ポリドロ卿がいない間に。
三選帝侯及びテメレール公は、決めなければならないことについて話していた。
「ファウストがいない間に、本題を話すことにしよう。皇帝はだれにする?」
テメレール公の言葉であった。
このアスターテは、ならばアナスタシアをと一瞬口にしようとしたが。
まあ、無理だろうなと考えた。
決定づけたのは本人の言葉であった。
「私はカタリナを推す。長年続いたヴィレンドルフの正統だ。何も文句はあるまい」
なにせ本人がそれを望んでいない。
別に自力で皇帝の地位に昇る能力が無いわけではないのだ。
なれば、私も最初から推すつもりは無い。
「正直なところ、私は誰でもいい。やりたければそこのオイゲン殿下でも。マインツとて息は長い」
最初から興味が無いのだ。
アナスタシアの全能力は、これから継承するアンハルト王国の全てを維持するために。
個人の本願としては、ファウストを愛人とするための欲望に埋もれている。
それにくらべれば、皇帝の地位など価値もなかった。
なにせ。
「お断りする」
そのオイゲンも断るレベルの手合いだ。
自分の選帝侯としての領地さえ保てれば、皇帝など誰でも良い。
皇帝が自分の言うことを聞く、話が通じるというのが何より大事であるのだ。
それに正直言えば、今だけはやりたくない。
帝国が滅ぶかどうかの瀬戸際ではな。
「未だ勝てるかどうかわからぬ。いや、勝ち目の見えぬ敵を相手に大将だと? お断り以外の言が出るわけもない」
洗いざらい、状況を全部ぶちまけたテメレール公の手前でもある。
そのテメレール公が裏切りだけは許さぬと、ゆがんだ表情で。
この場にいる一人でも裏切りの発言をしたのならば、その場で殺してやると歪みきった表情で鎮座している状況では話せぬ。
憎悪に歪みきった表情であり、アレは一度誠心誠意ぶち当たったにも関わらず裏切られた人間の顔であった。
唇は引きつり、目は血走り、顔は皺に塗れている。
裏切ったのは、この帝国の皇帝と教皇であった。
なるほど、ああもなるさ。
テメレール公は、あの顔をファウストに見られたくなくて遠ざけたのだ。
「オイゲン殿下」
口を挟む。
挟んでしまう。
「アスターテ公爵。貴女は現状でモンゴルに勝てるとお思いか? 裏切るとはいわんさ。テメレール公爵がおっかないからな。この場で殺されたくはないよ。だがな、まあ勝てんよ。それは当のテメレール公爵がご存じであるし、裏切った教皇や皇帝が何より理解していたではないか」
私とて、相手の戦力を理解していたならば闘うとは言わなかったさ。
そうオイゲン殿下が吐き捨てる。
「勝てないな」
勝てない。
そう絶望的な状況を、オイゲン殿下は吐き捨てた。
そうだ、現状では帝国がモンゴルに勝てる未来などあり得ない。
158000騎が押し寄せてくるといえば数は凄いが、それだけである。
あるが。
「他国からの徴用兵。これはよい。騎士ならばなんとでもなる。なんとでもするのが騎士であろう。だが、物資・兵の質・指揮官、他にもあるが・・・・・・そうだな。変わった言い方だろうが、格差社会というものを感じるよ。正直、我ら帝国の騎士はモンゴル兵に対して一枚格が落ちると認めるしかない」
「ふむ」
アナスタシアが頷いた。
言いたいことは理解しているようだ。
「兵数の差が致命的な問題ではなく、相手方の大多数が歴戦の戦士であることが問題であると? 我ら騎士とは格差があると?」
「そうだ。相対して10万を指揮する指揮能力者が、我が帝国には存在しないことも問題である。誰かいるか?」
ふむ、と。
またアナスタシアが頷いた。
「まあ、それはそうだろう。私たちの戦と言えば、基本的には1000や2000が精々の小規模だ。だが、いささか悲観にすぎるのではなかろうか。実際に十数万規模で当たる戦などそうはない。戦場が限定されるからだ」
「数万でも変わらぬ。そこのアスターテ公爵に経験は?」
オイゲンが匙をこちらに向けた。
私は答えた。
「一応、北方の遊牧民族との争いで三千程度の総指揮ならば」
「まだマシな方か。数万となれば?」
「1万、2万ならば今後経験予定だがね」
北方への戦でね、ファウストと約束した。
一年以内に遊牧民族を平らげて、追い出さなければならない。
或いは支配して併呑しなければならない。
どちらかはまだ決めかねているがーー
「ランツクネヒトを掌握し、帝都ウィンドボナを取り囲む才知を見せたレッケンベル卿が死んだのは痛かった。彼女なら事実上の総大将にだってなり得た。対してポリドロ卿は個人戦なら無双を誇るが、さて指揮官能力となるとアレは無能であろう。20名~30名の小規模な民兵を自分の強さだけで率いるのが良いところだ」
