馬車が市街を走っている。
中にはマスケット銃を握りしめたものが六名、その全員が火薬や油などを腰にぶら下げている。
私はこの実行班のリーダーで、他の四名は元々の配下である。
残り一名は、なんと第二王女親衛隊の者であった。
もちろん、たった6人ぽっちで殴り込みを行うのではなく、現場には他の配下も配置している。
第二王女親衛隊の騎士――カルマ卿が口を開いた。
「諸君! ヴァリエール様のためによくぞ参加してくれた!!」
ぱっ、と全員が彼女を見た。
ふんす、と鼻息は荒く、カルマ卿が胸を張る。
「本来、栄誉ある使命が与えられたお前たちには、殿下から直々にお言葉をくだされるところである。しかし、そこはベルリヒンゲン卿が止めた。何もなさぬ内にヴァリエール殿下にお会いするのは恐れ多かろうと、何かを成した後なればこそお前達も胸を張ってお会いできるだろうと心配りをしたのだ!! 不満あれば聞こう。ないのであれば、ありませぬと答えよ!!」
「「ありませぬ!!」」
唱和が起きた。
意思の確認などする必要は無い。
ベルリヒンゲン卿の言葉は我らの望みに沿ったものであり、どうせならば作戦を叶え、功績を手に胸を張って殿下にお目通りしたいところであるのだ。
何の問題も無い。
カルマ卿は、私に顔を向けて叫ぶ。
「ローダリ殿、貴殿はプレティヒャ卿の友人と聞いたが!」
「そのとおりであります。尤も、今では随分と立場に差が付いてしまいましたが」
私は苦笑しながら応じる。
私はプレティヒャの――ヴァリエール殿下の忠実なる騎士、プレティヒャ卿の友人であり、残念ながら『ヴァリエール殿下の騎行』の最中では。
――騎士受任に授かれなかった、イマイチ勘働きの足らぬ粗忽者である。
あるが、これでも一端の傭兵団の団長であるのだ。
マインツめの戦争でも報酬は大金貨を頂くほどであったし、ポリドロ領への移民にも参加するつもりである。
あるが、どうせなら――
「恥じることはない。マインツ選帝侯との戦でも、騎士受任にこそ至らなかったが活躍はしたと聞いている。何より、帝都に到着してもプレティヒャ卿に何度も嘆願したと聞く」
そうだ。
カルマ卿の言うとおりである。
私は帝都に到着しても、ヴァリエール殿下のお役に立てることはないか。
何か目に留まる方法はないか。
下心はもちろんある。
ヴァリエール殿下の覚えめでたきとあれば、移民後における先行きも違うだろう。
だが、それ以上にあの御方の役に立ちたい。
だからプレティヒャの奴めを何度も何度も訪ねては、報酬を取り崩して銀貨なども握らせさえして頼んだのだ。
「実に頼もしい」
その成果はついに実った。
なんと、帝都においてあのにっくき新聞社めの焼き討ちを殿下は決意されたという。
私は気にしていないが、配下は気にするであろう、と。
その全く配下に優しく慈悲深い心により決断をされたらしい。
あの地母神がごとき殿下を残虐無慈悲の権化であり、山賊の血を啜りて世に覇を唱えんとする悪逆非道の血妖精であるなどと、その名声を貶めた奴らめを葬れるというのだ。
「参加された各々方の意気やよし! なれど意味も無い殺害は今回禁じられている。腕の二・三本ならむしろ折って良いが!!」
ああ、殺すなと言われていたか。
だが、もうなんか腕を折るつもりで首を折ってしまって、うっかり殺してしまったら「そういうこともあるわよね」でヴァリエール殿下も許してくださるだろう。
なにせ山賊の一人すら見逃さず、全員を地獄に落として血の絨毯を歩いた殿下であるのだし。
「まあ、自分の命を守るためならば当然無理を言わぬ! ともあれ、今回ベルリヒンゲン卿が目指す目標は殺害よりも、新聞社の焼き討ち! そして印刷機の収奪である! 特に後者を優先してほしいとのことだ」
目的はわきまえている。
だが、はて、印刷機の略奪?
