「市民参事会と、選帝侯第二子女ヴァリエールが抗争寸前と。すでに新聞社を焼いたと」
「はい」
身体に肋骨を浮かせるほど痩せ細った少女。
マキシーン皇帝と呼ばれる少女は、スープにパンを浸してそれを一噛みした。
「旨いな」
皇帝にとっては朗報であった。
従者に確認するように、言葉を投げかける。
「私個人にとってはよい状況である、そうは思わんかね?」
「誠に」
帝都の市民参事会は、皇帝にとっては目の上のたん瘤であった。
幼き皇帝と父を王宮という名の牢に閉じ込めたのは市民参事会であるからだ。
レッケンベルの手により救出され――より厳密には機を見て、牢から親族の手を借りて、自ら脱出したのだが。
その時ですら、自分とその父を牢に閉じ込め、父を餓死に至るまで苦しめた市民参事会の全てを殺せたとは、とても言えない。
殺したのは首謀者である参事の数名だけであった。
レッケンベルはそれ以上の手を貸してくれず、そのままヴィレンドルフに帰ったのだ。
よって、この皇帝を名乗るマキシーンという少女の復讐譚はまだ終わっていない。
「どうせ国を売るつもりであったのだ。市民参事会の連中もモンゴルに『してやられる』。ゆえに、強いて復讐を決行する機会はなかったのだが――眼前でそれを見届けられるとあっては話が別だ」
ぱちん、と指を鳴らす。
少女皇帝の骨張った指であった。
「これはヴァリエールに支援してやるべきか?」
「さて・・・・・・教皇が敗北した以上、今頃アンハルト、ヴィレンドルフ、マインツの三選帝候は皇帝の地位からマキシーン様を引きずり下ろす画策をしていると思いますが、それでも支援しますか?」
「別に欲しければくれてやるわ、皇帝の地位ぐらい」
何の罰ゲームだか、阿呆らしいと。
従者の前で、皇帝の地位にある少女は鼻で笑った。
どうでもよいのだ、どうでも。
本当は猪突公、テメレールがあれほど必死に欲しがるならばくれてやってもよかった。
今ならばヴィレンドルフに譲るのが一番良いのだろうがな。
「ただ、私がいらないからくれてやるといって、それで終わる話でもなかろう」
権力の移譲とは難しいものだ。
皇帝がくれてやるといったところで、相手がそれにふさわしくなければ。
いや、ふさわしくても権力構造が変わるならば、既得権者は必ずや反対する。
だから、マキシーンが皇帝位を譲渡するならば、誰かに引きずり下ろされる形でなければならない。
「私は私の守るべきもの、ただ一族の安寧だけを祈っている。この呪われた血を薄め、子を産み、この帝国という泥船から脱出を果たす。これが私の方針だ。異存はなかろう? 何度も確認したではないか? 一族全員が賛同を示したはずだ」
「その通りであります。マキシーン様」
従者が頷いた。
帝都をモンゴルに売り払う。
そもそも帝都には好きで住んでいるわけではなく、ちゃんと我が一族には我が一族の都市があり、本当の意味で故国といえるのはそこだけだ。
そこさえ守り切れば良かった。
少なくとも、あのセオラという女はそれだけは守ってくれたであろうに。
「・・・・・・捕らえられたからな」
セオラは捕らえられた。
教皇の裏切りと、ポリドロ卿という男の超人の働きによるものだと話には聞いている。
こうなると、どこに話が飛ぶか先は読めなかった。
もはや、誰も状況をコントロールできていないのだ。
最悪は、父方の故郷、遠方の海洋国まで一族財産を引き連れて亡命しなくてはならない。
――それもよいかもしれない。
言うことを聞かぬ選帝侯、封建領主、市民。
こんな帝国なんて泥船を漕ぎ続けるのには疲れ、もうウンザリであった。
「ふふ」
なんだかおかしくなってきたな、と言いたげに少女皇帝は笑う。
彼女はポリドロ卿という男の超人に興味もあった。
身長2m、体重130 kgを超える巨躯の超人であり、顔だけは良い。
だが、剣と槍ダコで溢れたゴツゴツとした手を含めれば、なんとも醜いと。
そのような評価であった。
はて、その男はヴァリエールの婚約者であると聞く。
「・・・・・・久しぶりに食欲が湧いたよ。パンのおかわりはあるかね」
「はっ、はい! 直ちに」
従者が泡を食ったように走り出し、侍童に声を掛ける。
そうだな、この状況を楽しんでいるのであろう。
その自覚が皇帝にはあった。
今の状況は誰もコントロールできていない。
スープにパンを浸し、それを口に含むことで脳内を必死に回転させる。
そうだ。
そうだな。
「ヴァリエールに会ってみようか・・・・・・。個人的な接触を試みてみるのも面白いかもしれない。その時は婚約者であるポリドロ卿にもパートナーとして来て貰おうじゃないか」
「マキシーン様がお会いになると発言されても、相手が来るとは限りませんが?」
「深い意図はないよ。市民参事会に嫌がらせをする手伝いをしてやると素直に言えばいい。三選帝候も表だって邪魔はしないさ」
ヴァリエール個人に接触を図ることを訝しがるかもしれないがね。
まあ、皇帝の気まぐれ程度に受け取るだろう。
そう彼女は口走る。
「さて、私の知るところでは、新聞社を襲い、活版印刷機を奪い、親方も攫った。ここから何をするものか」
「マキシーン様でも読めないのですか?」
「いや、ある程度はわかる。市民参事会の醜聞を垂れ流すまではな」
脅迫としては良い手段だ。
特にヴァリエール側の勝利条件は誰の目にも明らかであるので、交渉もしやすい。
市民参事会が買い入れる交易品に『適正な』金を払えば終わるのだ。
そう簡単にはいかないだろうがね。
「だが、それだけでは市民参事会は倒せないぞ。ランツクネヒトは私に雇われている形だが、私は奴らにギリギリ食べていけるだけの雇用金しか払っていない。後は自分で稼げと命令している。市民参事会に忠誠を誓っている子飼いそのものも沢山居る」
だから、ヴァリエール側がこれからどうするつもりなのか。
本当に気になるよ。
まさか集めた3000人では、市民40万の帝都を取り囲んで脅すということもできまいし。
「本当に気になるよ。だから会おう。会って話がしたい」
パンをスープに浸す。
口に含む。
その行為だけを皇帝は繰り返して、久しぶりに小さな胃を満腹にさせて。
従者を少し泣かせるほどに喜ばせた。
今回特に書くことがなく短いです。申し訳ありません。
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