「ザビーネ卿? その、大丈夫なの?」
「どちらについてをお尋ねですか?」
ザビーネは右腕を包帯でグルグル巻きにしている。
治療はちゃんと受けたようだが――しばらく部下として使い物にはならないと。
そう私に申告をして、代わりにとお土産を持ってきた。
奇妙な椎の実の形をした沢山の弾丸と、沢山のマスケット銃である。
「両方。ザビーネの怪我についてもそうだし、あの弾丸についても」
「ご心配なく」
ザビーネの代わりに、プレティヒャ卿の部下が答えた。
銃の名手らしい。
「ケルン派が試行錯誤を重ねたと聞いています。暴発の可能性は少ないでしょう」
そう、と私は呟いた。
いや、大丈夫なら構わないのだが。
「狙い撃つぜ・・・・・・」
装填が終わったマスケット銃――『らせん』の刻まれたライフリング加工済みのバレル。
ケルン派の枢機卿はこれを『ライフルドマスケット』と呼んでいる。
その銃から、弾丸が今放たれる。
標的は有効射程と告げられた300メートル先、藁で出来た人形。
そこを目がけて――射撃音が鳴った一秒も経たぬ間に、人形の頭蓋が破裂した。
「お見事。流石にプレティヒャ卿は良い部下をお持ちね」
自分の騎士とその配下、両方を褒め称える。
主としての務めだ。
プレティヒャ卿と射撃手は満面の笑みで喜んだが、穏やかに私の言葉を否定した。
「お褒めに預かり光栄です。しかし、これは銃が良いのです。今までのマスケット銃では不可能でした」
「何度か試し撃ちをしましたが、訓練を積んだ兵ならば、この距離で半数は命中します。相手が固まった大群ならば――外れも命中になります」
・・・・・・また凶悪な武器をケルン派は作ったものだ。
「試し撃ちで命中した威力を確認しましたが、藁の人形の木芯は粉々に砕け、そこから鉛が広がり散乱しておりました。これは人体に当たれば『殺せる、あるいは兵士としての行動を不可にする』強烈な武器です」
ケルン派には人の心がないのだろうか。
まあ、強力な武器であることはわかった。
問題は何故コレを、今説明されているであろう姉上――他を含めた三選帝侯と同じタイミングで私が聞いているのかということだが。
「ザビーネ、どういうことかしら?」
「先にお土産と申しました。私が役立てない代わりにとコレを」
どこから手に入れてきたのだ。
まあ謎のケルン派へのコネがあるから、多分枢機卿にでもお願いしたのだろうが。
「ザビーネ卿はこれを第二王女親衛隊の銃兵隊にあてると? 私にも何本かは欲しいのですが」
「100梃ほどは入手した。とりあえず第二王女親衛隊に配備したので、余りはプレティヒャ卿に譲ろう。実地試験も必要だしな・・・・・。戦場での運用をケルン派にフィードバックしなければならない」
「それは有り難い。運用経験はもちろんレポートを出す」
問題は、ザビーネとプレティヒャ卿が、これを必要とした前提の会話をしていることだ。
もちろん必要ではあるし、兵力の増強になると考えれば喜ぶべき事ではあるのだろう。
だから、今回はお土産を持ってきたザビーネを褒め称えるべきなのだが。
そのお土産を持ち帰ってきた際の台詞が気になっている。
「ザビーネ、貴女はしばらく自分が使い物にならないと言ったわね」
「言いました。怪我のせいか、思考能力までいくらか奪われております」
それは仕方ない。
姉上の役に立ったと言うし、名誉の負傷である。
怪我が治るまでは養生すると良い。
「その代わりのお土産という意味は?」
「文字通りの意味です。ライフルドマスケット100梃、ケルン派の作りし椎の実弾。『ミニエー弾』と呼ぶそうですが。これも潤沢な数を用意できました。大砲と『キャニスター弾』は・・・・・・残念ながらタダではやれぬということで、入手できませんでしたが」
「逆に聞くけど、これはタダで貰ってきたの?」
お金どこにあったのよ。
そう尋ねるが。
