貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第230話 さあ、話はこれからだ

 

「誰が活版印刷機を奪い、人質を攫ってこいとまで言った!!」

 

 ヴァリエール殿下の怒号は部屋に響いた。

 もちろん、それを為したローダリ殿、いや、ローダリ卿への騎士受勲を行い。

 今回の実行犯である一人一人に労いの声を掛け、彼女たちの忠誠心を極限まで引き上げた後のことであるが。

 彼女たちが去った瞬間、殿下は激怒された。

 

「ヴァリ様、コレは必要なことなのです!」

「どこが必要と言えるのか? 嗚呼、仮に必要だとしましょうよ!!」

 

 殿下は右腕を振るい、演説でもしているかのように大仰に振る舞う。

 お怒りはまあごもっともなのだが。

 

「ケルン派からの襲撃と勘違いされたままならば、目的と逸脱しているでしょう!!」

「それは――確かに予期せぬ展開になっておりますが、新聞社側の勘違いという物で」

 

 殿下が叫ぶ。

 確かに、そちらに関しては我々の落ち度であった。

 このベルリヒンゲンには落ち度があった。

 それは申し訳ないと思うが――活版印刷機の収奪と、人質を見繕うことに拘ったのは別人。

 ザビーネ卿である。

 そちらに視線をやるが、へっ、と笑って口を閉じた。

 おのれ、この苦境を一人で片付けろと申すか。

 殿下に怒られるのはご褒美の面もあるが、そもそもこちらは事情を知らぬ。

 水を向けてやろう。

 

「ザビーネ卿、お伺いする。印刷機の収奪と――人質を捕らえたのは何のためか?」

「ザビーネも関わっているの?」

 

 殿下の怒りが、ザビーネ卿へと向かった。

 さて、何とするつもりか。

 

「ケルン派からの収奪と勘違いされたのは問題ですが、まあどうとでもなります。活版印刷機さえあればね」

「……それを使って何をするつもり?」

「市民参事会の非道を訴えます」

 

 パチン、とザビーネ卿が折れていない方の腕で指を鳴らした。

 

「……非道? どんな内容を? ケルン派の活版印刷機を使うんじゃだめなの?」

「いっぱいあるんですよ。市民参事会は市民にそこまで好かれているわけではありません。必要のない税の徴収、無駄な経費の使い道、参事のやった土地の占有からの転売、愛人が何人もいる、どこも同じですよ。その支配構造からの汚職なんか探せば腐るほどあります」

「どこでそれを?」

 

 びっ、とザビーネ卿が私を指さした。

 なるほど、それを彼女に教えたのは確かに私だ。

 

「強盗騎士が強請り集りをする際の常套方法なのです。やろうと思えば私だってやってみせます」

 

 私は殿下に説明する。

 

「強請り集りとは、何も暴力で人を誘拐したり、脅したり、何かを壊したり、それだけではないのですよ。人の弱みに付け込んで、相手を動揺させて金銭を奪い取る。それが能うなら、比較的穏当な手段にでることもあります」

 

 例えば、我が宿敵マインツ選帝侯だ。

 ヴァリエール殿下に破れこそしたが、今でも彼女の手腕は衰えていないだろう。

 例えば彼女は不信心な貴族や商人こそを攻撃対象に選んだ。

『贖宥状を買わぬのなら、貴様が過去に犯した罪を大いに糾弾して貴様を潰す』と書かれた手紙を、ニコニコとした笑顔で渡すのだ。

 金を払いさえすれば、もちろんニコニコと贖宥状を渡すのだ。

 そんな素敵な話だ。

 いや、憎き敵ではあったが、こうして彼女を再評価してみればなんという優れた手腕だ。

 私は彼女を褒めたい。

 そんな話を、確かに私はザビーネにした。

『活版印刷機の主な使い道は新聞以外にもう一つある。贖宥状の大量生産である』という話とともに。

 

「……要するに、市民参事会の悪事を可能な限り騒ぎ立てるわけね」

 

 殿下も頭の悪い御方ではない。

 話の筋書きは見えてきたようだ。

 

「そうです。で、黙って欲しければ我々の持ち込んだ物資を全て高値で買い取れと脅します」

 

 なるほど。

 ザビーネ卿なりに、私から得た情報を噛み砕いていたわけか。

 あんなに根掘り葉掘り強盗騎士の手法を聞きたがるから何に使うかと思えば、このためか。

 頭の良い女だ。

 

「人質をさらったのは?」

「活版印刷機を使える人間が欲しかったんですよね。特に親方が」

 

 親方さえいれば、まあ印刷機を動かせますのでと。

 何の悪気もなしに、そう口にする。

 殿下はあきれた様子で――本当に嫌そうな顔で呟いた。

 

