厳重に警備がなされた部屋に入る。
部屋は超人でも蹴破れない鋼鉄製の上、強化の魔術刻印さえもが彫られている。
私はさてどうするかと顎をさすりながらに考えた。
まあ、テメレール公が言ったようにハニートラップというわけではない。
何かしばらくは世間話でもしていろという命令なので、そうしよう。
眼前のセオラ――意気消沈しており、逃げ出す素振りはおろか、特に何かしようという様子さえ見えない。
ともあれ、挨拶といこうか。
「ファウスト・フォン・ポリドロと申します。今後、貴女の事をなんとお呼びすればよろしいか?」
できるだけ丁寧な口調を装うよう心がける。
彼女を殺すべきと言う意見が私には前提にあるのだが――かといって拷問したいわけでもないし。
そのようなことをしても、きっと何も喋らぬであろう。
彼女は少しだけ現実への興味を取り戻し、私の方を見た。
「セオラで。ただのセオラでよいよ、ポリドロ卿。お噂はかねがね」
「私のことがモンゴルに知られていると?」
「いや――あまり知られてないな」
正直に。
私のことなどモンゴルは知らぬと、セオラは答えた。
「厳密に言えば、モンゴルはさほど超人という個体に興味を示していないのだよ。たとえば我が母は、トクトアはリーゼンロッテ女王を知っている。カタリナ女王を知っている。選帝侯の名前や性格、またテメレール公といった有力諸侯の動向には気を配っているが――戦で重要とはならぬ存在が君だ。超人といえども、万が個を押しつぶす大戦においてはさほど重要視されていないのだ。私が君に興味を持って詳しく調べただけのことだ」
「モンゴル自体は、どうせ挽き潰す存在にはたいした興味もなしと」
「まあそうだ。ポリドロ卿を侮蔑する気など、一切無いが。私が率いるモンゴルの超人兵団のように、あるいはテメレール公が率いる『狂える猪の騎士団』のように、一つの隊群をなしていなければ気にも懸けないだろう。まだポリドロ卿が暗殺者か何かであった方が、一応は警戒されたかもしれんね」
暗殺か。
一瞬、その手段もありかと考えたが――
「止めておけ。無理な理由は沢山あるが――まずその容姿では目立ちすぎて、我が母には近づけないぞ」
まあ、それもそうか。
身長2mの体格、赤目の容貌ではおそらく近寄れないし、ましてこの世界では少ない男の身だ。
目立ちすぎているにもほどがある。
第一、世界最高峰の暗殺教団が試みたのに駄目だったなら、私とて無理だ。
「ただ、君たちから見て最高の結果。母さえ死ねば、おそらく帝国への侵攻はなくなるのだがね。それこそ、戦の途中であってさえも、皆が故郷へと我先に帰ろうとする。帝国の支配など、優先順位は最下位がいいところだ。母が死んだ瞬間から相続争いが始まるからな。もちろん後継候補は決まっていて、私などは最初からお呼びではないが――それでも争いは確実に起きる。最初に故郷に帰ったものが当然有利だからな」
世間話でもするように、セオラは話を続ける。
もし、トクトアが死ねばという仮定か。
「教皇からすでに聞いたが。トクトアは、あと三年もすれば死ぬそうじゃないか」
すでに教皇から得た情報を口にする。
この情報はすでに選帝侯に共有されており、厳密には私もそこからの又聞きであった。
「そうだ。嘘じゃないさ。紛れもなく事実であり、病は母の身体を蝕んでいる。かといって――まあ、三年は三年だ」
友人の不幸を哀れんだような口調で。
セオラは現実を忘れるなという風情で呟いた。
「それだけあれば、帝国を支配するなど母にとっては訳もないぞ?」
「だろうな」
別に否定する気は無い。
真面目な話、勝てるか勝てないかで言えば、まあ帝国はまず勝てないだろう。
勝てないから何もかも諦めるのかというと、全く違う話となるから抵抗しているのだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
一度、会話が止まる。
セオラは驚いたような表情で私を見た。
怒り狂って、必ずやなんとしても勝利するとでも言って欲しかったのか?