「今回の稼ぎにて、後払いで支払うつもりです。大砲も手に入れてきます」
「今回の稼ぎ、ザビーネ個人のじゃなくて・・・・・・帝都の商業ギルドに支払って貰うお金よね」
「もちろん」
ザビーネの計画で手に入れた金銭ではあるのだが。
確かにこの私は、今回の帝国までの道中にて沢山の交易品を仕入れてきた。
それを帝都商業ギルドに売り払うことになれば、狂ったような金額の財産を築くことになるだろう。
だが、それは皆のお金だ。
私のお金として使うつもりはない。
ポリドロ領に連れて行く3000人のために、1銅貨までも使い尽くすつもりであるのだ。
そのお金を勝手につかうなんて――と。
一瞬だけ考えて。
「必要経費か」
それを諦めた。
モンゴルとの戦となれば、装備を刷新せねばならぬだろう。
私がポリドロ領に連れて行く3000人の内、何人が戦に参加するかはわからないが、暗に戦力として期待しているという旨の言葉をすでに姉上から貰っている。
戦場には必ず出向くことになるだろう。
それを考えれば――戦力の強化に財産を消費することは仕方ないことだった。
どうしようもない。
私は必要経費を認めようと、ザビーネに許しを与えようとして。
「必要経費です。ランツクネヒトとの戦のために」
「ちょっと待って」
私は言葉を止めた。
なんでそこでランツクネヒトが出てくるんだよ。
国家の兵士(ランツドクネヒト)で、皇帝の直属兵だよ?
レッケンベル卿が集めし、ならず者の集団である。
「え、モンゴルと闘うためじゃなくて、ランツクネヒトと闘うため? なんで?」
「・・・・・・」
プレティヒャ卿が、少し躊躇い気味にこちらを見た。
申し訳なさそうな顔で。
「報告が遅れ誠に申し訳ありません。これは、我々の不備でありまして・・・・・・」
え、何よ。
何か私が知らない話でもあるわけ?
なんでプレティヒャ卿が頭を下げているの。
「まあ、予想の範疇内ではあるのですが。ヴァリ様、帝都の商業ギルドに交易品の全てを買い取らせる件、あまり上手くいっておりません」
「・・・・・・」
お前絶対上手くいくから任せろと言ったじゃないの、ザビーネ。
予想通りって何よ。
何で上手くいっていないのよ。
「ザビーネ、いくつか聞きたいことがあるのだけど」
「最初から話しましょう」
ひらひらと、包帯に包まれていない方の左腕をザビーネが翻した。
丁寧に、私めの首を差し出しましょうといった風情で、自分の胸に手を当てて話をする。
「まずは話を思い出しましょう。さて、これはまずヴァリ様の提案でしたね。地方封建領主に恨まれたくないから、帝都までの騎行において、貰った礼金は全てその領地で使い果たそう。代わりに交易品を適正価格で買い上げよう。大丈夫だ、最終的に帝都で清算するつもりだから――と」
「そうよ、確かにそれは私の案。でも――」
「私は悪い案ではないと考えました。なるほど、確かに、悪い案ではない。この私、ザビーネなどはむしろ感心してそれに応じました。そうしましょうと。そうやるべきですと。だから、ヴァリ様もそれをやった」
そうだ。
色々と逆に地方封建領主の忠誠までも買ってしまって、臣従礼まで誓われてしまったが。
そうだ、ザビーネは賛成した。
「一応聞くけど、上手くいくと思って賛成したのよね?」
「・・・・・・」
ザビーネは小首を傾げた。
それはどういう意味だ!?
「上手くいくと思っていましたし、上手くいかせるつもりです。プレティヒャ卿も、私も、そこにいる射撃手も、ベルリヒンゲン卿も、皆が」
こくり、とプレティヒャ卿と射撃手が頷いた。
満面の笑みで、キラキラとした笑顔を私に向けている。
崇拝の笑みであった。
「大丈夫です。必ず成功させます。ベルリヒンゲン卿の、あの強盗騎士の策ならば、必ずや――」
プレティヒャ卿は本当に狂ったような崇拝の笑みで微笑んでいる。
何を?
