貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第23話 ザビーネの口説き

安酒場。

王都にある、貧民街に近い安酒場に今、ファウスト・フォン・ポリドロは居た。

 

「ふむ」

 

椅子に座りながら、自分の木製コップに注がれたエールを眺める。

先日、今回のカロリーヌ討伐の功績として、第二王女親衛隊の昇位式典が行われた。

ザビーネは二階位昇位、他の親衛隊員は一階位昇位することとなった。

この安酒場での集いは、それを祝うものではない。

亡くなった親衛隊員、ハンナのための集いであった。

私はその席に呼ばれていた。

 

「杯が、15個揃わないと寂しいのだ。どうにも寂しいのだ。ヴァリエール様を安酒場に誘うわけにもいかぬ。領地への帰り支度で忙しい中、誠に申し訳ないが、ハンナの死の追悼と思い、来てくれないか」

 

そうして、昇位式典の帰りにザビーネに声を掛けられた。

断る理由は無かった。

こっちは第二王女相談役として、ハンナの葬儀に参加した立場でもある事だし。

……ハンナは、親衛隊の役目を務めた。

今回のヴァリエール様初陣で、その務めを果たした紛れもない英傑であった。

 

「諸君、我らの同胞であるハンナは逝った。ヴァリエール様の盾となって。その身代わりとなって」

 

ザビーネが、テーブルの上に靴を脱いで立ち上がり、演説を開始する。

酒場から文句は出ない。

この安酒場は、今日は親衛隊の貸しきりだ。

酒樽一つ、15名全員の財布の中身を持ち寄って。買取られた。

王家から謝罪金も出る事だし、ここの支払いは私が持とうかと言ったが、これは親衛隊の習わしらしい。

ハンナも今までそうしていたから――今回も是非、そうしたい。

そうまで言われては、言えることは何もない。

 

「なんと羨ましい死に方だろうな。その死に方を決して……」

 

ザビーネが、演説を途中で止める。

泣いていた。

ザビーネは、あの危険人物は泣いていた。

私の見込み違いだったのであろうか。

あの危険人物は、人としての情を解する者であったようだ。

 

「決して、忘れないぞ」

 

ザビーネは、途中で演説の台詞を変えようと判断したらしい。

それがあからさまではありながら、全員――ザビーネを除いた親衛隊13名と、私ことファウストは黙って拝聴する。

 

「決して忘れる物か。あの侍童の着替えを全員で覗き見しに行き、結果失敗し、ヴァリエール様に怒られ。私の脛をさんざん蹴っ飛ばしながら、お前のせいでヴァリエール様に怒られたじゃんと怒りをぶつけてきたハンナを。アレは痛かった。凄く痛かったぞ。お前だって同意したじゃん」

 

何やってんだ、第二王女親衛隊。

 

「猥談に興味を一番強く示し、私が男体の仕組みを詳しく話す度に、続きは、続きは、という目で急かしてきたハンナの事を。アイツは猥談が本当に好きな奴だった。我らの中で一番ドスケベだった」

 

本当に何やってんだか、第二王女親衛隊。

 

「忘れないぞ。アイツ、今頃ヴァルハラで名誉ある戦死を遂げたとエインヘリャルとしてワルキューレに呼ばれている頃であろうよ。だが、我々は忘れないぞ。アイツが、私達と同じく、どうしようもない愚か者。周囲に、法衣貴族に嘲笑われる一名であった事を。死ぬまで忘れてやらないぞ」

 

第二王女親衛隊長。

ザビーネ殿は、泣きながら演説していた。

 

「いいか、我らもいつ死ぬかなど判らん。我ら第二王女親衛隊はこれからもヴァリエール様のために働くのだ。死ねと言われれば死にに行き、生きろと言われれば何としても生きるのだ」

 

ザビーネ殿は、ただひたすらに泣いていた。

涙をそのままにして、演説を続ける。

世間では、今回の立役者。

民兵を鼓舞し、志願者を集め、ヴァリエール様の初陣を勝利させた英傑詩の主人公として扱われてるのにな。

本人にとっては、それはもはや苦痛の栄光でしかないだろうが。

一生、忘れられないであろうな。

ザビーネの評価を、見直す事にする。

以前にヘルガに愚痴った言葉を撤回することにしよう。

もはや、ザビーネは嫌いになれるような相手ではない。

 

「ヴァリエール様に了解も取らず、勝手に死んでんじゃねえよ、馬鹿野郎が」

 

最後は、演説ですらなかった。

吐き捨てる様な、それでいて最高の親愛を込めた言葉であった。

 

「もういい! つまらぬ演説は終わりだ! ハンナの、今後のヴァルハラでの巨人相手の闘いに栄光あれ! 献杯!」

「献杯!」

 