残念ながら、勝ち目は薄いと最初から知っている。
信頼を置いているテメレール公が「これ無理じゃねえかな」とハッキリ言っていて、なんなら諦めてさえいた。
皇帝位を簒奪することさえも、やることやって有終の美を飾ろうとしていただけの有様だぞ。
未だに選帝侯同士どころか教皇や皇帝が裏切っていたりするから尚更だ。
まあ教皇はケルン枢機卿のおかげで、ギリギリのところで踏みとどまったが。
帝国内部がぐだぐだすぎて、まず冷静にみて勝てないだろこんなもん。
とはいえ、努力しなければならない。
そのうちの一つが、このセオラとの会話であった。
さて、何を喋ろうか。
聞きたいことは沢山あるが――。
「ゲッシュまで誓ったというポリドロ卿であるならば、血気盛んに必ずや勝つとでも言うと思ったのだが」
先にセオラが口にした。
先ほどまでのしおらしい態度とはまるっきり違う、こちらに興味がありそうな口調で。
「帝国内部の現実を見た。こうもぐだぐだではな。冷静になって行動をせねば」
「ほう、例えば?」
「セオラ殿と話しているのが、その一つだな」
はっきりと口にする。
大きくため息を吐いた。
「・・・・・・少なくとも、侵攻被害を防ぐ方法ならあるのだがね」
「例えば?」
言いたいことは読めている。
トクトアの寿命があと三年であることと同様に、セオラが何をしたいのかはある程度聞いていた。
「私を皇帝にするとかな」
「まだ諦めてないのか?」
「色々と妥協した上での提案なんだがね」
セオラは、愉快そうにではなく。
むしろ、何もかもを諦めた表情で語った。
「そうだな、私はこの国を一度滅ぼし、そして再生しようとした。私が望むマトモな国を作ろうとしたが」
「お前の夢はどうでもよい。聞く気もないぞ」
「興味は無いかね?」
私はハッキリと言ってのけた。
「たとえ見知らぬところで善男善女の誰かが地獄に落ちていようが知ったことか。私にとって最大の興味は領地であるポリドロ領にあり、その生活を向上させ幸福を与えることが封建領主としての務めだ。目の前で憐れにも苦しんでいるなら助けもしようが、アカの他人がいくら苦しんでいようが知ったことではない」
「冷たいな。私はそれが嫌で世の中を改革しようとした」
「そんな時代だ。そして貴女は、そんな時代に馬鹿な夢を見て失敗した」
余裕なんぞどこにも無い。
なれど、法治が無いわけでもなければ、情けや愛が無いわけでもない。
誰かから無理矢理に奪ってでも豊かになろうとせず、土と共に生き、それを耕すことで皆が幸福になろうとする。
それが私と領民の信奉するケルン派の教えであるのだ。
それ以上は許容を超える。
世界を救うなど、アガペーの範囲ではないのだ。
「さて、失敗したのか、どうか。確かに私は拙速すぎたのかもしれぬ。もう少し待って――いや、私はもういらないのかもしれないな」
「ふむ?」
「何、気にするな。君の言うケルン派が、世の全ての貧しさをなんとかするかもしれない。そんな話だが」
君はまだ聞いていないのだろうね。
そう言いたげに、私を見た。
ケルン派のことと言えば興味があるのだが。
「まあ、それは私の口よりも、枢機卿に聞くが良かろう。きっと今回のご褒美に教えてくれるだろうさ」
「そうしよう。で、話を元に戻したいのだが?」
「そうだな」
正直言えば、是非にも今すぐ聞きたいところではある。
だが、敵に教えられるよりは、枢機卿猊下に直接教えて貰った方がよかろう。
領民とて、ケルン派の枢機卿猊下に直接お会いして、お褒めの言葉を貰ってきたと言えば皆が喜んでくれるだろうし。
「で、貴女を皇帝にしろという話だったか?」
「まあ、そうだな。だって、今頃は皇帝を誰にするかだとか、教皇を誰にするかだとか、そんな話ばかりをしているところだろう?」
「・・・・・・まあ、そうだな」
教皇を誰にするかは今話しているところだ。
なれば、皇帝を誰にするかも今話しているところだろう。
順当なところであれば、カタリナ女王がレッケンベル卿の縁深いランツクネヒトの力を借りて、無理矢理に皇帝位を収奪する可能性が高いのではなかろうか。