その笑みは何を意味しているのかが、私にはわからない。
私は自分の言説を補強する。
「アンハルトから帝都までの道中で、山賊という山賊を駆逐した。私と臣従礼を誓った地方封建領主同士を引き合わせ、これからの協力と交易を誓わせた。交易はこれからどう見繕っても活発化する。帝都の商業ギルドが交易品の買い入れを拒む必要は無いわよね。資源と資材を確保することに何の躊躇いが? どうせすぐに金に換えられるのに? 帝都という巨大な消費商圏を有しているのに、私が持ち込んだ商品の買い取りを嫌がる必要は無い」
「そうですね」
ザビーネは頷いた。
私の言葉に何の問題も無いという風に。
「それに――私には千剣の暴力がある。選帝侯の子女としての立場もある。こんなことは言いたくないけど――買い取りが行われなければ。給金が足りないから、いくつかの傭兵団が帝都の商業ギルドの交易品を狙うかもと。そんな脅し文句だって言える」
「そうですね」
ザビーネは頷いた。
繰り返し、くどいほどに何の問題もないと言いたげに。
「じゃあ何が問題なのよ!?」
私は怒った。
ザビーネは冷たく答えた。
「これでヴァリ様から安く商品を仕入れて、それで高く売ったら儲けになりますよね」
一瞬、ザビーネが何を言っているのかわからずに。
私は首を傾げた。
「はい?」
「ようするにですね、帝都商業ギルドはこう考えているのです。沢山の山賊が駆逐された。これは商売のチャンスだ。沢山の地方領主が商業通行権を認めている。これも商売のチャンスだ。ああ、沢山の交易品を持った売り手まで現れてくれたぞ。これはとんでもない商売のチャンスだと」
ザビーネは語る。
「うん、そうよね」
何が悪いのよ。
そう言いたげに、首を本当に傾げて。
「あとはヴァリエール殿下さえ、ヴァリ様が折れて交易品を安く帝都商業ギルドに売ってくれたら本当に大儲けだと。だから安く買い入れてしまおうと」
「私そんなに舐められてるの!?」
「そんなことはありません。多分選帝侯の誰がやっても――アンハルトがやっても、ヴィレンドルフがやっても、マインツがやっても帝都商業ギルドの対応は変わりませんよ」
ええ・・・・・・どれだけ商業ギルドの態度と面子大きいのよ。
いや、理解できる。
別に平民だからと言って、帝都市民である以上は貴族だって粗略にできないことぐらいは。
下手をすれば、そこらの田舎騎士よりも帝都の名士であることのほうが権力は大きい。
だからといって一応、選帝侯の子女だぞ。
悩んで、悩んで。
絞り出した一言がこれだった。
「これだけ聞かせて。なんでランツクネヒトと私と戦争になるのよ!?」
「ベルリヒンゲン卿が商業ギルドを脅しています。できるだけ高値で買わせるために、そしてヴァリ様が安値で商品を手放したなんて不名誉をかぶせないために。それに対抗して、帝都の商業ギルドがあのならず者の集団(ランツクネヒト)を雇い入れています。できるだけ安値で買い入れるために。そしてヴァリ様に高値で商品を買わされたなんて不名誉を被らないために。ひょっとすれば市街での戦闘になることも十分考えられます」
ザビーネの返事は冷酷だった。
私は呟いた。
「ええ・・・・・・」
いや、名誉はわかるが。
それを潰されたことによる不利益もわかるが。
最初から適正価格で取り引きしようよ、争いなんて必要ないよと。
私は口走ろうとして、プレティヒャ卿とその部下の手前、それを止めるのだった。
私は止めたが。
「まずは初めとして。ベルリヒンゲン卿は市民の風評を確保するべきであることを提案し、新聞社に放火することを計画しています」
ザビーネの一言で。
私はベルリヒンゲン卿の部屋へと足を向けることにした。
怒鳴り込みであった。
書籍版3巻まで発売中です。
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2023/11/25予定です。
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