扉を叩き、私と臣従礼(オマージュ)を交わした騎士の名を叫ぶ。
アメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿。
世に名高い、帝国史上最悪の強盗騎士である。
「アメリア!? アメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿はこちらにいる?」
「おりますとも。ヴァリエール殿下。ここは私の部屋ですので」
扉を開き、叫ぶと同時に返事が為される。
まるで、もうすぐこちらに来るだろうと予想をしていたかのように。
「用向きは分かっているわね」
「舐め腐った帝都商業ギルドに『わからせる』件についてでしょう。そろそろこちらにいらっしゃる頃だと思っていました」
ベルリヒンゲン卿は一切の余談を交えずに、直接的に用向きについて返事を為した。
ならば、話は早い。
「新聞社に放火をする件についてだけど、今すぐ止めて――」
「皇帝からの罰はありませんよ?」
新聞社に放火する、その行為を咎めようとして。
何か気になる台詞をアメリアは為した。
「今、何と?」
「喩え帝都の新聞社に放火しようが、この帝都ウィンドボナの領主たる皇帝は罰令権(バン)を行使しないということです。皇帝がそうしない理由は想像できますか?」
「えーと」
何か、話をはぐらかされた気がするが。
確かに、皇帝が領主裁判権である罰令権を行使せず、新聞社への放火を取り締まらないのは何故かという発言は気になる。
なれば、質問に答えよう。
「皇帝の領主裁判権が――罰令権が帝都全体に及んでいなくて、皇帝が守るべき中に新聞社は含まれていないから? 帝都といえども、皇帝に全ての権限が集中しているわけではなく、帝都の中にも領主はいて、権限は分散している」
「半分だけ正解です」
アメリアは答えた。
「なるほど、たとえば帝都にも大別すれば四つの領主がいて、皇帝、市民参事会、修道院、帝国の都市貴族など4つの領主がおります。確かに新聞社はそのうち市民参事会。さらに詳しく言えば帝都商業ギルドの支配する市民の区分です。だから、ヴァリエール殿下の見解は合致しております」
レクチャーでもするように、極めて単純に。
「ようするに、新聞社は市民参事会の庇護民であって、皇帝陛下の庇護民ではありません。新聞社を守る理由はありませんね。ですが、帝都への放火となると強烈な内部秩序違反であり、それは問題です。皇帝とて首を突っ込んでくるでしょう。本来ならばね」
簡略化して――微笑みながらに呟いた。
物覚えの良い生徒に対し、褒める代わりに与えるような笑顔であった。
「まあ、そりゃ表向きには皇帝が支配する帝都を燃やしているわけだしね。で、突っ込んでこない理由だけど、半分だけ正解? 残り半分は何が理由?」
私はうーん、と悩んだ。
悩んで、悩んで。
考えついた答えを口にする。
「新聞社への放火ならばよくあることで、皇帝が気にするほどではないから? 大分性質の悪い新聞社だって聞くけど」
「不正解です、ヴァリエール殿下」
アメリアは首を横に振った。
「なるほど、私が燃やそうとしている新聞社は文字を書くことこそ出来れど、自分の意思を持たぬ憐れな作家の小さなコミューンです。何か自分の意思によって書きたいことを書いているわけではなく、ヴァリ様を人肉喰らいの非道で残虐な、まるで山賊の血を飲み干すことを好む血妖精と書いたところで――」
そこまでアメリアは言い切ったところで。
ふと、ぞっとしたような顔つきをした。
何か、とんでもない憎しみを抱いた表情であった。
私の視線に気づいたようにして、アメリアは微笑む。
「・・・・・『最初は』殺しまではしません。多少痛い目にあってもらうだけです」
「・・・・・・」
私にはアメリアが何を考えているか、よくわからない。
いや、アメリアから忠誠を勝ち取ったのはわかっているし、彼女が豪快悪辣な強盗騎士であることはわかっている。
だが、私が悪口を書かれたことは、そこまで怒りを買うような事件であっただろうか?