オイゲンはいろいろなことを考えているのだと思う。
だが、そうも思った端からいらんことを口走るのは辞めてほしいものだ。
テメレール公が、また懊悩した顔をしている。
オイゲン殿下を見て、「コイツ裏切るんじゃねえだろうなあ」という顔をして疑いを隠し切れていない。
目が血走っている。
話を元に戻そう。
「尋ねるぞ。皇帝は何処の正統なりや? その答えはヴィレンドルフのカタリナでよいのか? ここでお聞きしておきたい」
「さて・・・・・・」
カタリナに匙を投げる。
だが、彼女はどう答えるべきか、という風情で佇んでいる。
少しだけ悩んで、答えた。
「先送りで。今の皇帝を廃した後でも問題は無いだろうと考えている。誰も継げないし、継ごうという気もないなら私でも良いのだがね。今は誰を皇帝にするかよりも、どうモンゴルに勝つかが重要ではないのかね?」
まあ、それはそうだ。
オイゲン殿下も、先ほどから皇帝の座よりもそちらが気になっているようだし。
実際、皇帝の地位にそれほどの価値はない。
この中で唯一やりたがっていたのはテメレール公ぐらいのもので、それとて帝都が我々より近いなどの様々な理由がある。
それも過去のものだ。
「戦争を避けられるならば、別にセオラでもよい。皇帝の地位でも土地でもくれてやれ。本音ではそう言いたいところもあるんだが」
ぼそりと、カタリナが現実的なようで、全くそうではない案を口にした。
やれたらやっているわい。
「裏切り者の教皇案か」
アナスタシアが応じた。
考えてみる。
正直、それで済むならば別にそれでもよいという空気がここにはある。
選帝侯の言うことを聞くならば、皇帝なんぞ誰でも良いのだから。
皇帝を決める選帝侯の内、半数がすでにここにいる。
やろうと思えば、不可能でもなかった。
伊達で教皇も、その案にて裏切ろうとしたわけではなく、帝国人でなければ皇帝になれぬというわけでもない。
選挙権を持つのは我々選帝侯だ。
「属州人でない皇帝だって大昔にはいた。セオラは有能だ。彼女を皇帝に就けられるならば、本当にそれだけでモンゴルが満足し、大戦が避けられるならば現実的な案ではあるが」
アナスタシアが、こんなこと口にしなくても分かっているだろうに。
そう言いたげに口にする。
「セオラがそれを呑んで、まあ大規模な戦自体は避けられるかもしれん。だが、セオラが何を望まずとも、モンゴルの貴族たちが帝国内部の領地支配を求めるのは変わらぬ。満足せぬ。結果として帝国の明るい未来は見えぬよ」
教皇案も、大規模な戦の上で大破壊をもたらした上での、帝国の再構築を考えていた。
よりよい国を作るなどと、半ば子供じみた考えを元にセオラと教皇はそれを成し遂げようとした。
ケルン派枢機卿への異端審問に失敗し、逆に帝国側に引き留められるという結果に終わったがな。
「・・・・・・無理か。個人的にはあのセオラの事は嫌いでないのだが。では、私しかいないな」
カタリナが、ぽつりと口にした。
個人的な感情や興味で、不可能な案を口にするのは止めて貰いたいものだ
「では、一応はカタリナが皇帝候補としておこう。そうなったとしても、ここにいる誰も文句は言わないということで」
アナスタシアが採決をとった。
誰もが言葉にはせず、頷くことで答える。
私は息を吐いた。
テメレール公が、ひとまずそれはよいとして、言葉を繋げてくれる。
「では、誰もが気にかかっている『いかにしてモンゴルに勝つか』であるが、数少ない可能性を拾い集めていこうじゃないか。ずばりケルン派だ」
「教皇が裏切りを止めた理由についてか?」
「その通り」
テメレール公が三つ、弾を机の上に置いた。
三選帝侯にそれが配られる。
奇妙な、椎の実の形をした弾丸であった。
「まずはこれが何であるか、ケルン枢機卿に詳しく説明して貰わねばな。そろそろお呼びしようか」
テメレール公が手を上げる。
彼女の率いる超人の一人、サムライがそれに応じてドアを開けた。
そこには、今回教皇の裏切りを止めた立役者であり――この不思議な弾丸を開発したケルン派の最高位である彼女がおり。
衛兵の持つピストルについて、新型に換えなさいなと忠告しているところであった。
火薬狂いが。
私は静かにため息を吐いた。
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