ザビーネの演説が終わるとともに。

私を含めた、残り14名の「献杯!」の言葉が空に踊った。

私はハンナという人物の事を良く知らない。

ただヴァリエール第二王女殿下を身を挺して守った、立派に務めを果たした女であるという知識のみだ。

だが、その人生は、おそらく第二王女親衛隊として生きた中は、少なくとも幸せだったのであろう。

そう感じる。

私は、エールを勢いよく飲み干す前に。

 

「ザビーネ殿」

「ああ、ポリドロ卿。今日は本当に来てくれて有難う」

 

ザビーネとお互いの杯、木のコップを重ね合わせる。

 

「あまり、楽しい席では無いだろう。無理を言った。今日は本当に来てくれて有難う」

「いえ、私もハンナ殿の葬儀に参加した立場ですので」

 

いい女だった。

惜しいな。

生きていれば、嫁に欲しかった。

もはや叶わぬ願いであるし、ヴァリエール様の身代わりとなって死んでいなければ、こう思う事も無かったであろうが。

さて。

今回、実は従士長であるヘルガから「第二王女親衛隊で一番いい女見繕ってきてください。ザビーネ様とか私はイチオシです」と後押しされて来たわけであるが。

完全に、そんな雰囲気ではないぞ。

そして、私自身もそんな気分にならん。

今日はハンナ殿の追悼だ。

それでよい。

私の嫁探しは、今年は諦めることにしよう。

 

「こちらに座っても」

「どうぞ」

 

ザビーネが向かいの席に座る。

第二王女親衛隊は各々、ハンナについての昔話を語っている。

……ザビーネは混ざらなくてもよいのだろうか。

 

「ザビーネ殿、私は一人でも大丈夫だ。私の相手などせず、他の親衛隊と一緒にハンナ殿の話をしてきても……」

「アイツ等とはいつでも喋れる」

 

ザビーネは自分の杯のエールを一口あおり、ぷは、と息を吐いた後に、こちらを向く。

 

「ポリドロ卿はもう領地に帰ってしまうのであろう?」

「そうだな、領地に帰る」

 

軍役は果たした。

ヴァリエール様の初陣も立派に果たした。

領地の保護契約の義務も、第二王女相談役としての役目も、完全に終えているのだ。

もはや、王都に用は無い。

領民達も、家族が待っている。

さっさと帰って、領地の殖産活動に励まねばならぬ。

我が領地はお世辞にも裕福ではないが、今回王家からボーセル家の代わりに支払われる褒賞金により、今後10年は潤う事になる。

その間に減税政策を敷き、領民を働かせ、畑を少しでも広げるのだ。

一面が美しい黄金色に染まる麦畑が、目に浮かぶようである。

 

「一つ聞きたい。カロリーヌの子、マルティナを助命したのは何故か」

「……不服か?」

「いや、ハンナの仇は、ヴァリエール様がその場で仇を討ち取った時点で終わっている。不服等は無い」

 

ザビーネが質問をし、私の言葉に対して首を振る。

今回の初陣を最悪の展開に陥れた原因、カロリーヌの娘を何故救うのか。

それが気に食わなかったのかと考えたが、そうではないらしい。

確かに、仇討ちはヴァリエール様がその手を自ら下した時点で終わっている。

 

「私が聞きたいのは、ポリドロ卿の誉れに関してだ。どーしても判らん。理解できんのだ。今回、ポリドロ卿に何の得があった。むしろ王家に借りを一つ作ったのではないか」

「……」

 

沈黙で返す。

やはり、ザビーネは馬鹿なようで賢い。

まあ、何の教養も無い、愚かな演説家などそうはいないか。

コイツ、何故家から放逐され第二王女親衛隊に入ったのだろう。

今、冷静にこうやって会話すると、とても頭が悪い女には見えないのだが。

やはり性格が鬼畜すぎたからか?

もはや、その印象は薄いが。

彼女もこの初陣で成長したという事であろうか。

 

「……答えてはくれないのか」

「いや、答えよう」

 

私の沈黙を、黙秘とザビーネは見做したようだが。

正直に答えよう。

どうせ、酒の席だ。

正直に答えても、私が何の損をするわけでもない。

 

「……親の罪を幼き子が背負う世の中は、例え青い血でもおかしいとは思わないか」

「……」

 

結局はそれだけ。

マルティナが幼い子供でさえなければ、私はその首を、むしろ騎士の情けとして刎ねたであろうが。

この母親から騎士教育を受けた青い血の誉れと、前世の日本人的道徳感が悪魔合体した、それが出した答えは。

その誉れの結論が出したのは、それだけ。

 

「それがどうしても気に食わなかった。それだけだ」

「それだけか」

「それだけさ」

 