「それらすべて、ケルン派の活版印刷機でできるわ。なんでこんなことしたの」

「ケルン派所蔵の品は全て『聖書』及び『新世紀贖罪主伝説』のフル生産に使われています。余計なものを印刷する暇などありませんし――それに」

 

 ごき、とザビーネ卿が酷い肩こりのように音を出して首を捻った。

 

「一応頼みはしましたが、断られましたよ。我々は宗教家であり、いくら信徒のためとはいえそのような醜聞沙汰を書くのに聖なる活版印刷機を使用するのは断ると。この印刷機は『新世紀贖罪主伝説』と『聖書』を作るためだけにあるのだと」

「うん、よく考えなくてもケルン派は真摯な宗教家だったわね。そうなるわね」

 

 はて、『聖書』を作るのは良いが、『新世紀贖罪主伝説』を作るのは本当に神聖な行為なのだろうか。

 このベルリヒンゲンなどはそう考えてしまったが、あえて言いはすまい。

 私は母の教育により文字が読めるので、あれを読んだことはあるが――

 ただの面白伝奇集ではなかろうかというのが感想である。

 殿下がケルン派である以上、まあ私も転向はしているのだがね。

 

「要するに、活版印刷機を使って風聞で市民参事会を脅すと」

「物資のついでに贖宥状を買わせるというのもいいですね」

 

 ザビーネ卿の悪辣さは限界を超えている。

 しかし殿下はひるむこともなく、黙って目を見据えて呟いた。

 

「そこまでしなくちゃならないの?」

「ここまでしなければ、市民参事会は落ちません」

 

 ザビーネ卿は頑として答えた。

 

「殿下、帝都市民は王国の市民とは違います。下手な領主や小さな国家を相手にしているのとは違うのです。もっと大きな、巨大な白鯨を倒そうとしているとお考え下さい」

 

 それはそうだな。

 帝都の市民数は40万。

 そこから支配層はさらに分かれるとしても、アンハルト王都の市民数よりも市民参事会の市民数の方が多いだろう。

 甘く見ない方が良い。

 何もかもをだ。

 やられっぱなしで殴り返してこない玩具のような相手でもないのだし。

 私はそう考え、口添えをした。

 

「殿下の御命が狙われるな」

 

 そうだ。

 奴らは選帝侯の子女であろうとも、平気で御命を狙うぞ。

 それがヴァリエール・フォン・アンハルトというマインツ選帝侯を下した暴風雨の中心でもだ。

 

「そうだな。まあ、お前を信頼しているよ。お前がいて、まさかヴァリ様が殺されるわけもないだろう」

 

 ザビーネ卿はそう言ってのけた。

 

「当然だ」

 

 私は胸を張ってこたえる。

 少なくとも、殿下が私より先に死ぬようなことは天地神明に誓って有り得ぬのだ。

 

「……いいでしょう。貴方たちの考えはよくわかった」

 

 ヴァリエール殿下が、口を引き攣らせながらも得心したように頷く。

 ぱん、と手を叩く。

 

「判った上で問題が幾つか。ケルン派からの襲撃ではなく、これはヴァリエールからの宣戦であることをどうやって布告するつもりなの?」

「それこそ新聞ですよ。一週間はお時間をください。その頃には、さぞかしご満足が行く展開になると思いますよ」

 

 ザビーネ卿は、折れていない腕の方で手を広げ、愉しそうに笑った。

 まあ、それはやれるだろうが。

 

「……二つ目の問題。いきなり襲撃を受けて血みどろになるまで殴られて、未だにケルン派の襲撃であると誤解している新聞社の親方を、誰がこちらのために働くように説得するの? しかも彼女の新聞社を燃やしちゃったのよ?」

「それはヴァリ様がなんとかします」

「できるか! いえ、何か利益を与えられるのならともかく、相手に与えられるものがない状況ではなんぼなんでも無理よ!!」

 

 それはそう。

 事前に説明を受けていたなら、いくらか手段もあったのだがな。

 ザビーネ卿は説明が足らない。

 

「大丈夫大丈夫。ヴァリ様の魅力ならなんとかできますよ。それに――」

 

 ごりごりと。

 再び、どうも肩こりが気になるらしいザビーネ卿が首を回しながら。

 

「どうせ、親方は市民参事会に切り捨てられることになるんですから。縋る先はヴァリ様しかいなくなりますよ」

 

 新聞社の親方が切って捨てられることを示唆した。

 この女にはどこまで見えているのだろうか。

 ふと、興味を抱いたが、どうせ味方なのだ。

 ヴァリエール殿下の利益になる限り、私には彼女の悪辣さを問う是非など持たぬ。

 このベルリヒンゲンは薄く笑って、さて、市民参事会からはいくらまで搾り取れるかと計算し始めた。






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ハーメルン出身の書籍化作品も沢山ノミネートされており、三作まで投票できるので皆様の投票いただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。

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また、コミックス版11/25発売「貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士1」の特典情報が出揃いましたので報告いたします。

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