貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第233話 皇帝との謁見

 

 ヴァリエールは妖精のような造作をしていた。

 華麗なる外見で人を誑かす血妖精か、言い得て妙である。

 覇気の足らぬ、まるで初陣も済ませていない少女のような。

 凛としていながら、それでいて甘ったるい少女の声で受け答えをした。

 ――私は彼女が初陣にて、すでに人を斬り殺した経験者であることを知っている。

 

「ヴァリエール・フォン・アンハルトです。この度は皇帝陛下のお招きを賜り、誠に有り難うございます」

 

 優雅に礼をして、自分の名を口にした彼女は、ただ周りに担がれただけの女ではない。

 一つのカリスマであるのだ。

 また、その横にいるパートナーであるファウストも同じく目を惹いた。

 胸板はカイトシールドのように厚く、腕などはグレートソードよりも太く、頬肉にまでみちみちと筋肉が詰まっているのか声さえもが太い。

 銅鑼を目一杯叩いたような声であった。

 これならば、グレートソードさえも片腕で振り回せるだろうなという筋肉達磨であった。

 造作は悪くない。

 なれど、その手を見ればどうか。

 剣ダコや槍ダコでぶくぶくと熊の手のように膨れて、丸くて皮膚が硬化し、ゴツくなっている。

 到底、男の手とは呼べぬ醜さであるのだ。

 総括すれば、男としては酷く醜い。

 なれど、私には――

 

「ファウスト・フォン・ポリドロです。お見知りおきを」

 

 奇妙といっていいほどに、魅力を感じるのであった。

 このような男の超人がいたのか。

 そう思ってしまう。

 手を差し伸べられた。

 私は自分の栄養失調気味の細い手で、彼の掌を握った。

 熱がこもっている、熱い掌であった。

 彼が本気になれば、私の手などこの場で握りつぶされてしまうだろう。

 

「マキシーン・フォン・ロートリンゲンである。ポリドロ卿の噂はかねてより聞き及んでおる」

「さて――噂の内容が気になりますが」

「テメレール公が立てこもった要塞の門を砲弾返しで砕いたとか、そのようなものさ」

 

 口端で笑みを浮かべる。

 他にもやっているだろう。

 マインツ選帝侯を打ち破った時も、おそらく彼はヴァリエールの傍にいた。

 羨ましい主従関係だな。

 いや、恋愛関係と言うべきか?

 この二人は婚約者なわけだしな。

 ・・・・・・婚約者か。

 このマキシーンにはおらぬ存在だ。

 

「さて、ヴァリエールと気軽に呼んでも?」

「ええ、問題ありませんわ陛下」

「ならば、このまま本題に入ろう」

 

 男だ。

 男が欲しいな。

 最低でも貴人で、我ら一族の血液を薄めるほどに縁が遠く、そして超人の男だ。

 それさえ手に入れば、このような帝国などすぐ投げ捨てる。

 我ら一族にとって、自分の思い通りにならぬ帝国になど価値はないのだから。

 

「・・・・・・」

 

 眼前のファウスト・フォン・ポリドロ卿はその条件に合致するが。

 初めて見る果実を口にする前のような。

 ひとまずは、その感覚が私にはあった。

 なれど、どうにも魅力的な存在感がそこにあるのも事実。

 ヴィレンドルフ選帝侯が、和平交渉に代わりにその存在を望んだもの。

 私はその価値をよく確認してから――握りしめていた、ポリドロ卿の手を離した。

 

「・・・・・ヴァリエール、一つ尋ねたい」

「なんでしょうか」

 

 口にしたのは、我が一族の本願とは別なこと。

 今回呼び出した要件について。

 

「市民参事会と争っているそうではないか。助けが必要ではないか? 助力は惜しまぬぞ」

「陛下のお耳を煩わせ、申し訳ございません。助けは――出来れば」

 

 まずは、ヴァリエールの器を確かめることにしよう。

 

「そうだな・・・・・・助けと言えるかはわからないが、ランツクネヒトにだ。ヴァリエールとの戦闘停止を命じよう」

「それは有り難いのですが・・・・・・命令を聞きますか?」

 

 ヴァリエールの当然の意見。

 なるほど、ランツクネヒトどもは、今は亡きレッケンベルの命令しか聞きはしない。

 他にマトモに聞くとすれば、レッケンベルの娘であるニーナの言葉ぐらいであろうが、正直言えば、それも怪しいところはある。

 なれど。

 