ザビーネはきょとん、とした瞳で呟く。

 

「やはり、ポリドロ卿は奇妙な男だ」

「自分でもそう思う」

 

この世界で狂っているのは自分の方だ。

その常識は抱いている。

だが、その純粋な青い血の世界ではどうしても生きられぬ。

何、それなりに折り合いをつけて生きていけるさ。

私はそう気軽に考える。

 

「だが、嫌いではない。案外、気が合うのかもしれないな、私達は」

「口説いているのかね?」

 

ザビーネの言葉に、からかうように返す。

まるで口説き文句のようであったから。

 

「そうだと言ったら?」

「……」

 

私は硬直する。

まさか、本気で口説いているのか私を。

この世界――少なくともアンハルト王国では。

筋骨隆々で背の高い私など、女性の好みの主流からは外れているはずなのだが。

まさか。

 

「私の財産が目当てかね。言っておくが、手に入る立場は人口300名足らずの小さな村の小さな領主騎士だぞ」

「それは一代騎士からやっと2階位昇位したばかりである私には目を眩ませるほどの立場だがね。今回はそうではない。純粋にポリドロ卿が好みだと言っている」

 

マジか、コイツ。

私は思わぬ返答に固まる。

ヘルガよ、我が従士長ヘルガよ。

何か私、お前のイチオシを口説くどころか、逆に口説かれてるみたいだぞ。

口説かれるのは初めてではないがな。

アスターテ公爵からは、それこそ毎日のように口説かれていた。

ただし、愛人枠としてだがね。

そうそう、アスターテ公といえば、今回の件だ。

あの女、予測するにマルティナを、私に首を刎ねさせるように嘆願させるべく思考誘導しやがった。

土下座したのは自分の責任だが、私が助命嘆願することも予測していたであろう。

マルティナを助命させたかったにしても、あまりにやり方が汚すぎる。

よくもヴィレンドルフ戦役からの付き合いである私を嵌めてくれたな。

私は血も汗も絡み合わせた、戦友だと思ってたのに。

この屈辱は忘れん。

だが、あの爆乳は惜しくもあるが。

それは前世感覚をもった男であるがゆえ、致し方なし。

まあいい、今はそれは忘れよう。

 

「ポリドロ卿は……私のような女は好みではないかな」

「……」

 

そもそも私は、肉付きの良い女だったら誰でも好みです。

オッパイ星人なのです。

ザビーネのように、服の造形からもわかる形のいいロケットオッパイの持ち主なら超好みです。

この世界、顔面偏差値無駄に高い女しかいないし、もうオッパイ大きけりゃ誰でもオールオーケー。

そう正直に呟きたくなるが、この世界ならドン引きされるであろう。

完全な淫売としか、とらえられぬ。

それに、まあ立場がある。

領主貴族の嫁として、私の代わりに軍役を果たしてくれるレベルの人材である必要が最低限ある。

あれ、今のザビーネなら悪くない?

ヘルガにもオススメされてるし。

悩みながらも、適当に言葉を濁す。

 

「嫌いではありません」

「よかった。心の底から嬉しいよ、ポリドロ卿」

 

何なのだこれは。

どういう状況なのだ、これは。

何故私は、あの一度は鬼畜チンパンジーと看做したザビーネに口説かれている。

そして私は何故、その口説きに心惹かれている。

教えてくれ、誰か。

私はどう答えたらいいのだ。

私はどうしたらいいのか。

童貞に、この場での適切な所作を求められても困るぞ。

 

「ポリドロ卿。私は最愛の友人であるハンナを失ってしまった。だが、第二王女相談役としての、貴方と縁を持った。これはハンナが取り持ってくれた縁なのかもしれない。第二王女親衛隊隊長として、そしてザビーネ個人としても、これからもよろしく頼む。願わくば、女と男として親しい関係もな」

「え、ええ。こちらこそ。これからもよろしく」

 

ザビーネと私は握手をする。

その手は、剣ダコと槍ダコでお互いゴツゴツとしていたが、不思議とザビーネの手は柔らかい感じがした。

駄目だ。

私はザビーネに心を、少し囚われ始めている。

普段全くモテないからだ。

そうなのだ、きっと。

或いは、アスターテ公に手酷い裏切りを受けて心が傷ついたばかりだからか。

あの爆乳は裏切ったのだ。

私は懊悩しながらも、ザビーネの口説き文句に、そして服の造形からはっきりと判るロケットオッパイに心を惹かれ。

金属製の貞操帯の下で、股間をふっくらと膨らませた。

心の中で、静かにいつもの祝詞を呟く。

股間の痛みを取り除くための、嘆願の祝詞。

チンコ痛いねん。

 

 

 

 

 

 

第一章 完


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