「アメリア。ともあれ新聞社への放火を止めて――」
「それはヴァリエール殿下が、私の愛しい主人が答えを導き出してからです。何故、皇帝が今回口を出す気が無いのか――残りの半分を言い当ててください」
さあ、手を開く仕草で促されて、私は考える。
そして、結論を見いだした。
「皇帝が市民参事会を憎んでいるから?」
「百点満点です。お見事」
正解であったようだ。
「・・・・・・皇帝はかつて物知らぬ5歳児の頃に、親族に反乱を起こされ。その反乱側についた市民参事会によって王宮に閉じ込められたことがある。ウィンドボナにおける王宮の一室に幽閉されていた間、食事はパン切れ一つしか与えられず、同じく幽閉された父親は幼き皇帝に全てを与え、そのまま餓死をした。その憎しみは彼女を今でも乾かしている」
考える。
考えて。
「父親を餓死させた市民参事会が、商業ギルドの役員やその庇護民がいくら死のうと、皇帝は知ったことじゃないと」
「その通りですよ。私のヴァリエール殿下」
「・・・・・・うーん」
皇帝が、いくら市民参事会が酷い目に遭おうが知ったことじゃないというのは理解できた。
できたが。
いくら皇帝が取り締まらないとはいえ、放火はやりすぎである。
「でも、放火はちょっと――」
「ヴァリエール殿下、正直なところを申し上げますと、殿下は市民参事会に舐められております。あの商人どもは、選帝侯の子女にしてマインツ選帝侯を撃ち破りし貴女のことを、押せば押すだけ引く人間だと思っている」
「・・・・・・」
なんで私そこまで舐められてるんだろうか?
私の力だけではないとは言え、それなりに道中頑張ってきたつもりなのだが。
疑問に思うが、先にアメリアが口にする。
「・・・・・・悔しいことに、私でも状況を理解していれば、情報をしっかりと入手していれば、殿下のことを同じように舐めるでしょう。貴女の性格がどれだけ甘いかだけは、アンハルトで知られているように、帝都の市民参事会も把握している。ならば、殿下が運んできた交易品をどこまで安く買い取れるかを考える」
アメリアまで。
だが、自分の性格が甘いことはわかっている。
とはいえ――それを暴力でもって否定しなければならないのだろうか?
新聞社を放火するほどのことか?
交渉の余地はないのか?
「ですがヴァリエール殿下。何もあなたの性格が甘いことだけが原因ではありません。あの市民参事会の連中は、商業ギルドの連中は、とどのつまり貴女だけでなく、強盗騎士である私も、貴女が率いる落ち穂どもも含めて、どうしようもなく『帝都の城壁外から来たよそ者』、つまり田舎者と馬鹿にしているのです。ああ、そう、単純に――」
アメリアが、口惜しそうに、それでいて――
何かをどうしようもなく笑うかのようにして、鼻で笑った。
「奴らは想像力が足りていないのです。まさか、帝都であんなことはしないだろう。帝都でこんなことはしないだろう。帝都の城壁内で、そんなことができるものかと考えている。ヴァリエール殿下はどうにかして、交易品を金に換えなければならない。そして、買い手は商業ギルドしかいないのだからと、殿下に愚かな譲歩を要求している。なれば、もはや私たちが生半可な者達ではないことを証明するしかない。それが交渉です」
アメリアが、後ろを向いた。
窓の外から遠くを見れば時刻を告げる大きな鐘があり、その音が聞こえる。
「ところでヴァリエール殿下」
ふと、アメリアがずっと気になっていたという風に口を開く。
「ザビーネ卿は、やることなすこと、こうやって殿下にいつも報告するのですか? 私は事後報告で良いとばかり思っていました」
「いや、ザビーネも大概なんだけどね。事後報告の時もあるけど、いや、どうかな。大体は事後報告かな・・・・・・」
私は悩む。
ザビーネも独断専行の気がある。
私のためになるならば、もう何をやってもよいとか、そういうことを考えている節があるのだ。
そして、気づかなければ事後報告でいいやと思っている。
私は本当に彼女の主君なのだろうか。
「承知しました。事後報告では駄目なのですね。何分、宮仕えは初めてなのでお許しを・・・・・・」
時刻を告げる鐘が鳴る。
都市を火災から守る夜警がそろそろ動き出す時間であった。
アメリアは騎士として跪き、臣従礼のような姿で私に許しを請うた。
「まさか」
「一刻前に、すでに新聞社への放火指示を出しました。今頃、夜警が働き出す前に実行に移すところでしょう。罰は全てが終わった後に受けます」
一足遅かった。
私は呻くと共に、もうどうしようもなさそうだからと。
アメリアの行動を、仕方なく追認した。
責任をとれる人物だけは、どこを探しても私しかいないのだから。
説明回です。次話から急にヤクザ映画になります。
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