「これでも雇い主だ。なるほど、奴らランツクネヒトは命令を聞かぬ。なれど、逃げ道にはなるであろう。いざ戦闘をというときに、実は皇帝陛下から命令があったので聞かぬと。できぬと。ヴァリエールとの対峙を恐れるならば、そう言って逃げる連中は沢山いようさ」

「マキシーン皇帝陛下。なれど、私には1万のランツクネヒトを退ける勢力がありませぬ。市民参事会との戦いに全てが出てくるわけではありませんが・・・・・・マトモにぶつかりあえば、被害が大きすぎます」

 

 ヴァリエールの当然の言葉。

 それは至極そうであろうとも。

 だがな。

 

「ヴァリエール。所詮奴らは雑兵よ。いくらかは超人も内に含むが、指揮官がおらねばただの半傭半賊の、農民の家に火を付けて手を叩いて喜ぶ野盗の類いに過ぎぬ。あれはレッケンベルがいたから強かったのだ。カリスマがおらねば、死に物狂いの力を発揮せぬよ。そう――」

 

 喩えるならば、目の前の人物だ。

 

「君のようにだ。ヴァリエール・フォン・アンハルト。雑兵が戦士に成り得るのは、カリスマがいてこそなのだ」

 

 存分に褒め称えてやる。

 彼女は私に利益をもたらしてくれる人物だ。

 市民参事会を大量に殺戮してくれるのならば、私は応援しようとも。

 

「そもそも、横の彼がいるではないか」

 

 私は視線を横に向けた。

 ポリドロ卿は、なるほどたいした超人であるようだ。

 彼が突撃すれば、それだけでランツクネヒトは蜘蛛の子を散らすように逃げるだろう。

 500のランツクネヒトに突撃して殺害を繰り広げ逃げおおせた『狂える猪の騎士団』を、たった一人で退けたのは皆が知っている。

 

「最終的には彼を突撃させれば、交渉のテーブルはひっくり返るだろう」

 

 誰もが導き出せる結論だ。

 結局、暴力がものを言う世界なのだ。

 

「さて、食事会としようか」

 

 大きなテーブルに、私にはパンとスープを。

 彼女たちには豪勢な食事を用意してあるのだ。

 骨張った身体で、テーブルに歩みを寄せる。

 ふら、とふらついて、横からがしっと抱きしめられた。

 ――不敬な、と口走ろうとして。

 心配そうなポリドロ卿が、私の顔を覗き見ている。

 

「・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

 

 私は何も言えずに着席し、三人でテーブルを囲む形となる。

 何なのだ、この男は。

 支えられた部分の腰に、妙に熱を感じる。

 

「その・・・・・・陛下の食事はそれだけですか?」

 

 ポリドロ卿が問うた。

 そうだ、これだけだ。

 私の食事はパンとスープだけで良い。

 文句があるか。

 

「食いたくても食えぬのよ、無理に食おうとしても胃が吐き出すのだ」

 

 最近はこれでも調子は良い方だ。

 ヴァリエールが、我が父の仇を討ってくれるというのだからな。

 

「ポリドロ卿は、よく食わぬ女は嫌いか?」

「肉付きは良い方がよいですね」

 

 遠回しに、自分の好みではないと言いよる。

 無礼な男だな。

 だが、それはよい。

 

「男らしくないと、よく言われないかね」

 

 こちらも、無礼には無礼で返そう。

 ポリドロ卿は男らしくないのだと。

 その硬い皮膚の厚みで膨れた手を見て呟く。

 

「よく言われますね。ですが、母が望んだとおりに育ったのです」

 

 脳内に、母の姿がちらつく。

 力の無い女だった。

 無能には縁遠かったが凡庸といってよく、私と父を奪われて、皇帝としての地位も一度追われてしまった。

 嗚呼、だが私は嫌いではなかった。

 恨みもない。

 我が母の遺言は『嫌になったらこんな国捨ててしまいなさい』であった。

 皇帝の地位を恨んでさえいたのだろう。

 

「私はこの銅鑼のように腹から声が出る身体に産まれて、不幸であったなどと一度も思ったことはありません」

「・・・・・・そうか」

 

 力強く、自分の容姿に恥じ入る事など一つも無いのだと。

 そう言ってのけるポリドロ卿を、私は好ましく思えた。

 あくまで好ましくだ。

 いや、好悪の問題か?

