当な返事をした。
やる気があるのか無いのか。
「さて、確認したいことがある。セオラはどうする?」
話題が切り替わった。
「殺すべきです」
すかさず発言をする。
殺せるときに殺しておかなければ、拙い気がするのだ。
「・・・・・・」
アナスタシア殿下は迷っているようである。
テメレール公爵曰く、どうしても保留する癖がある。
その悪い癖が出ているのではないかと訝しむが。
「殺しては拙い」
だが、その警句を発していたはずのテメレール公爵が止めた。
彼女も悩んだような表情を見せているが――
「このテメレール、モンゴルに対して沢山の人間を忍ばせているが。まあ、正直言えば『戦争自体に消極的である』ことを発言させてもらう」
「理由は?」
すかさず尋ねた。
「ハッキリ言えば、モンゴルに対する勝ち目が薄いからだ。あのケルン枢機卿が教皇を説得せしめた『何か』をもってしてもだ」
まあそうだな。
それは理解できる。
戦争が避けられなければ死に物狂いで抗うが、勝ち目は薄いであろう。
テメレール公爵にはその認識がある。
「戦争を避けたいと? セオラとやらの身柄一つで? 馬鹿馬鹿しい」
アスターテ公が反論した。
そんな未来はあり得ないと言いたげである。
「仮に私がアナスタシアやヴァリエールの身柄を人質に取られても、こういうだけだ。国家のためにそのまま死ねとね。相手の娘を人質にとったところでどうなるものでもない」
それもわかる。
だが、テメレール公爵が言いたいのはそれだけではなかろう。
「・・・・・・戦争を避けること自体は不可能だとは理解しているがね。彼女から抜き取りたい情報は山ほどあるのだ。それを忘れられては困る」
ふむ、と。
拷問しても彼女は喋らないであろうが。
「是非とも、このテメレールに一度任せてはもらえないか? やらないよりはマシであろうし――何より、逆にセオラが取り返されたところで、敵が極端に強くなるわけでもないのだから」
さて、それはどうかね。
士は己を知る者の為に死すのだ。
そのことは、このファウスト・フォン・ポリドロが何よりも理解しているつもりだ。
『狂える猪の騎士団』はテメレール以外の人間のためには死なぬだろう。
完全に忠誠のベクトルが極まると、そうなるのだ。
「セオラへの護衛と、話し相手、つまり情報を抜き取る人間だが――」
テメレール公の言葉は続いている。
さて、どんな手を打つのかと拝聴していて。
「ここはポリドロ卿でどうかと考えている。別に、ハニートラップというわけではないがな。世間話をしながら情報を抜き取る相手と、そして奪還の手段を防ぐための護衛としては誰よりもふさわしいと思うがね」
急に水を差し向けられて。
私は猛烈に顔をしかめて「そんな責任を背負うのは嫌だ!」と言い放ったが。
その言は、何故だか誰にも聞き入られなかった。
更新が遅れまして申し訳ありません。
1ヶ月経過しましたので更新を再開します。
4巻の書籍化作業を併行しておりますので、更新は遅滞する旨をご了承下さい。
1~3巻は発売中ですので、まだお買い求めで無い方は電子でも何でもいいので買っていただけますと嬉しいです。書き下ろしもたっぷりあります。
さて、それはそれとして。
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それでは失礼します