その可能性を考えて、レッケンベル卿の娘であるニーナ嬢も連れてきているわけだし。
と。
「まあ、先ほども言ったように、私の野望は破れたが。誰が皇帝でも構わないという見解を誰もが示すならば、モンゴルとの融和策として皇帝位を私に譲渡するという方法もないわけではないのだ。そうすれば、少なくとも戦は小規模になるぞ」
「小規模でも戦は起きるのだろう?」
「それはな」
いくら馬鹿な私でも、そうなった場合の展開ぐらいは読めている。
セオラが何を望まずとも、モンゴルの貴族たちが帝国内部の領地支配を求めるのは変わらぬ。
「大規模な大戦だけは防げるだろうが、皇帝の直轄領、選帝侯の直轄領、それはギリギリ避けられても、万といる封建領主の城や領地の譲渡を要求するであろう。だが、わかっている。無理矢理に土地を奪われる人間は、君のような、ポリドロ卿のような小さい領主ほど死に物狂いで抵抗する。領地を奪われれば、どこにも行くところは無いのだから」
そうなるだろうな。
そして、どれだけ負けが確定していても、戦いもせずにその譲歩を認めるほどに選帝侯達のプライドは低くないのだ。
我々は舐められたら相手を殺すのだ。
そうしなければ、何もかも失うから。
選帝侯がそのようなことを認めるならば、我ら辺境領主が群れを為して選帝侯を殺すだけだ。
「もしセオラに譲歩して、それを認めたところで、モンゴルに敵対するよりも先に選帝侯達が殺されるのがオチだ。誰もがその譲歩を認めない」
「ま、それもそうか。結局、私の考え方は甘いのだろうな。母も同じ事を言うのであろう」
私はこれだから、モンゴルの後継者として認められなかったのであろうさ。
転んで泣くガキだ。
そんな人間を、自分の偉大なる帝国の後継に選ぶわけが無いだろうさ。
そう言って、セオラが落ち込む。
面倒くさい奴だな、コイツ。
「話を続けよう」
別に慰めたりはするつもりもない。
重要なのは会話だった。
「譲歩として、アンハルトとヴィレンドルフの真上に高原がある。地元の遊牧民族が支配する草原地帯だ。そこまでだろうな、我々帝国が許容できるのは」
「オマエラの土地じゃないだろうが。本当に自分たちの事以外はどうでもいいんだな」
セオラが唖然とした口調で言った。
もちろん、私たちの土地でも何でもないから、平気で口にできるのだ。
正直、全盛期のモンゴルなんか隣国に欲しい奴は世界のどこにも存在しないだろうが、そこを我慢しようというのだぞ。
「駄目だな。それで納得できるのは、元々領地としてその高原を約束されていた者だけ。このセオラぐらいのものであろう。他は高原とは言わずとも、徴税地を欲しがるに違いない」
「なるほど」
私は首を捻り、こういった。
「つまり、貴女だけなら。セオラと配下である超人兵団だけならば、草原地帯だけで納得できるのかね?」
「・・・・・・そもそも、私は。私たちは」
セオラは何かを言おうとして。
少し笑って、こう吐き捨てた。
「なあ、ポリドロ卿よ。君との会話は楽しいが、人を口説き落とす相手としてはまるで向かないよ。テメレール公辺りにそう言われなかったかい? まさか、草原地帯をやるから私と超人兵団に、帝国へ味方しろだなんて口説くつもりじゃないだろうね」
そこの辺りは自覚がある。
恥ずかしながら、私は頭が良くない。
だから、とりあえず口にしただけにすぎないのだが。
一応聞いてみよう。
「駄目か?」
「駄目だね。母も国も裏切れない」
セオラは、鼻で笑って。
「裏切るわけが無いんだよ。最初から勝ち目も無い相手に、誰が何をしようというのか。結局、このセオラはあの母の掌から逃れようとして――何もかもから逃げ切れなかった。そんな愚かな人物に過ぎないのだ。今更反抗期もないさ」
何もかもを。
本当に何もかもを、諦めきった口調でそう口にした。
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