 ・・・・・・この時点で、私はポリドロ卿を査定している自分に気がついた。

 そうだ、査定だ。

 自分が子を作るに当たって、ふさわしい相手かどうかを見定めている。

 自分にとって、男とはどういう存在なのだろうか。

 弱々しい侍童などとは違い、唯一比較対象といえるのは、父だった。

 このような、眼前のポリドロ卿のような男ではなかった。

 遠方の海洋国から、金と国家利益のために売られてきたような男で。

 痩せっぽちで、ひょろひょろとした姿で。

 それでいて、私を飢えから守って自分は死んだのだ。

 自分のパンを、私に与えることで死んだのだ。

 

「ポリドロ卿、突然だが私の父をどう思う? 私と父の、悲しいエピソードぐらいは聞いていよう?」

 

 率直に尋ねる。

 あの痩せっぽちと、全く違う筋肉達磨のポリドロ卿に尋ねるのだ。

 はて、私の父はどういう人物であったのか。

 

「それを答えるには、あまりにも貴女の父君を知らなすぎます」

 

 ポリドロ卿は真面目くさった顔で答えた。

 お手盛りで、私の機嫌を良くするために褒め称えるのではなく。

 

「素直に陛下の父君を褒め称えることは出来るでしょう。自分の身よりも、自分の娘が生き長らえることを優先したと。ですが、今の貴女を見るに」

 

 ポリドロ卿は私の姿を見た。

 骨張って、痩せっぽちで、腰も細い。

 

「・・・・・・」

 

 ポリドロ卿はそこまで言って、口を閉じた。

 

「私の今を見るに、なんだ」

 

 続きを顎でしゃくり、促す。

 彼は再び口を開いた。

 

「陛下に心的外傷を残したまま、斃れられてしまったと考えます。もっと食事を楽しまれた方が、父君もお喜びになるかと」

「そうか」

 

 知った風な口を。

 だが、よいな。

 皇帝であろうとも怖じ気づかず、思ったことを口にするその姿勢は良いな。

 私は悩んでいる。

 はて、この男は我が一族の悲願の男ではある。

 条件を満たしている。

 下も下だが歴とした貴族で、我が一族とは縁遠くて血が薄く、超人である。

 この男の子を孕めば、皇帝の地位を一度捨ててしまっても、再び返り咲くことも出来るかもしれぬ。

 ヴィレンドルフ選帝侯が見込んだ男は伊達ではないのだ。

 皇帝の椅子に価値があるかどうかは別としてだが。

 さて――。

 私の腹に子を宿す価値のある男かどうかを見定めたい。

 私が彼を抱くか否かの前に、まずはそこからだ。

 無価値なものを手に入れても仕方ないからな。

 

「ヴァリエール」

「はい」

 

 それには、日常で交わす言葉なども必要だが。

 戦場で何をするかを見定めるのが一番早かった。

 

「助力する代わりに、頼みがある。このマキシーンは、父の仇である市民参事会に報復する様をできる限り間近で見たいのだ」

 

 嘘ではなく事実ではあることを。

 そして、ポリドロ卿の見定めという別な目的を潜ませつつ。

 

「これからヴァリエールの陣営にしばし同行したい。お前がどのようにして、市民参事会を討ち果たすのかを間近で見ていたいのだ。働き次第によっては、お前の姉が考えているように皇帝位の禅譲を、滞りなく運ぶように動いてやってもよいのだぞ? 期待している」

「はい?」

 

 ヴァリエールは、意味がわからないという顔を少しした後に。

 真っ青な顔で、しばし悩んだ挙げ句――。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 毒物を口にしたような表情で、私の案を呑んだ。

 本当に、血の小便でも漏らしそうな顔で。

 

「こちらこそよろしく」

 

 私はそれに気づきながらも、笑顔で手を差し出した。

 なかなか楽しくなってきたではないかと、内心を口端の笑みで漏らしながらに。




しばらく面白くない話が続きましたが
次話から面白くなると思いますので見捨てないでくだされ
(状況説明がくどいのは自覚しているのですが・・・・・・)
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