ベルリヒンゲン卿は何をしたいのであろうとも考えるが、さて、如何に帝国史上最悪の強盗騎士といえどもヴァリエール殿下の掌の上にいる人物であるのだ。
何を考えているかなど、殿下にはお見通しであるだろうから、今回の行為も問題なかろう。
印刷機の収奪についても何か殿下にお考えがあってのことだろう。
さて。
余計な考えは止めて作戦に集中するかというところで、声がかかった。
「それはそうと、やはり騎士身分よ。ローダリ『卿』。今回が成功すればそうなる予定だ」
耳元に、とんでもない言葉が入る。
第二王女親衛隊の彼女――カルマ卿の言葉であった。
「き、騎士ですか?」
「そうだよ。ローダリ卿だって思い描かなかったわけじゃあるまい」
「いえ、しかし、新聞社を襲う程度の事で『騎士』になれると夢見てるわけでもありませんよ……」
夢見てはいる。
夢見てはいるが、さすがに、その、受勲はないだろうなと思っていた。
私としては、移民の際に少しヴァリエール殿下へ口利きできる立場に成れればいいわけで。
「そうは言っても、ローダリ卿。このカルマも騎士じゃけえ、格好つけなあならん」
何故か、唐突にカルマ卿は物凄い癖のある方言になりながら喋る。
アンハルト地方特有のものだろうか。
「配下の前で格好つけなあならんのじゃけえ。そう思って、ローダリ卿も今回の襲撃に参加したんじゃろう? なかなかできることじゃあないて。帝都の市民参事会に逆らって、新聞社に火をつけて印刷機を奪うって。そがあなこと、そう決意できることじゃあなかとよ」
「そ、そうでしょうか」
確かに冷静に考えれば凄いことをやろうとしている。
田舎の農村を襲って、金払いの悪い村長の家を火付けして手を叩いて喜ぶのとは違うのだ。
プレティヒャ卿と一緒にやったことはあるが、確かにあの時とは桁が違う。
「実行者は間違いなく命(タマ)狙われるけん、注意しときや」
「それはカルマ卿も同じなのでは」
「だからこそ私も志願したんじゃけえ。今の腕折れたザビーネに任せるわけにはいけんからの」
いや、なにもかもヴァリ様のためよ。
決してザビーネのためだけではない。
そう言い捨てて、カルマ卿は呟く。
「なあ、ローダリ卿が格好つけようとしてるんじゃけえ、そりゃあ私も格好つけなならん。今回の襲撃が成功したら、ローダリ卿の騎士受勲をヴァリ様に嘆願したるわ」
「いえ、しかし……」
「不満あるか?」
カルマ卿が、まさか断らないよなという目で尋ねた。
断れない。
夢見てはいるのだから。
なにより、なにより。
馬車にいる四名の配下が、私をキラキラとした目でみている。
私が騎士になれば、彼女達にも少しは良い目をみさせてやれるだろう。
「なあ、騎士になればええて。騎士としてアンハルトに務めて、金貯めて、子供作って、老後は配下連れてポリドロ領に移民よ。第二王女親衛隊は皆そうしよう言うとる。溜めた金で暮らしても良いし、溜めた金で畑を買って耕せばよいだけの話よ。開拓して売った方も喜ぶ。買った方も喜ぶ。税金さえキッチリ納めればポリドロ卿とて文句は言わん。誰も損なしじゃけえ……」
「嗚呼……」
それは理想だ。
騎士になる夢も叶って、ポリドロ領への移民も叶う。
ヴァリエール殿下に、そのまま死ぬまでお仕えすることが出来るのだ。
私のうらぶれて薄汚れた悲惨な人生に、こんなに幸せなことがあってよいのだろうかとさえ思う。
「ま、考えとけ。そろそろ目的地も近いな」
カルマ卿が、目的への到着を口走る。
帝都の地図はバッチリ頭にたたき込んでいる。
何があっても、全員が夜警から逃げ切れるはずだ。
「相手は所詮、ぬくぬく肥え太った市民の売文屋だ! 理解らせてやれ!!」
「おう!!」
馬車が、新聞社の目の前に辿り着いた。
マスケットの火縄に火を付け、すぐに全員が飛び出していく。
閉じられた扉、そこに全員が発砲した。
大口径の鉛玉六発が浴びせられ、扉が壊れ落ちる。
それを踏み越えて、私は躍り出た。
これはヴァリエール殿下の名を知らしめる行為であるのだから、名乗りこそ大事だ。
「やぁやぁ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!! 我こそは英明なるヴァリエール・フォン・アンハルト殿下の使いである。貴様ら売文屋が――」
「つまりケルン派か!」
話を遮られた。
売文屋どもは手に棍棒を握りしめて、肥え太った市民にしてはギラギラと輝いた目をしている。
扉を粉々に粉砕してやったと言うのに、ずいぶん対応が早いものだ。
「確かに殿下はケルン派ではあるが――今回は宗教とは関係ない」
「要するに、我が新聞社のライバル誌である『新世紀贖罪主伝説』からの手先というわけだな!」
え、何それ。
私は学がないので文字が読めぬから何とも言えぬが、多分違うと思うぞ。
そう言おうと思ったが。
「我が帝都新聞社との競争に耐えかねて、愚かしくも人類の知恵を綴る根源たる活版印刷機を奪うと言う下種な行為に及んだということであろうが、そうはさせん! 我ら市民が暴力に疎いなどと思うな! 知恵の結晶たる新聞を刷り、人の不平不満を満たす爽快な新聞作りを心掛けるわが社にとっては喧嘩、殺人、決闘、復讐、よくあることだ!! 暴力には暴力を以て答えるのみだ!!」
全然話を聞いていないな、コイツ。
だが、帝都市民だからと舐めていたのは事実である。
まさか武装して立ち向かってくるとは思わなかった。
いや――ここで話し合っている場合ではない。
なんとか相手を打ちのめしてしまわなければ。
だが、しかしだ。
私たちがどこからやってきたかは明確にせねば、今回の襲撃の意味がなくなってしまう。
「違う! 我々はケルン派からの使者ではなく、偉大なるヴァリエール殿下からの刺客であるのだ!」
「なんだと! まさか、何か? まさかマインツ選帝侯を打ち破りしヴァリエール殿下の英雄譚を書いたことに不満でもあるのか! あれの何が不満なのだ!?」
ええ、こいつらアレが普通だと思っていて悪いと全然思っていないのか。
偉大なるヴァリエール殿下の名声を穢したのだぞ!
駄目だ、こいつら話が通じそうにないぞ。
――責任者がいてよかった。
視線を、第二王女親衛隊の騎士たるカルマ卿に向ける。
彼女は頷き、話し相手を代わった。
「貴様らがどんなつもりであの新聞を書いたかなどどうでもよいわ! ヴァリエール殿があの鳩は黒いと言えば黒くなり、白いと言えば白くなる。死ねといえばお前らは死ぬべきなのだ!! 聖女ヴァリエール殿下の英雄譚は新世紀贖罪主伝説の方に掲載されることになる。貴様らは大人しく印刷機を渡せ!!」
「やっぱりケルン派からの刺客じゃないか!!」
「やかましい!! ローダリ殿、配下を集めよ!!」
え、私が知らないだけで、これヴァリエール殿下からの命令ではないのか!?
これ相手が言っていることの方が、まさか正しいのでは!?
そうとすら疑ったが、ここまで話が混乱しては仕方ないし――引きどきもない。
私の騎士受勲もかかっている。
そうだ、躊躇いなどない!
「者ども、皆集まれ! 印刷機を奪うのだ!!」
私は絶叫を挙げて、配下を呼び集める。
十数名の配下が壊れた扉から踏み入り、マスケット銃をこん棒のように振り回し始める。
「何人かついでに攫っていけ! 身代金ぐらいはとれるだろう!!」
「おのれ! ケルン派の手先めが!! 者ども、最後まで抵抗せよ!!」
売文屋どもが右往左往もせず、固まって印刷機のところに集まり、抗う。
そうして、血のにじむような最後のセリフを吐いた。
「ケルン派の――宗教ごときが作り上げた紛い物の雑誌たる『新世紀贖罪主伝説』だけには負けるわけにはいかんのだ! 今後も過激な記事を書くぞ!!」
数分後。
勝つには勝った。
こちらの数人は棍棒で殴られて骨折をして、中には頭に一撃を食らってうずくまっている者もいる。
その応報として、売文屋の連中は血みどろにしてやった。
結局、血みどろの編集長を引きずり人質とし、また印刷機も奪い、新聞社は焼き払ったが。
はて、これは成功と言えるのかどうか。
『これは騎士受勲ものの成果だぞ!』と言いながら私の肩を叩くカルマ卿を見ながら、本当にこれでいいのかと思い悩む私であった。
最初書いたら「仁義なき戦い」の台詞の丸写しになったので止めました。
ヤクザものとしては中途半端になりつつ話を進めます。
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それでは失礼します